お笑い芸人をyou tubeで見ていた。
そのネタに
「俺、バイトに命かけてるから」「かっこわるいよ!」
というものがあった。
不思議に思った。
なぜ、バイトに命をかけてはいけないのだろうか? なぜこのネタで観客が笑うのだろうか?
灰谷健次郎は「仕事と金儲けは違う」と述べた。それは「仕事は人生を教えてくれるから」であった。仕事、とくに職人仕事は丁寧に素材を扱う事の大事さ・気分が乗らなくてもやり続ける重要性を教えてくれる。これは人生の真理発見につながる、と主張する。なんだかプロテスタント的な職業観だが、私はこの灰谷の仕事観に共感を持っている。仕事は人生をかけてやるものであり、仕事を通じて学ぶものがあると信じるからである。
冒頭のコントには「バイトはあくまで食うための手段だ」という思想が背景にある。そのために「かっこわるい」とつっこむのである。けれど本当にそのアルバイト内容が自分の好きなものであるなら、命を賭けてやってもかまわないのではないか。
追記
ギリシア時代、人間の命を現す概念は2つあった。ビオスとゾーエーである。身体的・物質的な生命を意味するのがビオスであり、「Aさんが死んだ」というときに示される生命である。一方のゾーエーとは、霊魂の生き様を現すための命である。「命を賭けてやる」というときの命はゾーエーであるのだ。「精神的あるいは霊魂的な『生きがい』の主体としての'いのち’を生きているという発想がギリシア時代の人びとの原点にあった」(以上、長尾達也『小論文を学ぶ』より)。これに従うなら、「バイトに命を賭ける」とはビオスでなく、ゾーエーを賭けることである。
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