2009年4月24日金曜日

エヴァレット・ライマー『学校は死んでいる』抜粋①

あらゆる国の、あらゆる種類の、あらゆる水準の学校が、四つの違った機能を同時に果たすという傾向が次第に一般的になってきている。四つの機能とは、保護監督、社会的役割の選択、インドクトリネーション(特定の思想や教義の吹き込み)、そして普通、技能と知識の発達を図ることという風に定義されている。(35頁)
社会学者は学校を託児所として認識する。ライマーはこれを発展させ、四つの機能を持たせている。「保護監督」にあたるのが託児所である。学校の選別機能は「社会的役割の選択」、にあたるようである。我々が考える「学校」は「技能と知識の発達を図る」にあたるものだが、それ以外にも学校は機能を持っている。その認識を外さないようにしたい。

2 件のコメント:

小中春人 さんのコメント...

学校の機能を考えるときに、学校のステークホルダー(子ども、親、教師、教育委員会など)のそれぞれの視点からみると、保護監督を熱望しているのは親であって、その各自の要望にもとづいて学校は機能を果たしているというようにみえるんじゃないかな。

この機能も一種の「価値の制度化」かもしれないと思う。

いしだ・はじめ さんのコメント...

投稿ありがとうございます。

もともと、学校は親による子どもの搾取を防ぐために作られたという背景があります。マルクスが『資本論』で描いているように、19世紀の貧しい家庭では子どもをマッチ工場や炭坑などひどい環境の中で働かせていたのです(内田樹『下流思考』『街場の教育論』)。

いま、家庭では子どもが邪魔をしないことが求められています。家事が簡単になったのです。かつては「猫の手を借りるほど」忙しく、子どもでも仕事が割り振られていたのです。

「保護観察」という言葉について。
かつて19世紀の家庭では「保護」をする側面がつよかったのでしょう。いまは邪魔者を預かる「監督」の役割が大きいようです。