2011年3月7日月曜日

ボットと人工知能

 科学の夢は人工知能を持ったロボットである、という。意識を持ったロボットを作る上で重要なのは、あまり言われていない点であるが、人間が「これには意識がある」と認識するということである。意識とは客観的なものではない。ある人物によって意識の存在が事後的に確認されるのみである。
 ツイッターのボットには、本物の人間が書いていると錯覚することがある。このときこのボットは誰かによって意識があると認識されているわけだ。その意味ではすでに意識をもったろぼったが存在するということができる。
 この可能性を認めないことは恐ろしい結果を招く。誰かがツイッターでわけのわからないツイートをする(それは障がいゆえにそう書かざるを得ないのかもしれない)際、誰かが「これはボットだ」と認識する。このときツイートした人物の意識はないものとして扱われる。人間を非人間として扱う結果になるわけだ。
 ガーフィンケルらの『エスノメソドロジー』に「Kは精神病だ」という記事がある。あるKという人物が、友人の語りの中で精神病にさせられるプロセスを描いたものだ。精神病の社会的構築をいう意図のある論文だが、これと同様のことはツイッターをめぐる本稿の内容にもつながる内容であろう。

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