教育は文化運動だったのだと実感した本。教育実践を学術的側面から取り上げるという営みに、一定の価値があるのだと思った書。
印象的なのは「学校がもちうる独自な可能性」(152)として里見が考察する場面である。
<歴史的にいえば学校は、生きるための労働から解放された人びとの「自由な」教養形成の場として成立した、といってよいでしょう。学校はその「閑暇」というギリシア語が示しているように、人間を労働から分離して知的な活動に専念させる場として成立しているわけです。しかしこうした「独自性」によって、学校の独自な可能性が基礎づけられるわけではありません。むしろ逆でしょう。学校が労働や製作的な活動からきりはなされた聖域である間は、学校が独自な存在意義をもつことはなく、かえって、学校が一つの作業場となり具体的な生活の場となったときに、はじめて学校の独自な可能性が浮上するのだ、ということを明らかにしたのが、われわれの先輩たちの生活教育の実践であったと思うのです。
「教育を作業場に」というメッセージは、われわれのこの往復書簡をつらぬいているいわばメインテーマですが、しかしそこでいう「作業場としての教室」は、すぐれて「もどき」の空間である、ということを強調しておかなければならないでしょう。>(152)
ここは生活文脈の中に学校を位置づける上で考慮すべき点の指摘である。里見の文章のうち、「もどき」の空間としての学校、との指摘は重要である。なぜならば、「もどき」ゆえに失敗を許される空間であるためだ。子どもの社会化には時間がかかる。子どもの学習のためにアレンジした環境の中で学んでいくにあたり、失敗をしてもかまわない空間の保障が重要になってくる。その際に学校というのは生活空間の「もどき」にすぎないのだ、と意識できることが子どもの自己教育力・「生きる力」を促進していくことになるであろう。
このあと本書ではスペインの学校においてあえて古い道具を子どもたちが使うという実践が紹介されている。このことは「もどき」の場としての学校ゆえに成立する概念だ。「もどき」だからこそ、現状の社会に合わせる必要がない。それよりも子どもの学びを支える・高める方向で使える道具を用いることのほうが価値が高くなる(イリイチの言うtools for convivialityである)。
学校でパソコンを用いて学ぶことは、確かに「社会」に出たときの練習にはなるが、疎外された学びを提供する行為に化することがある。小学校でそろばんを学習するように、あえて昔の道具で学ぶという可能性を本書は指摘していた。イリイチのアンプラグ論やコンビビアル論に近いものを感じる。イリイチは、発展の程度の低いラジオや車ならば庶民が自分で直して使えるが、最先端のものならば専門家に頼らざるを得なくなる点を指摘する。教育や生活のためには「先端」のものを使わなければならない義理はないのだ。
別に学校は最先端の内容を扱う必要のある場所ではない。この指摘に私は自分の学校に対してのドクサを捨てなければならないと感じた。
2011年2月27日日曜日
2011年2月21日月曜日
2011年2月20日日曜日
ルパン三世の精神分析
初期のテレビアニメ版『ルパン三世』はロールモデルがアルセーヌ・ルパン、つまり「一世」「おじいちゃん」なのである。準拠点がそうなっているからこそ、非合理にも「予告状」(時代錯誤を感じさせる)を出す。すべて祖父以上を目ざしたいのだ。
しかし、祖父は帰るべき家でもある。アジトはあっても「自宅」のないルパン(おまけに通常の意味での平々凡々な「生活」もない)にとって、祖父という「理念」だけが寄る辺なのである。過度に女を求めるのも、過程を欲する証拠なのである。
岸田秀的には、ルパン三世はよっぽど深刻な精神異常者なのであろう。
しかし、祖父は帰るべき家でもある。アジトはあっても「自宅」のないルパン(おまけに通常の意味での平々凡々な「生活」もない)にとって、祖父という「理念」だけが寄る辺なのである。過度に女を求めるのも、過程を欲する証拠なのである。
岸田秀的には、ルパン三世はよっぽど深刻な精神異常者なのであろう。
2011年2月17日木曜日
若林幹夫(1995):『地図の想像力』、講談社選書メチエ。
若林幹夫(1995):『地図の想像力』、講談社選書メチエ。
地図が「発明」されたとき、人間の認識能力は大きく変わったのだろう。それは今ある世界が記号化=情報化されることであるからだ。空間を平面上に再現する営み。地図を持ち歩くとき、空間も持ち歩くことになる。本書を読み、そのようなことを考えた。
地図という「客観的」に見えるメディアには、共同幻想が見せる恣意的なメッセージを伝える働きが存在している。
●序 帝国の地図
●第一章 社会の可視化
「地図という表現は、人間の歴史の中で様々な時代に、様々な場所で独自に「発明」されてきた。地図を作り、利用することは、人間の社会に相当に普遍的に見られる現象なのである。」(28)
「環境に対して自身が疎遠な「他者」であったり、ある環境に関する情報をその環境を知らない「他者」に伝達しようとする時に、地図的空間は現れるのである。」(38)
→地図を見るときは環境に対して自身が「他者」であるとき。馴染みの空間は「自己」になっている。いわば空間からの「疎外」を回復するために地図が必要とされるわけだ。
「重要なことは、地図という表現がそのような想像的な視点による空間の像を、実際に目に見える形で表現すること、したがって人びとは地図を媒介にしてこの想像的な視点から見た空間の像を、実際に取りうる視点から見た像であるかのごとき経験をするということだ。この意味で、地図的な視点が人間の経験に代補する世界の全域的なリアリティもまた、想像的であり、超越的である。」(42)
→ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』にも、国家の可視化という意味合いで地図が出ていた。
「そのようにして社会が可視化される時、「社会」という存在が湛えるリアリティは、個々の人間の個別的・局所的な経験を超えた超越的で想像的な位相、それゆえ他者と共有され伝達されることの可能な位相を内包している。地図を描き、それを通じて世界を見るという営みは、人間がけっして見晴らすことのできない世界の全域的なあり方を可視化する一つの方法、世界の空間的なあり方に関してそれを可視化し、了解し、その中に自己と他者とを位置づけようとする営みなのである。」(45)
「「科学的」で「客観的」な地図の存在を支えている「科学」や「客観」も、それが世界を記述し理解するための記号による意味の体系であるという点では「神話」や「主観」と変わりがないのだ。」(53)
「地図とは世界に関するテクストである」(54)
「社会や世界の全域的な広がりについて語り、思考する時、私たちはあたかも地図を見るかのようにしてそれを対象化し、思考し、言語化しているのである。」(59)
●第二章 拡張される世界
「帝国や文明圏という存在も、それらが地理的領域を覆うという事態も、結局のところ想像的な全域に関わる事柄としてのみ個々の人びとの了解の中に現れてくるということだ。そこでは、帝国や文明の地理的広がりは、そのような地理的広がりを概念・イメージとして生産し、流通させ、受け入れてゆく社会的な営みと相関することによってはじめて「真実」としての資格を得る。/言いかえれば、帝国や文明という社会は、そのような概念・イメージと相関し、それを支えうるシステムとして貢納や徴税、用役や教育、行政文書や経典等の関係や実践、地の体系を作り上げ、その中で帝国や文明に関するイメージを再生産してゆくのである。」(96)
「貨幣と測量とは、社会の構成要素を単一の指標によって通約的に把握し、それによって社会的な諸関係を交換可能な量からなるものとして組織するという、同一の精神を体現しているのである。」(104)
「測量する視点とはいわば「権力の眼」なのであり、この眼を通じて土地と社会との関係が「数量」として客体化され、客観化されて、一義的に確定されてゆくのである。」(106)
●第三章 近代的世界の「発見」
●第四章 国土の製作と国民の創出
●終章 地図としての社会 地図を超える社会
「近代的地図が「世界」として描き出す範域の拡張と正確な測定、そしてそれらの範域の領域国家による属領化は、領域的な主権国家と資本主義、そして近代的な科学技術という近代的な社会を支えるシステムの地球的な規模での展開と対応していた。それは、特定の様式をもった知、生産と流通、統治権力、およびそれに相関する身体技術や時間システム等の社会的諸関係を秩序づける諸様式の地球的な規模での普遍化=世界化、私たちが「近代」と呼ぶ社会の普遍化=世界化と対応していたのである。」(212)
●あとがき
「地図の歴史や文化史、地図的な表現をめぐる考察等を読んでいるうちに、「社会」と「空間」についてだけでなく、「社会という経験」そのものについても、地図という表現を触媒にして考えることができるのではないかという気がしてきたのである。」(255)
地図が「発明」されたとき、人間の認識能力は大きく変わったのだろう。それは今ある世界が記号化=情報化されることであるからだ。空間を平面上に再現する営み。地図を持ち歩くとき、空間も持ち歩くことになる。本書を読み、そのようなことを考えた。
地図という「客観的」に見えるメディアには、共同幻想が見せる恣意的なメッセージを伝える働きが存在している。
●序 帝国の地図
●第一章 社会の可視化
「地図という表現は、人間の歴史の中で様々な時代に、様々な場所で独自に「発明」されてきた。地図を作り、利用することは、人間の社会に相当に普遍的に見られる現象なのである。」(28)
「環境に対して自身が疎遠な「他者」であったり、ある環境に関する情報をその環境を知らない「他者」に伝達しようとする時に、地図的空間は現れるのである。」(38)
→地図を見るときは環境に対して自身が「他者」であるとき。馴染みの空間は「自己」になっている。いわば空間からの「疎外」を回復するために地図が必要とされるわけだ。
「重要なことは、地図という表現がそのような想像的な視点による空間の像を、実際に目に見える形で表現すること、したがって人びとは地図を媒介にしてこの想像的な視点から見た空間の像を、実際に取りうる視点から見た像であるかのごとき経験をするということだ。この意味で、地図的な視点が人間の経験に代補する世界の全域的なリアリティもまた、想像的であり、超越的である。」(42)
→ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』にも、国家の可視化という意味合いで地図が出ていた。
「そのようにして社会が可視化される時、「社会」という存在が湛えるリアリティは、個々の人間の個別的・局所的な経験を超えた超越的で想像的な位相、それゆえ他者と共有され伝達されることの可能な位相を内包している。地図を描き、それを通じて世界を見るという営みは、人間がけっして見晴らすことのできない世界の全域的なあり方を可視化する一つの方法、世界の空間的なあり方に関してそれを可視化し、了解し、その中に自己と他者とを位置づけようとする営みなのである。」(45)
「「科学的」で「客観的」な地図の存在を支えている「科学」や「客観」も、それが世界を記述し理解するための記号による意味の体系であるという点では「神話」や「主観」と変わりがないのだ。」(53)
「地図とは世界に関するテクストである」(54)
「社会や世界の全域的な広がりについて語り、思考する時、私たちはあたかも地図を見るかのようにしてそれを対象化し、思考し、言語化しているのである。」(59)
●第二章 拡張される世界
「帝国や文明圏という存在も、それらが地理的領域を覆うという事態も、結局のところ想像的な全域に関わる事柄としてのみ個々の人びとの了解の中に現れてくるということだ。そこでは、帝国や文明の地理的広がりは、そのような地理的広がりを概念・イメージとして生産し、流通させ、受け入れてゆく社会的な営みと相関することによってはじめて「真実」としての資格を得る。/言いかえれば、帝国や文明という社会は、そのような概念・イメージと相関し、それを支えうるシステムとして貢納や徴税、用役や教育、行政文書や経典等の関係や実践、地の体系を作り上げ、その中で帝国や文明に関するイメージを再生産してゆくのである。」(96)
「貨幣と測量とは、社会の構成要素を単一の指標によって通約的に把握し、それによって社会的な諸関係を交換可能な量からなるものとして組織するという、同一の精神を体現しているのである。」(104)
「測量する視点とはいわば「権力の眼」なのであり、この眼を通じて土地と社会との関係が「数量」として客体化され、客観化されて、一義的に確定されてゆくのである。」(106)
●第三章 近代的世界の「発見」
●第四章 国土の製作と国民の創出
●終章 地図としての社会 地図を超える社会
「近代的地図が「世界」として描き出す範域の拡張と正確な測定、そしてそれらの範域の領域国家による属領化は、領域的な主権国家と資本主義、そして近代的な科学技術という近代的な社会を支えるシステムの地球的な規模での展開と対応していた。それは、特定の様式をもった知、生産と流通、統治権力、およびそれに相関する身体技術や時間システム等の社会的諸関係を秩序づける諸様式の地球的な規模での普遍化=世界化、私たちが「近代」と呼ぶ社会の普遍化=世界化と対応していたのである。」(212)
●あとがき
「地図の歴史や文化史、地図的な表現をめぐる考察等を読んでいるうちに、「社会」と「空間」についてだけでなく、「社会という経験」そのものについても、地図という表現を触媒にして考えることができるのではないかという気がしてきたのである。」(255)
ピエール・ブルデュー(1977):原山哲訳『資本主義のハビトゥス』、藤原書店、1993。
貨幣文化が導入・普及する等、「資本主義のハビトゥス」が人びとに共有されるようになる様子を、アルジュリアでのエスノグラフィーをもとにしてブルデューが描く書。「貨幣」制度が入ることで文化が貧しくなる傾向があるということをアルジュリアの例を通して語っているように見える。バタイユの「蕩尽」や「贈与」の議論を思いだす(『呪われた部分』)。実際、ブルデューは「反対給付」などの言葉を使っている。これ、バタイユが先かブルデューが先か…。まあ、どちらもモースの『贈与論』を元にしている点では同じである。
●序論 構造とハビトゥス
「経済的行為の主体は、ホモ・エコノミカスではなく、現実の人間なのであるが、その現実の人間は経済によってつくられているのである。」(11)
●第一章 単純再生産と周期的時間
貨幣文化の普及により「人々は、それ自体では、なんの喜びももたらさない記号について、考えるようになるのだ。」(29)。つまり、貨幣という記号をありがたがるハビトゥスが形成されるのである。
このハビトゥスは「時間」概念も変化させる。「前資本主義的経済が要請する時間の経験の特殊性は、つぎの点にある。つまり、その時間の経験は、いくつかのなかの選択された、ある一つの可能性として提示されるのではなく、その経済によって、唯一可能なものとして課せられるものなのである。」(36)。
また「公平」の感覚も、資本主義のハビトゥスが入る以前と以後とでは変わってくる、とも指摘している。
「農民は、厳密な意味では、労働することはしない。彼は、労苦にたずさわるのだ。」(47)
「労働は、本来、目的ではないし、それ自体、徳であるわけでもない。価値あるとされているのは、経済的目的に志向した行為ではなく、活動そのもので、それが、経済的機能から独立し、社会的機能をもつかぎりにおいてなのである。」(48)
「時間的継起の組織化の原則は、性による分業を決定する原則と同じである」(54)
→イリイチのシャドウ・ワークの根拠でもある。
●第二章 矛盾する必然性と両義的行動
(ダニエル・ラーナーからの引用)
「近代社会によって発展する行動のモデルは、感情移入、すなわち、他者に応じて自己のシステム(self-system)をすばやく再組織する能力によって特徴づけられる。伝統的社会の孤立した共同体が、非常に拘束的なパーソナリティに基づいて機能していたのにたいして、近代社会の諸部分が相互依存しあう事態は、広範囲の参加を要求し、このような参加は、開放的で、適応的な自己のシステム、つまり、新たな役割を取り込み、個人的な価値を公共的な問題に一致させることができる自己のシステムを必要とする。このこと故に、社会の近代化は、われわれが心理的流動性とよぶ大きな心理的変化にかかわっていた。」(61)
「見せかけの仕事」(75)。それは「農民社会のように、その成員に労働を与える義務をそなえた社会、そして生産的ないしは営利的な労働を知らず、同時に、労働の稀少性も知らず、失業の意識もない社会、そういった社会では、なにかしたいと思う者には、つねにすべきことがあると考えられていて、また、労働は社会的義務とみなされ、怠惰は道徳的過失とみなされているのである。」(75)。貨幣経済が導入されると、前資本主義的ハビトゥスである「見せかけの仕事」を行う元農民が多く表れてくる。これが人びとの貧困・搾取にもつながってくる。
また、貨幣経済が浸透すると、前資本主義的な家族のあり方が崩れて来る点をブルデューは指摘する。
「測定でき、通訳できる貨幣収入の多様な道の出現は、家族の分裂の可能性をはらんでおり、家長の権威はおびやかされるのである。というのは、他の成員の服従は、衰退するのをやめず、各々の成員は、収入の自分の取り分を主張するようになるからである。」(81)。その結果、「大部分の場合、出費を取り決めたり、その他あらゆることを命令するという、家長の無条件的な権威は、終わりを遂げている。」(85)のである。
このことは各人の自由の増大を保障することになるが、その反面「家族」や「一族」のあり方が変遷せざるを得なくなる。
●第三章 主観的願望と客観的チャンス
「下層プロレタリアは、教育や職業的資格の欠如―それらの欠如は、同時に、彼らの存在の欠如でもある―の責任が、また、システムにもあるのだという意識に到達することはないのである。」(107)
「要するに、完璧な疎外は、疎外の意識さえも抑止してしまうのだ。」(108)
「常勤の仕事と、規則的な給与が与えられてこそ、開かれた、合理的な時間についての意識が生まれるのである。行為、判断、願望は、生活設計とともに、組織化されるようになるのである。そうなってはじめて、革命的態度が、夢への逃避や、宿命論的なあきらめに取って代わるようになるのだ。」(109)
●第四章 経済的性向の変化のための経済的条件
「最下層の人々は、安定した職業、より厳密に言えば、きまった職業、および、それに到達するのに不可欠な職業的資格と学歴を願望しているのだ、ということを理解しなければならない。守衛、夜警、通信連絡係、監視人といった仕事は、彼らにとっては、「夢の職業」である。というのは、それらは、つらい仕事ではないし、また、学歴、職業教育、資本がなくても得られる仕事のなかで、最も確実な仕事であるからだ。」(123-124)
「よく言われるように、未来を持つ者は、未来を支配しようと企図出来る者なのだ。」(128)
・148頁あたりで述べられている、スラムからアパルトマンに移る話は、「都市化」をめぐる社会学の議論と同様の構図である。「スラム街の生き生きとした雰囲気は、集合住宅地の表面的で断片的な人間関係に取って代わる」(148)等のように。イリイチの「コモンズの消滅」をめぐる議論を思い起こす。
都市的住居は費用がかかる。そのため「近代的住居は、近代的生活を可能にするものであるはずが、逆説的にも、近代的な生活に参画することに対する障害となるのである。」(140)
●結論 意識と無意識
「つまり、彼ら下層プロレタリアは、状況の真実を知らないが、その真実を実践しているのであり、言い換えれば、実践することにおいてのみ、その真実を語るのである。」(155)
→無自覚的な実践(プラチック)が構造を支え、再生産させる。
「そして、現在の状況に対する反逆が合理的で明示的な目的に方向づけれられるようになるには、目的についての合理的意識の形成のための経済的条件がなければならない。つまり、現在の秩序が、それ自体、自らの秩序の消滅の可能性を備えており、その秩序の消滅を企図することの出来る行為主体を生産しなければならないのである。」(157)
●縦走する社会学的実践 訳者解説にかえて
ブルデュー「伝統的な民俗学の方法は、充分なものではなかったので、私は、統計的手法と民俗学的方法とを、組み合わせて、研究しようとしたわけです。」(173)
その他雑記
・本書はやたら句点が入る。「訳者解説」の部分も、不必要な場所でくどいほど句点が入る。『日本語の作文技法』が必要だと思った。
・アルジェリアにすむ下層プロレタリアートの生活世界を事細かに描き、なおかつ統計的手法も用いるブルデューの研究の鮮やかさを見習いたい。
追記
夢を見るのは子どもと〈現実的な夢を見られない〉大人のためのものであるようだ。本書ではアルジェリアの下層プロレタリアートが〈自分の子どもは弁護士か医者にしたい〉という「呪術的な願望」をしている旨が描かれている。「呪術的な願望は、未来をもたぬ人々に固有の未来なのだ。」(121)。この皮肉さが印象に残った。
●序論 構造とハビトゥス
「経済的行為の主体は、ホモ・エコノミカスではなく、現実の人間なのであるが、その現実の人間は経済によってつくられているのである。」(11)
●第一章 単純再生産と周期的時間
貨幣文化の普及により「人々は、それ自体では、なんの喜びももたらさない記号について、考えるようになるのだ。」(29)。つまり、貨幣という記号をありがたがるハビトゥスが形成されるのである。
このハビトゥスは「時間」概念も変化させる。「前資本主義的経済が要請する時間の経験の特殊性は、つぎの点にある。つまり、その時間の経験は、いくつかのなかの選択された、ある一つの可能性として提示されるのではなく、その経済によって、唯一可能なものとして課せられるものなのである。」(36)。
また「公平」の感覚も、資本主義のハビトゥスが入る以前と以後とでは変わってくる、とも指摘している。
「農民は、厳密な意味では、労働することはしない。彼は、労苦にたずさわるのだ。」(47)
「労働は、本来、目的ではないし、それ自体、徳であるわけでもない。価値あるとされているのは、経済的目的に志向した行為ではなく、活動そのもので、それが、経済的機能から独立し、社会的機能をもつかぎりにおいてなのである。」(48)
「時間的継起の組織化の原則は、性による分業を決定する原則と同じである」(54)
→イリイチのシャドウ・ワークの根拠でもある。
●第二章 矛盾する必然性と両義的行動
(ダニエル・ラーナーからの引用)
「近代社会によって発展する行動のモデルは、感情移入、すなわち、他者に応じて自己のシステム(self-system)をすばやく再組織する能力によって特徴づけられる。伝統的社会の孤立した共同体が、非常に拘束的なパーソナリティに基づいて機能していたのにたいして、近代社会の諸部分が相互依存しあう事態は、広範囲の参加を要求し、このような参加は、開放的で、適応的な自己のシステム、つまり、新たな役割を取り込み、個人的な価値を公共的な問題に一致させることができる自己のシステムを必要とする。このこと故に、社会の近代化は、われわれが心理的流動性とよぶ大きな心理的変化にかかわっていた。」(61)
「見せかけの仕事」(75)。それは「農民社会のように、その成員に労働を与える義務をそなえた社会、そして生産的ないしは営利的な労働を知らず、同時に、労働の稀少性も知らず、失業の意識もない社会、そういった社会では、なにかしたいと思う者には、つねにすべきことがあると考えられていて、また、労働は社会的義務とみなされ、怠惰は道徳的過失とみなされているのである。」(75)。貨幣経済が導入されると、前資本主義的ハビトゥスである「見せかけの仕事」を行う元農民が多く表れてくる。これが人びとの貧困・搾取にもつながってくる。
また、貨幣経済が浸透すると、前資本主義的な家族のあり方が崩れて来る点をブルデューは指摘する。
「測定でき、通訳できる貨幣収入の多様な道の出現は、家族の分裂の可能性をはらんでおり、家長の権威はおびやかされるのである。というのは、他の成員の服従は、衰退するのをやめず、各々の成員は、収入の自分の取り分を主張するようになるからである。」(81)。その結果、「大部分の場合、出費を取り決めたり、その他あらゆることを命令するという、家長の無条件的な権威は、終わりを遂げている。」(85)のである。
このことは各人の自由の増大を保障することになるが、その反面「家族」や「一族」のあり方が変遷せざるを得なくなる。
●第三章 主観的願望と客観的チャンス
「下層プロレタリアは、教育や職業的資格の欠如―それらの欠如は、同時に、彼らの存在の欠如でもある―の責任が、また、システムにもあるのだという意識に到達することはないのである。」(107)
「要するに、完璧な疎外は、疎外の意識さえも抑止してしまうのだ。」(108)
「常勤の仕事と、規則的な給与が与えられてこそ、開かれた、合理的な時間についての意識が生まれるのである。行為、判断、願望は、生活設計とともに、組織化されるようになるのである。そうなってはじめて、革命的態度が、夢への逃避や、宿命論的なあきらめに取って代わるようになるのだ。」(109)
●第四章 経済的性向の変化のための経済的条件
「最下層の人々は、安定した職業、より厳密に言えば、きまった職業、および、それに到達するのに不可欠な職業的資格と学歴を願望しているのだ、ということを理解しなければならない。守衛、夜警、通信連絡係、監視人といった仕事は、彼らにとっては、「夢の職業」である。というのは、それらは、つらい仕事ではないし、また、学歴、職業教育、資本がなくても得られる仕事のなかで、最も確実な仕事であるからだ。」(123-124)
「よく言われるように、未来を持つ者は、未来を支配しようと企図出来る者なのだ。」(128)
・148頁あたりで述べられている、スラムからアパルトマンに移る話は、「都市化」をめぐる社会学の議論と同様の構図である。「スラム街の生き生きとした雰囲気は、集合住宅地の表面的で断片的な人間関係に取って代わる」(148)等のように。イリイチの「コモンズの消滅」をめぐる議論を思い起こす。
都市的住居は費用がかかる。そのため「近代的住居は、近代的生活を可能にするものであるはずが、逆説的にも、近代的な生活に参画することに対する障害となるのである。」(140)
●結論 意識と無意識
「つまり、彼ら下層プロレタリアは、状況の真実を知らないが、その真実を実践しているのであり、言い換えれば、実践することにおいてのみ、その真実を語るのである。」(155)
→無自覚的な実践(プラチック)が構造を支え、再生産させる。
「そして、現在の状況に対する反逆が合理的で明示的な目的に方向づけれられるようになるには、目的についての合理的意識の形成のための経済的条件がなければならない。つまり、現在の秩序が、それ自体、自らの秩序の消滅の可能性を備えており、その秩序の消滅を企図することの出来る行為主体を生産しなければならないのである。」(157)
●縦走する社会学的実践 訳者解説にかえて
ブルデュー「伝統的な民俗学の方法は、充分なものではなかったので、私は、統計的手法と民俗学的方法とを、組み合わせて、研究しようとしたわけです。」(173)
その他雑記
・本書はやたら句点が入る。「訳者解説」の部分も、不必要な場所でくどいほど句点が入る。『日本語の作文技法』が必要だと思った。
・アルジェリアにすむ下層プロレタリアートの生活世界を事細かに描き、なおかつ統計的手法も用いるブルデューの研究の鮮やかさを見習いたい。
追記
夢を見るのは子どもと〈現実的な夢を見られない〉大人のためのものであるようだ。本書ではアルジェリアの下層プロレタリアートが〈自分の子どもは弁護士か医者にしたい〉という「呪術的な願望」をしている旨が描かれている。「呪術的な願望は、未来をもたぬ人々に固有の未来なのだ。」(121)。この皮肉さが印象に残った。
2011年2月13日日曜日
橋本治(2001)、『20世紀(下)』、ちくま文庫、2004。
日本の(そして人びとの)生きた「20世紀」を、各年ごとに見ていく書籍。年ごとの常識や認識枠ぐみのちがい(つまり当時の人びとの生活世界の変化)がなかなかに興味深い。例えば、京王線は1913年に開通するが、東京の郊外化が現実になるのは、つまり「通勤圏として開けるのは、1923年の関東大震災で都心部が壊滅してしまった後」(上137)なのである。1907年開通の渋谷ー玉川を繋ぐ玉電も、「これで玉川の砂利を運び、そのついでに人間も運んだ」(上138)ものであった。
興味深い点を下から引用。
「「駅前にスーパーがある」と「不便ながらも」を一対の条件のようにして、日本人の住宅エリアは広がって行く。戦後の新しい生活スタイルは、スーパーマーケットと共に、かつての生活習慣を保ったままの住宅街から離れたところで確立された。」(下 80:「1958」)
「1969年に、「思想」はその役割を終えた。「思想」は「豊かさ」を作り、その豊かさの中で「思想」は不必要になった。1970年から始まるのは、「思想」を必要としない「大衆の時代」なのである。時代の中で生まれた「思想」は、まだ続く時間の中で古くなり、時代というものに追い越されて行った。それを自覚しない「思想」の信奉者は痙攣し、その責任と役割を「大衆」にバトンタッチした「思想」は、ゆっくりと終焉を迎えて行く。」(下148:「1969」)
橋本治の本は幾つか読んでいるが、内田樹の本を一定数読んでから見てみると、内田の文体がいかに橋本の影響を受けているか、「なんとなく」(こういう書き方、ということです)分かってくる。
他に1960年代が週刊誌の時代だった(1961年に週刊誌が17誌も増えた)ことなど、その時代に生きていない「若手」として非常に興味深い内容が多い本だった。
本書には言及はないが、オイルショックを「産業構造の変化」で対応できた日本は1974-75年をマイナス成長にするだけで1992年のバブル崩壊まで常に右肩上がりの成長をしていたのであった。その分、大学と企業のつながりは深く、大学生の就職難は問題化しなかった。一方、オイルショックを乗り越えられなかったヨーロッパ各国は、そこから恒常的に若者(大学生含)の就職難が問題化することになった。日本はいわば欧州の認識と遅れて同調したわけだ。現在の日本の就職活動をめぐる問題を見ていると、どうも一国内に終始しており、「ヨーロッパもそうなのだ」という伝え方をしていない。他国に習う発想が、こと就職活動については行われていない。
興味深い点を下から引用。
「「駅前にスーパーがある」と「不便ながらも」を一対の条件のようにして、日本人の住宅エリアは広がって行く。戦後の新しい生活スタイルは、スーパーマーケットと共に、かつての生活習慣を保ったままの住宅街から離れたところで確立された。」(下 80:「1958」)
「1969年に、「思想」はその役割を終えた。「思想」は「豊かさ」を作り、その豊かさの中で「思想」は不必要になった。1970年から始まるのは、「思想」を必要としない「大衆の時代」なのである。時代の中で生まれた「思想」は、まだ続く時間の中で古くなり、時代というものに追い越されて行った。それを自覚しない「思想」の信奉者は痙攣し、その責任と役割を「大衆」にバトンタッチした「思想」は、ゆっくりと終焉を迎えて行く。」(下148:「1969」)
橋本治の本は幾つか読んでいるが、内田樹の本を一定数読んでから見てみると、内田の文体がいかに橋本の影響を受けているか、「なんとなく」(こういう書き方、ということです)分かってくる。
他に1960年代が週刊誌の時代だった(1961年に週刊誌が17誌も増えた)ことなど、その時代に生きていない「若手」として非常に興味深い内容が多い本だった。
本書には言及はないが、オイルショックを「産業構造の変化」で対応できた日本は1974-75年をマイナス成長にするだけで1992年のバブル崩壊まで常に右肩上がりの成長をしていたのであった。その分、大学と企業のつながりは深く、大学生の就職難は問題化しなかった。一方、オイルショックを乗り越えられなかったヨーロッパ各国は、そこから恒常的に若者(大学生含)の就職難が問題化することになった。日本はいわば欧州の認識と遅れて同調したわけだ。現在の日本の就職活動をめぐる問題を見ていると、どうも一国内に終始しており、「ヨーロッパもそうなのだ」という伝え方をしていない。他国に習う発想が、こと就職活動については行われていない。
藤田英典(1998):志水宏吉編著『教育のエスノグラフィー』、嵯峨野書院。
p54現象学的エスノグラフィー
「後期フッサールやA・シュッツが説いたように、〈生活世界〉は日常生活者によって意味付与され、枠付けられて展開しているのであるから、その意味付与的な行為とその行為を通じて構築され展開している間主観的な意味世界を記述し考察すると言う意味である。また、P・ブルデューの見方によれば、社会は生活者のハビトゥス(行動産出原理としての身体化された心性)によって意味付与され、構造化されており、その構造は実践(慣習的・戦略的行動)のなかに顕現し、かつ、実践を枠付けているのであるから、その実践の展開過程を記述し考察することにより文化社会・生活世界やそこでの諸活動の特徴(構造・機能・意味・性質)を明らかにするというのが、ここでいう現象学的アプローチである。」
「後期フッサールやA・シュッツが説いたように、〈生活世界〉は日常生活者によって意味付与され、枠付けられて展開しているのであるから、その意味付与的な行為とその行為を通じて構築され展開している間主観的な意味世界を記述し考察すると言う意味である。また、P・ブルデューの見方によれば、社会は生活者のハビトゥス(行動産出原理としての身体化された心性)によって意味付与され、構造化されており、その構造は実践(慣習的・戦略的行動)のなかに顕現し、かつ、実践を枠付けているのであるから、その実践の展開過程を記述し考察することにより文化社会・生活世界やそこでの諸活動の特徴(構造・機能・意味・性質)を明らかにするというのが、ここでいう現象学的アプローチである。」
2011年2月11日金曜日
真木悠介(1977):『気流の鳴る音 交響するコミューン』、筑摩書房。
70年代的思想の影響が如実に現れている本。当時はコミューンや疎外論が恐ろしく力を持っていた。時代が生んだ本と言えるが、当時を知らない私としてはかえって新鮮さを覚える本であった。
「「世界」と〈世界〉のちがいについては、それ自体本文の全体を前提するので、あらかじめ正確に記述することはできない。とりあえずこうのべておこう。われわれは「世界」の中に生きている。けれども「世界」は一つではなく、無数の「世界」が存在している。「世界」はいわば、〈世界〉そのものの中にうかぶ島のようなものだ。けれどもこの島の中には、〈世界〉の中のあらゆる項目をとりこむことができる。夜露が満点の星を宿すように、「世界」は〈世界〉のすべてを映す。」(31-32)
「目の世界が唯一の「客観的な」世界であるという偏見が、われわれの世界にあるからだ。われわれの文明はまずなによりも目の文明、目に依存する文明だ。」(82)
「重要なのは見ないことではなく、目に疎外されないことだ。」(85)
カスタネダという老人の教え
「人間が暗闇の中で走りたくなるのは、必ずしも恐怖に駆られてではなく、「しないこと」を知ってよろこびにわいている身体の、きわめて自然な反応でもありうるのだと言う。」(89)
「「世界」と〈世界〉のちがいについては、それ自体本文の全体を前提するので、あらかじめ正確に記述することはできない。とりあえずこうのべておこう。われわれは「世界」の中に生きている。けれども「世界」は一つではなく、無数の「世界」が存在している。「世界」はいわば、〈世界〉そのものの中にうかぶ島のようなものだ。けれどもこの島の中には、〈世界〉の中のあらゆる項目をとりこむことができる。夜露が満点の星を宿すように、「世界」は〈世界〉のすべてを映す。」(31-32)
「目の世界が唯一の「客観的な」世界であるという偏見が、われわれの世界にあるからだ。われわれの文明はまずなによりも目の文明、目に依存する文明だ。」(82)
「重要なのは見ないことではなく、目に疎外されないことだ。」(85)
カスタネダという老人の教え
「人間が暗闇の中で走りたくなるのは、必ずしも恐怖に駆られてではなく、「しないこと」を知ってよろこびにわいている身体の、きわめて自然な反応でもありうるのだと言う。」(89)
理系と文系の対話
久々に弟とメールした。その際のやりとりが興味深かったので、少しここに書こうと思う。
・・・・・・・
まずは引用から。
> あれからバスの中で考察したところ、自分は、人間が他の物質や生物とは異なる特別な存在だとする理論が嫌いなのだという結論に至りました。
> 霊魂や前世来世、インテリジェントデザイン、性善説、観測宇宙論といった理論は、人間を特別な存在だと設定する必要があるので、人間もあくまで動物であり自然現象の一部だとする自分の考え方と合わなかったのだと思います。
ここは私も同意見。全ては相対化のまなざしで見るべきであります。
> それと、「観測者が存在しないと宇宙は存在しないも同然」という考え方は、マクロな世界で適用すると哲学的な話になり、反証不可な上に、そこから何も産み出せないという悪質なものだと思います。そもそもの発想の起点が異なるので、物理学とは比較しようがないです。
> こうしてみると、人間を主体として見るかどうかに文系と理系の違いがあるように思います。
> まあ、これはあくまで今の自分が思うことであり、今後に変化することがあります。
> 支離滅裂ですみません、ただ、誰かに言いたかったので…
>
>
実は文系も50年代あたりは理系的だったんですよ。サルトルとかの実存主義がそれですね。知識人の存在意義(レゾンでーテル)は一体何かを考え、今やるべきことを見過ごすやつは「自己反省すべき!」だ、などと言う(今から見ると)「青い」考え方でした。
自分の実存(ここでは「自分という存在があること」とでも考えてください)の絶対性を見るあり方です。これがレヴィ=ストロースらの「構造主義」で完膚なきまでに否定されるわけです。だって、人間ってそんなにすごい存在じゃないですもん。
ところで、実存主義の側からの構造主義批判として「構造はデモに行かない」と黒板に書いてデモに行った高等学校生(フランスではエリートにあたります)の話が時々持ち出されます。「構造主義者は人間を超えた〈構造〉が人間を動かすとか言うけど、〈構造〉は何かアクションできるのかい?
俺は自由意志に基づいてデモに参加できるんだぜ? 俺のどこが構造に従っていると言えるんだよ」ということを示す板書であったわけです。
…これ、よくよく考えると「戦争反対のデモに行くべき」という「構造」にまぎれもなくこの高校生が突き動かされてるだけ、とも言えるんじゃないでしょうか(桜井哲夫のフーコー論の受け売り)。
人間の自由意思や、人間の主観によって物理的世界を観測しようとする場合、とりあえず自分の「主観」の正しさを信じることになるわけです。ですが、その主観は「構造」を離れることも、あるいは「感情」を離れることもできません(実験室で「ああ、腹減った。もういいじゃん、これで観測結果にしとこうよ」という場合、客観性は担保されるのでしょうか?)。ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの有名な「客観性」論文では(岩波文庫で読めます)、自分の認識(主観のことです)が自分の属性や「構造」に影響を受けているのを認識したうえで、それらの影響が表れない程度まで徹底して現象を記述することで、客観性を担保することを訴えました。実際、私のいる社会学の領域では、学者自身が「社会」のまぎれもない一員ですから、「社会」の「構造」の影響をモロにうけつつ、にもかかわらず「社会」を記述しようというかなりムチャなことをしています。これも、ウェーバーの客観性の基準(厳密にはマンハイムのいう「存在の被拘束性」の基準でもあります)を守ることで「それって、君が思うだけで客観的でないんじゃないの」という批判に答えようとしているのであります。
理系はこの人間の「主観」の問題をあんまり考えてないみたいですね。前に話したクリプキのグル―みたいな概念が実際に存在すると仮定すると、原子やなんかの厳密な認識なんて、出来ないですね。でも、このことは物理学が客観性を満たしていない、ということではないのです。「近代」科学のやり方で十分にメリットはあったからです。ですが、学者の主観性を想定したうえで学問を進めると、さらに物理学が発展すると思います(し、すでにそうなっているのかもしれません)。
メールの返信になっていれば幸いです。
・・・・・・・
まずは引用から。
> あれからバスの中で考察したところ、自分は、人間が他の物質や生物とは異なる特別な存在だとする理論が嫌いなのだという結論に至りました。
> 霊魂や前世来世、インテリジェントデザイン、性善説、観測宇宙論といった理論は、人間を特別な存在だと設定する必要があるので、人間もあくまで動物であり自然現象の一部だとする自分の考え方と合わなかったのだと思います。
ここは私も同意見。全ては相対化のまなざしで見るべきであります。
> それと、「観測者が存在しないと宇宙は存在しないも同然」という考え方は、マクロな世界で適用すると哲学的な話になり、反証不可な上に、そこから何も産み出せないという悪質なものだと思います。そもそもの発想の起点が異なるので、物理学とは比較しようがないです。
> こうしてみると、人間を主体として見るかどうかに文系と理系の違いがあるように思います。
> まあ、これはあくまで今の自分が思うことであり、今後に変化することがあります。
> 支離滅裂ですみません、ただ、誰かに言いたかったので…
>
>
実は文系も50年代あたりは理系的だったんですよ。サルトルとかの実存主義がそれですね。知識人の存在意義(レゾンでーテル)は一体何かを考え、今やるべきことを見過ごすやつは「自己反省すべき!」だ、などと言う(今から見ると)「青い」考え方でした。
自分の実存(ここでは「自分という存在があること」とでも考えてください)の絶対性を見るあり方です。これがレヴィ=ストロースらの「構造主義」で完膚なきまでに否定されるわけです。だって、人間ってそんなにすごい存在じゃないですもん。
ところで、実存主義の側からの構造主義批判として「構造はデモに行かない」と黒板に書いてデモに行った高等学校生(フランスではエリートにあたります)の話が時々持ち出されます。「構造主義者は人間を超えた〈構造〉が人間を動かすとか言うけど、〈構造〉は何かアクションできるのかい?
俺は自由意志に基づいてデモに参加できるんだぜ? 俺のどこが構造に従っていると言えるんだよ」ということを示す板書であったわけです。
…これ、よくよく考えると「戦争反対のデモに行くべき」という「構造」にまぎれもなくこの高校生が突き動かされてるだけ、とも言えるんじゃないでしょうか(桜井哲夫のフーコー論の受け売り)。
人間の自由意思や、人間の主観によって物理的世界を観測しようとする場合、とりあえず自分の「主観」の正しさを信じることになるわけです。ですが、その主観は「構造」を離れることも、あるいは「感情」を離れることもできません(実験室で「ああ、腹減った。もういいじゃん、これで観測結果にしとこうよ」という場合、客観性は担保されるのでしょうか?)。ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの有名な「客観性」論文では(岩波文庫で読めます)、自分の認識(主観のことです)が自分の属性や「構造」に影響を受けているのを認識したうえで、それらの影響が表れない程度まで徹底して現象を記述することで、客観性を担保することを訴えました。実際、私のいる社会学の領域では、学者自身が「社会」のまぎれもない一員ですから、「社会」の「構造」の影響をモロにうけつつ、にもかかわらず「社会」を記述しようというかなりムチャなことをしています。これも、ウェーバーの客観性の基準(厳密にはマンハイムのいう「存在の被拘束性」の基準でもあります)を守ることで「それって、君が思うだけで客観的でないんじゃないの」という批判に答えようとしているのであります。
理系はこの人間の「主観」の問題をあんまり考えてないみたいですね。前に話したクリプキのグル―みたいな概念が実際に存在すると仮定すると、原子やなんかの厳密な認識なんて、出来ないですね。でも、このことは物理学が客観性を満たしていない、ということではないのです。「近代」科学のやり方で十分にメリットはあったからです。ですが、学者の主観性を想定したうえで学問を進めると、さらに物理学が発展すると思います(し、すでにそうなっているのかもしれません)。
メールの返信になっていれば幸いです。
2011年2月10日木曜日
Bourdieu, Pierre/Wacquant,Loïc.J.D(2007):水島和則訳『リフレクシヴ・ソシオロジーへの招待』、藤原書店、2007。
ブルデュー思想を、ロイック・ヴァカンが整理・編集した著作集。読書上のメモの抜粋集としてここに記す。
第Ⅰ部 社会的実践の理論に向けて(ロイック・ヴァカン)
「ブルデューは方法論的一元論のあらゆる形態、構造もしくは行為主体、システムもしくは行為者、集団もしくは個人のいずれかに存在論的優先性を主張する考え方に反対し、関係というものの優先性を主張する。彼によれば、二項対立のどちらかを選ばせる考え方は社会的リアリティについての常識レベルの見方を反映しており、社会学はそうした見方を取り除かなければならない。」(34)
36頁より:「ハビトゥスと界がこれら諸関係の結び目を示す鍵概念である」
「ハビトゥスは構造を形成するメカニズムであり、行為者の内側から作用する。」(38)
「「実践感覚」はあらかじめ知っている。つまり、現在の状態のなかに、界がはらんでいる未来の状態を読み取る。過去、現在と未来はハビトゥスのなかでお互いに交叉し、相互浸透しているからである。」(43)
*「実践感覚」と書いた後、[勘]と記述されている箇所があった。実戦感覚、つまりハビトゥスは「勘」ということであるのかと気づいた。
「グラムシがすでに理解していたように、科学こそまさに、きわめて政治的な活動なのである。」(78)
「社会学の使命は、行為を規定している制約要因の世界を再構成することによって、行為がなぜなされたか、その「必然性を示す」ことであり、それらの行為を正当化することなく、恣意性から引き離すことである。」(81)
「ブルデューにとって、真の知識人は時の権力、経済的ならびに政治的権力の介入から独立していることによって定義される。」(90)
*アメリカのダウンタウンのボクシングジムの事例を出すヴァカン。このあたりは、彼のエスノメソドロジー実践を示している。
「結論としていえば、それが示唆しているのはブルデューの社会学が彼がこの言葉に与えた意味でのひとつの政治として読まれるべきだということだ。つまり、われわれを構築したものの見方を変える企てとしてである。それゆえに社会学は、合理的に、そして人間的に、社会学を、社会を、そして究極的にはわれわれの自己を形づくることができるのだ。」(93)
第Ⅱ部 リフレキスヴ・ソシオロジーの目的(ヴァカンの質問にブルデューが答える)
「あらゆる社会学は歴史学的であり、あらゆる歴史学は社会学的であるべきなんです。事実、私の提案している界の理論の機能のひとつは、再生産と変動、静態と動態、あるいは構造と歴史の間の対立を消滅させることです。」(124)
「界という観点から考えるということは、関係論的に考えるということです。」(130)
「ヘーゲルの有名な言葉をもじって、実在するものは関係であるといってもいいでしょうね。社会学的世界の中に存在するものは、関係です。行為者同士の相互行為でも間主観的な結びつきでもなく、マルクスがいったように「個人の意識や意志からは独立して」存在する客観的諸関係なのです。」(131)
「界の概念の主な利点は、それぞれの界について、境界は何か、他の界とどのように「接合」されているのか、といった点をつねに自問するよう強いることです。それは実証主義的経験主義の理論不在に陥ることではなりません。現実に対して立てられる、繰り返し立ち戻ってくる問いの体系を扱うということです。」(147)
「ハビトゥスとは知覚図式、評価図式、行為図式の体系、持続が可能で組み替えの可能な体系ですが、この体系は社会的なるものが身体(あるいは生物学的個体)のなかに成立した結果です。界は、さまざまな客観的関係からなる体系ですが、この体系は社会的なるものが、物のなかに、あるいは物理的対象とほぼ同じリアリティを有するメカニズムのなかに成立した産物です。さらにはいうまでもなく、社会科学の対象はこの[リアリティと界との]関係から生まれたものすべて、すなわち社会的実践や表象、あるいはそれらが知覚され評価されるリアリティの形態として現れたものである界をも含みます。」(168)
「ハビトゥスは特定の状況とのかかわりのなかでしか現れません。」(177)
「私の研究活動においては、もっとも重要だと私が考える理論的アイディアを見つけだしたのも、聞き取り調査を実施したり質問票の集計をしたりすることによってだったのです。」(208)
「保護されていた結婚制度から「自由交換」への移行は犠牲をつくり出します。」(214)
→現在の「婚活」の発想を、ブルデューは1989年の時点で指摘していた。
「社会学者とは、街頭に出かけていって誰にでもインタビューをし、人々の話に耳を傾け人々から学ぼうとする人たちです。これはソクラテスがいつもやっていたことです。」(256)
*第Ⅱ部ではブルデューのハビトゥスや界の概念がいかに安易に解釈され、誤解されてきたかを示している。そして、その誤解を訂正する内容のやり取りが多く行われている。
第Ⅲ部 リフレクシヴ・ソシオロジーの実践
「私がみなさんに教え込みたいと願っている姿勢のなかに、研究を合理的計画としてとらえる能力があります。研究を一種の神秘的な探究として大げさに語るのは、自分を安心させるためなのでしょうが、逆に恐れや不安を大きくするだけです。研究を合理的な企てとみる現実主義の姿勢は(…)はるかに深い失望を味わうことのないよう身を守るための、おそらくは最良の方法であり唯一の方法なのです。」(271-272)
→だからこそ「研究者が淡々と自分の仕事をこなしていく」ことを否定的にみないのが重要である。ウェーバーの『職業としての学問』にあった「日々の仕事(ザッヘ)へ帰れ」も、要するに淡々と研究することであろう。
「他のどんな思想家以上に社会学者にとっては、自分自身の思考を思考されざる状態に放置しておけば、自分が考えているつもりの当の対象に道具として使えてしまうことになるのです。」(293)
→これはマンハイムの「存在の被拘束性」ということとしても説明できる。また、ウェーバーの「客観性」論文も、同様の内容である。研究者自身の認識枠組みやハビトゥス・界に自覚的であることが必要だと名高い社会学者たちは語っているといえる。
訳者あとがき
「相手を対象化しようとうる動機(社会学に惹かれる人間につきまとう動機)それ自体が当人に自覚されない限り、人は相手について語っているつもりでつねに自分について、あるいはその相手と自分との関係について語ってしまう、という洞察に立脚するものだったのである。」(338)
「誤解を恐れずにいえばブルデューの学問的営為を「異文化体験の現象学」と形容できるのではないだろうか。ここで「現象学」という言葉は、本書で用いられる客観主義と対置されている主観主義という意味ではなく、志向性という概念を軸に「知る者―知られる者」のあいだにある「関係」を考察の焦点とするという本来の意味で用いている。」(339)
*本書冒頭ではヴァカンが「この本にはブルデューの著書のダイジェストでもなければ、ブルデューの社会学の体系的解説もふくまれていない」(10)と断わりを述べている。しかし、結果的に本書がブルデュー入門になっているのは興味深い点である。また、ブルデューの学問観や学者に求める姿勢が非常に参考になる。
*本書は竹内洋『社会学の名著30』のトリを飾るものである。
第Ⅰ部 社会的実践の理論に向けて(ロイック・ヴァカン)
「ブルデューは方法論的一元論のあらゆる形態、構造もしくは行為主体、システムもしくは行為者、集団もしくは個人のいずれかに存在論的優先性を主張する考え方に反対し、関係というものの優先性を主張する。彼によれば、二項対立のどちらかを選ばせる考え方は社会的リアリティについての常識レベルの見方を反映しており、社会学はそうした見方を取り除かなければならない。」(34)
36頁より:「ハビトゥスと界がこれら諸関係の結び目を示す鍵概念である」
「ハビトゥスは構造を形成するメカニズムであり、行為者の内側から作用する。」(38)
「「実践感覚」はあらかじめ知っている。つまり、現在の状態のなかに、界がはらんでいる未来の状態を読み取る。過去、現在と未来はハビトゥスのなかでお互いに交叉し、相互浸透しているからである。」(43)
*「実践感覚」と書いた後、[勘]と記述されている箇所があった。実戦感覚、つまりハビトゥスは「勘」ということであるのかと気づいた。
「グラムシがすでに理解していたように、科学こそまさに、きわめて政治的な活動なのである。」(78)
「社会学の使命は、行為を規定している制約要因の世界を再構成することによって、行為がなぜなされたか、その「必然性を示す」ことであり、それらの行為を正当化することなく、恣意性から引き離すことである。」(81)
「ブルデューにとって、真の知識人は時の権力、経済的ならびに政治的権力の介入から独立していることによって定義される。」(90)
*アメリカのダウンタウンのボクシングジムの事例を出すヴァカン。このあたりは、彼のエスノメソドロジー実践を示している。
「結論としていえば、それが示唆しているのはブルデューの社会学が彼がこの言葉に与えた意味でのひとつの政治として読まれるべきだということだ。つまり、われわれを構築したものの見方を変える企てとしてである。それゆえに社会学は、合理的に、そして人間的に、社会学を、社会を、そして究極的にはわれわれの自己を形づくることができるのだ。」(93)
第Ⅱ部 リフレキスヴ・ソシオロジーの目的(ヴァカンの質問にブルデューが答える)
「あらゆる社会学は歴史学的であり、あらゆる歴史学は社会学的であるべきなんです。事実、私の提案している界の理論の機能のひとつは、再生産と変動、静態と動態、あるいは構造と歴史の間の対立を消滅させることです。」(124)
「界という観点から考えるということは、関係論的に考えるということです。」(130)
「ヘーゲルの有名な言葉をもじって、実在するものは関係であるといってもいいでしょうね。社会学的世界の中に存在するものは、関係です。行為者同士の相互行為でも間主観的な結びつきでもなく、マルクスがいったように「個人の意識や意志からは独立して」存在する客観的諸関係なのです。」(131)
「界の概念の主な利点は、それぞれの界について、境界は何か、他の界とどのように「接合」されているのか、といった点をつねに自問するよう強いることです。それは実証主義的経験主義の理論不在に陥ることではなりません。現実に対して立てられる、繰り返し立ち戻ってくる問いの体系を扱うということです。」(147)
「ハビトゥスとは知覚図式、評価図式、行為図式の体系、持続が可能で組み替えの可能な体系ですが、この体系は社会的なるものが身体(あるいは生物学的個体)のなかに成立した結果です。界は、さまざまな客観的関係からなる体系ですが、この体系は社会的なるものが、物のなかに、あるいは物理的対象とほぼ同じリアリティを有するメカニズムのなかに成立した産物です。さらにはいうまでもなく、社会科学の対象はこの[リアリティと界との]関係から生まれたものすべて、すなわち社会的実践や表象、あるいはそれらが知覚され評価されるリアリティの形態として現れたものである界をも含みます。」(168)
「ハビトゥスは特定の状況とのかかわりのなかでしか現れません。」(177)
「私の研究活動においては、もっとも重要だと私が考える理論的アイディアを見つけだしたのも、聞き取り調査を実施したり質問票の集計をしたりすることによってだったのです。」(208)
「保護されていた結婚制度から「自由交換」への移行は犠牲をつくり出します。」(214)
→現在の「婚活」の発想を、ブルデューは1989年の時点で指摘していた。
「社会学者とは、街頭に出かけていって誰にでもインタビューをし、人々の話に耳を傾け人々から学ぼうとする人たちです。これはソクラテスがいつもやっていたことです。」(256)
*第Ⅱ部ではブルデューのハビトゥスや界の概念がいかに安易に解釈され、誤解されてきたかを示している。そして、その誤解を訂正する内容のやり取りが多く行われている。
第Ⅲ部 リフレクシヴ・ソシオロジーの実践
「私がみなさんに教え込みたいと願っている姿勢のなかに、研究を合理的計画としてとらえる能力があります。研究を一種の神秘的な探究として大げさに語るのは、自分を安心させるためなのでしょうが、逆に恐れや不安を大きくするだけです。研究を合理的な企てとみる現実主義の姿勢は(…)はるかに深い失望を味わうことのないよう身を守るための、おそらくは最良の方法であり唯一の方法なのです。」(271-272)
→だからこそ「研究者が淡々と自分の仕事をこなしていく」ことを否定的にみないのが重要である。ウェーバーの『職業としての学問』にあった「日々の仕事(ザッヘ)へ帰れ」も、要するに淡々と研究することであろう。
「他のどんな思想家以上に社会学者にとっては、自分自身の思考を思考されざる状態に放置しておけば、自分が考えているつもりの当の対象に道具として使えてしまうことになるのです。」(293)
→これはマンハイムの「存在の被拘束性」ということとしても説明できる。また、ウェーバーの「客観性」論文も、同様の内容である。研究者自身の認識枠組みやハビトゥス・界に自覚的であることが必要だと名高い社会学者たちは語っているといえる。
訳者あとがき
「相手を対象化しようとうる動機(社会学に惹かれる人間につきまとう動機)それ自体が当人に自覚されない限り、人は相手について語っているつもりでつねに自分について、あるいはその相手と自分との関係について語ってしまう、という洞察に立脚するものだったのである。」(338)
「誤解を恐れずにいえばブルデューの学問的営為を「異文化体験の現象学」と形容できるのではないだろうか。ここで「現象学」という言葉は、本書で用いられる客観主義と対置されている主観主義という意味ではなく、志向性という概念を軸に「知る者―知られる者」のあいだにある「関係」を考察の焦点とするという本来の意味で用いている。」(339)
*本書冒頭ではヴァカンが「この本にはブルデューの著書のダイジェストでもなければ、ブルデューの社会学の体系的解説もふくまれていない」(10)と断わりを述べている。しかし、結果的に本書がブルデュー入門になっているのは興味深い点である。また、ブルデューの学問観や学者に求める姿勢が非常に参考になる。
*本書は竹内洋『社会学の名著30』のトリを飾るものである。
2011年2月6日日曜日
シャドウ・ワークと冷却作用Cooling-Out(ゴフマン)の連結について。
人びとが現在の体制を支える形で行う他律労働。それがシャドウ・ワーク(イリイチ)である。これが学歴社会と繋がった際、竹内洋がいう形の冷却作用が成立するのではないか。
『臨床社会学のすすめ』で大村英昭がいうように、「鎮欲のエートス」(大村2000 :231)が冷却作用にはある。これはイリイチのいうシャドウ・ワークの一つの形ではないか。
どちらも人を他律的に働きかけるという共通点がある。
この構造を一体化させられればなかなか興味深い気がするが、さてどうしようか。
『臨床社会学のすすめ』で大村英昭がいうように、「鎮欲のエートス」(大村2000 :231)が冷却作用にはある。これはイリイチのいうシャドウ・ワークの一つの形ではないか。
どちらも人を他律的に働きかけるという共通点がある。
この構造を一体化させられればなかなか興味深い気がするが、さてどうしようか。
2011年2月3日木曜日
本を読むという、「主体」の行為
本を読むとき、私は本の「装飾」をはぎ取る(=stripping)。本のカバー、帯(まさに裸にしているわけだ)、「愛読者カード」や新刊紹介文を投げ捨て・打ち破り・テープで本にとめている。
いわば、食材たる本を消化可能な状態にまで下ごしらえをするわけだ。松岡正剛が本年(2010年)11月の「週刊読書人」インタビューで書いていたが、本を読むのはグルメや映画・演劇同様の行為である。後生大事に本を扱うのでなく、本をエンタテイメントとして享受可能な状態にまで変化(=メタモルフォーゼ)させる必要があるのである。
私は本を「他者」の比喩で扱っている。他者を理解可能な形態にまで変形あるいは変化させるわけだ。これは通常、主体である「私」の変容モデルにおいて示すこともできるが、本においては「他者」自体の変容モデルでいうことができる。松岡がいうのは読書行為における「編集」作業の重要性である。本のカバーを捨てるのも、松岡のいう「編集」である。
他者を理解可能な形態に変形させることは、「オリエンタリズム」(サイード)でもある。理解不可能な形態であったものを、「私」という主体が理解可能な状態にすることになるわけであるためだ。しかし、読書行為についてまでオリエンタリズムを敷衍させることは無理があるだろう。
書籍はいわば「恋人」である。肝心な部分は装いに隠され、「主体」が少しずつ核心に近づいていくしかない。他者たる書物は「謎」めいた主体でもある。strippingする「楽しみ」は「恋人」にもあるし、「書籍」にもあると言えるであろう。このことを「まどろっこしい」と感じるか、「楽しい」と感じるかで、本を恋人にできるか否かが決まってくる。
いわば、食材たる本を消化可能な状態にまで下ごしらえをするわけだ。松岡正剛が本年(2010年)11月の「週刊読書人」インタビューで書いていたが、本を読むのはグルメや映画・演劇同様の行為である。後生大事に本を扱うのでなく、本をエンタテイメントとして享受可能な状態にまで変化(=メタモルフォーゼ)させる必要があるのである。
私は本を「他者」の比喩で扱っている。他者を理解可能な形態にまで変形あるいは変化させるわけだ。これは通常、主体である「私」の変容モデルにおいて示すこともできるが、本においては「他者」自体の変容モデルでいうことができる。松岡がいうのは読書行為における「編集」作業の重要性である。本のカバーを捨てるのも、松岡のいう「編集」である。
他者を理解可能な形態に変形させることは、「オリエンタリズム」(サイード)でもある。理解不可能な形態であったものを、「私」という主体が理解可能な状態にすることになるわけであるためだ。しかし、読書行為についてまでオリエンタリズムを敷衍させることは無理があるだろう。
書籍はいわば「恋人」である。肝心な部分は装いに隠され、「主体」が少しずつ核心に近づいていくしかない。他者たる書物は「謎」めいた主体でもある。strippingする「楽しみ」は「恋人」にもあるし、「書籍」にもあると言えるであろう。このことを「まどろっこしい」と感じるか、「楽しい」と感じるかで、本を恋人にできるか否かが決まってくる。
2011年2月1日火曜日
2011年1月31日月曜日
PISAの調査結果報道から見えてくること ~各紙社説の検討から~
0、目次
本稿は以下のように構成されている。
1、はじめに
2、「社説」から見えてくること
2.1. PISA調査の重要度認識の違い
2.2. 内容の検討
3、調査結果の社説報道の問題点
3.1.教育問題の「格差」性への各社の認識
3.2.教育問題を煽る社説
3.3. 他のアジア諸国への言及
3.4. 社説の最終部分の記述
4、日本の義務教育の内容・方法について、今後改善すべき課題ないし改善策
4.1. 教育問題の「格差」性への検討
4.2. 教育目標の検討
4.3. 教員の自己教育力の養成
5、終わりに
6、参考文献
1、 はじめに
PISAの調査結果をもとに日本の義務教育の内容・方法について考察を行うのが本稿のテーマである。そのために、まずはPISAを巡るマスメディアの言説を探る点から行っていく。
本稿では各紙に掲載されたPISA2009年調査の結果を受けての「社説」の内容の検討を行う。対象となるのは全国紙5紙(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・産経新聞・日経新聞)に地方紙1紙(東京新聞)の朝刊である。なお、本稿では各紙を略称で扱うものとする。
図表1に、検討する社説の掲載日とタイトルをまとめている。
図表1 検討する新聞社説と掲載日の一覧
新聞名 掲載日 社説タイトル
読売 12月9日 国際学力調査 応用力を鍛えて向上めざせ
朝日 12月8日 国際学力調査 根づいたか「未来型学力」
毎日 12月8日 国際学力テスト 向上の流れを確かに
産経 12月9日 国際学力調査 「8位」で手綱を緩めるな
日経 12月8日 「考える力」をどう育てるか
東京 12月9日 国際学力調査 順位に一喜一憂ではなく
2、「社説」から見えてくること
2.1. PISA調査の重要度認識の違い
図表1をみると、PISA関連の社説の掲載日には2010年12月8日のグループ(朝日・毎日・日経)と9日のグループ(読売・産経・東京)の2つがあることが分かる。
12月9日にPISAに関する社説を掲載した読売・産経・東京も、8日の1面にはPISAの記事を掲載している 。1面に掲載するほど重要であると認識されたPISA調査について、社説で取り扱うのが9日になった理由は一体何であるか。それは、12月8日の社説においてPISAよりも重要だと認識される内容を、社説で取り扱う必要があったためであると考察できる。図表2に12月8日の各紙の社説をまとめている。
図表2 各紙の12/8の社説
新聞名 上段/下段
読売 日米韓外相会談 中国と連携し対北圧力強めよ/諫早湾開拓訴訟 「開門」命令が問う政治の責任
産経 民社「復縁」 数合わせで国益害するな/日米韓外相会談 連携して対中圧力強化を
東京 菅内閣半年 課題に挑む気迫感じぬ/日米韓外相会談 中国も北の暴走止めよ
朝日 朝鮮半島 外交で打開する以外ない/国際学力調査 根づいたか「未来型学力」
毎日 日米韓外相会談 中国は「北」説得に動け/国際学力テスト 向上の流れを確かに
日経 中国は北朝鮮の蛮行封じ込めへ行動を/「考える力」をどう育てるか
*斜体はPISAに関する社説である。
各紙社説に日米韓外相会談に関する社説が掲載されている点は6紙共通の特徴である。2枠ある社説欄のもう1欄において、読売・産経・東京はPISAではなく「諫早湾開拓訴訟」(読売)・「民社『復縁』」(産経)・「菅内閣半年」(東京)と、いずれも政治面、特に政府批判の内容を掲載している。朝日・毎日・日経のように8日にPISAの社説を掲載しなかったのは、読売・産経・東京が政府批判の文脈が強いためであると考察できる。つまり、PISA調査よりも政府批判の社説掲載のほうを優先したと考えられる。
今回のPISA調査結果において、日本の子どもの学力が改善したと報道をされている。読売・産経・東京にとっては現政府の政策の取り組みを肯定する評価を下すことになる。そのためあえて社説発表を9日にずらした可能性を考察することができる。
実際、読売・産経・東京のPISAに関する社説では、民主党政権への批判が取り上げられている。読売は全国学力テストが「PISAと同じ応用力を問う問題が出される」意味合いで有効と述べたのち、「民主党政権はコスト削減を理由に抽出方式に変えたが、全員参加方式に戻すべきだ」と記述している。産経は「民主党政権は学力テスト方式を全員参加から一部参加に変えた。『競争』から目をそらしている。教育の成果を適切に評価する取り組み姿勢に欠ける」と言及。東京は「国を挙げての〝受験対策″が軌道に乗り始めただけだ」と指摘する。いずれも現政府への批判となっている。一方、朝日・毎日・日経では政府批判の内容は掲載されていなかった。
政治的色合いのもとで、各紙はPISA調査に関する内容を報道していることが見て取ることができる。
なお、産経・読売については筆者の想定する「ストーリー」を述べたいと思う。一般的に保守的とされる産経・読売は、今回のPISA調査で日本の順位が上がったことを真っ先に報道したいと考える。いわば「国益」とも言えることだからだ。しかし、現状は「民主党政権」である。素直に日本の順位が上がったことを述べてしまうと、現政府に花を持たせることになる。そのためにあえて12月8日に現政府批判の社説を掲載し、翌日にPISA調査に関する社説を出したのではないか。その際も、「民主党政権」への批判を書くことを怠らずに行うことで自社のスタンスに反しないようにしているのである。
2.2. 内容の検討
朝日の社説では「日本の子が苦手とされてきた「読解力」の分野で、国別順位が改善した」ことを述べたのち、「だが、21世紀を生き抜くための力が日本の子どもたちに備わってきたと、本当に喜んでよいのだろうか」と指摘する。「言葉という道具を駆使して他人と交わり、考えを深め、社会に役立ててゆくような力強さはまだまだ。そんな日本の子の姿が浮かぶ」とまとめた後、「朝読書」などの事例を述べている。しかし全体として何が言いたいのか不明瞭になっている。
日本の新聞メディアにおいて、今回のPISAの調査結果を「改善」と見る動きが強い。しかし、「社説」では記者がいろいろ「本当に喜んでよいだろうか」(朝日)などと教育内容を煽る。その割に記者が提案するのは「朝読書」(朝日・東京が言及)のなかで「感想を話し合い、違う意見もとりいれて発表する」(朝日)など、教育学プロパーから見て低レベルな内容でしかない。
新聞記者の視点にはリテラシー能力向上の「手法」は「朝読書」くらいしか入っていない点に注意をしたい。
教育行政全体の変革を述べていたのは毎日と日経のみである。毎日は「状況を大きく前進させるには入試改革が不可欠だ。思考や表現を重視する授業を普及させるには高校、大学が手間をかけた試験を避けてはならない。暗記知識の多寡でコンピューター処理をするような試験は、PISA型学力からは最も遠い」とまとめている。ここで考えるべきは、毎日の社説が言うような「コンピューター処理」する入試を経ずに入学する生徒が現状では6割いるという点である。「暗記知識の多寡」で受験者を選別できる学校は、いまでは数少なくなっている。毎日の提案は現状とミスマッチなのである。
その点、日経は毎日同様に大学入試改革を述べてはいるものの、「教育課程の弾力化と、地域や学校現場の創意工夫を生かす教育行政の分権が欠かせない」と書いていた。提言として妥当なのは日経のこの提起のみである。
3、調査結果の社説報道の問題点
3.1.教育問題の「格差」性への各社の認識
近年、教育における「格差」の存在が言及されることが多くなった。今回のPISA調査の結果を受けた社説をみると、「格差」について言及をしている社説と全く言及のない社説の2つにわかれた(図表3)。朝日・日経を除く4紙はいずれも「格差」について言及をしていることがわかる。
図表3 「格差」への言及の有無
新聞名 格差への言及
読売 「低学力層」
毎日 「学力格差」「経済格差」
産経 「格差も解消されていない」
東京 「所得格差」
朝日 ×
日経 ×
「格差」についてもっとも多くの文字数を使って言及をしていたのは毎日であった。学力二極化の傾向への指摘にとどまらず、「経済格差」にも言及があった 。読売は毎日同様「低学力層」の存在の指摘を行った後、教員への要望を述べている 。東京は「成績の良い子と悪い子の二極化が依然目立つ」との指摘後、「背後には所得格差の問題が潜んでいる」と述べ、不明確な形ながら「格差」の存在を匂わせている。
興味深いのは産経の記述である。参加国と比較し「日本は学力下位層が多く、格差も解消されていない」と言及した次の箇所で、「民主党政権は学力テスト方式を全員参加から一部参加に変えた。『競争』から目をそらしている。教育の成果を適切に評価する取り組み姿勢にかける」と述べている。「格差」解消を目指しつつも「競争」を重視する姿勢に矛盾を見て取ることができる。
一方、教育問題が経済格差などとつながりを持っている点について、朝日・日経では指摘がされていない。教育問題の持つ「格差」性についての認識をマスメディア自身が持つことが必要であろう。
3.2.教育問題を煽る社説
なぜ学力の向上を行う必要があるのか。その哲学性や理念についての言及が6紙の社説には現れていない。産経は「国力」やノーベル賞受賞という記述があるが、教育問題をなぜ社説で扱う問題であると考えるのか、その点の考察が必要である。現状ではただ教育の現状を嘆き、教育の改善を煽る紙面になってしまっている。
3.3. 他のアジア諸国への言及
今回のPISA調査では初参加の上海が全領域でトップの結果を示していた。そのことについて言及しているのは読売・産経・東京・日経の4紙である。12月9日に社説を掲載したグループに日経を足したものである。一方、朝日・毎日は自国の調査結果に関する内容のみで終始した内容である。
東アジア諸国への言及があった4紙でも、記事の扱い方は異なっている。読売・産経は「アジアのライバルの学力向上熱は高い」(産経)、「アジアの優秀な学生を日本の本社で採用する企業も現れ始めた。日本の若者が各国のライバルと就業を競う時代に入っている」(読売)と、明確に「各国のライバル」と日本の若者が競うことを言及した内容となっている。一方、東京・日経は上海を含めたアジア諸国のPISA結果が高かった、という事実の記述にとどまっている 。
まとめると、PISAが国力を競うものとして騒がれる傾向が読売・産経では強く表れている。一方、東京・日経は調査結果として「アジア勢」の結果が上位に並んだことを掲載したのみであり、朝日・毎日は全く他国の結果を掲載していなかった。
3.4. 社説の最終部分の記述
次に、新聞社説の最終部分について比較を行う。この部分を比べるのは、照らし合わせた際に各紙の主張や傾向が強く表れていたためである(図表4)。
図表4をみると、朝日・東京は「腰を落ち着け、学びの質をかえてゆくときだろう」(朝日)・「一喜一憂する必要はない」(東京)と、教育政策の方向性を漸進的に変化させる方向性での記述がなされていることが分かる。また日経は朝日同様、「学びの質」を改善する内容を述べていることで共通している 。
一方、読売・毎日は今後の教育政策を「自己表現力」などを高める方向性で変えていく必要性について述べている。産経は若者への呼びかけで終えている点が特徴的である。
図表4 各社説の最終部分の記述
新聞名 最終部分の記述
読売 「自己表現力や対話能力も問われる。見劣りしない能力をつけさせることは国の責務だろう」
朝日 「未来に向けて腰を落ち着け、学びの質を変えてゆくときだろう」
毎日 (入試改革の提言をした後に)「暗記知識の多寡でコンピュータ処理するような試験は、PISA型学力からは最も遠い」
産経 「将来の日本が世界と競い合うためにも、若い世代はひたすら学ぶしかない」
日経 「子どもにしっかりものを考えさせる、本来の意味での『ゆとり』が大切だ」
東京 「順位に一喜一憂する必要はない」
4、日本の義務教育の内容・方法について、今後改善すべき課題ないし改善策
ここでは今まで検討してきた各紙のPISAをめぐる社説の記述から見えてきた点をもとに、日本の義務教育をめぐる改善すべき課題と、改善策に関する筆者の私見をまとめる。
4.1. 教育問題の「格差」性への検討
先に図表3において各紙の「格差」報道を見てきた。「『社会生活を営む上で支障があるレベル』とされる低学力層の割合が、日本は三つの分野とも1割を超えていた。上位10か国・地域の中では目立って高い」(読売)。この「社会生活を営む上で支障があるレベル」の低学力層の割合が高い点は、読売・毎日の記述に述べられていた。安彦(1996)が述べる「基礎」と「基本」に義務教育の範囲をたてわけ、「基礎」だけは個別指導や特別授業を行ってでも底上げをするという改善策が考えられる。
また、所得格差問題についても毎日において指摘があった。これを是正するためには、生活保護の受給を容易にする点や、北海道三笠市のように給食費無償化を実現する点などを方法として挙げることができる。
4.2. 教育目標の検討
3.2.において、各紙の社説が教育問題を煽って終わりになっている点を述べた。
教育方法を定めるには、目標goalが必要である。そうでなければPDCAサイクルをそもそも動かすことができない。「ゆとり教育」には学力低下などの批判がさらされたが、「生きる力」という目標が定められていた点に一つの意味があったと考えられる。目標や理念が曲がりなりにも定められていたため、「ゆとり教育」という目標の妥当性を議論できたのである。
PISA導入後、「リテラシー能力」や「基礎・基本の徹底」などが新たな目標として語られるようになったが、これらはあらゆる方向に向けられたものであり、結局のところ何を目指すのか不明確になっている。
次の4.3.でも述べることではあるが、義務教育において何を求めるのか、議論が必要であろう。それは教育行政のみではなく、職員会議(現状では校長の方針を打ちだすのみの場になっている)や教育委員会内での真剣な議論が必要であると考える。
4.3. 教員の自己教育力の養成
各社説には現場教員への提言も3紙に述べられていた。「先生が細かく目を配り、つまずきを克服するまで指導することが大切である」(読売)・「授業をどう工夫するか先生の力量がますます問われる」(東京)・「教科書の使い方や教科を横断するような形式の授業にも、工夫が必要だ」(朝日)。
実際、現場教員自身の自己教育が今後の必要となるであろう。PISA型学力への転換、「考える力」重視の教育実践も、最終的には教員の創意工夫によって実現されることである。むろん、一方的押しつけにならないよう十分に議論して政策を行う必要はある。しかし、教員自身の取り組みが「良い教育」を支える根拠となることは確かであろう。
アーレントは空間をprivate-public-socialの3つの側面から考察する(Arendt 1957)。画一的なsocialたる教育行政・教育政策のみでなく、その学校・その教室独自の公共性publicを作っていくことの重要性を、アーレントの概念枠組みから読み取ることができる。彼女は理想の公共空間として、他者との網の目の空間に「現れ」、議論・行為するなかで正義を実現することを述べている(同)。理想の教育空間(あるいは場)は教員-生徒間で作り上げていく必要がある。そのためにこそ、教員自身の自己教育が必要となる。これが教育行政に使役される形で行われるならば、イリイチのいうシャドウ・ワーク(賃金の支払われない他律的労働)になるが(Illich 1981)、国家の権力に対抗する形で行うこともできる。
上から言われた通りに行うだけで「効果」が出るわけでないのが教育現場である。教育目標が「ゆとり」や「学力向上」の間を揺れ動く中、自分に関与する児童・生徒との間での教育実践をアーレントの言うpublicの図式に合う形で行うことで、国家の力を制限することができる。
ちょうど向山洋一の教育技術法則化運動も、教員自身の自発性・能動性に支えられていることも思い起こす必要がある。向山は新任校での自己紹介を朝会で行う際、5分のあいさつのために何時間もかけて指導案の作成・検討・練習を繰り返したという(向山 1987)。教員自身が国家や行政とのバランスの中で「良い教育」を実践するためにも、教員自らの自己教育が必要であるということができる。
5、終わりに
本稿では各紙社説の検討後、それを基にして今後日本の義務教育段階で行っていくべき提言を3点提示した。具体的な方法論についての検討はできなかったが、数ある方法の中から児童・生徒の現状を見て必要な方法を用いられるよう、教員の自己教育力の養成(4.3.)や教育目標をpublicな議論によって決定すること(4.2.)が養成されると考察できる。また、教育実践を行うための土台となる「格差」の是正を政治・行政のレベルで行うこと(4.1.)が必要であるといえる。
本稿の課題点を述べる。今回はPISA調査を受けての社説記事の出る日付が12月8日と9日に各紙が分かれていた点を取り上げている(図表1)が、前回・前々回などのPISA調査結果報道の際は社説掲載日にずれがあったのか、検討することができなかった。その点について今後検討する必要があるだろう。
6、参考文献
安彦忠彦(1996):『新学力観と基礎学力』、明治図書出版。
Arendt, Hannah(1957):志水速雄訳『人間の条件』、ちくま学芸文庫、1994。
向山洋一(1987):『子供を動かす法則』、明治図書出版。
Illich, Ivan(1981):玉野井芳郎・栗林彬訳『シャドウ・ワーク』、岩波現代文庫、2005。
本稿は以下のように構成されている。
1、はじめに
2、「社説」から見えてくること
2.1. PISA調査の重要度認識の違い
2.2. 内容の検討
3、調査結果の社説報道の問題点
3.1.教育問題の「格差」性への各社の認識
3.2.教育問題を煽る社説
3.3. 他のアジア諸国への言及
3.4. 社説の最終部分の記述
4、日本の義務教育の内容・方法について、今後改善すべき課題ないし改善策
4.1. 教育問題の「格差」性への検討
4.2. 教育目標の検討
4.3. 教員の自己教育力の養成
5、終わりに
6、参考文献
1、 はじめに
PISAの調査結果をもとに日本の義務教育の内容・方法について考察を行うのが本稿のテーマである。そのために、まずはPISAを巡るマスメディアの言説を探る点から行っていく。
本稿では各紙に掲載されたPISA2009年調査の結果を受けての「社説」の内容の検討を行う。対象となるのは全国紙5紙(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・産経新聞・日経新聞)に地方紙1紙(東京新聞)の朝刊である。なお、本稿では各紙を略称で扱うものとする。
図表1に、検討する社説の掲載日とタイトルをまとめている。
図表1 検討する新聞社説と掲載日の一覧
新聞名 掲載日 社説タイトル
読売 12月9日 国際学力調査 応用力を鍛えて向上めざせ
朝日 12月8日 国際学力調査 根づいたか「未来型学力」
毎日 12月8日 国際学力テスト 向上の流れを確かに
産経 12月9日 国際学力調査 「8位」で手綱を緩めるな
日経 12月8日 「考える力」をどう育てるか
東京 12月9日 国際学力調査 順位に一喜一憂ではなく
2、「社説」から見えてくること
2.1. PISA調査の重要度認識の違い
図表1をみると、PISA関連の社説の掲載日には2010年12月8日のグループ(朝日・毎日・日経)と9日のグループ(読売・産経・東京)の2つがあることが分かる。
12月9日にPISAに関する社説を掲載した読売・産経・東京も、8日の1面にはPISAの記事を掲載している 。1面に掲載するほど重要であると認識されたPISA調査について、社説で取り扱うのが9日になった理由は一体何であるか。それは、12月8日の社説においてPISAよりも重要だと認識される内容を、社説で取り扱う必要があったためであると考察できる。図表2に12月8日の各紙の社説をまとめている。
図表2 各紙の12/8の社説
新聞名 上段/下段
読売 日米韓外相会談 中国と連携し対北圧力強めよ/諫早湾開拓訴訟 「開門」命令が問う政治の責任
産経 民社「復縁」 数合わせで国益害するな/日米韓外相会談 連携して対中圧力強化を
東京 菅内閣半年 課題に挑む気迫感じぬ/日米韓外相会談 中国も北の暴走止めよ
朝日 朝鮮半島 外交で打開する以外ない/国際学力調査 根づいたか「未来型学力」
毎日 日米韓外相会談 中国は「北」説得に動け/国際学力テスト 向上の流れを確かに
日経 中国は北朝鮮の蛮行封じ込めへ行動を/「考える力」をどう育てるか
*斜体はPISAに関する社説である。
各紙社説に日米韓外相会談に関する社説が掲載されている点は6紙共通の特徴である。2枠ある社説欄のもう1欄において、読売・産経・東京はPISAではなく「諫早湾開拓訴訟」(読売)・「民社『復縁』」(産経)・「菅内閣半年」(東京)と、いずれも政治面、特に政府批判の内容を掲載している。朝日・毎日・日経のように8日にPISAの社説を掲載しなかったのは、読売・産経・東京が政府批判の文脈が強いためであると考察できる。つまり、PISA調査よりも政府批判の社説掲載のほうを優先したと考えられる。
今回のPISA調査結果において、日本の子どもの学力が改善したと報道をされている。読売・産経・東京にとっては現政府の政策の取り組みを肯定する評価を下すことになる。そのためあえて社説発表を9日にずらした可能性を考察することができる。
実際、読売・産経・東京のPISAに関する社説では、民主党政権への批判が取り上げられている。読売は全国学力テストが「PISAと同じ応用力を問う問題が出される」意味合いで有効と述べたのち、「民主党政権はコスト削減を理由に抽出方式に変えたが、全員参加方式に戻すべきだ」と記述している。産経は「民主党政権は学力テスト方式を全員参加から一部参加に変えた。『競争』から目をそらしている。教育の成果を適切に評価する取り組み姿勢に欠ける」と言及。東京は「国を挙げての〝受験対策″が軌道に乗り始めただけだ」と指摘する。いずれも現政府への批判となっている。一方、朝日・毎日・日経では政府批判の内容は掲載されていなかった。
政治的色合いのもとで、各紙はPISA調査に関する内容を報道していることが見て取ることができる。
なお、産経・読売については筆者の想定する「ストーリー」を述べたいと思う。一般的に保守的とされる産経・読売は、今回のPISA調査で日本の順位が上がったことを真っ先に報道したいと考える。いわば「国益」とも言えることだからだ。しかし、現状は「民主党政権」である。素直に日本の順位が上がったことを述べてしまうと、現政府に花を持たせることになる。そのためにあえて12月8日に現政府批判の社説を掲載し、翌日にPISA調査に関する社説を出したのではないか。その際も、「民主党政権」への批判を書くことを怠らずに行うことで自社のスタンスに反しないようにしているのである。
2.2. 内容の検討
朝日の社説では「日本の子が苦手とされてきた「読解力」の分野で、国別順位が改善した」ことを述べたのち、「だが、21世紀を生き抜くための力が日本の子どもたちに備わってきたと、本当に喜んでよいのだろうか」と指摘する。「言葉という道具を駆使して他人と交わり、考えを深め、社会に役立ててゆくような力強さはまだまだ。そんな日本の子の姿が浮かぶ」とまとめた後、「朝読書」などの事例を述べている。しかし全体として何が言いたいのか不明瞭になっている。
日本の新聞メディアにおいて、今回のPISAの調査結果を「改善」と見る動きが強い。しかし、「社説」では記者がいろいろ「本当に喜んでよいだろうか」(朝日)などと教育内容を煽る。その割に記者が提案するのは「朝読書」(朝日・東京が言及)のなかで「感想を話し合い、違う意見もとりいれて発表する」(朝日)など、教育学プロパーから見て低レベルな内容でしかない。
新聞記者の視点にはリテラシー能力向上の「手法」は「朝読書」くらいしか入っていない点に注意をしたい。
教育行政全体の変革を述べていたのは毎日と日経のみである。毎日は「状況を大きく前進させるには入試改革が不可欠だ。思考や表現を重視する授業を普及させるには高校、大学が手間をかけた試験を避けてはならない。暗記知識の多寡でコンピューター処理をするような試験は、PISA型学力からは最も遠い」とまとめている。ここで考えるべきは、毎日の社説が言うような「コンピューター処理」する入試を経ずに入学する生徒が現状では6割いるという点である。「暗記知識の多寡」で受験者を選別できる学校は、いまでは数少なくなっている。毎日の提案は現状とミスマッチなのである。
その点、日経は毎日同様に大学入試改革を述べてはいるものの、「教育課程の弾力化と、地域や学校現場の創意工夫を生かす教育行政の分権が欠かせない」と書いていた。提言として妥当なのは日経のこの提起のみである。
3、調査結果の社説報道の問題点
3.1.教育問題の「格差」性への各社の認識
近年、教育における「格差」の存在が言及されることが多くなった。今回のPISA調査の結果を受けた社説をみると、「格差」について言及をしている社説と全く言及のない社説の2つにわかれた(図表3)。朝日・日経を除く4紙はいずれも「格差」について言及をしていることがわかる。
図表3 「格差」への言及の有無
新聞名 格差への言及
読売 「低学力層」
毎日 「学力格差」「経済格差」
産経 「格差も解消されていない」
東京 「所得格差」
朝日 ×
日経 ×
「格差」についてもっとも多くの文字数を使って言及をしていたのは毎日であった。学力二極化の傾向への指摘にとどまらず、「経済格差」にも言及があった 。読売は毎日同様「低学力層」の存在の指摘を行った後、教員への要望を述べている 。東京は「成績の良い子と悪い子の二極化が依然目立つ」との指摘後、「背後には所得格差の問題が潜んでいる」と述べ、不明確な形ながら「格差」の存在を匂わせている。
興味深いのは産経の記述である。参加国と比較し「日本は学力下位層が多く、格差も解消されていない」と言及した次の箇所で、「民主党政権は学力テスト方式を全員参加から一部参加に変えた。『競争』から目をそらしている。教育の成果を適切に評価する取り組み姿勢にかける」と述べている。「格差」解消を目指しつつも「競争」を重視する姿勢に矛盾を見て取ることができる。
一方、教育問題が経済格差などとつながりを持っている点について、朝日・日経では指摘がされていない。教育問題の持つ「格差」性についての認識をマスメディア自身が持つことが必要であろう。
3.2.教育問題を煽る社説
なぜ学力の向上を行う必要があるのか。その哲学性や理念についての言及が6紙の社説には現れていない。産経は「国力」やノーベル賞受賞という記述があるが、教育問題をなぜ社説で扱う問題であると考えるのか、その点の考察が必要である。現状ではただ教育の現状を嘆き、教育の改善を煽る紙面になってしまっている。
3.3. 他のアジア諸国への言及
今回のPISA調査では初参加の上海が全領域でトップの結果を示していた。そのことについて言及しているのは読売・産経・東京・日経の4紙である。12月9日に社説を掲載したグループに日経を足したものである。一方、朝日・毎日は自国の調査結果に関する内容のみで終始した内容である。
東アジア諸国への言及があった4紙でも、記事の扱い方は異なっている。読売・産経は「アジアのライバルの学力向上熱は高い」(産経)、「アジアの優秀な学生を日本の本社で採用する企業も現れ始めた。日本の若者が各国のライバルと就業を競う時代に入っている」(読売)と、明確に「各国のライバル」と日本の若者が競うことを言及した内容となっている。一方、東京・日経は上海を含めたアジア諸国のPISA結果が高かった、という事実の記述にとどまっている 。
まとめると、PISAが国力を競うものとして騒がれる傾向が読売・産経では強く表れている。一方、東京・日経は調査結果として「アジア勢」の結果が上位に並んだことを掲載したのみであり、朝日・毎日は全く他国の結果を掲載していなかった。
3.4. 社説の最終部分の記述
次に、新聞社説の最終部分について比較を行う。この部分を比べるのは、照らし合わせた際に各紙の主張や傾向が強く表れていたためである(図表4)。
図表4をみると、朝日・東京は「腰を落ち着け、学びの質をかえてゆくときだろう」(朝日)・「一喜一憂する必要はない」(東京)と、教育政策の方向性を漸進的に変化させる方向性での記述がなされていることが分かる。また日経は朝日同様、「学びの質」を改善する内容を述べていることで共通している 。
一方、読売・毎日は今後の教育政策を「自己表現力」などを高める方向性で変えていく必要性について述べている。産経は若者への呼びかけで終えている点が特徴的である。
図表4 各社説の最終部分の記述
新聞名 最終部分の記述
読売 「自己表現力や対話能力も問われる。見劣りしない能力をつけさせることは国の責務だろう」
朝日 「未来に向けて腰を落ち着け、学びの質を変えてゆくときだろう」
毎日 (入試改革の提言をした後に)「暗記知識の多寡でコンピュータ処理するような試験は、PISA型学力からは最も遠い」
産経 「将来の日本が世界と競い合うためにも、若い世代はひたすら学ぶしかない」
日経 「子どもにしっかりものを考えさせる、本来の意味での『ゆとり』が大切だ」
東京 「順位に一喜一憂する必要はない」
4、日本の義務教育の内容・方法について、今後改善すべき課題ないし改善策
ここでは今まで検討してきた各紙のPISAをめぐる社説の記述から見えてきた点をもとに、日本の義務教育をめぐる改善すべき課題と、改善策に関する筆者の私見をまとめる。
4.1. 教育問題の「格差」性への検討
先に図表3において各紙の「格差」報道を見てきた。「『社会生活を営む上で支障があるレベル』とされる低学力層の割合が、日本は三つの分野とも1割を超えていた。上位10か国・地域の中では目立って高い」(読売)。この「社会生活を営む上で支障があるレベル」の低学力層の割合が高い点は、読売・毎日の記述に述べられていた。安彦(1996)が述べる「基礎」と「基本」に義務教育の範囲をたてわけ、「基礎」だけは個別指導や特別授業を行ってでも底上げをするという改善策が考えられる。
また、所得格差問題についても毎日において指摘があった。これを是正するためには、生活保護の受給を容易にする点や、北海道三笠市のように給食費無償化を実現する点などを方法として挙げることができる。
4.2. 教育目標の検討
3.2.において、各紙の社説が教育問題を煽って終わりになっている点を述べた。
教育方法を定めるには、目標goalが必要である。そうでなければPDCAサイクルをそもそも動かすことができない。「ゆとり教育」には学力低下などの批判がさらされたが、「生きる力」という目標が定められていた点に一つの意味があったと考えられる。目標や理念が曲がりなりにも定められていたため、「ゆとり教育」という目標の妥当性を議論できたのである。
PISA導入後、「リテラシー能力」や「基礎・基本の徹底」などが新たな目標として語られるようになったが、これらはあらゆる方向に向けられたものであり、結局のところ何を目指すのか不明確になっている。
次の4.3.でも述べることではあるが、義務教育において何を求めるのか、議論が必要であろう。それは教育行政のみではなく、職員会議(現状では校長の方針を打ちだすのみの場になっている)や教育委員会内での真剣な議論が必要であると考える。
4.3. 教員の自己教育力の養成
各社説には現場教員への提言も3紙に述べられていた。「先生が細かく目を配り、つまずきを克服するまで指導することが大切である」(読売)・「授業をどう工夫するか先生の力量がますます問われる」(東京)・「教科書の使い方や教科を横断するような形式の授業にも、工夫が必要だ」(朝日)。
実際、現場教員自身の自己教育が今後の必要となるであろう。PISA型学力への転換、「考える力」重視の教育実践も、最終的には教員の創意工夫によって実現されることである。むろん、一方的押しつけにならないよう十分に議論して政策を行う必要はある。しかし、教員自身の取り組みが「良い教育」を支える根拠となることは確かであろう。
アーレントは空間をprivate-public-socialの3つの側面から考察する(Arendt 1957)。画一的なsocialたる教育行政・教育政策のみでなく、その学校・その教室独自の公共性publicを作っていくことの重要性を、アーレントの概念枠組みから読み取ることができる。彼女は理想の公共空間として、他者との網の目の空間に「現れ」、議論・行為するなかで正義を実現することを述べている(同)。理想の教育空間(あるいは場)は教員-生徒間で作り上げていく必要がある。そのためにこそ、教員自身の自己教育が必要となる。これが教育行政に使役される形で行われるならば、イリイチのいうシャドウ・ワーク(賃金の支払われない他律的労働)になるが(Illich 1981)、国家の権力に対抗する形で行うこともできる。
上から言われた通りに行うだけで「効果」が出るわけでないのが教育現場である。教育目標が「ゆとり」や「学力向上」の間を揺れ動く中、自分に関与する児童・生徒との間での教育実践をアーレントの言うpublicの図式に合う形で行うことで、国家の力を制限することができる。
ちょうど向山洋一の教育技術法則化運動も、教員自身の自発性・能動性に支えられていることも思い起こす必要がある。向山は新任校での自己紹介を朝会で行う際、5分のあいさつのために何時間もかけて指導案の作成・検討・練習を繰り返したという(向山 1987)。教員自身が国家や行政とのバランスの中で「良い教育」を実践するためにも、教員自らの自己教育が必要であるということができる。
5、終わりに
本稿では各紙社説の検討後、それを基にして今後日本の義務教育段階で行っていくべき提言を3点提示した。具体的な方法論についての検討はできなかったが、数ある方法の中から児童・生徒の現状を見て必要な方法を用いられるよう、教員の自己教育力の養成(4.3.)や教育目標をpublicな議論によって決定すること(4.2.)が養成されると考察できる。また、教育実践を行うための土台となる「格差」の是正を政治・行政のレベルで行うこと(4.1.)が必要であるといえる。
本稿の課題点を述べる。今回はPISA調査を受けての社説記事の出る日付が12月8日と9日に各紙が分かれていた点を取り上げている(図表1)が、前回・前々回などのPISA調査結果報道の際は社説掲載日にずれがあったのか、検討することができなかった。その点について今後検討する必要があるだろう。
6、参考文献
安彦忠彦(1996):『新学力観と基礎学力』、明治図書出版。
Arendt, Hannah(1957):志水速雄訳『人間の条件』、ちくま学芸文庫、1994。
向山洋一(1987):『子供を動かす法則』、明治図書出版。
Illich, Ivan(1981):玉野井芳郎・栗林彬訳『シャドウ・ワーク』、岩波現代文庫、2005。
2011年1月30日日曜日
2011年1月23日日曜日
2011年1月4日火曜日
2010年12月13日月曜日
2010年12月6日月曜日
『失われた場を探して ロストジェネレーションの社会学』読書メモ
Brinton, Mary C.(2008):池村千秋訳『失われた場を探して ロストジェネレーションの社会学』、NTT出版、2008。
・日本の若者の中で最も就職状況が厳しいのは普通高校低偏差値校であることを実証した本。アメリカでは職探しの際「ウィークタイズ」(グラノベッター)が強いが、日本では「ストロングタイズ」によって探すことが多い。
・高校の就職先あっせんのシステムが動かなくなり(普通高校。工業高校や商業高校はまだ口が見つかりやすい)、自ら高校生が動く必要が出て来る。
・かつては「場」が物をいった日本社会だが、だんだん場が衰退しており、アメリカ同様「資格」中心に動くようになってきた(95)。かつては学校や会社が「場」(男性の場合。女性は家庭であるという)の働きを持ち、なんらかの安定した場の一員であることが決定的に重要な意味を持っていた。「しかし今日の若者にとって、そうした「場」は減りはじめている。社会におけるアイデンティティーを学校と職場から得られない若者が増えているのだ」(99)。
「正社員にならない若者が増えていることに関して日本の政府とマスコミは若者の姿勢を批判するが、重要なことを見落としがちだ。その重要な側面とは、この章で指摘してきたように、高校の序列がはっきりわかれていて、求人の数に高校によって大きな格差があるという現実である」(143)。
「かつて日本人にとって、幸福や安心の源泉であった、企業や学校という場に所属する機会は、ロスジェネにとって、大きく失われてしまった。なかでも、偏差値レベルのそう高くない高校を卒業した後、大学に進学しなかった男性ほど、「場」を失って彷徨い続けているのだ」(240頁の玄田有史の解説)。
・日本の若者の中で最も就職状況が厳しいのは普通高校低偏差値校であることを実証した本。アメリカでは職探しの際「ウィークタイズ」(グラノベッター)が強いが、日本では「ストロングタイズ」によって探すことが多い。
・高校の就職先あっせんのシステムが動かなくなり(普通高校。工業高校や商業高校はまだ口が見つかりやすい)、自ら高校生が動く必要が出て来る。
・かつては「場」が物をいった日本社会だが、だんだん場が衰退しており、アメリカ同様「資格」中心に動くようになってきた(95)。かつては学校や会社が「場」(男性の場合。女性は家庭であるという)の働きを持ち、なんらかの安定した場の一員であることが決定的に重要な意味を持っていた。「しかし今日の若者にとって、そうした「場」は減りはじめている。社会におけるアイデンティティーを学校と職場から得られない若者が増えているのだ」(99)。
「正社員にならない若者が増えていることに関して日本の政府とマスコミは若者の姿勢を批判するが、重要なことを見落としがちだ。その重要な側面とは、この章で指摘してきたように、高校の序列がはっきりわかれていて、求人の数に高校によって大きな格差があるという現実である」(143)。
「かつて日本人にとって、幸福や安心の源泉であった、企業や学校という場に所属する機会は、ロスジェネにとって、大きく失われてしまった。なかでも、偏差値レベルのそう高くない高校を卒業した後、大学に進学しなかった男性ほど、「場」を失って彷徨い続けているのだ」(240頁の玄田有史の解説)。
2010年12月5日日曜日
2010年12月4日土曜日
フレイレ『伝達か対話か』読書メモ
「人間として生きることは、他者および世界とかかわって生きることである。それは、世界をそれ自体で独立した、認識可能な客観的現実として経験することである」(15)
「存在するということは、人間と人間、人間と世界、人間と創造者のあいだの永遠の対話を包摂するダイナミックな概念である。人間を歴史的存在にかえるのは、この対話である」(44)
「もし教育にたずさわるものが、新しい社会の生誕になにか特別に寄与しうるものがあるとすれば、それはほかでもなく、批判的態度の形成をたすける批判的な教育を生みだすことであったと思われる」(71)
「われわれの状況が求めている教育とは、自分たちが生活の場で直面している諸問題をだいたんに議論し、それにとりくむことのできる人間を育てるということである。こうした教育は、現代の危険がどこにあるかを人びとに気づかせ、ともすれば他人の決定に服従することによって自分というものを放棄してきた人びとに、それらの危険にたちむかう自信と力を与えるものとなるのである」(74-75)
民主主義の学習は「実践」をもって学ばれる。
「じっさい民衆は、民主主義の実践をへてこそ、それを習得することができるのだ。民主主義の知識は、他のすべての知識とおなじように、経験をくぐらせてこそ血となり肉となるものなのだから」(80)
→だからこそ「ことばだけで民衆に伝えよう」(同)とすることは無意味なのだ。そういう意味では、学校を民主主義育成の土台にしようとしたデューイに連なるものがある。「真の交流をつくりだすのは、対話だけである」(99)というフレイレの言葉をかみしめる必要がある。
識字について。
「識字というのは、日常の生活世界とは切れている生命のない対象物である文章、単語、音節を記憶することではない。むしろそれは、創造と再創造の態度を身につけ、各自が現実にかかわる姿勢を生みだす自己変革の力を獲得することなのである。/かくして教育者の役割は、具体的現実に関する非識字者との対話にひたすら身を投じ、かれが自分で読み書きを自学自習できるための道具を、完全にかれに与えることである。」(105)
→「自学自習できるための道具」とは、イリイチの「コンヴィヴィアリティのための道具」を思い起こす。
他者との対話による教育を想定したフレイレ。この対話は「学校」でなくとも成立する(むしろ学校が「言葉」を教えこんで「沈黙の文化」に民衆を陥れている)。フレイレの「脱学校」思想はそういった意味でのものなのだ。
フレイレ1967=1982『伝達か対話か』亜紀書房、里見実ほか訳
「存在するということは、人間と人間、人間と世界、人間と創造者のあいだの永遠の対話を包摂するダイナミックな概念である。人間を歴史的存在にかえるのは、この対話である」(44)
「もし教育にたずさわるものが、新しい社会の生誕になにか特別に寄与しうるものがあるとすれば、それはほかでもなく、批判的態度の形成をたすける批判的な教育を生みだすことであったと思われる」(71)
「われわれの状況が求めている教育とは、自分たちが生活の場で直面している諸問題をだいたんに議論し、それにとりくむことのできる人間を育てるということである。こうした教育は、現代の危険がどこにあるかを人びとに気づかせ、ともすれば他人の決定に服従することによって自分というものを放棄してきた人びとに、それらの危険にたちむかう自信と力を与えるものとなるのである」(74-75)
民主主義の学習は「実践」をもって学ばれる。
「じっさい民衆は、民主主義の実践をへてこそ、それを習得することができるのだ。民主主義の知識は、他のすべての知識とおなじように、経験をくぐらせてこそ血となり肉となるものなのだから」(80)
→だからこそ「ことばだけで民衆に伝えよう」(同)とすることは無意味なのだ。そういう意味では、学校を民主主義育成の土台にしようとしたデューイに連なるものがある。「真の交流をつくりだすのは、対話だけである」(99)というフレイレの言葉をかみしめる必要がある。
識字について。
「識字というのは、日常の生活世界とは切れている生命のない対象物である文章、単語、音節を記憶することではない。むしろそれは、創造と再創造の態度を身につけ、各自が現実にかかわる姿勢を生みだす自己変革の力を獲得することなのである。/かくして教育者の役割は、具体的現実に関する非識字者との対話にひたすら身を投じ、かれが自分で読み書きを自学自習できるための道具を、完全にかれに与えることである。」(105)
→「自学自習できるための道具」とは、イリイチの「コンヴィヴィアリティのための道具」を思い起こす。
他者との対話による教育を想定したフレイレ。この対話は「学校」でなくとも成立する(むしろ学校が「言葉」を教えこんで「沈黙の文化」に民衆を陥れている)。フレイレの「脱学校」思想はそういった意味でのものなのだ。
フレイレ1967=1982『伝達か対話か』亜紀書房、里見実ほか訳
2010年12月1日水曜日
2010年11月28日日曜日
ウォーラーステインとイリイチ。
ウォーラーステイン(19883)の『史的システムとしての資本主義』(岩波現代選書)を読んだが、イリイチのシャドウ・ワーク論に通じる指摘が多かった。
「資本蓄積者が政治的救命ネットとしてあてにしてきたのが、労働のうち金銭で測られてきた部分はほんの一握りにすぎないという事実である」(131)
イリイチの『脱学校の社会』のハイライトにつながる「プロメテウス」的人間への批判も、本書103頁で述べられている。
なぜ、ウォーラーステインの本書とイリイチの発想は繋がり合う点が多いのか? それはいずれもマルクス思想を土台にするという、米ソ冷戦下の思想体系の元に出てきた思想であるためである。この部分の理解が自分には甘いので、マルクス思想を再び学び直そうと思う。
「資本蓄積者が政治的救命ネットとしてあてにしてきたのが、労働のうち金銭で測られてきた部分はほんの一握りにすぎないという事実である」(131)
イリイチの『脱学校の社会』のハイライトにつながる「プロメテウス」的人間への批判も、本書103頁で述べられている。
なぜ、ウォーラーステインの本書とイリイチの発想は繋がり合う点が多いのか? それはいずれもマルクス思想を土台にするという、米ソ冷戦下の思想体系の元に出てきた思想であるためである。この部分の理解が自分には甘いので、マルクス思想を再び学び直そうと思う。
2010年11月22日月曜日
イリイチの論理性が弱いことをどうとらえるか?
ある学会発表にあったが(あとで追記する)、イリイチは「あえて」論文的でないエッセイ調で、彼の主著を書きあげた、という。『脱学校の社会』も『シャドウ・ワーク』も『ジェンダー』も、論文というよりはアジテーションあふれるエッセイの寄せ集めという感を呈している。
イリイチは「あえて」エッセイ調で記述をしたとすれば、なぜこのような書き方をしたのかという疑問が付きまとう。実際、イリイチは論理の飛躍・論理破綻が多く指摘される論者である。特徴的なのは『ジェンダー』である。男女の性差に規定した「分業」が中世社会にあったことを指摘した本書は、上野千鶴子らによって徹底的に批判された。私から見てもイリイチは上野らに批判されて仕方のない論理展開をしている。どこか話に無理があるのだ。しかし、これをイリイチの論理力のなさとして批判することはできないと私は考えている。
イリイチはCIDOCという研究センターにおいて60~70年代は研究活動に励んでいた。研究者同士のセミナーのなかでの議論が、イリイチの諸著作のアイデアの源になっている。萩原(1988)の『解放への迷路』にも、イリイチの著作がイリイチ以外の人びとによっても構成された点を指摘している。ここから考察すると、イリイチの論理性の無さというよりは、研究者どうしの種々の言説の寄せ集めであるがゆえの論理不一貫が起きていると言えるのではないか。
あるいは教育詩学のように、教育の本来持つ豊かな可能性を様々な表現技法で示すという営みに近いものであるのかもしれない。「今の社会についてこうも言うことができる」と述べるためにイリイチは「エッセイ」を書いたのではないか。
イリイチは「あえて」エッセイ調で記述をしたとすれば、なぜこのような書き方をしたのかという疑問が付きまとう。実際、イリイチは論理の飛躍・論理破綻が多く指摘される論者である。特徴的なのは『ジェンダー』である。男女の性差に規定した「分業」が中世社会にあったことを指摘した本書は、上野千鶴子らによって徹底的に批判された。私から見てもイリイチは上野らに批判されて仕方のない論理展開をしている。どこか話に無理があるのだ。しかし、これをイリイチの論理力のなさとして批判することはできないと私は考えている。
イリイチはCIDOCという研究センターにおいて60~70年代は研究活動に励んでいた。研究者同士のセミナーのなかでの議論が、イリイチの諸著作のアイデアの源になっている。萩原(1988)の『解放への迷路』にも、イリイチの著作がイリイチ以外の人びとによっても構成された点を指摘している。ここから考察すると、イリイチの論理性の無さというよりは、研究者どうしの種々の言説の寄せ集めであるがゆえの論理不一貫が起きていると言えるのではないか。
あるいは教育詩学のように、教育の本来持つ豊かな可能性を様々な表現技法で示すという営みに近いものであるのかもしれない。「今の社会についてこうも言うことができる」と述べるためにイリイチは「エッセイ」を書いたのではないか。
2010年11月19日金曜日
子どもを子ども扱いする社会への批判。
私は既存の教育学が子どもを「他者」として認識していない点に疑問を感じている。メーハンのIREではないが、教育的眼差しは子どもに「評価」の眼差しをおく。しかし、我々は友人に対して時間を聞いて「ありがとう」と言わず評価のみをすることは全くないはずだ。教育的関係においてのみ、子どもたちは「よくできました」と教育的眼差しで見られる。
共同体社会の時代から共同体維持の成員育成が「教育」で行われてきたわけであるが、その教育自体の持つ「社会維持」の機能についてはあまり批判がなされていない。「子どものため」の「よい」教育であっても、子どもをまさに「子ども」扱いする。幼児段階はそれでいいが、小・中学生や高校生、はては大学生を同じ眼差しでみてもいいものなのであろうか。当然、「教える」エートスが求められるのは現在の社会(後期近代の社会である)そういった姿勢を要求するためである。
その辺りを考察すると、教育的な眼差しをもって子どもを見ることが「気持ち悪い」と思ってくる。教育行為をどんなに奇麗な言葉で飾ったとしても、要は現在の社会の構成員になってもらいたい、あるいは構成員にさせる行為にすぎない。人々がそれに自覚的でないだけである。そのため、子どもに敬語を使ったり、逆に偉そうに振る舞う親や教員・大人たちをみると、その人々が「子どものため」と信じて行っていればあるほど、教育の共同体維持機能を無視しているように見えてしまい、「気持ち悪さ」を感じてしまうのだ。
だからあえて私は考える。思いっきり、「大人げない」態度を子どもに行ってはどうか。無論、ピアジェ的には発達段階論で「大人げない」眼差しへの批判がアルであろう。しかし考えるべきは、我々大人は親しい関係にはまさに「大人げない」態度で関わっているのではないか。嘘をつけば、ネタとして友人を「いじる」。それはまさに汝−我関係という対等の立場に存在しているからである。しかし、子どもに対してはどんなに親しくなっても汝―我関係を成立させることはまれである。
そんな理由から私は既存の教育学を根本から批判する脱学校論(非学校論)や半教育学が好きなのだが、あまり共感がなされないのが現状である。
共同体社会の時代から共同体維持の成員育成が「教育」で行われてきたわけであるが、その教育自体の持つ「社会維持」の機能についてはあまり批判がなされていない。「子どものため」の「よい」教育であっても、子どもをまさに「子ども」扱いする。幼児段階はそれでいいが、小・中学生や高校生、はては大学生を同じ眼差しでみてもいいものなのであろうか。当然、「教える」エートスが求められるのは現在の社会(後期近代の社会である)そういった姿勢を要求するためである。
その辺りを考察すると、教育的な眼差しをもって子どもを見ることが「気持ち悪い」と思ってくる。教育行為をどんなに奇麗な言葉で飾ったとしても、要は現在の社会の構成員になってもらいたい、あるいは構成員にさせる行為にすぎない。人々がそれに自覚的でないだけである。そのため、子どもに敬語を使ったり、逆に偉そうに振る舞う親や教員・大人たちをみると、その人々が「子どものため」と信じて行っていればあるほど、教育の共同体維持機能を無視しているように見えてしまい、「気持ち悪さ」を感じてしまうのだ。
だからあえて私は考える。思いっきり、「大人げない」態度を子どもに行ってはどうか。無論、ピアジェ的には発達段階論で「大人げない」眼差しへの批判がアルであろう。しかし考えるべきは、我々大人は親しい関係にはまさに「大人げない」態度で関わっているのではないか。嘘をつけば、ネタとして友人を「いじる」。それはまさに汝−我関係という対等の立場に存在しているからである。しかし、子どもに対してはどんなに親しくなっても汝―我関係を成立させることはまれである。
そんな理由から私は既存の教育学を根本から批判する脱学校論(非学校論)や半教育学が好きなのだが、あまり共感がなされないのが現状である。
2010年11月18日木曜日
「私」のいない世界
私が死んでも、この社会は残る。しかしそれを私は認識できない。おそらく、私がいなくなっても人類は存続するであろう。しかし「私」のいない世界を私が認識できない以上、そんなものに何の意味があろう?
このような実存的問題を人間にもたらさないために、「子ども」という足枷を人間は持たされる。自分の死後に残るであろう「社会」の象徴が「子ども」である。
このような実存的問題を人間にもたらさないために、「子ども」という足枷を人間は持たされる。自分の死後に残るであろう「社会」の象徴が「子ども」である。
2010年11月15日月曜日
シャドウ・ワーク概念の教育への適用についての一考察
シャドウ・ワーク概念の教育への適用についての一考察
0、目次
本稿は以下のように構成されている。
1、はじめに
2、シャドウ・ワークとは何か
(1)教育におけるシャドウ・ワーク性
(2)学習行為のシャドウ・ワーク性
(3)大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークの違い
(4)専門家依存としてのシャドウ・ワーク
3、シャドウ・ワーク概念への批判
(1)近代否定・中世回帰志向のイリイチ
(2)教育の否定
4、教育への展望
(1) 「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育
(2) CIDOCの実践に見る、イリイチの学習観
(3) CIDOCでの実践の評価
5、終わりに
6、今後の課題
7、参考文献
1、はじめに
オーストリアの思想家イバン・イリイチ(Ivan Illich 1926-2002)は「シャドウ・ワーク 」(shadow-work)という概念を提唱している。これは当初ジェンダー 論の文脈で用いられたものであり、今まで自明視されていた主婦業を影の経済・苦界の経済として概念化したという意義がある。現在では一般用語として使用される機会も増えている(例えば関 2002、大西2002)。
イリイチは著作の中において、教育に対してもシャドウ・ワーク概念が適合されると示唆する。「賃労働を補完するこの労働を、私は〈シャドウ・ワーク〉と呼ぶ。これには、女性が家やアパートで行う大部分の家事、買い物に関係する諸活動、家で学生たちがやたらにつめこむ試験勉強、通勤に費やされる骨折りなどが含まれる」(Illich 1981:207-208)。学校の試験が生徒の自宅での勉強という労働によって補完されていることが示されているわけだ。
イリイチはシャドウ・ワーク概念が教育に関しても当てはまるということを指摘している。しかし、具体的に教育のどの側面がシャドウ・ワークに当たるかを提示してはいない。シャドウ・ワーク概念の教育への適用については山本(1983、2009a)の研究があるが、山本は適用について語るのみであり、そもそもなぜシャドウ・ワーク概念をイリイチが教育に対し当てはめようとしたのかの検討はなされていない。そのため、本稿の狙いはこの解決にある。
近年に入り、『生きる意味』や『生きる希望』といったイリイチ最晩年の著書が刊行・翻訳された。それにより、イリイチ思想を彼の著作全体から探ることが可能になった。そのため、本稿では、晩年のイリイチの著作も参照しつつ、教育におけるシャドウ・ワーク概念の教育への適用可能性について考察する。
なおイリイチの著作の邦訳名は、研究者によって多様なものが使用されている。例えば山本(2009b)はイリイチの“Dischooling Society”を『脱学校の社会』でなく「学校のない社会」と訳す。同様に山本は『脱病院化社会』も「医療ネメシス」と訳している。本稿では混乱を避けるため邦訳の表題をそのまま使用している。
2、シャドウ・ワークとは何か
ここではイリイチのシャドウ・ワーク概念の整理と、その教育への適用可能性を見ていく。
(1)教育におけるシャドウ・ワーク性
まず、シャドウ・ワーク についてのイリイチの定義からみていく。本概念はイリイチ自身が様々に意味を拡大/拡散させながら使用しているので、『ジェンダー』でのシャドウ・ワーク概念の整理から論をすすめていく。
シャドウ・ワークとは「財やサーヴィスの生産とちがって、商品の消費者によって、とくに消費的な世帯でなされるもの」(Illich 1982:94)であり、「消費者が、買い入れた商品を使用可能な財に転換する労働」(同)を意味する。「買い入れた商品に、それが使用に適するようになる価値を付加するために支出されねばならぬ時間、煩労、努力を、シャドウ・ワークと名づけるのである」(同)。つまり「シャドウ・ワークとは、人々が商品を媒介に自分たちのニーズをみたそうとすればするほど従事しなければならぬ活動」(同)なのである。それは「ますます孤独で、ますます生気のない、ますます非人格的な、ますます時間濫費的なものとなってきている」(同:95)。
イリイチは論を教育にも広げて行う。前近代社会において、子どもはヴァナキュラー(土着、あるいは場所ごとに異なった、との意味)な言語と文化を学習していた。みな方言を話し、将来的には自分のいる共同体の一員になることが期待されていたのだ。近代社会になり、その共同体に学校「教育」が入り込む。近代学校制度はヴァナキュラーな言語でなく、標準語化された「国語」が習得されるシステムである。また近代社会の構成員を作り出すプロセスでもある。近代社会が産業社会である以上、近代国民化される子どもたちは、「労働力が資本化されるプロセス」(同:100)に巻き込まれ、近代社会を構成する国民に社会化されていく。
この近代教育の結果、保護者も学校教育に協力的であることが要請されるようになる。イリイチの言う、「教育制度の枠内で教師の助手となっている」(同)状況が現出するのだ。早く子どもが「国民」や労働主体・消費主体たる「ホモ・エコノミクス(経済人間)」に社会化されるよう、家庭にも学校的あり方が要請されるのである 。
つまり、教育におけるシャドウ・ワークとは、国家の要請する「国民」と、労働主体・消費主体たる「ホモ・エコノミクス」とに子どもを形成するプロセスそれ自体を意味する。後に労働主体・消費主体になるよう、また「国民」になるよう、子どもたちが働きかけられる営みをシャドウ・ワークというのである。『脱学校の社会』を書いたイリイチの問題意識は本概念にもつながっており、近代教育の否定ないし教育行為の否定を訴えたのがシャドウ・ワークなのである。
イリイチはコンピュータ技術が進んだ社会ではシャドウ・ワークという「新型経済活動」(同:96)が「生産的労働よりも経済的にもっと根本的なもの」になると指摘をしている。教育は近代社会の構成員を作り出す故に、教育におけるシャドウ・ワーク性が社会を支えることになる。まして、後期近代と言われる現代は、前期近代に比べ情報化・再帰性が飛躍的に高まった。前期近代の学校には要請されることのなかった「キャリア教育」や「総合学習」などが学校に求められるようになったことはその表れである。
(2)学習行為のシャドウ・ワーク性
(1)で見てきた内容が基本的な教育へのシャドウ・ワーク概念の適用だが、イリイチはそれを拡大させて使用していると述べた。(2)においてその具体例として学習行為のシャドウ・ワーク性を見ていく。
シャドウ・ワークは他律の行為だが、自ら進んで行う従属の行為であるという特徴がある。賃労働には給料が発生する。しかし、シャドウ・ワークは無償の行為である。その上、シャドウ・ワークの担い手が逆に金を出すことで経済社会を支えることになる。具体的な例でいえば、消費者は企業の新製品を受動的に受け取るという意味のシャドウ・ワークを行っているといえる。これを学校において言えば、教員の一方的な授業を黙って受け取るという行為がシャドウ・ワークとなる((4)で見ていく「専門家支配」でもある)。
賃労働にとって人は選択されるが、一方〈シャドウ・ワーク〉の場合は、人はそのなかに置かれる。時間、労苦、さらに尊厳の喪失が、支払われることなく強要される。けれども、よりいっそう経済成長をすすめるためには、〈シャドウ・ワーク〉の支払われることのない自己開発が、ますます賃労働よりも重要なものになってくる。(Illich 1981:209)
教員によってなされる教育サービスは、生徒のシャドウ・ワークによって支えられているのだ。山本(2009a)は、次のようにシャドウ・ワークを解説する。
隠れた支払われない労働がある、それはサービス労働の裏側に構成されている、たとえば教師のサービス労働にたいして生徒の消費ワークがある、(中略)これらは「させられている」行為、他律行為の働きかけによってなされている受け身的な消費行動になっている。このインダストリアルなサービス商品を消費していると考えられてきたものを、隠れたシャドウのワークであると切り替えたのだ。つまり、産業的な価値を産み出しているワークである、消費ではなく生産であるという切り替えである。(山本 2009:238頁)
学校での授業は、傍目から見れば教育の受け手である生徒がサービスを受動的に消費しているように見える。本当はそうではなく、教育サービスを受けることはシャドウ・ワークという「生産」を行っていることなのだ。生徒たちは後に「ホモ・エコノミクス」や「国民」になるよう、自らを生産しているのである。他律行為であるシャドウ・ワークは教育によって個人に内面化されるため、この従属は自発的に行われることになる。
(3)大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークの違い
イリイチは大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークとを立て分けている。「現代社会での労働のいくつかの形は、最初は支払われないもののようにみえても、最終的には金銭的評価で高い報酬となる。大学の学習は往々にしてよい例である。(中略)一般には、大学卒業の人間の生涯所得のほうが、卒業しなかった彼の兄弟、姉妹たちの所得よりもはるかに高いだろう」(Illich 1981a:265)。
この人的資本論的認識のために、大学生は「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者といった本物の〈シャドウ・ワーカーズ〉にあてはまるものではない」(1981a:266)シャドウ・ワーカーとなる。つまり、大学生はいま自分たちが大学で単位獲得のために行うシャドウ・ワークこそが将来「大卒」として得られる所得につながると認識している。その点が、例として挙がった「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者」たちと違う点である。大学生が単位獲得のために行うシャドウ・ワーク(=授業への参加や卒業するための学習)は、将来において給与が支払われることを見越した行為なのである。山本(1983)も大学生たちを指して「彼らは支払われないが、特定の時間拘束され相当のコストがその教育にかけられている。大学生はそれによって社会的な特権ないし収入の価値を自ら高めている」(山本 1983:214)と指摘する。山本の指摘は、現在の大学では就職活動のために各種資格取得を目指す大学生の姿に見て取ることができる。
まとめると、大学生は将来の稼ぎを見越して〈シャドウ・ワーク〉的学習を行う傾向があるというのが、イリイチの述べた「大学生のシャドウ・ワーク」の中身である。
(4)専門家依存としてのシャドウ・ワーク
では、大学生と違う「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者」たちのシャドウ・ワークにはどのような意味が込められているのか。先の引用文の後、スウェーデンにおいて主婦の一部に賃金が支払われるようになったことをイリイチは指摘するが、まさにそのことによって「スウェーデンは、社会的なサーヴィスにおける訓練された〈シャドウ・ワーカーズ(奉仕家)〉を雇用する試みに、新しい世界を導いているようだ」(Illich 1981a:267)と皮肉を述べる 。「これは、社会的部門における〈シャドウ・ワーク〉を賃労働より一層早く増加させる計画である」(同)と続けている。
この部分を理解するには、イリイチ最晩年の著書『生きる希望』に登場する新約聖書「ルカによる福音書」10章25節にある「善きサマリア人」の寓話とイリイチの解説文を持ってくる必要がある。この寓話はイエスが律法学者の悪意ある質問に対し語った物語である。強盗に襲われ、傷ついたユダヤ人が道に倒れている。ユダヤのラビはそれを目にしつつも素通りをしていった。その後に通りかかったのがサマリア人である。ユダヤと敵対関係にあるにも関わらず、そのサマリア人は傷ついたユダヤ人に施しの手を差し伸べた、という内容だ。
イリイチはこの物語が‘傷つき倒れた人間にはこのように手助けをすべきだ’という画一的な救済のやり方を示すものであると、一般的に解釈されるようになったことを批判する。「寝る場所を必要とする人々に対して、なにがしかの制度、豪勢なホテルでないにしても、特殊な簡易宿泊所があるべきだとするのは栄光に満ちたキリスト教西欧の観念です。こうして、困っている人々すべてに対して開かれた試みが、客人に厚誼を与える気持ちの低下とケアを与える制度によって置き換えられることに帰結するのです」(Illich 2005:108)。
初期のキリスト教において、困窮者の救済は「我と汝」の関係で行われていた。個々の他者に応じた対応の仕方であり、吉本隆明のいう「対幻想 」の段階である。共同幻想的に画一的な発想で他者に対するのでなく、対幻想的に個々の他者に応じた対応の仕方をこそ、イリイチは主張したのであった。「人間の関係は、二人の人間の間でなされる自由な創造としてしかありえません」(Illich 2005:102頁)。それが「困っている人々すべて」という抽象化および制度化をした結果、他者性が薄れ、個々人への救済という意味合いが弱まってしまう。結果的に、「共同幻想」として他者への画一的救済を目指すようになったのだ。画一的という意味合いで、山本哲士はサービス批判を行う(山本 2008)が、個々の他者に応じた関係、つまり「我と汝」関係に当てはまるものが山本のいうホスピタリティにあたるのである。
まとめると、「善きサマリア人」の寓話からイリイチが述べたのは個別性が失われ、画一的サービスが行われるようになることへの指摘であった。専業主婦の家事労働に政府が賃金を出す。これは社会サービスの一部に専業主婦が吸収されたことでもある。行政の社会サービスの代理人として「訓練された〈シャドウ・ワーカーズ(奉仕家)〉」が要求されるゆえんなのだ。専門家たちが作った制度に人々が従わされる「価値の制度化」の状態において、人々は専門家のいうがままに行為を行うようになる。「素人、言い換えると客を自分たち(藤本注 ここでは専門家のこと)の監視のもとに無報酬で働く助手として引き入れようと躍起になっている」(同:12)のだ。
山本(1983)はここでいったような「家事に支払いをする」ことや「通勤時間を労働力の拘束において定義し、交通費のほかに賃金をうけとっている」(山本 1983:214)ことを指摘したのち、賃労働体制が転換してきたことを「労働組合や社会革命がすでに忘れてしまっているのも、この「シャドウ・ワーク」が編制してきた生活世界のためである」(同:215)と述べている。
先に大学生のシャドウ・ワークを見てきたが、大学生でない人びとのシャドウ・ワークは専門家の作り出す制度につき従わされるということも意味している。つまり、「専門家支配」(Illich 1978)が行われ、自助としてのシャドウ・ワークを行わされるのである。
イリイチの『専門家時代の幻想』において、専門家と呼ばれる存在への批判が行われた。本来、人々が自分たちで行っていた領域に「専門家」が入り込み、専門家支配に従属してしまうことを批判するのである。『脱病院化社会』においては医者が健康・不健康を定める権力を手に入れたことをイリイチは指摘する(Illich 1975)。同様に、『脱学校の社会』でも「学校化」とは「学習のほとんどは教えられたことの結果だ」と認識することだ、と指摘している(Illich 1971)。教育専門家による教授/教育活動の独占(「根元的独占」あるいはラディカル独占)を否定し、自主・自律的な学びを志向するのがイリイチである。教育専門家への依存も、教育のシャドウ・ワーク性である。この専門家の存在があるからこそ、学校制度に頼らず自分たちで学ぶということが危険なことであると非難されることになる。フリースクールの実践も、学校制度という専門家支配の構造を揺るがす存在であるため批判され続けてきた経緯がある。奥地(2005)も、フリースクールを東京で作った際、教育委員会やマスコミなどによる批判が集まったことを述べている。
まとめると、シャドウ・ワークを成立させる背景には専門家依存が挙げられる。この専門家依存は近代社会・産業社会が要請するものである。シャドウ・ワーク概念は近代社会批判につながると述べたが、専門家依存への批判という点からも近代社会への批判を行っているということができる。
イリイチは大学生のシャドウ・ワークのみを他と区別したが、大学教育がユニバーサル化した現在の状況を見ると、大学生のシャドウ・ワークとその他を分ける必要性は下がってきているように考えられる。大学生に対しても「それ以外のシャドウ・ワーク」と同じ専門家支配が当てはまっているのである。例えば、現代社会では一コンピュータ企業の作り出す「ワード」や「エクセル」・「パワーポイント」等のソフトの操作法を学校でもパソコン教室でも学習させられる状況がある。人々は「ワード」・「エクセル」・「パワーポイント」を自在に活用できるようになることを期待されるのだ。企業にとっては顧客を会社の活動を支える助手であるかのように動かすことができる。その意味で「自助」としてのシャドウ・ワークを行っていると認識することができる。また「専門家支配」を行うことも可能になる。
3、シャドウ・ワーク概念への批判
イリイチのシャドウ・ワーク概念を見てきたが、疑問も生じる。本節では2点にわけてイリイチのシャドウ・ワーク概念への批判を行っていく。
(1)近代否定・中世回帰志向のイリイチ
イリイチはシャドウ・ワークの対概念には「生活の自立・自存の仕事」(Illich 1981:51)、すなわちコンヴィヴィアリティ (conviviality)があると述べる。このコンヴィヴィアリティは「自立共生」ないし「相互親和」と訳され、主として共同体内での助け合いを描いた概念である。コンヴィヴィアリティのある社会こそ、イリイチが思い描いた理想社会である。このコンヴィヴィアリティが成立していた時期・成立する時期の「助け合い」を、イリイチはシャドウ・ワークであるとは述べていない。確かにここまで見てきたように、シャドウ・ワーク概念は近代社会・産業社会批判のための概念であった。しかし、シャドウ・ワーク概念の中身を検討すると、共同体社会・中世社会にもシャドウ・ワークが存在するのではないかと述べることができる。近代の社会におけるホモ・エコノミクス化が「シャドウ・ワーク」ならば、共同体のための教育もまた「シャドウ・ワーク」となるのではないかと考えられるのである。
コンヴィヴィアリティ概念では、他者性を担保し他者とともに生きる姿勢が述べられている。そうであれば、必然的に他者同士の協力関係を想定においていることになる。これら無償による共同体内の「助け合い」行為は、確かにイリイチのいうような産業社会の手段にはなっていない。しかし、この助け合いを共同体維持のためのシャドウ・ワークであると言うことも可能なはずである。この部分の詳細は次の「教育の否定」で見ていく。
(2)教育の否定
第2の批判点として、ジェンダー役割的に母親が子育てをおこなう家庭教育の無給性とシャドウ・ワークの関係を取り上げる。イリイチは「現在ある部分の婦人運動者が、母親たちを無給の教育業務に携わらせることに批判を向けていますが、これは、工業化社会体制に対する今日可能な最も根本的批判の好例でありましょう」(Illich 1980:176)と述べている。理由は「今日、無給労働力が(男も女も)、せっせと教育を受けており、それはますます多くの人間を彼らの自立自存から引き離し、僅かばかりの賃労働と、広範囲のシャドウ・ワークをするための教育なのです」を挙げている。彼が「無給の教育」を批判するのは、子どもが産業社会システムに取り入れられること、すなわち消費主体化・労働者化することを進めてしまうからである。
イリイチは次のようなアジテーションを雑誌上で行っている。「教育への対案は、このような意味で、共同体の側からのフォーラム(集会)要求です。断乎として、消費欲求とともに教育を解消して、自立自存を築き上げることを求め続けましょう」(Illich 1980:176)。この主張に対し、まずは自立自存(=コンヴィヴィアル)を成立させるのは一人ひとりの構成員であることを考える必要がある。この共同体の構成員の育成は、まさに教育によるのではないのか。パーソンズのAGIL図式でいう「統合機能」や「パターン維持・緊張緩和」作用たる教育行為がなければ社会システムは維持されない。確かに、言葉上で「教える」・「教育」という概念のない社会は存在する。原(1979)がヘアー・インディアンの社会に「教える」を意味する単語がない点を指摘しているからだ。しかし、そのことは教育作用が当該社会に存在しないことを意味するわけではない。部族内の人間が「教える」行為や「教育」行為だと認識しないだけであり、部外者である原はヘアー・インディアン社会に「教える」や「教育」に当てはまる行為を見いだしているからだ。言葉としての「教育」を無くすことは可能であっても、社会システム維持にかならず構成員の再生産機能が必要である以上、イリイチの主張をそのまま認めるわけにはいかない。つまり、学校「教育」を行う必然性はないが、教育なしで構成員の育成が可能であるわけではないのである。少なくとも、残存する社会システムには何らかの教育機能があったゆえに存在し続けていることを考える必要がある。
イリイチが理想とする、共同体の構成員となるための教育活動は中世においてもおこなわれてきた。まさに個人の意志など関係なく、その「場所」の構成員になるための教育活動が「学校」制度を使わなくとも成立していたのだ。そうでなければ後継者を欠き、当該社会は消滅している。この構成員になるために行われる教育行為はシャドウ・ワークではないのか。シャドウ・ワーク自体が産業社会のみを批判するのであるならば成立するが、イリイチの著書群を見通すと近代社会・産業社会におけるシャドウ・ワークの状況へ批判と、コンヴィヴィアルな共同体での人々の暮らしについてのイリイチの説明はほぼ同様の内容となっている側面がある。
イリイチは、ソーシャル なものを排し、場所のパブリックに生きる姿勢の提唱をした。つまりイリイチにとって国家や近代社会(=ソーシャル)の体制維持は想定にないのである。それゆえに“Anarchist Studies”(『アナーキスト研究』)にイリイチの名前が載ることになったのだ。近代社会が必要とする人材にならないこと/なるのを拒否することが、究極のところでのシャドウ・ワーク性を排した教育の実現と言うことになる。しかし、これでは現状の社会体制の中では何も言ったことにならない。近代国家というソーシャルなものをなくしたあり方は、前近代、つまり中世の復興を意図しているということである。イリイチの想定にそもそも近代社会の維持はない。また、イリイチの教育批判の文脈を見ると、仮に中世社会への回帰を図ることができたとしても、当該社会の維持を行うことは不可能だと言わざるを得なくなる。つまり、イリイチの主張を検討すると社会の破壊を意図していると言わざるをえない。なお、イリイチは『脱学校の社会』以後、教育へ否定的まなざしを持つようになり、『対話・教育を超えて』において教育を否定するようになった(Illich/Freire 1980)。
要するに、共同体内に教育作用が存在したことをイリイチは見落としているのである。中世回帰がイリイチ思想の特徴である以上、イリイチの主張をそのまま受け入れることは近代社会の破壊を意味する。必要に応じてイリイチの主張を整理して受け入れていく必要がある所以である。
イリイチの発想にはコンヴィヴィアルな社会(convivial society)という理想の共同体社会が描かれているが、ユートピアは実現不可能な故にユートピアであることを思い返さねばならない。教育を否定してユートピアに生きるよう人を煽動するイリイチには、ユートピアを成立させる構成員の教育には無頓着なのである。
4、教育への展望
ここまで、シャドウ・ワーク概念の整理とその批判を見てきた。シャドウ・ワーク概念は近代社会だけでなく、そもそも人が共同体をつくっていた頃の「教育」行為すら批判する働きがある。しかし、その射程を近代教育への批判のみに向けて使用した際、現在の教育実践へのパースペクティブとして使用できる箇所が見いだせると考えられる。
そのため、ここでは近代教育批判として、自由な学びを志向する立場からイリイチを読み返していく。
(1)「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育
イリイチは、シャドウ・ワークから「開発を逆転させること、消費財をその人自身の行動におきかえること、産業的な道具を生き生きとした共生の道具に変えること」(Illich 1981a:51)によってコンヴィヴィアリティが達成され、「賃労働と〈シャドウ・ワーク〉はそれこそ影をひそめるだろう」(同)と述べている。何故なら「従順な消費として評価されるよりも、むしろ主として、創意に富んだ活動のための手段として評価されるからである」(同:52)。象徴的な例として「レコードよりもギターが、教室よりも図書館が、スーパーマーケットで選んだものよりは裏庭でとれたもののほうが、価値があるものとされる」(同)ようになるとまとめている。
イリイチはこの状態に達するための条件として「労働者が道具および資源の自由な消費者となる場合に限る」(同)と指摘している。「道具 」(tool)というのはイリイチ思想において独自の位置を持つ。「道具とは、ある目的を達成するために設計された装置」(Illich 1992:161)を意味する言葉である。「一定の強度を超えて発達する場合、道具というものはいかに不可避的に集団から目的へと転じてしまい、目的達成の可能性を阻むことになってしまう」(同)という「逆生産性」(couterproductivity)が発生することとなる。この状態をもたらす制度を「操作的制度」(manipulative institution)と呼ぶ。「一定の強度を上回って生長するとき、不可避的に、その利点を享受しうる人びとよりも多数の人びとを、その道具がつくられた目的から遠ざけてしまうという事実をあらわすのが、この概念」(Illich 1992:163-164)である。
結論的には、人間の自立・自存的な生き方をもたらすために必要だと指摘するのが「コンヴィヴィアリティのための道具」(tools for conviviality)である。人間が機械や制度に使われるのでなく、「創意に富んだ活動」を主体的に行う教育のあり方が、シャドウ・ワークではない教育を行うための条件となるであろう。注目すべきは「道具」を用意することである。これは学びを誘発させる環境であると言ってもよい。『脱学校の社会』での「脱学校」(deschool)の実現例として、町のなかに例えば工場の仕組みを解説するコーナーを設置するといったプランや、「学習のためのネットワーク」(learning webs)として教えたい人間と学びたい人間を引き合わせる条件整備を挙げている。
(2)CIDOCの実践に見る、イリイチの学習観
次に、イリイチ自身の実践から、この条件整備としての学習を見ていく。彼はメキシコ・クエルナバカにおいて異文化間資料センター(Center for International Documentation: CIDOC)という「オルターナティブな大学」(Illich 1992:119)の設立に携わった 。協力者には他にパウロ・フレイレ、ジョン・ホルト、ポール・グッドマン、ジョエル・スプリングらがいる。CIDOCは1967年から1976年まで開設していた。「一日に五時間、四ヶ月間続ける」(同:304)スペイン語の集中レッスンの講座 を開き、そこから得られた費用を「元手に、図書館を設立したり」「毎年四、五十人の人びとを、あらゆる社会階層から、そしてメキシコ以外の中南米のあらゆる方面から招待した」りした(同:141)。「ヨーロッパ、ラテン・アメリカ、北アメリカ、オーストラリアなどからの神父や研究者、学生たちの交流する一種の知的センター」(Illich 1981b、玉野井芳郎:173)であった。また各種セミナーが行われるなど、通常の大学に近い運営がなされていた。学生も存在しており、山本哲士も学生としてCIDOCに学んでいた(山本 1979)。CIDOC運営の目的についてイリイチはこう述べる。
われわれの目的は、学生を教育することではありませんでした。われわれの招いた客人たちがお互いに、あるいはわたしと、そしてまた、われわれの会話に参加することを希望した学生たちと、話し合うことができるようにすることがわれわれの目的だったのです。(Illich 1992:304)
一方的に教育を行うのではなく、あくまで本人の意思に基づいて学べるよう、学ぶ道具としての条件整備を行うイリイチの姿が見てとれる。客人やイリイチとの会話も、また図書館にある本 も、自発性に基づいて行われる学びのための「道具」であった。
CIDOCは研究機関でもある。学術誌発行 のほか、『脱学校の社会』等のイリイチの諸著作はCIDOCでの討論が元になって書かれたものである。それゆえCIDOCは「省察の座」と称されることがしばしばあったという(Illich 1981b、玉野井芳郎:173)。
スペイン語の集中レッスンの話は、『脱学校の社会』における「ドリル学習」(drill instruction)の文脈で行われている。イリイチによれば自発的に行うドリル学習の場合、短期間に効率的に学ぶことができる(Illich 1971)。「何年もの長期にわたって厖大な公費を投じてなされる公教育による教育的な結果は、ほんの六週間程度の成人識字教育によって充分はたしうる、とフレイレを実例にしてイリイチは自らの非学校化の考えを主張さえした」(山本 1996:174-175)のである。
イリイチは理想の研究手法として「わたしはまた、真理の探究が、講義室ではなく、食卓を囲んだり、一杯のワインを傾けたりというユニークな方法で追求される様を示したかったのです」(Illich 2005:254-255)と述べている。おそらくCIDOCでの研究作業も同様の狙いの下で行われていたと考察できる。大学のなかだけでなく、自由な雰囲気のなかでの対話に基づく学びが重視されたのだ。これはフレイレの文化サークル内での対話による「問題化型学習」と同一の発想である(Freire 1970)。「わたしの考えでは真理の探究はフィリアの成長を前提としているということです」(Illich 2005:260)との言葉は、フィリアつまり友情の深まりによる真理探究、すなわち友人・仲間との対話の中での研究の重要性を説いている。
CIDOCの実践 から言えるのは、コンビビアリティに基づく学習の重要性である。他者との対話による学び、あるいは自発的に行う学習こそが、「教育」および「学校化」の弊害から逃れた教育活動であり、シャドウ・ワークでない学習の形態なのである。また国家や社会のためでない学習のあり方でもある。
イリイチにとって、学習はあくまで自発的意志に基づいて行うものであった。その教育観はニイルに近いものである 。イリイチの学習観・教育観を支えるものはまさに「創意に富んだ行為」を誘発するための道具の存在である。人間の自立・自存的活動を支えるものとしての「道具」をいかに多くの人びとにもたらすかが、シャドウ・ワーク性を教育から遠ざけるための条件となる。
教育のシャドウ・ワーク性は、制度スペクトルでいうところの「操作的制度」に学習者が置かれている点にある。そこを抜け出す方法としては、「コンヴィヴィアリティのための道具」(tools for conviviality)を学習者が自発的に用い、学びを(広く、あるいは深く)行っていける条件整備を行う点を指摘することができる。『脱学校の社会』では、「コンヴィヴィアリティのための道具」を意味する「相互親和型社会」という概念が提唱されている。これは、イリイチが「制度」の諸類型を直線上に配置した「制度スペクトル」において左端に置かれる制度である。この「相互親和型社会」の例として、電話や郵便 が出されている。これらは「利用することが自分の利益になるのだと制度的に説得される必要なしに人々が使用する制度」(Illich 1971:107)である。
「制度スペクトル」もう一方の端には「操作的制度」が置かれている。イリイチは例として高速道路を示す。高速道路は車を所持する人が自動車に乗るときにしか利用されえない。使用する母体が限られるにもかかわらず、全国民の税金を用いて行われる点で「偽りの公共事業」である。一方、電話や郵便はすべての人が使用する時だけ料金を払い、使用した分だけ費用を支払えば済む制度である。イリイチの目指す、シャドウ・ワーク性のない教育というものも、電話・郵便と同じ比喩を用いることができる。必要とする人が、必要とする時だけ利用できる制度としての教育である。条件整備を行い、万人に道を開いた学びのあり方を担保するのが「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育である。
「最良の場合には、図書館は自立共生的な道具の原型である」(Illich 1973:124)との指摘は示唆的である。「私たちはまず、学びたいと欲するならば何が人々に必要なのかという問を発し、それから人々のためにそういう道具を供給するようにしなければならない」(同)。実際にイリイチはラーニングウェッブという形で、実現可能性を説いている。梅田(2007)はこのような自立共生的な学びの道具としてインターネットの利用を説いている。
ここから考察できることは、条件整備としての学習環境の重要性という結論になる。人と人とが出会い、そこから学びを起こしていき、必要に応じて学びを行っていく環境の重要性である。
(3)CIDOCでの実践の評価
CIDOC期のイリイチらの教育実践については今後の研究が必要だが、CIDOCでの教育/研究実践が、シャドウ・ワーク性を取り除いた教育実践、すなわちコンヴィヴィアルな学びを実現していた可能性があると言ってよいだろう。この実践が実現した背景にはスペイン語習得講座での収入があったため、国家からの援助を受けなかった点がポイントとして指摘できる。近代国家形成の主体となることを拒否し、自由なエートスのもとに研究できたと言う意味で「シャドウ・ワーク」性を排しているのだ。つまり、近代国家の構成員にならないとの思いのもとに成立した束の間の「ユートピア」がCIDOCであったのである。それゆえ、国家の管理から逃れ、財政的に立ち行く状況のみで成立する概念であるのだ。
なお、CIDOCが存在したのが60年代から70年代であったことも考察していく必要がある。コミューン的あり方が流行したこの時代だからこそ成立し得た可能性があるからだ。
5、終わりに
シャドウ・ワーク概念はイリイチが随所で述べる内容でありながら、統一的な見解があまり見られないものである。本稿においては主として『シャドウ・ワーク』と『ジェンダー』での記述をもとにシャドウ・ワーク概念を整理し、その解読や批判の手がかりとしてイリイチの諸著作に当たっていった。その結果、本稿が「専門家支配」・「コンヴィヴィアル」などのイリイチの術語のパッチワークとなってしまった感は否めない。しかし、これらイリイチの述べた諸概念は繋がり合ったものであり、これらを用いなければシャドウ・ワーク概念の理解と批判は困難になる。
本稿の成果としては、1点目にイリイチのシャドウ・ワーク概念が近代社会批判・教育批判を狙ったものであるとの整理ができた点があげられる。2点目に、「シャドウ・ワーク」が行われる状況への批判を徹底すれば、前近代社会の共同体すらも破壊する側面があるとの指摘があげられる。3点目に、シャドウ・ワークが行われる状況への批判を近代教育の改善に絞った場合、今後の教育へのヒントとしてイリイチのCIDOCでの実践を用いることができるのではないか、との示唆を行った点が挙げられる。
しかし、課題とすれば本稿においてシャドウ・ワークに関する記述と教育への展望との内容に乖離を感じられるようになってしまった点があげられる。
6、今後の課題
本稿においてはシャドウ・ワークの教育への適用可能性について考察してきた。しかし、シャドウ・ワーク概念の成立の背景について論を進めることがほとんどできなかった。思想史上の系譜を見ると、「シャドウ・ワーク」概念はフェミニズム運動の流れの上にある。フェミニズムにより主婦業の自明性が疑われるようになった際、独自の立場から「シャドウ・ワーク」との新語をもとに問題提起をしたのがイリイチであったのだ 。そのため、シャドウ・ワークの理論的下地を構築した各種研究を整理することが必要である。
また、本稿の鍵となるCIDOCでのイリイチの実践には、山本(2009a)以外にまとまった研究が存在しないのが現状である。たとえばCIDOC開始時にいた研究者名については論者によって記述が大きく異なっており、統一した見解が存在していない。コンヴィヴィアリティに基づく学び・研究実践のヒントがCIDOCの実践から得られるのではないかと考えられるため、CIDOC期のイリイチの活動やCIDOCそれ自体の研究も今後の課題としていきたい。
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山本哲士(2009b):『新版 教育の政治 子どもの国家』、文化科学高等研究院出版局。
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0、目次
本稿は以下のように構成されている。
1、はじめに
2、シャドウ・ワークとは何か
(1)教育におけるシャドウ・ワーク性
(2)学習行為のシャドウ・ワーク性
(3)大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークの違い
(4)専門家依存としてのシャドウ・ワーク
3、シャドウ・ワーク概念への批判
(1)近代否定・中世回帰志向のイリイチ
(2)教育の否定
4、教育への展望
(1) 「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育
(2) CIDOCの実践に見る、イリイチの学習観
(3) CIDOCでの実践の評価
5、終わりに
6、今後の課題
7、参考文献
1、はじめに
オーストリアの思想家イバン・イリイチ(Ivan Illich 1926-2002)は「シャドウ・ワーク 」(shadow-work)という概念を提唱している。これは当初ジェンダー 論の文脈で用いられたものであり、今まで自明視されていた主婦業を影の経済・苦界の経済として概念化したという意義がある。現在では一般用語として使用される機会も増えている(例えば関 2002、大西2002)。
イリイチは著作の中において、教育に対してもシャドウ・ワーク概念が適合されると示唆する。「賃労働を補完するこの労働を、私は〈シャドウ・ワーク〉と呼ぶ。これには、女性が家やアパートで行う大部分の家事、買い物に関係する諸活動、家で学生たちがやたらにつめこむ試験勉強、通勤に費やされる骨折りなどが含まれる」(Illich 1981:207-208)。学校の試験が生徒の自宅での勉強という労働によって補完されていることが示されているわけだ。
イリイチはシャドウ・ワーク概念が教育に関しても当てはまるということを指摘している。しかし、具体的に教育のどの側面がシャドウ・ワークに当たるかを提示してはいない。シャドウ・ワーク概念の教育への適用については山本(1983、2009a)の研究があるが、山本は適用について語るのみであり、そもそもなぜシャドウ・ワーク概念をイリイチが教育に対し当てはめようとしたのかの検討はなされていない。そのため、本稿の狙いはこの解決にある。
近年に入り、『生きる意味』や『生きる希望』といったイリイチ最晩年の著書が刊行・翻訳された。それにより、イリイチ思想を彼の著作全体から探ることが可能になった。そのため、本稿では、晩年のイリイチの著作も参照しつつ、教育におけるシャドウ・ワーク概念の教育への適用可能性について考察する。
なおイリイチの著作の邦訳名は、研究者によって多様なものが使用されている。例えば山本(2009b)はイリイチの“Dischooling Society”を『脱学校の社会』でなく「学校のない社会」と訳す。同様に山本は『脱病院化社会』も「医療ネメシス」と訳している。本稿では混乱を避けるため邦訳の表題をそのまま使用している。
2、シャドウ・ワークとは何か
ここではイリイチのシャドウ・ワーク概念の整理と、その教育への適用可能性を見ていく。
(1)教育におけるシャドウ・ワーク性
まず、シャドウ・ワーク についてのイリイチの定義からみていく。本概念はイリイチ自身が様々に意味を拡大/拡散させながら使用しているので、『ジェンダー』でのシャドウ・ワーク概念の整理から論をすすめていく。
シャドウ・ワークとは「財やサーヴィスの生産とちがって、商品の消費者によって、とくに消費的な世帯でなされるもの」(Illich 1982:94)であり、「消費者が、買い入れた商品を使用可能な財に転換する労働」(同)を意味する。「買い入れた商品に、それが使用に適するようになる価値を付加するために支出されねばならぬ時間、煩労、努力を、シャドウ・ワークと名づけるのである」(同)。つまり「シャドウ・ワークとは、人々が商品を媒介に自分たちのニーズをみたそうとすればするほど従事しなければならぬ活動」(同)なのである。それは「ますます孤独で、ますます生気のない、ますます非人格的な、ますます時間濫費的なものとなってきている」(同:95)。
イリイチは論を教育にも広げて行う。前近代社会において、子どもはヴァナキュラー(土着、あるいは場所ごとに異なった、との意味)な言語と文化を学習していた。みな方言を話し、将来的には自分のいる共同体の一員になることが期待されていたのだ。近代社会になり、その共同体に学校「教育」が入り込む。近代学校制度はヴァナキュラーな言語でなく、標準語化された「国語」が習得されるシステムである。また近代社会の構成員を作り出すプロセスでもある。近代社会が産業社会である以上、近代国民化される子どもたちは、「労働力が資本化されるプロセス」(同:100)に巻き込まれ、近代社会を構成する国民に社会化されていく。
この近代教育の結果、保護者も学校教育に協力的であることが要請されるようになる。イリイチの言う、「教育制度の枠内で教師の助手となっている」(同)状況が現出するのだ。早く子どもが「国民」や労働主体・消費主体たる「ホモ・エコノミクス(経済人間)」に社会化されるよう、家庭にも学校的あり方が要請されるのである 。
つまり、教育におけるシャドウ・ワークとは、国家の要請する「国民」と、労働主体・消費主体たる「ホモ・エコノミクス」とに子どもを形成するプロセスそれ自体を意味する。後に労働主体・消費主体になるよう、また「国民」になるよう、子どもたちが働きかけられる営みをシャドウ・ワークというのである。『脱学校の社会』を書いたイリイチの問題意識は本概念にもつながっており、近代教育の否定ないし教育行為の否定を訴えたのがシャドウ・ワークなのである。
イリイチはコンピュータ技術が進んだ社会ではシャドウ・ワークという「新型経済活動」(同:96)が「生産的労働よりも経済的にもっと根本的なもの」になると指摘をしている。教育は近代社会の構成員を作り出す故に、教育におけるシャドウ・ワーク性が社会を支えることになる。まして、後期近代と言われる現代は、前期近代に比べ情報化・再帰性が飛躍的に高まった。前期近代の学校には要請されることのなかった「キャリア教育」や「総合学習」などが学校に求められるようになったことはその表れである。
(2)学習行為のシャドウ・ワーク性
(1)で見てきた内容が基本的な教育へのシャドウ・ワーク概念の適用だが、イリイチはそれを拡大させて使用していると述べた。(2)においてその具体例として学習行為のシャドウ・ワーク性を見ていく。
シャドウ・ワークは他律の行為だが、自ら進んで行う従属の行為であるという特徴がある。賃労働には給料が発生する。しかし、シャドウ・ワークは無償の行為である。その上、シャドウ・ワークの担い手が逆に金を出すことで経済社会を支えることになる。具体的な例でいえば、消費者は企業の新製品を受動的に受け取るという意味のシャドウ・ワークを行っているといえる。これを学校において言えば、教員の一方的な授業を黙って受け取るという行為がシャドウ・ワークとなる((4)で見ていく「専門家支配」でもある)。
賃労働にとって人は選択されるが、一方〈シャドウ・ワーク〉の場合は、人はそのなかに置かれる。時間、労苦、さらに尊厳の喪失が、支払われることなく強要される。けれども、よりいっそう経済成長をすすめるためには、〈シャドウ・ワーク〉の支払われることのない自己開発が、ますます賃労働よりも重要なものになってくる。(Illich 1981:209)
教員によってなされる教育サービスは、生徒のシャドウ・ワークによって支えられているのだ。山本(2009a)は、次のようにシャドウ・ワークを解説する。
隠れた支払われない労働がある、それはサービス労働の裏側に構成されている、たとえば教師のサービス労働にたいして生徒の消費ワークがある、(中略)これらは「させられている」行為、他律行為の働きかけによってなされている受け身的な消費行動になっている。このインダストリアルなサービス商品を消費していると考えられてきたものを、隠れたシャドウのワークであると切り替えたのだ。つまり、産業的な価値を産み出しているワークである、消費ではなく生産であるという切り替えである。(山本 2009:238頁)
学校での授業は、傍目から見れば教育の受け手である生徒がサービスを受動的に消費しているように見える。本当はそうではなく、教育サービスを受けることはシャドウ・ワークという「生産」を行っていることなのだ。生徒たちは後に「ホモ・エコノミクス」や「国民」になるよう、自らを生産しているのである。他律行為であるシャドウ・ワークは教育によって個人に内面化されるため、この従属は自発的に行われることになる。
(3)大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークの違い
イリイチは大学生のシャドウ・ワークとそれ以外のシャドウ・ワークとを立て分けている。「現代社会での労働のいくつかの形は、最初は支払われないもののようにみえても、最終的には金銭的評価で高い報酬となる。大学の学習は往々にしてよい例である。(中略)一般には、大学卒業の人間の生涯所得のほうが、卒業しなかった彼の兄弟、姉妹たちの所得よりもはるかに高いだろう」(Illich 1981a:265)。
この人的資本論的認識のために、大学生は「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者といった本物の〈シャドウ・ワーカーズ〉にあてはまるものではない」(1981a:266)シャドウ・ワーカーとなる。つまり、大学生はいま自分たちが大学で単位獲得のために行うシャドウ・ワークこそが将来「大卒」として得られる所得につながると認識している。その点が、例として挙がった「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者」たちと違う点である。大学生が単位獲得のために行うシャドウ・ワーク(=授業への参加や卒業するための学習)は、将来において給与が支払われることを見越した行為なのである。山本(1983)も大学生たちを指して「彼らは支払われないが、特定の時間拘束され相当のコストがその教育にかけられている。大学生はそれによって社会的な特権ないし収入の価値を自ら高めている」(山本 1983:214)と指摘する。山本の指摘は、現在の大学では就職活動のために各種資格取得を目指す大学生の姿に見て取ることができる。
まとめると、大学生は将来の稼ぎを見越して〈シャドウ・ワーク〉的学習を行う傾向があるというのが、イリイチの述べた「大学生のシャドウ・ワーク」の中身である。
(4)専門家依存としてのシャドウ・ワーク
では、大学生と違う「専業主婦、中等学校の生徒、パートタイムの通勤者」たちのシャドウ・ワークにはどのような意味が込められているのか。先の引用文の後、スウェーデンにおいて主婦の一部に賃金が支払われるようになったことをイリイチは指摘するが、まさにそのことによって「スウェーデンは、社会的なサーヴィスにおける訓練された〈シャドウ・ワーカーズ(奉仕家)〉を雇用する試みに、新しい世界を導いているようだ」(Illich 1981a:267)と皮肉を述べる 。「これは、社会的部門における〈シャドウ・ワーク〉を賃労働より一層早く増加させる計画である」(同)と続けている。
この部分を理解するには、イリイチ最晩年の著書『生きる希望』に登場する新約聖書「ルカによる福音書」10章25節にある「善きサマリア人」の寓話とイリイチの解説文を持ってくる必要がある。この寓話はイエスが律法学者の悪意ある質問に対し語った物語である。強盗に襲われ、傷ついたユダヤ人が道に倒れている。ユダヤのラビはそれを目にしつつも素通りをしていった。その後に通りかかったのがサマリア人である。ユダヤと敵対関係にあるにも関わらず、そのサマリア人は傷ついたユダヤ人に施しの手を差し伸べた、という内容だ。
イリイチはこの物語が‘傷つき倒れた人間にはこのように手助けをすべきだ’という画一的な救済のやり方を示すものであると、一般的に解釈されるようになったことを批判する。「寝る場所を必要とする人々に対して、なにがしかの制度、豪勢なホテルでないにしても、特殊な簡易宿泊所があるべきだとするのは栄光に満ちたキリスト教西欧の観念です。こうして、困っている人々すべてに対して開かれた試みが、客人に厚誼を与える気持ちの低下とケアを与える制度によって置き換えられることに帰結するのです」(Illich 2005:108)。
初期のキリスト教において、困窮者の救済は「我と汝」の関係で行われていた。個々の他者に応じた対応の仕方であり、吉本隆明のいう「対幻想 」の段階である。共同幻想的に画一的な発想で他者に対するのでなく、対幻想的に個々の他者に応じた対応の仕方をこそ、イリイチは主張したのであった。「人間の関係は、二人の人間の間でなされる自由な創造としてしかありえません」(Illich 2005:102頁)。それが「困っている人々すべて」という抽象化および制度化をした結果、他者性が薄れ、個々人への救済という意味合いが弱まってしまう。結果的に、「共同幻想」として他者への画一的救済を目指すようになったのだ。画一的という意味合いで、山本哲士はサービス批判を行う(山本 2008)が、個々の他者に応じた関係、つまり「我と汝」関係に当てはまるものが山本のいうホスピタリティにあたるのである。
まとめると、「善きサマリア人」の寓話からイリイチが述べたのは個別性が失われ、画一的サービスが行われるようになることへの指摘であった。専業主婦の家事労働に政府が賃金を出す。これは社会サービスの一部に専業主婦が吸収されたことでもある。行政の社会サービスの代理人として「訓練された〈シャドウ・ワーカーズ(奉仕家)〉」が要求されるゆえんなのだ。専門家たちが作った制度に人々が従わされる「価値の制度化」の状態において、人々は専門家のいうがままに行為を行うようになる。「素人、言い換えると客を自分たち(藤本注 ここでは専門家のこと)の監視のもとに無報酬で働く助手として引き入れようと躍起になっている」(同:12)のだ。
山本(1983)はここでいったような「家事に支払いをする」ことや「通勤時間を労働力の拘束において定義し、交通費のほかに賃金をうけとっている」(山本 1983:214)ことを指摘したのち、賃労働体制が転換してきたことを「労働組合や社会革命がすでに忘れてしまっているのも、この「シャドウ・ワーク」が編制してきた生活世界のためである」(同:215)と述べている。
先に大学生のシャドウ・ワークを見てきたが、大学生でない人びとのシャドウ・ワークは専門家の作り出す制度につき従わされるということも意味している。つまり、「専門家支配」(Illich 1978)が行われ、自助としてのシャドウ・ワークを行わされるのである。
イリイチの『専門家時代の幻想』において、専門家と呼ばれる存在への批判が行われた。本来、人々が自分たちで行っていた領域に「専門家」が入り込み、専門家支配に従属してしまうことを批判するのである。『脱病院化社会』においては医者が健康・不健康を定める権力を手に入れたことをイリイチは指摘する(Illich 1975)。同様に、『脱学校の社会』でも「学校化」とは「学習のほとんどは教えられたことの結果だ」と認識することだ、と指摘している(Illich 1971)。教育専門家による教授/教育活動の独占(「根元的独占」あるいはラディカル独占)を否定し、自主・自律的な学びを志向するのがイリイチである。教育専門家への依存も、教育のシャドウ・ワーク性である。この専門家の存在があるからこそ、学校制度に頼らず自分たちで学ぶということが危険なことであると非難されることになる。フリースクールの実践も、学校制度という専門家支配の構造を揺るがす存在であるため批判され続けてきた経緯がある。奥地(2005)も、フリースクールを東京で作った際、教育委員会やマスコミなどによる批判が集まったことを述べている。
まとめると、シャドウ・ワークを成立させる背景には専門家依存が挙げられる。この専門家依存は近代社会・産業社会が要請するものである。シャドウ・ワーク概念は近代社会批判につながると述べたが、専門家依存への批判という点からも近代社会への批判を行っているということができる。
イリイチは大学生のシャドウ・ワークのみを他と区別したが、大学教育がユニバーサル化した現在の状況を見ると、大学生のシャドウ・ワークとその他を分ける必要性は下がってきているように考えられる。大学生に対しても「それ以外のシャドウ・ワーク」と同じ専門家支配が当てはまっているのである。例えば、現代社会では一コンピュータ企業の作り出す「ワード」や「エクセル」・「パワーポイント」等のソフトの操作法を学校でもパソコン教室でも学習させられる状況がある。人々は「ワード」・「エクセル」・「パワーポイント」を自在に活用できるようになることを期待されるのだ。企業にとっては顧客を会社の活動を支える助手であるかのように動かすことができる。その意味で「自助」としてのシャドウ・ワークを行っていると認識することができる。また「専門家支配」を行うことも可能になる。
3、シャドウ・ワーク概念への批判
イリイチのシャドウ・ワーク概念を見てきたが、疑問も生じる。本節では2点にわけてイリイチのシャドウ・ワーク概念への批判を行っていく。
(1)近代否定・中世回帰志向のイリイチ
イリイチはシャドウ・ワークの対概念には「生活の自立・自存の仕事」(Illich 1981:51)、すなわちコンヴィヴィアリティ (conviviality)があると述べる。このコンヴィヴィアリティは「自立共生」ないし「相互親和」と訳され、主として共同体内での助け合いを描いた概念である。コンヴィヴィアリティのある社会こそ、イリイチが思い描いた理想社会である。このコンヴィヴィアリティが成立していた時期・成立する時期の「助け合い」を、イリイチはシャドウ・ワークであるとは述べていない。確かにここまで見てきたように、シャドウ・ワーク概念は近代社会・産業社会批判のための概念であった。しかし、シャドウ・ワーク概念の中身を検討すると、共同体社会・中世社会にもシャドウ・ワークが存在するのではないかと述べることができる。近代の社会におけるホモ・エコノミクス化が「シャドウ・ワーク」ならば、共同体のための教育もまた「シャドウ・ワーク」となるのではないかと考えられるのである。
コンヴィヴィアリティ概念では、他者性を担保し他者とともに生きる姿勢が述べられている。そうであれば、必然的に他者同士の協力関係を想定においていることになる。これら無償による共同体内の「助け合い」行為は、確かにイリイチのいうような産業社会の手段にはなっていない。しかし、この助け合いを共同体維持のためのシャドウ・ワークであると言うことも可能なはずである。この部分の詳細は次の「教育の否定」で見ていく。
(2)教育の否定
第2の批判点として、ジェンダー役割的に母親が子育てをおこなう家庭教育の無給性とシャドウ・ワークの関係を取り上げる。イリイチは「現在ある部分の婦人運動者が、母親たちを無給の教育業務に携わらせることに批判を向けていますが、これは、工業化社会体制に対する今日可能な最も根本的批判の好例でありましょう」(Illich 1980:176)と述べている。理由は「今日、無給労働力が(男も女も)、せっせと教育を受けており、それはますます多くの人間を彼らの自立自存から引き離し、僅かばかりの賃労働と、広範囲のシャドウ・ワークをするための教育なのです」を挙げている。彼が「無給の教育」を批判するのは、子どもが産業社会システムに取り入れられること、すなわち消費主体化・労働者化することを進めてしまうからである。
イリイチは次のようなアジテーションを雑誌上で行っている。「教育への対案は、このような意味で、共同体の側からのフォーラム(集会)要求です。断乎として、消費欲求とともに教育を解消して、自立自存を築き上げることを求め続けましょう」(Illich 1980:176)。この主張に対し、まずは自立自存(=コンヴィヴィアル)を成立させるのは一人ひとりの構成員であることを考える必要がある。この共同体の構成員の育成は、まさに教育によるのではないのか。パーソンズのAGIL図式でいう「統合機能」や「パターン維持・緊張緩和」作用たる教育行為がなければ社会システムは維持されない。確かに、言葉上で「教える」・「教育」という概念のない社会は存在する。原(1979)がヘアー・インディアンの社会に「教える」を意味する単語がない点を指摘しているからだ。しかし、そのことは教育作用が当該社会に存在しないことを意味するわけではない。部族内の人間が「教える」行為や「教育」行為だと認識しないだけであり、部外者である原はヘアー・インディアン社会に「教える」や「教育」に当てはまる行為を見いだしているからだ。言葉としての「教育」を無くすことは可能であっても、社会システム維持にかならず構成員の再生産機能が必要である以上、イリイチの主張をそのまま認めるわけにはいかない。つまり、学校「教育」を行う必然性はないが、教育なしで構成員の育成が可能であるわけではないのである。少なくとも、残存する社会システムには何らかの教育機能があったゆえに存在し続けていることを考える必要がある。
イリイチが理想とする、共同体の構成員となるための教育活動は中世においてもおこなわれてきた。まさに個人の意志など関係なく、その「場所」の構成員になるための教育活動が「学校」制度を使わなくとも成立していたのだ。そうでなければ後継者を欠き、当該社会は消滅している。この構成員になるために行われる教育行為はシャドウ・ワークではないのか。シャドウ・ワーク自体が産業社会のみを批判するのであるならば成立するが、イリイチの著書群を見通すと近代社会・産業社会におけるシャドウ・ワークの状況へ批判と、コンヴィヴィアルな共同体での人々の暮らしについてのイリイチの説明はほぼ同様の内容となっている側面がある。
イリイチは、ソーシャル なものを排し、場所のパブリックに生きる姿勢の提唱をした。つまりイリイチにとって国家や近代社会(=ソーシャル)の体制維持は想定にないのである。それゆえに“Anarchist Studies”(『アナーキスト研究』)にイリイチの名前が載ることになったのだ。近代社会が必要とする人材にならないこと/なるのを拒否することが、究極のところでのシャドウ・ワーク性を排した教育の実現と言うことになる。しかし、これでは現状の社会体制の中では何も言ったことにならない。近代国家というソーシャルなものをなくしたあり方は、前近代、つまり中世の復興を意図しているということである。イリイチの想定にそもそも近代社会の維持はない。また、イリイチの教育批判の文脈を見ると、仮に中世社会への回帰を図ることができたとしても、当該社会の維持を行うことは不可能だと言わざるを得なくなる。つまり、イリイチの主張を検討すると社会の破壊を意図していると言わざるをえない。なお、イリイチは『脱学校の社会』以後、教育へ否定的まなざしを持つようになり、『対話・教育を超えて』において教育を否定するようになった(Illich/Freire 1980)。
要するに、共同体内に教育作用が存在したことをイリイチは見落としているのである。中世回帰がイリイチ思想の特徴である以上、イリイチの主張をそのまま受け入れることは近代社会の破壊を意味する。必要に応じてイリイチの主張を整理して受け入れていく必要がある所以である。
イリイチの発想にはコンヴィヴィアルな社会(convivial society)という理想の共同体社会が描かれているが、ユートピアは実現不可能な故にユートピアであることを思い返さねばならない。教育を否定してユートピアに生きるよう人を煽動するイリイチには、ユートピアを成立させる構成員の教育には無頓着なのである。
4、教育への展望
ここまで、シャドウ・ワーク概念の整理とその批判を見てきた。シャドウ・ワーク概念は近代社会だけでなく、そもそも人が共同体をつくっていた頃の「教育」行為すら批判する働きがある。しかし、その射程を近代教育への批判のみに向けて使用した際、現在の教育実践へのパースペクティブとして使用できる箇所が見いだせると考えられる。
そのため、ここでは近代教育批判として、自由な学びを志向する立場からイリイチを読み返していく。
(1)「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育
イリイチは、シャドウ・ワークから「開発を逆転させること、消費財をその人自身の行動におきかえること、産業的な道具を生き生きとした共生の道具に変えること」(Illich 1981a:51)によってコンヴィヴィアリティが達成され、「賃労働と〈シャドウ・ワーク〉はそれこそ影をひそめるだろう」(同)と述べている。何故なら「従順な消費として評価されるよりも、むしろ主として、創意に富んだ活動のための手段として評価されるからである」(同:52)。象徴的な例として「レコードよりもギターが、教室よりも図書館が、スーパーマーケットで選んだものよりは裏庭でとれたもののほうが、価値があるものとされる」(同)ようになるとまとめている。
イリイチはこの状態に達するための条件として「労働者が道具および資源の自由な消費者となる場合に限る」(同)と指摘している。「道具 」(tool)というのはイリイチ思想において独自の位置を持つ。「道具とは、ある目的を達成するために設計された装置」(Illich 1992:161)を意味する言葉である。「一定の強度を超えて発達する場合、道具というものはいかに不可避的に集団から目的へと転じてしまい、目的達成の可能性を阻むことになってしまう」(同)という「逆生産性」(couterproductivity)が発生することとなる。この状態をもたらす制度を「操作的制度」(manipulative institution)と呼ぶ。「一定の強度を上回って生長するとき、不可避的に、その利点を享受しうる人びとよりも多数の人びとを、その道具がつくられた目的から遠ざけてしまうという事実をあらわすのが、この概念」(Illich 1992:163-164)である。
結論的には、人間の自立・自存的な生き方をもたらすために必要だと指摘するのが「コンヴィヴィアリティのための道具」(tools for conviviality)である。人間が機械や制度に使われるのでなく、「創意に富んだ活動」を主体的に行う教育のあり方が、シャドウ・ワークではない教育を行うための条件となるであろう。注目すべきは「道具」を用意することである。これは学びを誘発させる環境であると言ってもよい。『脱学校の社会』での「脱学校」(deschool)の実現例として、町のなかに例えば工場の仕組みを解説するコーナーを設置するといったプランや、「学習のためのネットワーク」(learning webs)として教えたい人間と学びたい人間を引き合わせる条件整備を挙げている。
(2)CIDOCの実践に見る、イリイチの学習観
次に、イリイチ自身の実践から、この条件整備としての学習を見ていく。彼はメキシコ・クエルナバカにおいて異文化間資料センター(Center for International Documentation: CIDOC)という「オルターナティブな大学」(Illich 1992:119)の設立に携わった 。協力者には他にパウロ・フレイレ、ジョン・ホルト、ポール・グッドマン、ジョエル・スプリングらがいる。CIDOCは1967年から1976年まで開設していた。「一日に五時間、四ヶ月間続ける」(同:304)スペイン語の集中レッスンの講座 を開き、そこから得られた費用を「元手に、図書館を設立したり」「毎年四、五十人の人びとを、あらゆる社会階層から、そしてメキシコ以外の中南米のあらゆる方面から招待した」りした(同:141)。「ヨーロッパ、ラテン・アメリカ、北アメリカ、オーストラリアなどからの神父や研究者、学生たちの交流する一種の知的センター」(Illich 1981b、玉野井芳郎:173)であった。また各種セミナーが行われるなど、通常の大学に近い運営がなされていた。学生も存在しており、山本哲士も学生としてCIDOCに学んでいた(山本 1979)。CIDOC運営の目的についてイリイチはこう述べる。
われわれの目的は、学生を教育することではありませんでした。われわれの招いた客人たちがお互いに、あるいはわたしと、そしてまた、われわれの会話に参加することを希望した学生たちと、話し合うことができるようにすることがわれわれの目的だったのです。(Illich 1992:304)
一方的に教育を行うのではなく、あくまで本人の意思に基づいて学べるよう、学ぶ道具としての条件整備を行うイリイチの姿が見てとれる。客人やイリイチとの会話も、また図書館にある本 も、自発性に基づいて行われる学びのための「道具」であった。
CIDOCは研究機関でもある。学術誌発行 のほか、『脱学校の社会』等のイリイチの諸著作はCIDOCでの討論が元になって書かれたものである。それゆえCIDOCは「省察の座」と称されることがしばしばあったという(Illich 1981b、玉野井芳郎:173)。
スペイン語の集中レッスンの話は、『脱学校の社会』における「ドリル学習」(drill instruction)の文脈で行われている。イリイチによれば自発的に行うドリル学習の場合、短期間に効率的に学ぶことができる(Illich 1971)。「何年もの長期にわたって厖大な公費を投じてなされる公教育による教育的な結果は、ほんの六週間程度の成人識字教育によって充分はたしうる、とフレイレを実例にしてイリイチは自らの非学校化の考えを主張さえした」(山本 1996:174-175)のである。
イリイチは理想の研究手法として「わたしはまた、真理の探究が、講義室ではなく、食卓を囲んだり、一杯のワインを傾けたりというユニークな方法で追求される様を示したかったのです」(Illich 2005:254-255)と述べている。おそらくCIDOCでの研究作業も同様の狙いの下で行われていたと考察できる。大学のなかだけでなく、自由な雰囲気のなかでの対話に基づく学びが重視されたのだ。これはフレイレの文化サークル内での対話による「問題化型学習」と同一の発想である(Freire 1970)。「わたしの考えでは真理の探究はフィリアの成長を前提としているということです」(Illich 2005:260)との言葉は、フィリアつまり友情の深まりによる真理探究、すなわち友人・仲間との対話の中での研究の重要性を説いている。
CIDOCの実践 から言えるのは、コンビビアリティに基づく学習の重要性である。他者との対話による学び、あるいは自発的に行う学習こそが、「教育」および「学校化」の弊害から逃れた教育活動であり、シャドウ・ワークでない学習の形態なのである。また国家や社会のためでない学習のあり方でもある。
イリイチにとって、学習はあくまで自発的意志に基づいて行うものであった。その教育観はニイルに近いものである 。イリイチの学習観・教育観を支えるものはまさに「創意に富んだ行為」を誘発するための道具の存在である。人間の自立・自存的活動を支えるものとしての「道具」をいかに多くの人びとにもたらすかが、シャドウ・ワーク性を教育から遠ざけるための条件となる。
教育のシャドウ・ワーク性は、制度スペクトルでいうところの「操作的制度」に学習者が置かれている点にある。そこを抜け出す方法としては、「コンヴィヴィアリティのための道具」(tools for conviviality)を学習者が自発的に用い、学びを(広く、あるいは深く)行っていける条件整備を行う点を指摘することができる。『脱学校の社会』では、「コンヴィヴィアリティのための道具」を意味する「相互親和型社会」という概念が提唱されている。これは、イリイチが「制度」の諸類型を直線上に配置した「制度スペクトル」において左端に置かれる制度である。この「相互親和型社会」の例として、電話や郵便 が出されている。これらは「利用することが自分の利益になるのだと制度的に説得される必要なしに人々が使用する制度」(Illich 1971:107)である。
「制度スペクトル」もう一方の端には「操作的制度」が置かれている。イリイチは例として高速道路を示す。高速道路は車を所持する人が自動車に乗るときにしか利用されえない。使用する母体が限られるにもかかわらず、全国民の税金を用いて行われる点で「偽りの公共事業」である。一方、電話や郵便はすべての人が使用する時だけ料金を払い、使用した分だけ費用を支払えば済む制度である。イリイチの目指す、シャドウ・ワーク性のない教育というものも、電話・郵便と同じ比喩を用いることができる。必要とする人が、必要とする時だけ利用できる制度としての教育である。条件整備を行い、万人に道を開いた学びのあり方を担保するのが「コンヴィヴィアリティのための道具」としての教育である。
「最良の場合には、図書館は自立共生的な道具の原型である」(Illich 1973:124)との指摘は示唆的である。「私たちはまず、学びたいと欲するならば何が人々に必要なのかという問を発し、それから人々のためにそういう道具を供給するようにしなければならない」(同)。実際にイリイチはラーニングウェッブという形で、実現可能性を説いている。梅田(2007)はこのような自立共生的な学びの道具としてインターネットの利用を説いている。
ここから考察できることは、条件整備としての学習環境の重要性という結論になる。人と人とが出会い、そこから学びを起こしていき、必要に応じて学びを行っていく環境の重要性である。
(3)CIDOCでの実践の評価
CIDOC期のイリイチらの教育実践については今後の研究が必要だが、CIDOCでの教育/研究実践が、シャドウ・ワーク性を取り除いた教育実践、すなわちコンヴィヴィアルな学びを実現していた可能性があると言ってよいだろう。この実践が実現した背景にはスペイン語習得講座での収入があったため、国家からの援助を受けなかった点がポイントとして指摘できる。近代国家形成の主体となることを拒否し、自由なエートスのもとに研究できたと言う意味で「シャドウ・ワーク」性を排しているのだ。つまり、近代国家の構成員にならないとの思いのもとに成立した束の間の「ユートピア」がCIDOCであったのである。それゆえ、国家の管理から逃れ、財政的に立ち行く状況のみで成立する概念であるのだ。
なお、CIDOCが存在したのが60年代から70年代であったことも考察していく必要がある。コミューン的あり方が流行したこの時代だからこそ成立し得た可能性があるからだ。
5、終わりに
シャドウ・ワーク概念はイリイチが随所で述べる内容でありながら、統一的な見解があまり見られないものである。本稿においては主として『シャドウ・ワーク』と『ジェンダー』での記述をもとにシャドウ・ワーク概念を整理し、その解読や批判の手がかりとしてイリイチの諸著作に当たっていった。その結果、本稿が「専門家支配」・「コンヴィヴィアル」などのイリイチの術語のパッチワークとなってしまった感は否めない。しかし、これらイリイチの述べた諸概念は繋がり合ったものであり、これらを用いなければシャドウ・ワーク概念の理解と批判は困難になる。
本稿の成果としては、1点目にイリイチのシャドウ・ワーク概念が近代社会批判・教育批判を狙ったものであるとの整理ができた点があげられる。2点目に、「シャドウ・ワーク」が行われる状況への批判を徹底すれば、前近代社会の共同体すらも破壊する側面があるとの指摘があげられる。3点目に、シャドウ・ワークが行われる状況への批判を近代教育の改善に絞った場合、今後の教育へのヒントとしてイリイチのCIDOCでの実践を用いることができるのではないか、との示唆を行った点が挙げられる。
しかし、課題とすれば本稿においてシャドウ・ワークに関する記述と教育への展望との内容に乖離を感じられるようになってしまった点があげられる。
6、今後の課題
本稿においてはシャドウ・ワークの教育への適用可能性について考察してきた。しかし、シャドウ・ワーク概念の成立の背景について論を進めることがほとんどできなかった。思想史上の系譜を見ると、「シャドウ・ワーク」概念はフェミニズム運動の流れの上にある。フェミニズムにより主婦業の自明性が疑われるようになった際、独自の立場から「シャドウ・ワーク」との新語をもとに問題提起をしたのがイリイチであったのだ 。そのため、シャドウ・ワークの理論的下地を構築した各種研究を整理することが必要である。
また、本稿の鍵となるCIDOCでのイリイチの実践には、山本(2009a)以外にまとまった研究が存在しないのが現状である。たとえばCIDOC開始時にいた研究者名については論者によって記述が大きく異なっており、統一した見解が存在していない。コンヴィヴィアリティに基づく学び・研究実践のヒントがCIDOCの実践から得られるのではないかと考えられるため、CIDOC期のイリイチの活動やCIDOCそれ自体の研究も今後の課題としていきたい。
7、参考文献
Arendt, Hannah(1958):志水速雄訳『人間の条件』、ちくま学芸文庫、1994。
Freire, Paulo(1970):小沢有作ほか訳『被抑圧者の教育学』、亜紀書房、1979。
Holt, John(1976):田中良太訳『21世紀の教育よ こんにちは』、学陽書房、1980。
Illich, Ivan(1971):東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』、東京創元社、1977。
Illich, Ivan(1973):渡辺京二・渡辺梨佐訳『コンヴィヴィアリティのための道具』、日本エディタースクール出版部、1989。
Illich, Ivan(1975):金子嗣郎訳『脱病院化社会』、晶文社、1979。
Illich, Ivan(1978):尾崎浩訳『専門家時代の幻想』、新評論、1984。
Illich, Ivan/Freire, Paulo(1980): 島田裕巳ほか訳『対話・教育を超えて』、野草社。
Illich, Ivan(1981a):玉野井芳郎・栗原涁訳『シャドウ・ワーク』、岩波現代文庫、2006。
Illich, Ivan(1981b):栗原彬・横山紘一・山本哲士監修・フォーラム・人類の希望編『イリイチ日本で語る 人類の希望』、新評論、1981。
Illich, Ivan(1982):玉野井芳郎訳『ジェンダー』、岩波現代選書、1984。
Illich, Ivan/Sanders, Barry(1988):丸山真人訳『ABC 民衆の知性のアルファベット化』、岩波書店、1991。
Illich, Ivan(1992):D=ケイリー編・高島和哉訳『生きる意味』、藤原書店、2005。
Illich, Ivan(2005):D=ケイリー編・臼井隆一郎訳『生きる希望』、藤原書店、2006。
Kahn, Richard, 2009,“Anarchic epimetheanism”, Amster, Randall ed., Anarchist Studies, Routledge, pp. 125-135.
一條和生/徳岡晃一郎(2007):『シャドーワーク』、東洋経済新報社。
梅田望夫(2007):『ウェブ時代をゆく』、ちくま新書。
大西廣(2002):「シャドウ・ワークの風景」、『季刊 本とコンピュータ』、2002年春号、大日本印刷株式会社ICC本部、63-65頁。
奥地恵子(2005):『不登校という生き方』、NHKブックス。
萩原弘子(1988):『解放への迷路 イヴァン・イリッチとはなにものか』、インパクト出版会。
栗林涁(2010):「隠された労働」、井上俊・伊藤公雄編『近代家族とジェンダー』、世界思想社。
関礼子(2002):「佐々木看護婦という存在 『瘋癲老人日記』におけるシャドウワークの領域」、『日本文学』2002年2月号、日本文学協会、72-76頁。
鶴見和子(1980):「工業化社会に警告」、朝日新聞1980年12月23日朝刊。
徳岡晃一郎(2006):「シャドーワークが価値を生み出す」、『人材教育』2006年4月号、日本能率協会、16-22頁。
原ひろ子(1979):『子どもの文化人類学』、晶文社。
宮台真司・藤井誠二(1998):『学校的日常を生き抜け』、教育史料出版会。
山本哲士(1979):「イバン・イリイチの「自律共働性」と「非学校化」に関するノート<自律的学習>の甦生のために : CIDOCからの帰国報告」、『人文学報 教育学』14, 41-65, 1979-03-31 、東京都立大学。
山本哲士(1983):『消費のメタファー』、冬樹社。
山本哲士(2008):『新版 ホスピタリティ原論』、EHESC出版局。
山本哲士(2009a):『イバン・イリイチ』、文化科学高等研究院出版局。
山本哲士(2009b):『新版 教育の政治 子どもの国家』、文化科学高等研究院出版局。
吉本孝明(1968):『共同幻想論』、角川文庫、1982。 (総文字数:17581字)
2010年10月30日土曜日
フレイレ『自由のための文化行動』抜粋ノート
Freire, Paulo(1970):柿沼秀雄・大沢敏郎訳/補論『自由のための文化行動』、1984。
「第三世界の非植民地化によって切り拓かれた道、それは全人類の真の解放へ向かう道か、あるいはもっと巧妙に仕組まれた飼いならしへ向かう道か、ふたつにひとつしかない。したがってそれは、教育の意味と方法の再検討を迫っている状況なのである」(4頁)
「どんな教育も中立ではありえないということである。飼いならしのための教育か、自由のための教育か、このふたつがあるだけである。教育は、常識的には条件づけの過程と考えられているけれども、同時に条件を突破するための道具にもなりうる。教育がそのどちらになるか、最初の選択は教師の手に委ねられている」(6)
「私たちの行う選択が人間のためのものであるならば、教育とは、自由のための文化行動であるがゆえに、記憶行為ではなく、認識行為にほかならない。それを明らかにすることが、成人識字過程を論ずるこの本の根本目的のひとつである」(11)
「それゆえ、(構造の―訳者)内側で生きる存在になるのではなく、自己解放を遂げて人間になること、それこそがかれらの問題を解決することなのだ。なぜならば、その実かれらは、構造に対してマージナルな存在なのではなく、構造内部の被抑圧者だからである。疎外された人間であるかれらは、自分たちを従属させるにいたっている構造そのものに統合されることでは、その従属性を克服することができない」(18)
「根本的には、私が『被抑圧者の教育学』で指摘したように、被支配階級が支配者の生活様式を再生産するわけは、被支配者の内部に支配者が宿っていることにある。被支配者が支配者を放逐できるのは、支配者から距離をとって、みずからを客観化する場合だけである」(31)
「何よりもまず、人間を、世界のなかに、世界とともにある存在として批判的に捉えることから始めなければならない。意識化のための基本条件は、その行為者agentが主体、つまり意識的存在でなければならないということである。したがって意識化とは、教育と同様に、すぐれて人間的な過程なのである」(59)
「真の親交には、当然、世界によって媒介される人間と人間との交流communicationが含まれている。意識化を実現可能なプロジェクトにするのは、唯一親交という脈絡のなかにすえられた実践だけである。意識化は協同の事業である。それは、この協同の事業に取り組む他者のなかにいるひとりの人間の内に、つまり自分たちの行動によって、またその行動と世界に対する省察とによって結ばれた人びとのなかで生きるひとりの人間の内に生起するものである」(105−106)
次はイリイチへの批判とも察せられる内容である。
「人間は、未完成の、そして未完成であることを意識している歴史的存在である。だからこそ革命は、教育がそうであるのと同様に、人間の自然で永続的な次元なのである。教育はある時点に至ればなくなってよいのだとか、革命は権力を握ればそれでおしまいにしてよいのだ、などと考える者がいるとすれば、それは機械的心性の持主だけである。革命は、それが真正であるためには、永続的な出来事でなければならない。そうでない場合、革命は、革命であることを止めて硬直した官僚制に変質するだろう」(117)
→永続革命としての教育である。つねに自身がドクサにとらわれいないかに自明的である必要がある。
(訳者あとがき)「フレイレの方法が日本における生活綴方の教育方法と実によく似ていることに気づかされる。書くということに執着したこの教育方法が、子どもを取り巻く生活現実に取材し、書き、書いたものを読み、討論する主体をあくまで子ども自身にすえた、という点でも、フレイレの認識主体論と共通している」(189)
(訳者あとがき)「識字とはたんなる文字言語の習得ではない。それは、ことばあるいはみずからの表現を奪われて〈沈黙の文化〉の淵におとしめられている人間たちが、他者や物・事との親しい交わりのなかで、みずからのことばと表現を奪い返し、沈黙を強いる抑圧的な現実世界の深層に潜む文法を読み取って、その現実を変革する批判的主体にみずからを形成していく〈意識化〉の文化過程を指すものである」(191)
「第三世界の非植民地化によって切り拓かれた道、それは全人類の真の解放へ向かう道か、あるいはもっと巧妙に仕組まれた飼いならしへ向かう道か、ふたつにひとつしかない。したがってそれは、教育の意味と方法の再検討を迫っている状況なのである」(4頁)
「どんな教育も中立ではありえないということである。飼いならしのための教育か、自由のための教育か、このふたつがあるだけである。教育は、常識的には条件づけの過程と考えられているけれども、同時に条件を突破するための道具にもなりうる。教育がそのどちらになるか、最初の選択は教師の手に委ねられている」(6)
「私たちの行う選択が人間のためのものであるならば、教育とは、自由のための文化行動であるがゆえに、記憶行為ではなく、認識行為にほかならない。それを明らかにすることが、成人識字過程を論ずるこの本の根本目的のひとつである」(11)
「それゆえ、(構造の―訳者)内側で生きる存在になるのではなく、自己解放を遂げて人間になること、それこそがかれらの問題を解決することなのだ。なぜならば、その実かれらは、構造に対してマージナルな存在なのではなく、構造内部の被抑圧者だからである。疎外された人間であるかれらは、自分たちを従属させるにいたっている構造そのものに統合されることでは、その従属性を克服することができない」(18)
「根本的には、私が『被抑圧者の教育学』で指摘したように、被支配階級が支配者の生活様式を再生産するわけは、被支配者の内部に支配者が宿っていることにある。被支配者が支配者を放逐できるのは、支配者から距離をとって、みずからを客観化する場合だけである」(31)
「何よりもまず、人間を、世界のなかに、世界とともにある存在として批判的に捉えることから始めなければならない。意識化のための基本条件は、その行為者agentが主体、つまり意識的存在でなければならないということである。したがって意識化とは、教育と同様に、すぐれて人間的な過程なのである」(59)
「真の親交には、当然、世界によって媒介される人間と人間との交流communicationが含まれている。意識化を実現可能なプロジェクトにするのは、唯一親交という脈絡のなかにすえられた実践だけである。意識化は協同の事業である。それは、この協同の事業に取り組む他者のなかにいるひとりの人間の内に、つまり自分たちの行動によって、またその行動と世界に対する省察とによって結ばれた人びとのなかで生きるひとりの人間の内に生起するものである」(105−106)
次はイリイチへの批判とも察せられる内容である。
「人間は、未完成の、そして未完成であることを意識している歴史的存在である。だからこそ革命は、教育がそうであるのと同様に、人間の自然で永続的な次元なのである。教育はある時点に至ればなくなってよいのだとか、革命は権力を握ればそれでおしまいにしてよいのだ、などと考える者がいるとすれば、それは機械的心性の持主だけである。革命は、それが真正であるためには、永続的な出来事でなければならない。そうでない場合、革命は、革命であることを止めて硬直した官僚制に変質するだろう」(117)
→永続革命としての教育である。つねに自身がドクサにとらわれいないかに自明的である必要がある。
(訳者あとがき)「フレイレの方法が日本における生活綴方の教育方法と実によく似ていることに気づかされる。書くということに執着したこの教育方法が、子どもを取り巻く生活現実に取材し、書き、書いたものを読み、討論する主体をあくまで子ども自身にすえた、という点でも、フレイレの認識主体論と共通している」(189)
(訳者あとがき)「識字とはたんなる文字言語の習得ではない。それは、ことばあるいはみずからの表現を奪われて〈沈黙の文化〉の淵におとしめられている人間たちが、他者や物・事との親しい交わりのなかで、みずからのことばと表現を奪い返し、沈黙を強いる抑圧的な現実世界の深層に潜む文法を読み取って、その現実を変革する批判的主体にみずからを形成していく〈意識化〉の文化過程を指すものである」(191)
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