2007年12月30日日曜日

日本を創った12人後編

過去を乗り越え、日本はいかに進むか。

2007年12月29日土曜日

アマルティア・セン

「貧困の克服」

発展とは人間の様々な自由拡大のプロセスだ。

2007年12月28日金曜日

恋愛の歌

実際に恋愛をしてみないと、恋愛の唄の真意は読み取れない。

体験学習と同じ。

ふと思った。

親の存在

教育において、親の存在は確かに大きいしかし、絶対的ではない。

結局は子ども自身がどのように自己成長したいか、ということだ。

2007年12月27日木曜日

金剛堂

金剛堂ではイヤホンしてると、コーヒーが貰えないことに気付く。

2007年12月26日水曜日

江川紹子

学校を変えよう!

子どもの目線に立つのはいかに難しいか。

アラン

「定義集」

楽観主義の大切さ

2007年12月25日火曜日

コミュニケーションとしての教育

役立つ・役立たないを越え、

コミュニケーションとしての教育

という発想が必要かもしれない。

コミュニケーションは、多湖あきら氏のいう「雑談力」を鍛えることになる。そして文明の発展が低迷化してくるであろう近未来でも、会話は大切である(オートメ化はギリシアの奴隷と貴族のように人々を有閑にする)。

社会で役立つ・役立たないを越えて、コミュニケーションとしての教育・交わりとしての教育

を指向していくべきではないか。

2007年12月24日月曜日

アラン

毎日書く。書きたくなくても書く。

僕がアランから学んだこと。

学校で教えない会話法

学校では、真実の大事さを教える。しかしある程度の嘘が、会話において必要となる。すべて説明すると長いとき、真実をいうと相手がイヤな顔をするときなど。

ほとんどの人は学校外で矯正されるが、私はそうではなく、いまさらながら他の多くの人達が幼少の頃に発見したことを発見している。

人が大人になるには、非常に多くの物事の発見が必要なのだ、と思う。学校がそれを教える場であればいいのであるが。かえって嘘を教えているような気がするのである。

読書

なかなか本が読めないな…っていうときは、軽い感じの本を読むといい。読み終えた達成感が、ペースを取り戻させてくれる。

2007年12月23日日曜日

育成の根本

育成の根本は祈りである。

2007年12月20日木曜日

カラオケ内

愛の形というのは変化しないものなのだろうか?

リアルを手に入れるとは真理の探求か?生きている実感のことか?(リアルフェイスを聞きながら)

2007年12月18日火曜日

コズミックセンターの…

コズミックセンターのプラネタリウムにいった。一般対象には月に3度しか公開がない、いささか閉鎖的なところである。

冬の星座として、オリオン座のはなし。オリオンの後ろにおおいぬとこいぬ座が控え、獲物を狙っている。オリオンの視線には牡牛がいる。オリオンの足元には獲物の兎、さらに下には鳩がいる。

オリオン座しかしらない私だったが、星座のドラマをしる。

今日、星を見上げてみた。オリオンは見えるが、おおいぬはシリウスのみ、子犬もプロキオンだけ。兎と鳩は存在もない。

都会の侘しさ。

読書の姿勢

人と会うように、本を読む。

これが大事なのではないか、とふとおもう。

2007年12月16日日曜日

普遍

「俺は通学生が嫌いだ」ということが、高校時代多かった。しかし、個別の通学生のなかに仲のよい人も多かった。

よく「−−なんて、嫌いだ」と俺はよくいうが、その一言が仲のよい何名かを斬るつもりはさらさらないにも関わらず、切り捨てていることがある。

個別を無視して、普遍のみを見てはならない。

バリアフリー

ワセダではなぜバリアフリーが進んでいないのか?それはスーパーなフリーがあったからだ。

セカイ

自分が動けば動くほど、自分の世界が広がることが分かる。

利害関係外のつながり

自分に直接関係する人よりも、昔の友人など「仲がいいが直接利害関係にない人」のほうが、相談しやすいこともある。多様な関係が必要なわけだ。また近すぎる人は逆に相談しにくいのかも知れない。

他人であるほうが、プラスとなることもあるのだ。

2007年12月11日火曜日

目覚ましでない

目覚まして起きるのではない。「必ず起きてやる」との意地と意思で起きるのだ。

第2節 社会-文部科学省

第2節 社会-文部科学省
→中学の学習指導要領。
教育学をやるなら、何かと文科省のWEBサイトが便利である。当然、ブックマークしてますよね?
 最近、講演を聴きに虎ノ門まで行った。帰り、そのままほっつき歩く。気づけば霞ヶ関。
 「埼玉にも同じ地名があるよね」といいつつ、友人と行く。
 ふと見ると、暗闇に映えるビルが。見ると、文部科学省のビルである(別館)。
 「誰か、ここの住人が俺の同期から出るかもしれない。」ワセダの恐ろしいところである。

2007年12月10日月曜日

ルサンチマンとは

ルサンチマンとはうらみ、反感のことである。

狂人

兼行法師のいわく、

「狂人のまねだ」といって狂人のまねをすると、狂人として見られる。


逆に自分がいい人を演じれば自分はいい人になるのであろうか。

民主主義

民主主義は手段であって、目的ではない。

小林よしのりの言葉だが、確かに、と思う。

価値と手段、目的と方法の混同した現代への警鐘だ。

2007年12月7日金曜日

高尾山

本日、八王子市立高尾山学園訪問後、ノリで高尾山登山へ。スーツで登るものじゃない、と気付く。

見晴らしも、建物も、サル園も素晴らしい。

登っていてチップス先生を思い出す。

2007年12月6日木曜日

趣味

自分の趣味は、日本に於いていかに左利き人間が迫害されているかを熱く語ることである。

2007年12月5日水曜日

アイデア

1分20円の飲み放題の店。あると便利かもしれない。

2007年12月4日火曜日

アランと肉体

「あれこれ悩むな。考えるな。その間に動け、歩け、走れ、体動かせ。」アランの本を読んで思ったことだ。

人間は思考を重視し過ぎている。もっと「考えない」重要性を見てもいいのでないか。人間も、所詮はサルである。考えるのは人間の特徴だが、それに絶対の価値のあるわけでない。

もっとパパラギでいってもいいのでないか?

疲れたとき、人間はもう無理だ、と思う。アランなら「そんなこという間に、寝ればいいじゃないか」というだろう。

「両立なんて無理だ」と考える前に、ただ淡々と「考えず」やるだけことだ。自分も「これはむりでないか」と考えるほど、無理のように思え、実際無理になったことがあった。高校時代である。


2007年12月2日日曜日

手塚治

手塚漫画は、描かれた時代を知ったとき、あまりに古くて驚くことが多い。