2010年2月7日日曜日

教職大学院の真の狙い?

 よくこんな意見を聞く。「昔と違い、教員よりも親の学歴の方が高学歴になった。そのため、親が教員をバカにし、モンスターペアレントとなるのだ」など。この文脈でなくとも、保護者が教員より高学歴になったために学校の権威が下がった、と言われることが多い。

 でも、この言い方って、親を思いっきりバカにした言い方じゃないか? 保護者というのは教員の学歴を調べてまで自らの優位性を示そうとするのだろうか。そもそも、教員の学歴を親が知る機会はそんなにあるものなのだろうか。そんなことはあんまりないだろう。
 「教員よりも親の学歴の方が高くなった」ことを問題視する意見に、私は作為性を感じる。本来的な問題でないのに、「大問題だ!」と騒ごうとしているかのようだ。ではこのような意見が出されるのは、一体何故か。
 思うに、教職大学院の普及を文科省がはかりたいためであろうと思う。なぜ、そうやりたいか? 私は文科省が教員の分断をはかろうとしているためであると考える。
 教職大学院出の教員の待遇を極端に良くする。すると、教員集団の中で同質性が失われる。ただでさえ力の落ちた教員組合の力がさらに低下する。教職大学院を出た教員は待遇を良くしてくれる国家に対し、忠誠心を持つようになる。簡単に国家のエージェントとして動く教員を文科省は入手することができるのだ。
 
 「教員は高学歴であるべきだ」。言うのは簡単だ。けれど、この意見自体が国家に益するものである可能性を私たちは疑うべきであろう。

…。今回は(今回も?)、けっこう質の悪い評論になりました。ごめんなさい。
 
 

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