サークルで、なかなか青っぽい話をした。いま早稲田にいる意味は何か? 自分は将来、どのように生きていくことが正しいのか? なにを今決意して、社会に出るべきか?
「青っぽい」というのは、青年っぽい、ということだ。現実を見据えないからこそ、言えることでもある。江川達也のいわく「世の中の人は、これほどまで自分のことしか考えないのかと知った」。しょせん人は、色と欲。言ってしまえばそれまでだ。
しかし、「あえて言う」ことに意義がある。あえて、自分の将来についてを話し合うことに意味があるのだ。
一通り話し終わった後、私は発言した。
「いま言った話を、40年経っても自覚できるかどうかが大事なんじゃないか」
まわりが静まった。「持続」こそが難しいのである。
決意を持続するのどうやればよいのだろう? そこでは語らなかったが、ここで書いてみることにする。
決意とは、持続しないからこそ決意なのである。三日坊主に終る人間は、「次こそは、絶対挫折しない」といくら強く決意しても、やはりすぐに挫折する。
挫折するからと言って、「挫折しないように強く強く決意する」ということで対応するのは切りがない。
学校現場で言われる「心の理解」も同じこと。子どもの行動をわかってあげられなかった、「もっと心を理解しよう」。やっぱり駄目だった、「もっと心を理解しよう」。無限ループである。
ではどうするか? 「挫折しない」という決意をする前に、「決意は挫折するものだ」との認識から入ればいいのである。それから、「挫折しかけた時に、再び決意する方法」を考えれば良いのだ。その方法は人それぞれ。気のいい仲間から励ましてもらったり(「恋人」だとなおグッド)、毎朝新たに決意したりするのを習慣にしたりしたらいい。
重要なのは、「そもそも決意は挫折するものだ」と諦めて認識し直すことである。世の中の「無限ループ」を解除する方法は、「そもそも無理なのだ」とあきらめることから始めるべきだ。
「心の理解」なら、「心の理解なんて、完全に行うことは出来ない」と諦めることだ。「心の理解は出来ないけど、その子どものためになる授業をしたい」などと認識し直すことである。
無理なことは、無理だと気づくこと。いい意味の「あきらめ」が必要である。
先週も、バイト先でタイムカードを押し忘れてしまった私。「もう押し忘れない」と決意する前に、手帳に「タイムカード」と書いておくことにしよう。
2009年8月20日木曜日
2009年8月18日火曜日
「学校化」された私。
何故だろうか。
どんなに努力をしても、どんなに「考え方を変えよう」と意識しても、自分の学歴主義を打ち消すことができない。
今日も、本屋で『東大式 絶対情報学』との本を無意識で購入していた。「東大」という言葉に、まだ体が反応してしまう。
早稲田大学生は、「東大を諦めた」組が多い。「負け組」認識をもっている側面もある。だから無意識のうちに、「東大」の名に反応してしまう。
フリースクールやオルタナティブスクールに心惹かれながらも、「東大」というブランド・学歴信仰から逃れられていないのが私である。
社会学者・宮台真司の「学校化」定義。《家や地域までもが学校的価値で一元化されることを私は「学校化」と呼びます》(『これが答えだ!新世紀を生きるための108問108答』281頁)。私の頭の中も、「学校化」されてしまっている。
卒業論文を書く段になって、自分がいかに「学校化」された存在であるか、実感するようになった。
中学では、私は「優等生」であった。優等生特有の「優等生シンドローム」も発症していた。教員の質問に、真っ先に答える能力。言われたことを、疑わずに実行する力。
高校に入って、状況が変わる。周りは自分以上の優等生ばかり。中学と同じやり方では太刀打ちできない。私は、中学のとき以上に「優等生」になろうと決意した。
わが母校では勉強ができること以上に、高校の創立の精神を求めていることが重要視されていた。今の時代、珍しい学校である。校歌を歌い、「真の学園生とはどのような生徒か」真剣に語り合う。無理をしてでも、学問と「精神面」を鍛えようと決意した。「俺はすごいんだ!」と言いたくて、生徒会にも入った。翌年には生徒会長に。けれど、母校では生徒会長の権限は行事の実行委員会よりも小さく、意気消沈。「何のために生徒会はあるのだッ!」と、埃っぽい生徒会室で泣き叫んだ日々もあった。
生徒会での自己実現を諦め、受験勉強で「俺は勝った!」と言おうと思い立つ。ちょうどその頃、クラスから見放される事件が起こり、ますます受験に専念した。休み時間は耳栓を付けた。昼食は一人で菓子パンをかじった。他者と折り合わないために。けれど、受験は第五志望にしか受からなかった。
結局、私は「優等生」になることが出来なかった。中学以来の「優等生気質」はありながら、「優等生」にはなれない。悔しさと、惨めさ。高校の卒業文集に映った顔写真。私だけが笑っていない。
結果的に悟ったのは、人と比べてもどうにもならないということ。けれど、「人と比べる」ことを私の身体に刻み込んだのは、学校ではなかったか。学校のシステム自体が、人と比べることを要求している。私はそのシステムに、すっかり「学校化」されてしまった。今もこの傾向は残っている。「東大」という言葉への、無意識的反応がそれである。
ひょっとすると、私がフリースクールや脱学校論に関心を持つのも、「学校化」の成せる技ではないだろうか? つまり、東大に行けなかったという私のルサンチマン(恨み)が、学歴主義に反するフリースクールに心惹かれるきっかけとなっているのではないか、と思うのである。
ただ、自分がいかに「学校化」された存在であるか、気づけたことだけでも、大学に行った意味があったように思う。早稲田の教育学部に行かなければ(もっといえば、脱学校論についてをK先生の授業で聴かなければ)、このことを自己認識することはなかったであろう。
人生は、誠に奇妙なことである。第一志望に行くことだけが、幸福なのではない。私にとって、早稲田の教育学部は第五志望。夏に諦めた東大を入れるなら、実に第六志望となる。
…自称「三流エリート」、石田一のモノローグでした。
*宮台真司『これが答えだ!新世紀を生きるための108問108答』朝日文庫、2002年。
どんなに努力をしても、どんなに「考え方を変えよう」と意識しても、自分の学歴主義を打ち消すことができない。
今日も、本屋で『東大式 絶対情報学』との本を無意識で購入していた。「東大」という言葉に、まだ体が反応してしまう。
早稲田大学生は、「東大を諦めた」組が多い。「負け組」認識をもっている側面もある。だから無意識のうちに、「東大」の名に反応してしまう。
フリースクールやオルタナティブスクールに心惹かれながらも、「東大」というブランド・学歴信仰から逃れられていないのが私である。
社会学者・宮台真司の「学校化」定義。《家や地域までもが学校的価値で一元化されることを私は「学校化」と呼びます》(『これが答えだ!新世紀を生きるための108問108答』281頁)。私の頭の中も、「学校化」されてしまっている。
卒業論文を書く段になって、自分がいかに「学校化」された存在であるか、実感するようになった。
中学では、私は「優等生」であった。優等生特有の「優等生シンドローム」も発症していた。教員の質問に、真っ先に答える能力。言われたことを、疑わずに実行する力。
高校に入って、状況が変わる。周りは自分以上の優等生ばかり。中学と同じやり方では太刀打ちできない。私は、中学のとき以上に「優等生」になろうと決意した。
わが母校では勉強ができること以上に、高校の創立の精神を求めていることが重要視されていた。今の時代、珍しい学校である。校歌を歌い、「真の学園生とはどのような生徒か」真剣に語り合う。無理をしてでも、学問と「精神面」を鍛えようと決意した。「俺はすごいんだ!」と言いたくて、生徒会にも入った。翌年には生徒会長に。けれど、母校では生徒会長の権限は行事の実行委員会よりも小さく、意気消沈。「何のために生徒会はあるのだッ!」と、埃っぽい生徒会室で泣き叫んだ日々もあった。
生徒会での自己実現を諦め、受験勉強で「俺は勝った!」と言おうと思い立つ。ちょうどその頃、クラスから見放される事件が起こり、ますます受験に専念した。休み時間は耳栓を付けた。昼食は一人で菓子パンをかじった。他者と折り合わないために。けれど、受験は第五志望にしか受からなかった。
結局、私は「優等生」になることが出来なかった。中学以来の「優等生気質」はありながら、「優等生」にはなれない。悔しさと、惨めさ。高校の卒業文集に映った顔写真。私だけが笑っていない。
結果的に悟ったのは、人と比べてもどうにもならないということ。けれど、「人と比べる」ことを私の身体に刻み込んだのは、学校ではなかったか。学校のシステム自体が、人と比べることを要求している。私はそのシステムに、すっかり「学校化」されてしまった。今もこの傾向は残っている。「東大」という言葉への、無意識的反応がそれである。
ひょっとすると、私がフリースクールや脱学校論に関心を持つのも、「学校化」の成せる技ではないだろうか? つまり、東大に行けなかったという私のルサンチマン(恨み)が、学歴主義に反するフリースクールに心惹かれるきっかけとなっているのではないか、と思うのである。
ただ、自分がいかに「学校化」された存在であるか、気づけたことだけでも、大学に行った意味があったように思う。早稲田の教育学部に行かなければ(もっといえば、脱学校論についてをK先生の授業で聴かなければ)、このことを自己認識することはなかったであろう。
人生は、誠に奇妙なことである。第一志望に行くことだけが、幸福なのではない。私にとって、早稲田の教育学部は第五志望。夏に諦めた東大を入れるなら、実に第六志望となる。
…自称「三流エリート」、石田一のモノローグでした。
*宮台真司『これが答えだ!新世紀を生きるための108問108答』朝日文庫、2002年。
2009年8月17日月曜日
卒業論文レイアウト。
何度も変遷しているが、卒論の概要は次のようにしたいと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
題目:イリッチ『脱学校の社会』の現代的意義の考察(「学校化」「脱学校」「価値の制度化」「ラーニング・ウェッブ」 の定義の考察)
序論:『脱学校の社会』特有のキーワードを探る。
本論:イリッチ『脱学校の社会』を読み解く。
●イリッチが本書を書いた理由は何か?
ライマー、ホルトなどの影響。
「価値の制度化」への批判
●価値の制度化とは何か?
価値観の転倒する社会
●学校化とは何か?
「学校化」という言葉をめぐる混乱
宮台真司・上野千鶴子の「学校化」とイリッチの「学校化」の違い
学校的価値が吹き出す社会(宮台)
学びが制度化する(イリッチ)
●ラーニングウェッブとは何か?
イリッチの描くラーニングウェッブ像
ブログ空間によって、ラーニングウェッブは構築可能か?
●イリッチのフリースクール観
フリースクールを否定的にみるイリッチ。
「脱学校」とフリースクールはイコールではない。
フリースクール論はニイルに求めよ。
結論:『脱学校の社会』から何が見えてくるか。
●「価値の制度化」が起きていないかを常に確認せよ。
●ウェブ時代におけるイリッチ再考の必要性。
●今後の課題
イリッチの思想の変遷を探る
フレイレとの出会いの前後の変遷。
ニイル思想の研究の必要性。
参考文献
フリースクールにおける、ミーティングの意義。
クロンララスクールは東京シューレが交流を行っている、アメリカのフリースクールである。『フリースクールとはなにか』によると、「クロンララスクールは、設立が古いということだけでなく、さまざまな機会をとらえて子どもが中心の教育の大切さを説いてきており、フリースクールとしてもホームエジュケーション運動の拠点としてもアメリカのリーダー的存在の一つである」(42頁)と紹介されている。
クロンララの活動の鍵となるのは、ミーティングである。再び、『フリースクールとはなにか』より引用する。
クロンララの活動はミーティングで話し合って決められている。子どもとスタッフが対等のクロンララでは、ミーティングでもそれは同じである。子どもの提案もスタッフの提案と同じように扱われるし、決を採るときは、子どももスタッフも同じ一票をもっている。そればかりではない。スタッフの採用も、子どもたちがほかのスタッフと話し合って決めるのだ。スタッフの希望者は、子どもと前からいるスタッフのインタビューを受け、何日かクロンララで過ごしたあとで、子どもとスタッフのミーティングで話し合って決められる。(『フリースクールとはなにか』、43~44頁)
『超・学校』で紹介されたサドベリーバレースクールにも、同じような記述があった。子どもとスタッフは同じ1票を持つということ、スタッフの人事に子どもも加わって話し合うことなど、共通点が多い。
東京シューレでは活動を話し合う、というレベルでミーティングが重視されている。けれどスタッフの人事まで話し合うということはない。
直接民主制を成立させるかのように、フリースクールではミーティングが重視されているようだ。
『大人のいない国』(内田樹と鷲田清一の共著)
好きな作家の本をある程度読んだ後、ブームが去り、その作家の本を全く読まない時期がある。そんなとき、その作家の本を久々に読んだとき、不思議な感情が芽生えることがある。
その作家の言葉が、脳内からあふれ出してくる。その作家の思考の枠組みが、頭の中によみがえってくる。
同一著者の本を読みためておくと、未来にその著者の本を再び読んだとき、一気に著者の思考を思い出すのである。
若いときに好きな作家を見つけ、読みこんでおくことのメリットであろうか。
久々に内田樹の本を読みながら、このことに気づいた。
以下は、『大人のいない国』(内田樹と鷲田清一の共著)の抜粋である。
●「実学」中心に教育を再編するということは、要するに学校内外の価値観を平準化するということである。(111頁、内田)
→宮台真司のいう「学校化」の、別の表現の仕方である。宮台は〈学校的価値が社会全般に吹き出すこと〉という定義で「学校化」を語った。これは要するに「学校内外の価値観」が「平準化」するということである。
●言論の自由が問題になるときには、まずその発信者に受信者の知性や倫理性に対する敬意が十分に含まれているかどうかが問われなければならない。というのは、受信者に対する敬意がなければ言論の自由にはもう存在する意味がないからである。(83頁、内田)
●教育の目的は信じられているように、子どもを邪悪なものから守るために成熟させることにあるのではない。子どもが世界にとって邪悪なものとならないように成熟を強いることに存するのである。少なくとも、私たちの遠い祖先はそう考えた。(107頁、内田)
→灰谷健次郎的「子どもに学ぶ」姿勢の両義性である。
2009年8月14日金曜日
『オートポイエーシスの教育』、または卒論の概要。
山下和也『オートポイエーシスの教育』を読んでいる。ルーマンの社会システム論のキー概念である「オートポイエーシス」理論をもとに、教育を再考するという本である。
再記
再び確認してみると、イリッチの本文に、技能教育のネットワークを示唆するものがありました。ただ、山下さんの記述にあるような「技能教育のネットワーク」だけをイリッチが説いたわけではありません。
…。おかしいな。イリッチは技能教育を学校で行うことに肯定的だったはずなのに…(というか、学校が役立つのは技能教育と大学だけだ、といっていた)。
山下は、2通りの教育コミュニケーションが存在していることを説明する。ひとつは、「全体としての社会システムの期待される人格一般としての人格の担い手の育成を期待する」普通教育コミュニケーションである。もうひとつは「特定の社会システムの特定の人格の担い手育成を期待する」専門教育コミュニケーションを意味する(117頁)。
現在では、普通教育コミュニケーションは最低限必要な基準であると考えられている。いわゆる義務教育である。社会の一員となるに当たり、「ないと困る」レベルの内容である。一方、専門教育コミュニケーションは、個人に応じ要求されるものが異なってくる。山下の言葉を使うと、将来になう人格に応じて専門教育コミュニケーションの中身は変わっていくのである。
この言葉を説明した後、山下は次のように語る。これはイリッチの「学習のためのネットワーク」(ラーニング・ウェッブ)の欠点をしたものだ。
将来どの人格を担うにしろ、その社会における社会人人格を最低限担えるだけのコードを前もって習得させておく必要が生じ、そのために特化した教育システムが分化してきました。これがつまり普通教育です。技能教育のネットワーク化を唱えて学校を否定するイリッチが見落としているのがこの点で、何を学ぶべきかが個人個人にわかっていないからこそ、学校による普通教育が必要なのです。独学の困難は学ぶべきことの選別にこそ存するのですから。(pp123~124)
重要な指摘だ。けれど、見当違いもいくつかある。イリッチは確かに『脱学校の社会』のなかで、「技能教育」についても書いていた。けれど、山下の文脈にある意味ではなく、「学校的な機能が役立つのは、技能教育についてだけだ」といっているように私は解釈している。「技能教育」と「ネットワーク化」をつなげてはいなかったはずだが・・・。小中さんに聞いてみようかしら。
個人は「何を学ぶべきか」「わかっていない」という点が印象的だ。若干、内田樹の語り口を思い出す。内田ならば〈学びとは、何を学ぶべきかわからない状態の中からはじまる。「自分はこれを学びたい」、と学びを商品のように扱うことはできない。学びは、何をどこまで学ぶかわからない中、それでも学び始めることから始まるのだ〉という感じで書くだろう(『街場の教育論』にあったはず)。ある程度学びが進まない限り、「これを学びたい!」という感情が起こることはないようだ。
この点についてだが、フリースクールの理念を思い出すと、いささか疑問も感じられる。
フリースクールの「自由な教育」は、「勉強しない自由」も認めている。奥地圭子のいう「ヒロベン」(広い意味の勉強)が行われているから、いまは遊んでいてもいいのだ、という態度である。『超・学校』に紹介されたサドベリー・バレースクールの実践も、「ヒロベン」である。生徒達は何をしてもいい。一日中、釣りを続けてもいいし、学校に来なくてもいい。「これを学べ」とは決して教師が言わず、「これを授業して下さい」と子どもがいうまで、教師はものを教えない。「教育とは待つということだ」という言葉があるが、サドベリー・バレーはそれを地でいく学校(語弊があるなら「学び場」か?)であるのだ。
サドベリー・バレーのようなフリースクール(あるいはデモクラティック・スクール)において、「普通教育」を行っているといえるのか? 「ヒロベン」という便利な言葉を使うなら、「ヒロベン」を「普通教育」と考えられるのだろうか? 山下は学校内での、制度としての授業を「普通教育」と考えてるようだが、制度によらない「ヒロベン」を「普通教育」ととらえてもよいのであろうか。
フリースクールなどの「自由な教育」の中で、「最低限必要な学習」が行われることを説明できるなら、いま以上にフリースクールが教育界で重視される存在となると考えるられる。
けれど自分で書いといて何だが、この結論はフリースクールの命取りともなるような気がしてならない。イリッチは「価値の制度化」という状況への批判を『脱学校の社会』で行ってきた。イリッチのいうラーニングウェッブやフリースクールに、「普通教育を行いなさい」と伝えることは、フリースクールの「フリー」さを損ねる結果となるのではないか。「教えられたことを学んだことの結果だと考える」のが価値の制度化、「学校化」現象である。自由さがウリのフリースクールに、「これを行いなさい」ということは「価値の制度化」といえなくもない。
方向性としては、いまフリースクールで繰り広げられている学びを、山下の言う「普通教育」ととらえていくという姿勢が必要となるのだろう。東京シューレなど「フリースクール全国ネットワーク」加盟団体であればこの考え方でいい。
ただし、これは団体に入っているからOK、というわけではない(それでは「価値の制度化」である)。団体加盟の際に加盟条件に適った団体かをチェックする機能が働いているからOKとみなすのである(無理に子どもに教育を与えようとする組織は、外される)。このチェック機能にも残念ながら穴がある。加盟後に不適切な行動をしはじめる団体へのチェックを行えない点だ。実際、フリースクール全国ネットワークの活動を見てみると、「総会」に参加しない団体へのチェック機能がないように思う。また「総会」やその他活動にフリースクールの代表者が参加していても、適切なフリースクール運営をしているかを、「全国ネットワーク」メンバーが確認することはほとんどない。加盟数が100に満たない間は、それでも善意でなんとか運営されるかもしれない。けれど、数が増えて加盟数が300を超えてくると誰も実体を知らない組織が存在することになる可能性がある。絶えず加盟団体の行動をチェックする機構が「全国ネットワーク」に存在するのか否か。それがキーになる気がする。
話が脱線したので戻すと、フリースクールだから「普通教育が」が「ヒロベン」の名で行われているのだろう、と思うことに危険が伴うのだと私は考えてるということだ。下手に「フリースクールには『普通教育』を制度としては取りいれない」とした場合、「フリースクール」という名称が名ばかりとなっているような学びの場(昨年の丹波ナチュラルスクールなど)に対し、「もっと~~な教育を行いなさい」といえないことになってしまう。
この問題も、自称「フリースクール」と、「フリースクールの理念に合致した真のフリースクール」が明確に区別され、第三者機関によって評価される時代が来たら、解決するような気がする。現段階では「フリースクール全国ネットワーク」加盟のフリースクールを、典型的な「フリースクール」であると考えておくのが無難なようだ。
追記
卒論では、イリッチのラーニングウェッブに対しての批判を行う内容を行いたいと思う。『学校が自由になる日』内の「学校リベラリスト宣言」の内容を踏まえ、「最低限必要な学習」と「発展的な内容」に教育内容を分けて行うなら、イリッチの主張は実現可能であるということを示したい。
再記
再び確認してみると、イリッチの本文に、技能教育のネットワークを示唆するものがありました。ただ、山下さんの記述にあるような「技能教育のネットワーク」だけをイリッチが説いたわけではありません。
…。おかしいな。イリッチは技能教育を学校で行うことに肯定的だったはずなのに…(というか、学校が役立つのは技能教育と大学だけだ、といっていた)。
2009年8月12日水曜日
「にもかかわらず」のボランティア
*本作は私が2年生のときに書いたエッセイである。いまさら見ると、気恥ずかしい。
ある日のこと。授業が終わり教室をふと見回す。机の上に、誰かの携帯がある。教室にはあなた一人だけだ。このとき、あなたはどうするか?
(1) そのままにしておく。
(2) 学部の事務所にもって行き、「忘れ物です」と伝える。
(3) 中を興味半分に見る。
先日、私はこの状況に出くわした。授業に行く途中、空き教室に携帯がぽつんとある。授業後に覗くとまだ残っている。その部屋で授業を受けていた人も、確実に視野に入ったはずであるのに、みな携帯をスルーして退出していった。教室の中には私ひとり。時計を見ると、次の授業までもう時間がない。おまけに今日は7限までぶっ通しで授業がある。事務所は19時には閉まってしまう。葛藤が始まった。(3)は論外として、(1)か(2)か。
結果、私は(2)を選んだ。たとえ授業に遅れても、携帯がなくなり、困る人がいるだろうからだ。「勝手に場所を変えたら、かえって見つからなくなる」という人もいるかもしれない。しかし、世の中には(1)してくれる人ばかりではない。時には(3)を選ぶ人がいておかしくないし、場合によっては名簿をどこかの業者に売る輩もいるかもしれない。そう考えて、多少授業に遅れたが事務所に届けたのであった。
日本におけるボランティア論の先駆に、金子郁容がいる。金子は著書『ボランティア もうひとつの情報社会』において、こう言っている。「『ボランティアとしてのかかわり方』を選択をするということは、(中略)自分自身をひ弱い立場に立たせることを意味する」。ボランティアする者は、ひ弱い立場にある、というのだ。先の例でいえば、確かに授業に遅れ、遅刻扱いされることもある。仮に「携帯を届けにいっていた」と伝えても、遅刻が取り消される保証はない。この決定が、成績に響くこともある。しかし、「にもかかわらず」、リスクを背負ってでも他者のために行動する。これが真のボランティアといえるのではないか。
先に示した引用のあと、金子は次のように書いている。あえて自分を弱い立場に立たせるかわりに、「意外な展開や、不思議な魅力のある関係性がプレゼントされることをボランティア〔する人〕は経験的に知っている」(〔 〕内は藤本)。ここでいう「関係性」とは、他者を思いやれる心であろう。あるいは、相手からの感謝のことであろう。喜ばれるとうれしいから、善意で行動する。誰にも経験があるだろう。
別の例を出そう。あきらかに道に迷っている人がいる。たくさんの荷物を持ち、あたふたしている。自分は授業に遅れそうだ。このとき、あなたはどう反応するか? 授業に遅れそう、でも「にもかかわらず」道を教えられるかどうか。相手からの感謝を期待すること、つまり「意外な展開や、不思議な魅力ある関係性」の「プレゼント」を期待して行動できるか。ボランティアの精神は、「にもかかわらず」動けるか、ということに帰着するのだと思う。
こちらがまったくの善意で行うのが、一般的なボランティアだ。通常は、感謝されることが多い。が、善意で行ったことはしばしば誤解される。むこうが怒り出すことさえある。席をお年寄りに譲ったとき、「人を年寄り扱いするな」と怒鳴られた、ボランティアに出たとき友人から「点数稼ぎ」といわれた、電車を転がる空き缶を拾ったとき、まわりから変な目で見られた、等など。まったくの善意で行ったことで誤解を受けると、ものすごく身にこたえるものである。私にも経験がある。「何でボランティアなどやったんだろう?」と思ってしまう。金子のいうとおり、ボランティアする者は「ひ弱い立場」に立たされているのだ。
誤解を受ける。しかし、それにへこたれず、つまり「にもかかわらず」にボランティアの実践を続ける。これが真のボランティアだといえるのではないか。たとえ相手が誤解したとしても、自分の行動自体は善なのである。そこは自信を持っていい。何も動けない人の方が、よっぽど心が貧しいのだ。私はそう考えるようにしている。
ボランティアの立場はたしかに弱い。しかし、「にもかかわらず」行うのが真のボランティアである。さまざまなつらさを超えてこそ、他者を思いやれる人物になれると感じるからだ。
*金子郁容著『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書)1992年、p112より引用。
ある日のこと。授業が終わり教室をふと見回す。机の上に、誰かの携帯がある。教室にはあなた一人だけだ。このとき、あなたはどうするか?
(1) そのままにしておく。
(2) 学部の事務所にもって行き、「忘れ物です」と伝える。
(3) 中を興味半分に見る。
先日、私はこの状況に出くわした。授業に行く途中、空き教室に携帯がぽつんとある。授業後に覗くとまだ残っている。その部屋で授業を受けていた人も、確実に視野に入ったはずであるのに、みな携帯をスルーして退出していった。教室の中には私ひとり。時計を見ると、次の授業までもう時間がない。おまけに今日は7限までぶっ通しで授業がある。事務所は19時には閉まってしまう。葛藤が始まった。(3)は論外として、(1)か(2)か。
結果、私は(2)を選んだ。たとえ授業に遅れても、携帯がなくなり、困る人がいるだろうからだ。「勝手に場所を変えたら、かえって見つからなくなる」という人もいるかもしれない。しかし、世の中には(1)してくれる人ばかりではない。時には(3)を選ぶ人がいておかしくないし、場合によっては名簿をどこかの業者に売る輩もいるかもしれない。そう考えて、多少授業に遅れたが事務所に届けたのであった。
日本におけるボランティア論の先駆に、金子郁容がいる。金子は著書『ボランティア もうひとつの情報社会』において、こう言っている。「『ボランティアとしてのかかわり方』を選択をするということは、(中略)自分自身をひ弱い立場に立たせることを意味する」。ボランティアする者は、ひ弱い立場にある、というのだ。先の例でいえば、確かに授業に遅れ、遅刻扱いされることもある。仮に「携帯を届けにいっていた」と伝えても、遅刻が取り消される保証はない。この決定が、成績に響くこともある。しかし、「にもかかわらず」、リスクを背負ってでも他者のために行動する。これが真のボランティアといえるのではないか。
先に示した引用のあと、金子は次のように書いている。あえて自分を弱い立場に立たせるかわりに、「意外な展開や、不思議な魅力のある関係性がプレゼントされることをボランティア〔する人〕は経験的に知っている」(〔 〕内は藤本)。ここでいう「関係性」とは、他者を思いやれる心であろう。あるいは、相手からの感謝のことであろう。喜ばれるとうれしいから、善意で行動する。誰にも経験があるだろう。
別の例を出そう。あきらかに道に迷っている人がいる。たくさんの荷物を持ち、あたふたしている。自分は授業に遅れそうだ。このとき、あなたはどう反応するか? 授業に遅れそう、でも「にもかかわらず」道を教えられるかどうか。相手からの感謝を期待すること、つまり「意外な展開や、不思議な魅力ある関係性」の「プレゼント」を期待して行動できるか。ボランティアの精神は、「にもかかわらず」動けるか、ということに帰着するのだと思う。
こちらがまったくの善意で行うのが、一般的なボランティアだ。通常は、感謝されることが多い。が、善意で行ったことはしばしば誤解される。むこうが怒り出すことさえある。席をお年寄りに譲ったとき、「人を年寄り扱いするな」と怒鳴られた、ボランティアに出たとき友人から「点数稼ぎ」といわれた、電車を転がる空き缶を拾ったとき、まわりから変な目で見られた、等など。まったくの善意で行ったことで誤解を受けると、ものすごく身にこたえるものである。私にも経験がある。「何でボランティアなどやったんだろう?」と思ってしまう。金子のいうとおり、ボランティアする者は「ひ弱い立場」に立たされているのだ。
誤解を受ける。しかし、それにへこたれず、つまり「にもかかわらず」にボランティアの実践を続ける。これが真のボランティアだといえるのではないか。たとえ相手が誤解したとしても、自分の行動自体は善なのである。そこは自信を持っていい。何も動けない人の方が、よっぽど心が貧しいのだ。私はそう考えるようにしている。
ボランティアの立場はたしかに弱い。しかし、「にもかかわらず」行うのが真のボランティアである。さまざまなつらさを超えてこそ、他者を思いやれる人物になれると感じるからだ。
*金子郁容著『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書)1992年、p112より引用。
叙情詩・缶バッヂ
「何かしなきゃ」と思うのに
何にも出来ない 我が心
如何とせんと 思えども
どうにもならない 心持ち
トードバックに 付けたりし
岡本太郎の 缶バッヂ
我をみつめる その文字は
なぜか私を なぐさめる
「才能なんて なくていい」
そういう彼の 声を聞く
ともあれ私は 自転車に
またがってまた 坂をゆく
それが私に できること
ペダル漕ぎつつ 汗をかく。
何にも出来ない 我が心
如何とせんと 思えども
どうにもならない 心持ち
トードバックに 付けたりし
岡本太郎の 缶バッヂ
我をみつめる その文字は
なぜか私を なぐさめる
「才能なんて なくていい」
そういう彼の 声を聞く
ともあれ私は 自転車に
またがってまた 坂をゆく
それが私に できること
ペダル漕ぎつつ 汗をかく。
2009年8月10日月曜日
ゴーギャン展に思うこと。
「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」。
何の問いかけであろうか。これは、ゴーギャンの最高傑作とされる絵画の題名である。ゴーギャン自身も「私は、この作品がこれまで描いたすべてのものよりすぐれているばかりか、今後これよりすぐれているものも、これと同等のものも、決して描くことはできまいと信じている」と述べている。
友人のOに薦められて、竹橋の東京国立近代美術館のゴーギャン展を昨日見てきた。ぐるぐる館内をめぐった後、冒頭に書いた「我々は・・・」の前で私はノートを広げた。目の前に広がる光景を見つつ、心に浮かぶことを書き綴っていったのだ。
じーっと見るなかで、生命の持つダイナミズムを感じた。生命はつねに動き続け、静止することがない。生命の「動」についてを実感していった。画中の少女はそのうちリンゴをかじり終えるだろうし、水浴している女性はやがて水浴をやめる。今日赤ん坊であっても、そのうち死を目前にした老人となる。生命は「変化」「動」の連続である。本絵画全体のあいまいさは、人間生命のアナログ(連続)性を示してもいるようだ。
「美」もやがてうつり変わる。生命の「動」、連続性。それを前に、座り込んで佇むのも必要だが、その時間もやがて移りゆく。
熱帯にいても文明圏にいても、生老病死からは逃れられない。ゆえに、そのことに絶望するよりは、「変化こそ生命」と見るほうがよいだろう。
私のまわりで本作を見ている人々は、次々と場所を移動し、次の作品へと移っていく。とどまり続けるものは誰もいない。この「動」こそが生命である。
ゴーギャンは生命の「動」を、絵画という「静」の技法で示そうとした。そこに無理があるといえばそうだが、いまにも語り出しそうな人物たちの姿を見ていると、やはり「動」がこの絵にあふれているように思う。
変化こそが生命だ。「万物は流転する」のである。ただ、その「流転」もエヴァ(旧約聖書の人物。イヴともいう)が禁断の木の実を取ることから始まった。それがなければ、人間は「静」の世界、無変化の世界しか生きれなかったであろう。
そういえば、ゴーギャンが来たときのタヒチも、「文明化」の波が始まっていたという。その生々流転する「動」のきっかけは、すべてエヴァの行動からはじまった。本モチーフには、生老病死という「動」の苦しみがもたらす人間の宿命と、それゆえの「ひとときの輝き」「現在の肯定」という二面性が描かれているようだ。
株仲買人として成功した後に絵を描き始め、35歳で画家になる。収入が著しく減り、妻に逃げられ、絵を描くことだけが彼の生きがいとなる。フランスから出て、南太平洋のタヒチへ。彼の生涯自体、変化の連続。本作は、貧困・健康状態悪化・娘の死という、ゴーギャンのどん底時代に描かれた。
万物は流転する。変化こそ生命。なら自分も、いまとはちがう何かになれるはずだ。変化を楽しむことが人生を楽しみ、充実させることとなる。
「変化する主体」としての人間観は、ルーマン以来の教育学のテーマだ。
オートポイエーシス(自己塑成)という人間像を私は思い出す。勝手に変化するとの動的生命を、私は大事にしたい。よもや教育がこの生命の「動」のダイナミズムを殺してはいないか、と。
2009年8月7日金曜日
宮台真司・奥平康弘『憲法対論』(平凡社新書、2002年)抜粋
宮台:(アマルティア・センの言葉を借りて)ケーパビリティとは、本人がもしかすると別の選択肢を選べたかもしれないのに、自分はあえてその選択肢を選んだと思えることを意味します。当事者たちが、今の行動以外の行動を選べるのに、あえてそうした生活や行動を選んでいると思えるような、「選択肢の束」を社会が与えていることが豊かさだということです。(・・・)何も考えずに物質的に豊かな生活が送れるのに、何が悲しゅうて子々孫々や地球の裏側の人のことを考えて生活しなきゃいけないのか。そういうときに、「それが義務だからだ」というのではなく、「それが豊かさだからだ」と言うことが、現実に動員上有効だし、現に起こっている若い人たちの動機づけをうまく説明するのです。(pp70~72)
*( )内は石田。
卒論の構成
そろそろ、卒論のことを考えていこう。卒論の構成について、次のように考えている(随時更新)。
卒論の題目:「 」
はじめに
イリッチ『脱学校の社会』
・イリッチが本書を書いた理由は何か?
・価値の制度化とは何か?
・学校化とは何か?
→宮台真司・上野千鶴子の「学校化」とイリッチの「学校化」の違い
フリースクールの中身
・フリースクールの「フリー」の意味
・フリースクールの存在がもたらす社会的意義
→オルタナティブな社会
・東京シューレの活動
・ミーティングの意義
→子どもの権利条約との関わり。
ラーニングウェッブの可能性
・イリッチの描くラーニングウェッブ像
・ブログ空間によって、ラーニングウェッブは構築可能か?
・『学校が自由になる日』の「学校リベラリズム宣言」との対比
結論
うーむ、全然まとまっていない。まずは構成を完成させないと。
これからの時代とヴァルネラブル
『ボランティア もう一つの情報社会』(金子郁容著)という岩波新書がある。結末部分に、ボランティアに関わる人間について、「ヴァルネラブル」という言葉で説明をする箇所がある。
ヴァルネラブル。英語で書くとvulnerable。「傷つきやすさ」「弱々しさ」を意味する。ボランティアに関わる者は「そんなことをして、一体なんになるの?」「所詮、自分のためでしょ?」という冷たい視線にさらされる。〈にもかかわらず〉、行動し続けられるかどうかが、ボランティアには求められるのだ。周囲から必ずしも評価されるとは限らない。ヴァルネラブルだ。けれど、行動し続けることがボランティアには欠かせない。
金子郁容のメッセージは、私の生き方にも繋がってくる。来年、大学院に進学する私。研究者を目指している。おそらく、修士課程1年目はフリースクールのボランティアとアルバイトをして生活することとなる。それ以降も、どこかの高校の非常勤講師をしながら自分の研究を進めることとなる。大学に定職を得ても、現場の学校を知るために非常勤講師をやり続けたいと思っている。
この生き方を選択した場合、私はどこにいっても「はみ出し者」となる。ボランティアでフリースクールへいくと、毎日来ているスタッフと子どもが存在する。そのフリースクールの「常識」を自分だけはいつまでたっても知ることができないかもしれない。ヴァルネラブルだ。
高校の非常勤講師。クラスを持っていもいなければ、学校集団に馴染みきることもない。ヴァルネラブル。
大学院に行くということは、まわりのクラスメイトが社会で働いているのを横で眺めつつ、他者には評価されにくい研究をやり続けるということだ。「俺は、一体何をしてるんだろう。社会に出たほうがよっぽどいいんじゃないか」。ヴァルネラブルである。
私はおそらく、しばらくの間は特定の集団に帰属し、フルタイムで行動するということはないはずだ。曜日ごと、あるいは時間ごとに参加する集団が変わってくる。どこにも落ち着けないということで、弱々しい気持ちになる。「俺はこれでいいのだろうか?」と。
自分で選んだ道である。この生き方はヴァルネラブルであると自覚して、「わが道を行く」決意で日々進んでいくしかない。支えになるのは自らの哲学と信念である。
考えれば、共同体が生きていたころは、ヴァルネラブルな生き方をする人間はあまりいなかったであろう。「こう生きればいいんだ」という大きな物語が生きていたために、自らを「弱々しい」立場に落とす必要性は必ずしもなかったのだ。
今の時代に、特定の集団(会社、公務員など)に属さずに生きる人々は多くいる。その人たちはフリーターと呼ばれたり、ボランティアと呼ばれたり、大学院生と呼ばれたりする。「あえて」特定の集団に属さない生き方をする際は、ヴァルネラブルな存在であることを自覚して、生きることが必要となるような気がしてならない。
追記
●湯川秀樹は、京大のいろんな研究会に参加しまくった、という経歴を持つ。文学など、専門外のところにいき、頓珍漢な発言をするということで有名人だったのだ。ノーベル賞学者の隠された一面である。
なぜ湯川は自分の専門外の箇所に顔を出しまくったのだろう? ヴァルネラブルな生き方を実践していたのかもしれないと私は思う。
昨日、フラッと前を通ったことをきっかけに「海洋酸性化」についてのシンポジウムに参加してきた。まわりは理系研究者ばかりのようだ。文系の学部生など、ほとんどいない。発言内容も、化学式が登場しよくわからない。まさにヴァルネラブルな状況だった。けれど、その状況に耐えていると、少しずつだが海洋酸性化という問題について理解できるようになった。
湯川にとっても、専門外の場所に出るのは私と同じ発想に基づいていたのではないかと思うのである。あえて自分が弱々しくならざるを得ない場所(専門外の研究会)に参加するという態度。ヴァルネラブルを恐れない姿だ。この姿勢を貫いたために、日本人初のノーベル賞受賞に繋がったのではないかと思うのである。
再記
●考えてみれば、不登校という選択もヴァルネラブルな生き方であるように思う。あえてメインストリームを外れるという選択。そしてその選択に伴うデメリットでさえも気にせずに乗り越えていく姿(高検に受かって有名大学に行く人もいる)は、いま私の持っている閉塞感を払拭してくれるのだ。
集団の健全性は、内部批判者への対応によって決まる。
昨日、サークルの話し合いに参加。議題は、11月8日の早稲田祭企画について。企画の方向性や意義、今後のスケジュール等など。大体2時間半かかった。これから毎週続く。いつ故郷に帰るべきか、毎年タイミングを計るのが難しい。
本サークルの特徴は、方向性を定める3〜4年生の「首脳」メンバーが、時を追うごとに減っていくという点だ。十数人から始まり、いまはヒトケタ。「次は自分がいなくなるかも…」との不安を、今でも持っているのが私である。
そのサークル内では「来ないメンバーを何とか来れるようにしよう」という声が強い。以前の私はその声に同調する側だった。けれど、最近は疑問を感じている。無理にサークルに来させることに、いかほどの価値があるのか? 周りの「首脳」は来れなくなったメンバーが戻って来て、「僕が悪かった。ごめん」というシナリオを描いているようである。
あれ、こんな構造、何かに似てるぞ? そうだ、学校組織だ。
『学校が自由になる日』の内藤朝雄の文章を思い出す。日本の学校共同体の中では いじめられた側が「私が悪かった。性格を直すから、仲良くして」とすりよるため、陰惨な いじめが行われることがあるという。
いじめられているなら、学校という集団に来ないという「不登校」という選択肢もある。けれど、日本の子どもたちは虐められるのが分かっていながら、学校に行ってしまう。「学校に行かないのは悪いことだ」と素直に信じている者も多い。
不登校は社会の健全性のバロメーターではないか。そんなふうに思う。いじめという「人権侵害」のある集団に、「NO!」を突きつける個人がいるかどうかが重要なのだ。理不尽な苛めがあっても、誰も不登校という選択肢を選ばない。そんな集団は個人に際限のない人権侵害を行ってしまう、「腐った」組織である。不登校を選んだ子どもがいるという事実が、集団から逃れるという選択肢の存在を、集団内メンバーに自覚させることになる。
不登校は悪いことではない。不登校の存在が「不登校という道がある」と他の構成員に示すことになるからだ。
不登校同様に、サークルに来れなくなったメンバーの存在を認められる集団は、「健全である」という評価をすることができるのではないか。皆が一律に同じ行動をする。そんなことは不可能だ。集団の力は個人よりも大きい。故に、しばしば集団は個人に人権侵害を行う。人権侵害が存在していても、「集団に参加し続けないといけない」と思うことが、さらなる侵害を招く。いじめの構造だ。
集団の力は、個人よりも強い。そんな中、不登校という存在は「集団から出ることは可能なのだ」という、強いメッセージを他の集団内メンバーに示すことができる。
学問の世界では、論文の評価は〈批判が来るかどうか〉で決まる。よい論文には、必ず反論がある。反論・批判がない論文は最悪の論文だ。同様に、集団に対して構成員から批判がないのは不健全な組織であることが多いのではないか。つまり、通常の認識とは逆に、学校における「問題児」や「不登校」の存在は、学校が「健全」であることの証明であるのだ。逆転の発想である。
《全員が》、《一人も残らず》、《一丸となって》、《団結する》。学校的共同体特有のキーワードである。本当に人々が「心を一つに」することはあるのだろ うか? 幻想である。内田樹は〈幻想であっても、幻想があると考えることに何らかの意味があるならいい〉というだろう。けれど、この問題に関し『サヨ ナラ、学校化社会』で上野千鶴子(内田の「天敵」)が語ったのは、「学校化社会とは、だれも幸せにしないシステムだということになります」(57頁)というメッセージであった。「学校化社会」とは、学校的共同体がもたらす「幻想」の別名である。
無論、組織によっては本当に皆が「心を一つに」しているところも存在するかもしれない。けれど、それを当然視していると、集団が個人に持つ暴力性に対し、無自覚になってしまう。「心を一つにするのが当然だ」と、集団に批判的な個人を攻撃することとなるからだ。
まとめをするなら、こうなるだろうか。集団は個人に対し、しばしば人権侵害を行う。そのため、「集団から逃れることができるのだ」という道(不登校など)を示している集団は、個人の人権侵害を極力減らすことができる。それゆえ、「健全である」といえる。逆に集団から逃れることができない組織(あるいは集団から出るということを誰も行っていない組織。不登校のない学校など)は、個人に対し人権侵害を行っていることがある。
離脱者がいる集団こそ、健全な集団であるといえるのだ。
本サークルの特徴は、方向性を定める3〜4年生の「首脳」メンバーが、時を追うごとに減っていくという点だ。十数人から始まり、いまはヒトケタ。「次は自分がいなくなるかも…」との不安を、今でも持っているのが私である。
そのサークル内では「来ないメンバーを何とか来れるようにしよう」という声が強い。以前の私はその声に同調する側だった。けれど、最近は疑問を感じている。無理にサークルに来させることに、いかほどの価値があるのか? 周りの「首脳」は来れなくなったメンバーが戻って来て、「僕が悪かった。ごめん」というシナリオを描いているようである。
あれ、こんな構造、何かに似てるぞ? そうだ、学校組織だ。
『学校が自由になる日』の内藤朝雄の文章を思い出す。日本の学校共同体の中では いじめられた側が「私が悪かった。性格を直すから、仲良くして」とすりよるため、陰惨な いじめが行われることがあるという。
いじめられているなら、学校という集団に来ないという「不登校」という選択肢もある。けれど、日本の子どもたちは虐められるのが分かっていながら、学校に行ってしまう。「学校に行かないのは悪いことだ」と素直に信じている者も多い。
不登校は社会の健全性のバロメーターではないか。そんなふうに思う。いじめという「人権侵害」のある集団に、「NO!」を突きつける個人がいるかどうかが重要なのだ。理不尽な苛めがあっても、誰も不登校という選択肢を選ばない。そんな集団は個人に際限のない人権侵害を行ってしまう、「腐った」組織である。不登校を選んだ子どもがいるという事実が、集団から逃れるという選択肢の存在を、集団内メンバーに自覚させることになる。
不登校は悪いことではない。不登校の存在が「不登校という道がある」と他の構成員に示すことになるからだ。
不登校同様に、サークルに来れなくなったメンバーの存在を認められる集団は、「健全である」という評価をすることができるのではないか。皆が一律に同じ行動をする。そんなことは不可能だ。集団の力は個人よりも大きい。故に、しばしば集団は個人に人権侵害を行う。人権侵害が存在していても、「集団に参加し続けないといけない」と思うことが、さらなる侵害を招く。いじめの構造だ。
集団の力は、個人よりも強い。そんな中、不登校という存在は「集団から出ることは可能なのだ」という、強いメッセージを他の集団内メンバーに示すことができる。
学問の世界では、論文の評価は〈批判が来るかどうか〉で決まる。よい論文には、必ず反論がある。反論・批判がない論文は最悪の論文だ。同様に、集団に対して構成員から批判がないのは不健全な組織であることが多いのではないか。つまり、通常の認識とは逆に、学校における「問題児」や「不登校」の存在は、学校が「健全」であることの証明であるのだ。逆転の発想である。
《全員が》、《一人も残らず》、《一丸となって》、《団結する》。学校的共同体特有のキーワードである。本当に人々が「心を一つに」することはあるのだろ うか? 幻想である。内田樹は〈幻想であっても、幻想があると考えることに何らかの意味があるならいい〉というだろう。けれど、この問題に関し『サヨ ナラ、学校化社会』で上野千鶴子(内田の「天敵」)が語ったのは、「学校化社会とは、だれも幸せにしないシステムだということになります」(57頁)というメッセージであった。「学校化社会」とは、学校的共同体がもたらす「幻想」の別名である。
無論、組織によっては本当に皆が「心を一つに」しているところも存在するかもしれない。けれど、それを当然視していると、集団が個人に持つ暴力性に対し、無自覚になってしまう。「心を一つにするのが当然だ」と、集団に批判的な個人を攻撃することとなるからだ。
まとめをするなら、こうなるだろうか。集団は個人に対し、しばしば人権侵害を行う。そのため、「集団から逃れることができるのだ」という道(不登校など)を示している集団は、個人の人権侵害を極力減らすことができる。それゆえ、「健全である」といえる。逆に集団から逃れることができない組織(あるいは集団から出るということを誰も行っていない組織。不登校のない学校など)は、個人に対し人権侵害を行っていることがある。
離脱者がいる集団こそ、健全な集団であるといえるのだ。
2009年8月5日水曜日
お札と切手の博物館
夏休みは、何もすることがない。
自宅そばにある「お札と切手の博物館」に行ってみる。
夏休みということもあり(入場無料ということもあり)、親子連れが多かった。
いままで日本のコインは「型に流し込む」という鋳造コインであると思っていた。本当は金属片に型をあて、上から叩いて模様を付けていたそうだ。打刻コインというらしい。
教育社会学者を目指すものとして、本展示の「隠れたカリキュラム」を探っていきたい。国立印刷局が「お札と切手の博物館」を開く意図はどこにあるのだろう。
国家は、さまざまな制度を「国家のみがそれを行うのだ」という強烈な意志を持っている。人々の商取引の際、なくてはならない存在である「貨幣」は、国家の信頼の証しである。古来より、洋の東西を問わず贋金づくりは極刑に処せられてきた。何故か? 貨幣の信頼は国家自体の信頼にもつながるからだ。
「お札と切手の博物館」内では、何度も次の説明に出会う。
《日本の紙幣の印刷技術が高いので、日本の紙幣は偽札をつくりにくいことで有名です》。
まさに、偽札が出回らないことこそ、国家信頼の基であると、国立印刷局が語っているのだ。
もう1点。博物館の中に海外の紙幣を展示しているコーナーがあった。聞いたこともないような国の、見たことのない人物の描かれた紙幣。よくニュースに登場する、ドルやユーロの紙幣。こういった様々なものを見ていると、各国それぞれ別の紙幣を使用していることが見学者に伝わる。それと同時に、「紙幣を出せるのは政府だけだ」というメッセージを見物人に伝えることができる。
江戸時代、日本で使われていた紙幣は「藩札」であった。全国の藩が、領内のみでつかえる紙幣を勝手に発行していたのだ。明治政府以降、一時期は銀行が勝手に紙幣を出せた時代もあるが、発行するのは一貫して政府であった。
貨幣の発行主体こそ、国家に他ならない。各国の様々な貨幣を目にした見学者は、知らず知らずのうちに「貨幣をつくっていいのは国家だけなのだ」ということを学んでいく。
意図的か知らないが、この博物館には「地域通貨」の説明が一切ない。
注 「隠れたカリキュラム(潜在的カリキュラム)」について、田中智志『教育学がわかる事典』(日本実業出版社、2003)には次のようにある。
自宅そばにある「お札と切手の博物館」に行ってみる。
夏休みということもあり(入場無料ということもあり)、親子連れが多かった。
いままで日本のコインは「型に流し込む」という鋳造コインであると思っていた。本当は金属片に型をあて、上から叩いて模様を付けていたそうだ。打刻コインというらしい。
教育社会学者を目指すものとして、本展示の「隠れたカリキュラム」を探っていきたい。国立印刷局が「お札と切手の博物館」を開く意図はどこにあるのだろう。
国家は、さまざまな制度を「国家のみがそれを行うのだ」という強烈な意志を持っている。人々の商取引の際、なくてはならない存在である「貨幣」は、国家の信頼の証しである。古来より、洋の東西を問わず贋金づくりは極刑に処せられてきた。何故か? 貨幣の信頼は国家自体の信頼にもつながるからだ。
「お札と切手の博物館」内では、何度も次の説明に出会う。
《日本の紙幣の印刷技術が高いので、日本の紙幣は偽札をつくりにくいことで有名です》。
まさに、偽札が出回らないことこそ、国家信頼の基であると、国立印刷局が語っているのだ。
もう1点。博物館の中に海外の紙幣を展示しているコーナーがあった。聞いたこともないような国の、見たことのない人物の描かれた紙幣。よくニュースに登場する、ドルやユーロの紙幣。こういった様々なものを見ていると、各国それぞれ別の紙幣を使用していることが見学者に伝わる。それと同時に、「紙幣を出せるのは政府だけだ」というメッセージを見物人に伝えることができる。
江戸時代、日本で使われていた紙幣は「藩札」であった。全国の藩が、領内のみでつかえる紙幣を勝手に発行していたのだ。明治政府以降、一時期は銀行が勝手に紙幣を出せた時代もあるが、発行するのは一貫して政府であった。
貨幣の発行主体こそ、国家に他ならない。各国の様々な貨幣を目にした見学者は、知らず知らずのうちに「貨幣をつくっていいのは国家だけなのだ」ということを学んでいく。
意図的か知らないが、この博物館には「地域通貨」の説明が一切ない。
注 「隠れたカリキュラム(潜在的カリキュラム)」について、田中智志『教育学がわかる事典』(日本実業出版社、2003)には次のようにある。
「潜在的カリキュラムの内容は、教師によって明言されることはすくないけれども、教育関係が成り立っているところでは、それは暗黙のうちに子どもに強要され、暗黙のうちに子どもに了解されている。それは、たとえば、教師を尊敬するという態度、衆人環視のなかでの自己表現・自己防衛する知恵など、教育関係を存立可能にしている基本条件である」(109頁)
2009年8月4日火曜日
フリースクールと、それにまつわる種々の名言。
最近、フリースクール関連でボランティアをしている。今日はJDECというイベント内で行われた、パネルディスカッションの打ち込み作業に没頭した。
打っていて、「有り難い仕事だな」と思う。フリースクール関係者のコメントは、非常に面白いものが多いからだ。
名言を残しておきたい。
「フリースクールには、〈何もしない自由〉がある」
「教育を使うのは子どもたち自身」(「教育を使う」とは、すごい着眼点だ)
「フリースクールは自分の母校。だからいつまでもそこに存在し続けてほしい」(内田樹も《自分の母校が無くなることを、卒業生は望まない。自分の頃と同じ教育がずっと続いていくことをOB/OGは望むのだ》と語っている)
「子どもの自己肯定感は、教えられるものじゃない。子どもたち自身が学ぶものだ」(以前書いた『マトリックス』の評論を思い出す。モーフィアスの台詞「マトリックスの正体は教えられるものじゃない。自分で見るものだ」)
「自分らしさとは、自分で決めること」
「フリースクールの活動はほとんどソーシャルワーク」
永六輔が『週刊金曜日』で連載している「無名人語録」。私もフリースクールや脱学校関係でこんな語録集をつくりたいものだと思う。
打っていて、「有り難い仕事だな」と思う。フリースクール関係者のコメントは、非常に面白いものが多いからだ。
名言を残しておきたい。
「フリースクールには、〈何もしない自由〉がある」
「教育を使うのは子どもたち自身」(「教育を使う」とは、すごい着眼点だ)
「フリースクールは自分の母校。だからいつまでもそこに存在し続けてほしい」(内田樹も《自分の母校が無くなることを、卒業生は望まない。自分の頃と同じ教育がずっと続いていくことをOB/OGは望むのだ》と語っている)
「子どもの自己肯定感は、教えられるものじゃない。子どもたち自身が学ぶものだ」(以前書いた『マトリックス』の評論を思い出す。モーフィアスの台詞「マトリックスの正体は教えられるものじゃない。自分で見るものだ」)
「自分らしさとは、自分で決めること」
「フリースクールの活動はほとんどソーシャルワーク」
永六輔が『週刊金曜日』で連載している「無名人語録」。私もフリースクールや脱学校関係でこんな語録集をつくりたいものだと思う。
映画『重力ピエロ』
八王子の大学に通っている弟と、久しぶりに会った。髪が長くなり、背も高くなった(ような)気がしたので、一瞬誰か分からなかった。金を使わない性格の弟なので、21時に大阪行き深夜バスを見送るまで、書籍代しかかからなかった。
相変わらず、私の話に論理的に批判をしてくる。兄弟で議論をすると楽しいのはその点だ。こうまで痛烈に批判をしてくる相手はほとんどいない。血族の成せる技だ。
夜の9時、新宿に一人取り残される。そんなとき、私は映画館に駆け込みたくなる。周りの喧噪を目にしていると、いたたまれなくなってくるからだ。そんなわけで、新宿武蔵野館で映画『重力ピエロ』を観る。選んだ理由は単純明快。「たまたま、あと少しで上映開始だから」である。私は「この映画が観たい!」と思って映画を見に行くのでなく、「何か映画を観たい!」と思い映画館へ行き、それから観る作品を探すタイプの人間だ。わが親友のOが伊坂幸太郎の作品を絶賛していたことも、選択の理由である。
泉水(いずみ)と春(はる)の兄弟には、ある秘密があった。泉水は実の子どもであるが、春は母がレイプされた時に出来た子どもであったのだ…。春の出生の秘密は、地域においては公然の秘密となっている。父は妻が強姦魔の子を身ごもったことを知ったとき、即座に「生もう」と妻を励ます。このシーンが印象的だった。
思わず涙が出たシーン。2段ベットで寝る小学生時代の兄弟の会話。
春「おにいちゃん、レイプって何? みんな僕のことをそういうんだ」
泉水「(しばしの沈黙。その後、思いついたように)レイプ、グレイプ、ファンタグレープ。レイプ、グレイプ、ファンタグレープ」
春「(真似をして、笑顔で)レイプ、グレイプ、ファンタグレープ。レイプ、グレイプ、ファンタグレープ」
楽しげにリズムに乗る春とは対照的に、泉水は沈んだままの表情だった。
レイプされて生まれた子ども。本人は何も悪くないにも関わらず、周りはその子を悪く言う。子どものもつ苦しみを感じた映画である。
昔、早稲田松竹で観た『サラエボの花』のテーマも、『重力ピエロ』と同じであった。主人公・エスマは、ボスニア紛争中、兵士のレイプに遭いサラを身ごもる。サラには長い間、この事実は秘密にしていたが、ある日エスマは事実を口走ってしまう…。取り乱すサラとエスマ。けれど学校の旅行にいくサラを見送るラスト・シーンには希望が見えている。手を振るサラのアップが印象深かった。
映画館を出た私の目には、再び新宿の光景が広がる。『重力ピエロ』の泉水と春は、なんだかんだいい兄弟であった。私と弟の関係も、そのようなものにしていきたいと思う。お互い東京に住んでいながら、最近全く会っていなかったからだ。
『重力ピエロ』原作:伊坂幸太郎 監督:森淳一/2009年/日本
『サラエボの花』監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ/2006年/ボスニア・ヘルツェゴビナ
追記
●最近、本を読むのが面倒になってきた。人が「この作家、いいよ」といっても、あまり読む気がしない。
そのかわり、「名著」の映画版(あるいはマンガ版)を積極的に観るようになった。『重力ピエロ』も、いちど伊坂幸太郎の作品に触れておきたい思いから観ることにした。
相変わらず、私の話に論理的に批判をしてくる。兄弟で議論をすると楽しいのはその点だ。こうまで痛烈に批判をしてくる相手はほとんどいない。血族の成せる技だ。
夜の9時、新宿に一人取り残される。そんなとき、私は映画館に駆け込みたくなる。周りの喧噪を目にしていると、いたたまれなくなってくるからだ。そんなわけで、新宿武蔵野館で映画『重力ピエロ』を観る。選んだ理由は単純明快。「たまたま、あと少しで上映開始だから」である。私は「この映画が観たい!」と思って映画を見に行くのでなく、「何か映画を観たい!」と思い映画館へ行き、それから観る作品を探すタイプの人間だ。わが親友のOが伊坂幸太郎の作品を絶賛していたことも、選択の理由である。
泉水(いずみ)と春(はる)の兄弟には、ある秘密があった。泉水は実の子どもであるが、春は母がレイプされた時に出来た子どもであったのだ…。春の出生の秘密は、地域においては公然の秘密となっている。父は妻が強姦魔の子を身ごもったことを知ったとき、即座に「生もう」と妻を励ます。このシーンが印象的だった。
思わず涙が出たシーン。2段ベットで寝る小学生時代の兄弟の会話。
春「おにいちゃん、レイプって何? みんな僕のことをそういうんだ」
泉水「(しばしの沈黙。その後、思いついたように)レイプ、グレイプ、ファンタグレープ。レイプ、グレイプ、ファンタグレープ」
春「(真似をして、笑顔で)レイプ、グレイプ、ファンタグレープ。レイプ、グレイプ、ファンタグレープ」
楽しげにリズムに乗る春とは対照的に、泉水は沈んだままの表情だった。
レイプされて生まれた子ども。本人は何も悪くないにも関わらず、周りはその子を悪く言う。子どものもつ苦しみを感じた映画である。
昔、早稲田松竹で観た『サラエボの花』のテーマも、『重力ピエロ』と同じであった。主人公・エスマは、ボスニア紛争中、兵士のレイプに遭いサラを身ごもる。サラには長い間、この事実は秘密にしていたが、ある日エスマは事実を口走ってしまう…。取り乱すサラとエスマ。けれど学校の旅行にいくサラを見送るラスト・シーンには希望が見えている。手を振るサラのアップが印象深かった。
映画館を出た私の目には、再び新宿の光景が広がる。『重力ピエロ』の泉水と春は、なんだかんだいい兄弟であった。私と弟の関係も、そのようなものにしていきたいと思う。お互い東京に住んでいながら、最近全く会っていなかったからだ。
『重力ピエロ』原作:伊坂幸太郎 監督:森淳一/2009年/日本
『サラエボの花』監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ/2006年/ボスニア・ヘルツェゴビナ
追記
●最近、本を読むのが面倒になってきた。人が「この作家、いいよ」といっても、あまり読む気がしない。
そのかわり、「名著」の映画版(あるいはマンガ版)を積極的に観るようになった。『重力ピエロ』も、いちど伊坂幸太郎の作品に触れておきたい思いから観ることにした。
2009年8月3日月曜日
早稲田に受かる人はどんな人たちか?
早稲田大学で、オープンキャンパスが開かれている。道理で馬場下町の交差点に制服の高校生が多いわけだ。大学の受付で、オープンキャンパス参加者に配っている資料・プレゼントを受け取る。別に「悪いことをしている」実感はない。「ください」と言ったら、役員が渡してくれたんだから…。
『入学データ集2010』を開く。受験のデータを見ると、いろいろ面白い。一緒にもらえる「早稲田大学案内」は読まないことにしている。読めば読むほど、「へー、早稲田ってこんなにいい大学なんだ。そうは全く見えないんだけど」とツッコミたくなる衝動を押さえにくくなるからだ。
わが教育学部・教育学科・教育学専修の2009年度入試の倍率は5.8倍。私のとき(2006年度入試)とほぼ同じだ。一応、チェックしておく習慣がある。
「出身高等学校所在地別状況」という項目に目が行く。早稲田に来る人たちの出身地がほぼ分かる、という便利な資料だ。
最も数字が多いのが東京都。31.43%もの学生が東京にある高校出身だ。地域としては関東の高校出身者が全体の71.14%を占める。うーむ、早稲田はほとんど「関東人」のための大学といえそうだ。
わが故郷・兵庫の出身者はわずか1.42%なり。みんな、ワセダになんか来ないんだ、と思うと寂しくなる。近畿地方までみると4.94%。早稲田生100人中、5人ほどが関西の高校出身。関西は少数勢力だなあ、と心もとない。
リストの一番下に私の目は止まった。「高卒認定等」の欄である。なるほど、「出身高等学校所在地」であるわけだから「高卒認定」試験で入ってきた人は除外されているわけか。「高卒認定等」の受験者は1397名。合格者は134名。2009年度合格者全体に占める割合は0.92%である。
ちなみに、北海道の高校出身者は0.97%である。「高卒認定等」で早稲田に合格した割合とほぼ同じ。早稲田大学内で北海道の高校出身者に会うのと同じくらいの割合で、「高卒認定等」合格者がいるのである。私のいるゼミに、北海道の高校出身の先輩がいる。この方と遭遇したのだから、案外「高卒認定等」でワセダに来た人はいるのだろう。
フリースクール→高卒認定→大学進学、というルートが認められることを期待している私にとって、このニュースは非常に嬉しい知らせであった。
『入学データ集2010』を開く。受験のデータを見ると、いろいろ面白い。一緒にもらえる「早稲田大学案内」は読まないことにしている。読めば読むほど、「へー、早稲田ってこんなにいい大学なんだ。そうは全く見えないんだけど」とツッコミたくなる衝動を押さえにくくなるからだ。
わが教育学部・教育学科・教育学専修の2009年度入試の倍率は5.8倍。私のとき(2006年度入試)とほぼ同じだ。一応、チェックしておく習慣がある。
「出身高等学校所在地別状況」という項目に目が行く。早稲田に来る人たちの出身地がほぼ分かる、という便利な資料だ。
最も数字が多いのが東京都。31.43%もの学生が東京にある高校出身だ。地域としては関東の高校出身者が全体の71.14%を占める。うーむ、早稲田はほとんど「関東人」のための大学といえそうだ。
わが故郷・兵庫の出身者はわずか1.42%なり。みんな、ワセダになんか来ないんだ、と思うと寂しくなる。近畿地方までみると4.94%。早稲田生100人中、5人ほどが関西の高校出身。関西は少数勢力だなあ、と心もとない。
リストの一番下に私の目は止まった。「高卒認定等」の欄である。なるほど、「出身高等学校所在地」であるわけだから「高卒認定」試験で入ってきた人は除外されているわけか。「高卒認定等」の受験者は1397名。合格者は134名。2009年度合格者全体に占める割合は0.92%である。
ちなみに、北海道の高校出身者は0.97%である。「高卒認定等」で早稲田に合格した割合とほぼ同じ。早稲田大学内で北海道の高校出身者に会うのと同じくらいの割合で、「高卒認定等」合格者がいるのである。私のいるゼミに、北海道の高校出身の先輩がいる。この方と遭遇したのだから、案外「高卒認定等」でワセダに来た人はいるのだろう。
フリースクール→高卒認定→大学進学、というルートが認められることを期待している私にとって、このニュースは非常に嬉しい知らせであった。
水族館劇場『谷間の百合』
わが早稲田大学の演劇博物館前広場において、水族館劇場という劇団の公演が行われた。『谷間の百合』というタイトルだ(同行したわが親友は「百合」が読めなかった)。「伝説のストリッパーの芝居を上演します」という説明から密かな「期待」があったが、案の定その「期待」は現実のものとなった(何を意味するかはここでは書かない)。
野外公演。ちょうど、天候は雨が降ったり・やんだり。ビニールシートに座っていた私と親友は、頭にタオルをかぶるなどして対応した。どんよりとした天気は本演劇のもつ暗いイメージと非常にマッチしていた。天候という偶然の産物が、演劇という時に偶然性をも利用する芸術と、うまくおりあっていたといえるだろう。ヒロインの「これからの一条さゆり」の、今後の人生への暗い展望が、心情描写として描かれていた。
ストーリーとしては、ストリッパーとして働く「これからの一条さゆり」のもとに、将来の一条さゆり(「あれからの一条さゆり」)が会いにくる。いまは売れっ子の踊り子・一条さゆりであるが、その内全く売れなくなり、酒に溺れ、釜ヶ崎の住人となってしまうほど落ちぶれてしまう。「あれからの一条さゆり」は「あんな町へ行ったらあかん」と、忠告に来たのだ。
「これから」と「あれから」の一条さゆりは互いに苦しい身の内を語り合った後、抱きしめあうところで幕となる(野外なので、本当の「幕」はないけれど)。
「人間は阿呆でさびしんぼうや」というセリフに、非常に惹かれるものがあった。続けて「夜になると人が恋しくなり、酒を飲む。寂しさが分からなくなるくらいまで飲む。金がなくなると、体を売る」。私も夜になると、無性に寂しい思いになり、酒を飲んでしまう。「あれからの一条さゆり」の寂しさが、無性に伝わってきて泣きたい思いがした。
調べてみた所、この「一条さゆり」は実在の人物であるようだ。60~70年代に一世を風靡したストリッパー・ポルノ女優。晩年は釜ヶ崎で寂しくこの世を去ったと聞く。
野外公演も、ぎゅうぎゅう詰めで観る演劇も初めてなので、非常に印象深かった。学生演劇くらいしか今まで観ていなかったが、プロの演劇は違うと実感した。早稲田での公演でありながら、観客は中高年ばかり。早稲田生は数えるほどしかいないようである。
野外公演。ちょうど、天候は雨が降ったり・やんだり。ビニールシートに座っていた私と親友は、頭にタオルをかぶるなどして対応した。どんよりとした天気は本演劇のもつ暗いイメージと非常にマッチしていた。天候という偶然の産物が、演劇という時に偶然性をも利用する芸術と、うまくおりあっていたといえるだろう。ヒロインの「これからの一条さゆり」の、今後の人生への暗い展望が、心情描写として描かれていた。
ストーリーとしては、ストリッパーとして働く「これからの一条さゆり」のもとに、将来の一条さゆり(「あれからの一条さゆり」)が会いにくる。いまは売れっ子の踊り子・一条さゆりであるが、その内全く売れなくなり、酒に溺れ、釜ヶ崎の住人となってしまうほど落ちぶれてしまう。「あれからの一条さゆり」は「あんな町へ行ったらあかん」と、忠告に来たのだ。
「これから」と「あれから」の一条さゆりは互いに苦しい身の内を語り合った後、抱きしめあうところで幕となる(野外なので、本当の「幕」はないけれど)。
「人間は阿呆でさびしんぼうや」というセリフに、非常に惹かれるものがあった。続けて「夜になると人が恋しくなり、酒を飲む。寂しさが分からなくなるくらいまで飲む。金がなくなると、体を売る」。私も夜になると、無性に寂しい思いになり、酒を飲んでしまう。「あれからの一条さゆり」の寂しさが、無性に伝わってきて泣きたい思いがした。
調べてみた所、この「一条さゆり」は実在の人物であるようだ。60~70年代に一世を風靡したストリッパー・ポルノ女優。晩年は釜ヶ崎で寂しくこの世を去ったと聞く。
野外公演も、ぎゅうぎゅう詰めで観る演劇も初めてなので、非常に印象深かった。学生演劇くらいしか今まで観ていなかったが、プロの演劇は違うと実感した。早稲田での公演でありながら、観客は中高年ばかり。早稲田生は数えるほどしかいないようである。
2009年7月31日金曜日
早稲田大学教育学部 自己推薦入学の裏側
わが早稲田大学教育学部には、自己推薦入学試験制度がおかれている。自己推薦入学試験(いわゆるジコスイ)とは、部活の全国大会優勝などの実績をアピールし、受験する試験制度である。早稲田の全学部に自己推薦入試があるわけではない。そのために、「一芸」に秀でた人々は「教育」に興味がなくとも教育学部にやってくることとなる。
ちなみに「一芸」入試で有名なのは亜細亜大学である。登山家の野口健はこれを使って入学した。彼の著書は『落ちこぼれてエベレスト』。私はそれをもじって『落ちこぼれて亜細亜大』と呼んでいる。
閑話休題。その早稲田大学教育学部の自己推薦入試であるが、合格してきている人々はどんな「一芸」に秀でているのであろうか? やはり全国大会1位などが多くなるはずだろう。どんな人たちが合格しているのだろうか。
そう思い、さっそく早稲田大学の教育学部の学部事務所に行った。そして「自己推薦入学のご案内」というパンフをもらった。以下はパンフに載っていた昨年度のデータである。
なお、下の学芸系とは「全国書道展1位」などの文化系での実績、スポーツ系とは「サッカー全国大会3位」などの体育会系での実績、全校的活動系とは「生徒会長」などの実績で合格した人のことを指す。
自己推薦試験、志願者は計390名。そして合格者は61名。
では学芸系での合格者から。志願者128名、合格16名。倍率は約10倍。
続いてスポーツ系。 志願者175名、合格23名。約8倍。
最後に全校的活動系。 志願者87名、合格22名。約4倍。
なんと、最も合格率が高いのは「生徒会長」「生徒会副会長」などの「全校的活動系」の実績で受験した人達なのだ。ときどき生徒会長になることを「大学入試のための点稼ぎ」と悪くいう人もいるが、「確かにそうともいえるよなあ」と思ってしまうデータであった。
ちなみに、私は高校では生徒会長。ああ、ジコスイを使えば早稲田に簡単に入れていたのか・・・。あんなに苦労しなくても良かったのに・・・。悔やむ心が起きてくる。
ところで、「いない」とは思いますが、これを読んでいる受験生で、かつ生徒会長の方へ。早稲田大学教育学部への自己推薦試験を受けてみることをお奨めします。「教育」への興味はなくて構いません(私も教育学部は第五志望。まさかここへ通うことになるとは)。だって倍率はたかだか4倍なのですから・・・。
「学校じゃ教えてくれないこと」批判
よく、「学校じゃ教えてくれないこと」というキャッチ・フレーズを耳にする。先日買った本の帯紙にもそう書かれていた。「学校じゃ教えてくれないこと」というタイトルのテレビ番組もあった。『教科書にない!』という漫画もある。「学校では教えてくれないけど大事なこと」というような本を読んだこともあった。
「学校じゃ教えてくれないこと」という言葉には、「もっと役立つことを学校では学びたかった」という思いが込められている。そんな思いを哲学的にはルサンチマンという。学校に対する「恨み」ということだ。この「恨み」はしかし、学校それ自体への批判ではない。「学校制度でこんなことを教えてほしかった」「もっと役立つことを教えてほしかった」との、ムシのいい思いが感じられる。学校で「教える」ということ自体には何も批判をしていない。また「教えられる」ことを無条件に「善」としている点も気になる。
問題なのは「教えてもらいたい」「教えられたい」という受身の感情、「奴隷根性」が見え見えである点だ。自分で学ぶ、という自発性・能動性が感じられない。思想家・イリッチは『シャドウ・ワーク』などの著作を通して、「自分でやること」「自分で作り出すこと」「自分で学ぶこと」の大事さを訴えた。他者を頼りにする姿勢(ここでは「教えられるのを待つようになる」という「学校化」の様子)は本当の人間のあり方ではない。
「学校じゃ教えてくれないこと」。この言葉、脱学校論者からみれば「当たり前じゃないか」と感じる。学校は何も役立つことを教えてくれはしない。そんな期待をしてもいけない。来年には私は「教員免許」を入手できるが、「先生」といわれるほど人格は高くない。「人生において大事なこと」を教えられる自信は全くない。
人生で大事なことなんて、学校が教えてくれるわけないのだ。自分で学ぶしかない。そんな当たり前のことを、なぜ今さらキャッチ・コピーに使うのだろう。
私は高校までは「優等生」であった。早稲田という場所は「優等生」を崩してくれる場所である。だいぶ不真面目になったなあ、とつくづく思う。
こんな話を、非常勤講師をしたとき、中学・高校でしたいものだ。
追記
イリッチの話を敷衍するなら、学校の「部活動」というものにも再考が必要だ。
部活動は「勝利主義」的。勝つこと・プロになることを子ども達に押し付ける。「勝てなくてもいいから楽しくやろうぜ」とは決して言わない。「どうせ甲子園に出れるわけないんだから、紅白戦を毎日やって、楽しくゲームしようよ」という野球部のキャプテンは、おそらく吊るし上げられる。
日本で健康のためのスポーツが根付かないのは、「部活」による「勝利主義」の存在が大きいのではないか。ゲームそれ自体を楽しむのではなく、「大会に出る」「根性をつける」「努力の大切さを学ぶ」という、汗臭い目標の達成が「部活」の目標になっているからだ。
イリッチは「レコードよりもギターが、教室よりも図書館が、スーパーマーケットで選んだものよりは裏庭で取れたものの方が価値があるとされる」(『シャドウ・ワーク』52頁)社会の誕生を待ち望んだ。スポーツも同じだ。勝利することなど「結果」として得られるものよりも、過程を大事にする姿勢(「楽しむ」ということ)の重要性をイリッチは教えてくれる。
2009年7月29日水曜日
山本哲士の本
早稲田生協でこの本を買った。
学校それ自体への批判を、山本哲士は積極的に行っている。
あとがき が気に入ったので購入。
「教師として失格であることが、教育的に一番害がない。50%ぐらいの教師がそうなると、教育は必然になくなり、学ぶパワーがとりもどされていこう」
2009年7月27日月曜日
イリッチが『シャドウ・ワーク』で言いたかったこと
『シャドウ・ワーク』においてイリッチは〈制度に縛られない〉生き方の大事さを何度も主張している。少なくとも、一章と二章を見る限り、そうである。
「学び」という営みも本来、もっと自由なものであったはず。「学校」という制度に頼らなくても、子どもたちが周りの「まね」をのびのび行っているのが本来の「学び」であったはずだ。いま、「まね」ることの出来る環境が無くなりつつあるのと平行して、「学び」が「学校」のみに一元化されようとしている。また宮台の言うように学校的価値が社会にひろまるという意味での「学校化」も起きている。「学び」と「制度」がつながってしまったのだ。「価値の制度化」である。
『シャドウ・ワーク』でイリッチは言う。「もし自分の手で丸太小屋を建てることができるほどのひとならば、そのひとは本当は貧しいとはいえないのだ」(43頁)。丸太小屋という粗末な家をあえて自分でつくることができるのは、金持ちの特権なのである、と。近代成熟期には制度に頼らず「自分で」することは特権階級のすることとなってしまった。制度に頼らない学び、たとえばフリースクールやホーム・エジュケーションに関心を持つのは金持ち層が多い。イリッチの主張はこのような点にも現れている。
追加すると、イリッチは「理想の社会」と一つのことばで表される社会を嫌っているように思える。コミュニティごとに、「理想の社会」は異なるはずだ。文化環境も、思想・信条も、自然環境も違っているのだから。山本哲士は『教育の政治 子どもの国家』において「社会」と「場所」とを対比的に語る。一元的な「社会」ではなく、その場その場の(ヴァナキュラーの)「場所」を重視すべきだと主張している。
経済を基にしていると、経済はすべてを一元化してしまう。『シャドウ・ワーク』の「公的選択の三つの次元」のZ軸の定義として、上限が「経済成長につかえる社会」であると示している。その反対側の下限が「生活は自立と自存を志向する活動のまわりに組織され、それぞれのコミュニティは、成長の要求に懐疑的になることで、コミュニティ独自のライフスタイルをいっそう強化する」というものであった。「経済に基づくコミュニティも多様な選択肢の一つではないか」という意見が聞こえてくることを見越した上での、主張であろう。経済を基にすると、コミュニティの独自性が失われてしまうことをイリッチは嘆いているのだろう。XYZ軸をすべて説明した後に、「当今の政治の概念作用となると、すべてを一次元化してやまない」といっているのは、そのためではないだろうか。
※余談だが、昔読んだリンカーン大統領の伝記を思い出す。サブタイトルは「丸太小屋からホワイトハウスへ」であった。当時の私は丸太小屋、つまりログハウスに住んでいる人は「別荘を持った金持ち」というイメージをもっていた。本来、19世紀初頭における丸太小屋は「貧しさ」の象徴であったのだが、誤解していたのだ。
「学び」という営みも本来、もっと自由なものであったはず。「学校」という制度に頼らなくても、子どもたちが周りの「まね」をのびのび行っているのが本来の「学び」であったはずだ。いま、「まね」ることの出来る環境が無くなりつつあるのと平行して、「学び」が「学校」のみに一元化されようとしている。また宮台の言うように学校的価値が社会にひろまるという意味での「学校化」も起きている。「学び」と「制度」がつながってしまったのだ。「価値の制度化」である。
『シャドウ・ワーク』でイリッチは言う。「もし自分の手で丸太小屋を建てることができるほどのひとならば、そのひとは本当は貧しいとはいえないのだ」(43頁)。丸太小屋という粗末な家をあえて自分でつくることができるのは、金持ちの特権なのである、と。近代成熟期には制度に頼らず「自分で」することは特権階級のすることとなってしまった。制度に頼らない学び、たとえばフリースクールやホーム・エジュケーションに関心を持つのは金持ち層が多い。イリッチの主張はこのような点にも現れている。
追加すると、イリッチは「理想の社会」と一つのことばで表される社会を嫌っているように思える。コミュニティごとに、「理想の社会」は異なるはずだ。文化環境も、思想・信条も、自然環境も違っているのだから。山本哲士は『教育の政治 子どもの国家』において「社会」と「場所」とを対比的に語る。一元的な「社会」ではなく、その場その場の(ヴァナキュラーの)「場所」を重視すべきだと主張している。
経済を基にしていると、経済はすべてを一元化してしまう。『シャドウ・ワーク』の「公的選択の三つの次元」のZ軸の定義として、上限が「経済成長につかえる社会」であると示している。その反対側の下限が「生活は自立と自存を志向する活動のまわりに組織され、それぞれのコミュニティは、成長の要求に懐疑的になることで、コミュニティ独自のライフスタイルをいっそう強化する」というものであった。「経済に基づくコミュニティも多様な選択肢の一つではないか」という意見が聞こえてくることを見越した上での、主張であろう。経済を基にすると、コミュニティの独自性が失われてしまうことをイリッチは嘆いているのだろう。XYZ軸をすべて説明した後に、「当今の政治の概念作用となると、すべてを一次元化してやまない」といっているのは、そのためではないだろうか。
※余談だが、昔読んだリンカーン大統領の伝記を思い出す。サブタイトルは「丸太小屋からホワイトハウスへ」であった。当時の私は丸太小屋、つまりログハウスに住んでいる人は「別荘を持った金持ち」というイメージをもっていた。本来、19世紀初頭における丸太小屋は「貧しさ」の象徴であったのだが、誤解していたのだ。
2009年7月26日日曜日
宮台真司『14歳からの社会学』
いま私は宮台に夢中である。
宮台の著書『14歳からの社会学』に、「承認」論が描かれている。社会から、他者から認められ、「自分はこれでOKなのだ」という「尊厳」を得るためには(ちょうどエヴァのシンジのように)、何が必要か?
宮台は「試行錯誤」を行うことが必要、と語る。
《他者たちを前にした「試行錯誤」で少しずつ得た「承認」が、「尊厳」つまり「自分はOK」の感覚をあたえてくれる》(32頁)
これは面倒くさいことだ。けれどこれをせずに歳をとってしまうと、「死んだときに誰も悲しんでくれる人がいない」という悲劇を味わうこととなる。「承認」され「尊厳」を得る努力を怠ると、不幸になってしまうのだ。
それゆえ宮台は〈幸せになりたいなら、勉強だけしていればいいわけじゃない〉と本書で伝えているのだ。もはや勉強だけ出来れば幸せになれる時代は終わったのだ。
『14歳からの〜』を読み、私の物の見方が180度変わった。パラダイム転換とでも呼ぶべきか。大学でろくに勉強をしない人間を無意識下でバカにしてい た自分の方が、実はバカであったことに気づいたのだ。勉強をしていると、いまの社会では褒められ、評価される。けれど、その評価は未来に渡ってのものでは ない。現体制で褒められる言動が、これからの社会でも同じ評価を受けるわけではないのだ。いまの社会では勉強だけすることに評価が与えられる。けれど宮台 のいう新たな社会では、勉強よりも他者から「承認」される能力・技術が必要となる。「大学でろくに勉強をしない人間」は、実は来るべき社会の「勝者」とな る可能性を秘めているかもしれないのだ。「パラダイム転換」と私が言ったのはこの点だ。
勉強だけやるのはもうやめよう。寺山修司ではないが、『書を捨てよ町へ出よう』だ。
追記
宮台はこれからの社会の「勝ち組」像を語る。その人物は、他者とコミュニケーションを自在に行うことができ、自分の示すビジョンの実現のために多くの人々を動員し、実現できる者である。
コミュニケーション能力こそが、必要となるのだ。
外に出て、人に会うのだ、石田よ!
誰かが「人生において重要なこと」として言っていた。「本を読め、人に会え、旅に出よ」と。私はこれに「映画を観ろ」を追加したい。
さて。今日も人と会って深い対話をし、「承認」を得られるように努力していきたい。
宮台の著書『14歳からの社会学』に、「承認」論が描かれている。社会から、他者から認められ、「自分はこれでOKなのだ」という「尊厳」を得るためには(ちょうどエヴァのシンジのように)、何が必要か?
宮台は「試行錯誤」を行うことが必要、と語る。
《他者たちを前にした「試行錯誤」で少しずつ得た「承認」が、「尊厳」つまり「自分はOK」の感覚をあたえてくれる》(32頁)
これは面倒くさいことだ。けれどこれをせずに歳をとってしまうと、「死んだときに誰も悲しんでくれる人がいない」という悲劇を味わうこととなる。「承認」され「尊厳」を得る努力を怠ると、不幸になってしまうのだ。
それゆえ宮台は〈幸せになりたいなら、勉強だけしていればいいわけじゃない〉と本書で伝えているのだ。もはや勉強だけ出来れば幸せになれる時代は終わったのだ。
『14歳からの〜』を読み、私の物の見方が180度変わった。パラダイム転換とでも呼ぶべきか。大学でろくに勉強をしない人間を無意識下でバカにしてい た自分の方が、実はバカであったことに気づいたのだ。勉強をしていると、いまの社会では褒められ、評価される。けれど、その評価は未来に渡ってのものでは ない。現体制で褒められる言動が、これからの社会でも同じ評価を受けるわけではないのだ。いまの社会では勉強だけすることに評価が与えられる。けれど宮台 のいう新たな社会では、勉強よりも他者から「承認」される能力・技術が必要となる。「大学でろくに勉強をしない人間」は、実は来るべき社会の「勝者」とな る可能性を秘めているかもしれないのだ。「パラダイム転換」と私が言ったのはこの点だ。
勉強だけやるのはもうやめよう。寺山修司ではないが、『書を捨てよ町へ出よう』だ。
追記
宮台はこれからの社会の「勝ち組」像を語る。その人物は、他者とコミュニケーションを自在に行うことができ、自分の示すビジョンの実現のために多くの人々を動員し、実現できる者である。
コミュニケーション能力こそが、必要となるのだ。
外に出て、人に会うのだ、石田よ!
誰かが「人生において重要なこと」として言っていた。「本を読め、人に会え、旅に出よ」と。私はこれに「映画を観ろ」を追加したい。
さて。今日も人と会って深い対話をし、「承認」を得られるように努力していきたい。
夏の目標
眠れない苦痛を逃れるため、過去の投稿を読んでいた。文章の下手さ加減に感心してしまう。「今ならこう書くのに…」。けれど、それに気づける時点で自分の成長が測れるのだろう。
私の今年のテーマは「人と比べるな、昨日の自分と比べよ」である。過去の自分の文章に駄目出しできることは、過去の自分よりも成長した証しと言える。
夏休みの私の目標。一日1本映画を観ること、一日1回はブログ更新をすること、『社会学』の厚い参考書を3回読むこと、卒論を「とりあえず」書き上げることである。インプット・アウトプット両方を重視しつつ、自分の成長につながる時間を過ごしたい。
映画『燃えよドラゴン』解説での、ブルース・リーの言葉。
「自己表現を学べ。自分自身を研究するんだ」
そんな夏にしたい。
ともあれ、時間というストックだけは万人に開かれている(梅田望夫『ウェブ時代をゆく』)。ならば戦え、自分よ。目前の時間を価値的に使え、惰眠に使うな! 「生きるとは行動すること」とは誰かの言葉。
自分に負けるな!
私の今年のテーマは「人と比べるな、昨日の自分と比べよ」である。過去の自分の文章に駄目出しできることは、過去の自分よりも成長した証しと言える。
夏休みの私の目標。一日1本映画を観ること、一日1回はブログ更新をすること、『社会学』の厚い参考書を3回読むこと、卒論を「とりあえず」書き上げることである。インプット・アウトプット両方を重視しつつ、自分の成長につながる時間を過ごしたい。
映画『燃えよドラゴン』解説での、ブルース・リーの言葉。
「自己表現を学べ。自分自身を研究するんだ」
そんな夏にしたい。
ともあれ、時間というストックだけは万人に開かれている(梅田望夫『ウェブ時代をゆく』)。ならば戦え、自分よ。目前の時間を価値的に使え、惰眠に使うな! 「生きるとは行動すること」とは誰かの言葉。
自分に負けるな!
大二病
人間は社会的生物である。一人暮らしの夏休みほど、それを感じる時はない。
何もすることがないということの悲哀。可処分時間が多すぎると、人は空しさだけを噛み締める。そんなとき、むやみと人に会いたくなる。「まったり」話していると、孤独さから解放される。
Hさんという人と今日の夜、ずっと話していた。
「早稲田に入って、やたら映画に詳しい人によく出会うので、『映画詳しいよ』とうかつに言えなくなりました。だから毎日1作のペースで映画を見ているんです」といった所、Hさんは、
「大二病だね」
とおっしゃった。
大二病とは中二病(中二病の定義は文末を見てほしい)の亜種らしい。自分より遥かに「出来る」友人を見て落ち込み、引きこもり気味になり、その間徹底的に映画を見るなどして自信を付けたがることをいうらしい。
そうか、大学4年生にしてようやく「大二病」になったのか。罹らないまま卒業して方が幸せだったのだろうか?
Hさんの話の中にもあったが、世の大学生は本当に「大学生」たるべき行動をしているのか妙に気になった。軽々しく「ポストモダン」論を語るが、真剣に本を読んで学んだ時期があったのか? 簡単に「もう自民は駄目だよ」というが、真剣に政治学を学んだ時期があったのか? 教育学部生は「教育学」をマスターしているのか? 大学院に行く人間はそれにふさわしいだけの学問を学んできたのか?
「大二病」に罹ることが出来る方が、「大学生」らしい大学生と言えるのではないかとふと思った。
*Wikipediaにおける、「中二病」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85
何もすることがないということの悲哀。可処分時間が多すぎると、人は空しさだけを噛み締める。そんなとき、むやみと人に会いたくなる。「まったり」話していると、孤独さから解放される。
Hさんという人と今日の夜、ずっと話していた。
「早稲田に入って、やたら映画に詳しい人によく出会うので、『映画詳しいよ』とうかつに言えなくなりました。だから毎日1作のペースで映画を見ているんです」といった所、Hさんは、
「大二病だね」
とおっしゃった。
大二病とは中二病(中二病の定義は文末を見てほしい)の亜種らしい。自分より遥かに「出来る」友人を見て落ち込み、引きこもり気味になり、その間徹底的に映画を見るなどして自信を付けたがることをいうらしい。
そうか、大学4年生にしてようやく「大二病」になったのか。罹らないまま卒業して方が幸せだったのだろうか?
Hさんの話の中にもあったが、世の大学生は本当に「大学生」たるべき行動をしているのか妙に気になった。軽々しく「ポストモダン」論を語るが、真剣に本を読んで学んだ時期があったのか? 簡単に「もう自民は駄目だよ」というが、真剣に政治学を学んだ時期があったのか? 教育学部生は「教育学」をマスターしているのか? 大学院に行く人間はそれにふさわしいだけの学問を学んできたのか?
「大二病」に罹ることが出来る方が、「大学生」らしい大学生と言えるのではないかとふと思った。
*Wikipediaにおける、「中二病」
思春期の少年が子どもから急激に大人に なろうと無理に背伸びをして、「(子供の価値観での)大人が好みそうな格好のいいもの」に興味を持ち始め、「子供に好かれそうなもの」、「幼少の頃に好き だった幼稚なもの」を否定したりするという気持ちが要因である。こういった感情から「もう子どもじゃない」、「(格好の悪い)大人にはなりたくない」とい う自己矛盾からくる行動が、実際に大人になってから振り返ると非常にピントが「ずれ」ており、滑稽に感じることが大きな特徴である。
加えて生死や宇宙、人間や身近なものの存在に関して、(的外れ気味に)思い悩んでみたり、(子供基準での)政治や社会の矛盾を批判してみたりするのも特徴的である。さらに実際の自分よりも自らを悪く見せかけようとするものの、結局何も行動を起こさないでそのまま収束するといった性質も「中二病」の「症状」として含まれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85
猛省、猛省。
今日も12時まで寝てしまった。その後、映画『燃えよドラゴン』を見つつ寝てしまい、行動開始は16時。何という自堕落な生活だ!
先日中学時代の友人に電話した。彼は上京して現場監督として働いている。電話口の声が疲労で溢れていた。その彼の話を思い出す限り、「大学生」を味わわせてもらっていること自体に申し訳なさを感じる。
アメリカの大学は、大学生が週に45時間勉強することを想定してカリキュラムを組んでいるらしい。授業が15時間あり、残り全て自習という想定。
何故45時間か? それは一日8時間労働×5日+土曜は半日(5時間)労働、という一般企業の労働体系を学問にも合わせているからだ。
「君たちと同い年の人間は、週に45時間くらいは働いている。だから君たちもそれくらいは勉強しろよ」という、考え方なのだ。
アメリカでは一度社会に出てから大学に行くことも多いらしい。そのようなとき、「労働するのと同じくらいは大学で学ぶ」という考え方には納得できる点が多いであろう。
私も、猛省をしなければ。明日は7時に起きて、即行動開始をしよう。
先日中学時代の友人に電話した。彼は上京して現場監督として働いている。電話口の声が疲労で溢れていた。その彼の話を思い出す限り、「大学生」を味わわせてもらっていること自体に申し訳なさを感じる。
アメリカの大学は、大学生が週に45時間勉強することを想定してカリキュラムを組んでいるらしい。授業が15時間あり、残り全て自習という想定。
何故45時間か? それは一日8時間労働×5日+土曜は半日(5時間)労働、という一般企業の労働体系を学問にも合わせているからだ。
「君たちと同い年の人間は、週に45時間くらいは働いている。だから君たちもそれくらいは勉強しろよ」という、考え方なのだ。
アメリカでは一度社会に出てから大学に行くことも多いらしい。そのようなとき、「労働するのと同じくらいは大学で学ぶ」という考え方には納得できる点が多いであろう。
私も、猛省をしなければ。明日は7時に起きて、即行動開始をしよう。
2009年7月24日金曜日
『シャドウ・ワーク』を読む。第2章前半。
●「60年代に、「発展=開発」は「自由」や「平等」と肩を並べる地位を得てきた」(40頁)
→「もっとたくさんの学校、もっと近代的な病院、もっと広く長い高速道路、新しい工場、高圧送電システムを設けること」(同)が重視された。
→際限のない拡大・開発を求め続けてきたのが近代である。1章に「発展=開発と平和を一緒のものと見る」ことへの批判があったが、この章でも「発展」観の見直しをイリッチが訴えている。
●その結果、「外部不経済」や「逆生産性」が現れてきた。
例:「学校や病院の税金負担が、どのような経済も支えきれないほど莫大になった」(40)
「制度の顧客である多数の貧しい人々は、たえず欲求不満におちいることになった」(41頁)のだ。
「大多数の人間にとってラッシュアワーにしか使えない交通機関は、自由に選ぶことのできる移動や相互的な接近の機会を減少させて、通勤の乗物に隷属しながら費やす時間を増やすことになる」(42頁)
→つまり、制度の発展によって人間の自由や仕事が奪われるのである。
●「経済成長はすべて不可避的に環境の利用上の大切な価値を衰弱させるのだ」(43頁)
→環境と経済成長の関係。いまよくいわれているようなことである。
→イリッチのこの指摘を解決する方法として、宮台真司は次のように主張する。〈経済発展を皆が目指すのだから、企業のみに「環境に配慮せよ」とはいえない。そうではなく、「環境に配慮した会社が儲かる」ような社会システムを設計することが重要だ〉。その例として炭素税などを宮台は提案する。
●「新たな『満足』を手にすることよりも、開発のもたらす損害から身を守ることのほうが、人々の一番求める特権になった」(43)
例:自宅で子どもを産むこと。かつては「普通」だったが、いまでは「エリート層」の人の特権となった。
新鮮な空気を吸うこと。
「今日の下層階級を構成するものは、逆生産性のお荷物一式を消費しなければならないもの、みずから買って出た奉仕者たちのお情けを何としても消費しなければならないもの、にほかならないのだ。これと逆に、特権階級とは、逆生産的な装置一式と手前勝手な世話やきを自由におことわりできる人々のことである」(43)
→自分の力で何かが出来る人/制度に頼らずに生きていける人が、いまでは特権的なことになった。
「この社会(商品集中社会)では、専門家によって企画・指定され、しかも彼らの管理のもとで生産される商品やサーヴィスの規格化といった観点から、ニーズというものが定義される傾向が強まる」(45頁)
→自分たちが自由にものをつくったり、生活したりしていた中世と違い、近代に入ってから自分の意のままに生活していくことができなくなってしまった。そこでは専門家や企業・政府の意図によって人々のニーズがつくり出されることになる。
●「経済成長」に対立するものとして「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える社会、を置きたい。すなわち、『ホモ・エコノミクス』の観点から組織される社会にたいして、『ホモ・アーティフィクス』、つまり人間生活の自立と自存にかんして伝統的な仮説を回復した社会を対立させるのである」(46頁)
→経済という「制度」に頼る生き方ではなく、「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える」生き方を志向していくべきなのだ。本人の「自立」「自存」に留まらず、「共同の環境の使用」(あんまり意味が分からない…)を目指していくべきなのだ。
●「現代社会の形態は、実際、これらの独立した三つの軸に沿っていまなお行われている選択の結果である」(46頁)
3つの軸とは?
X軸:「ふつう『右』と『左』ということばで表される問題、たとえば、社会の階層性、政治的権威、生産手段の所有、資源の配分をめぐる諸問題を配置したい」(44頁)
Y軸:「『ハード』と『ソフト』とのあいだの技術上の選択がくる」(同)
Z軸:「特権や技術でなく、人間の満足=欲求充足の性質それ自体が問題となる」(45頁)
Z軸の下限:「商品集中社会」。「経済成長につかえる社会」(46頁)
Z軸の上限:「実にさまざまな社会が、扇形に並ぶ。そこでは、生活は自立と自存を志向する活動のまわりに組織され、それぞれのコミュニティは、成長の要求に懐疑的になることで、コミュニティ独自のライフスタイルをいっそう強化する」(pp45~46)。「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える社会」(46頁)
「政治形態への信用の度合いは、三つの選択のそれぞれの組合せに、人々がどの程度参加するかに依存しはじめる」(46頁)
イリッチは「社会のユニークなイメージ、つまり社会の諸部分が明確に分節され、独自に関連づけられているイメージというものは美しい」と語る。
「質素とつつましさという特徴をそなえ、現代的ではあるが手作りであって、小規模に営まれている生活様式というものは、市場化をとおしてのそれ自身の伝播をなかなかゆるさないものである。こういうふうにして、歴史上初めて、貧しい社会と豊かな社会とを掛け値なしに対等の関係に置くことができるようになるだろう」(47頁)
→文化相対主義とも言うべきか。
イリッチは続ける。「このことが本当に実現するためには、開発の視点から国際的な南北関係の問題をみる現在の認識のあり方が、何をおいてもまず破棄されなければならない」(同)。
ここから、『シャドウ・ワーク』というイリッチのことばの解説がはじまる。
「仕事は雇用と同一視され、名誉ある職業は男性に限られていた。就職口と切り離して行われる〈シャドウ・ワーク〉の分析はタブーだった」(47頁)
そして、このシャドウ・ワークは「開発が進めば、そのような労働は消えていくだろう」(48頁)と考えられていた。
※シャドウ・ワークの説明:
『社会学』(長谷川公一ほか、有斐閣)には、「家事労働は資本主義社会を支える相補的労働でありながら、賃労働の影の部分として暗黙に存在するシャドウ・ワークとなり、労働として自覚されなくなっていく。そのように分離された中で、性別役割分業を基軸とする〈近代家族〉は、男性を市場で営まれる有償労働に、女性を家庭で営まれる無償労働に一般に割り当てることになる」(389頁)
→イリッチの本文の記述と近い。イリッチは「家庭内という領域での女の隷属状態は、今日もっとも明らかかなその代表である。家事には給料が支払われない。しかも、昔は女の仕事の大部分は生活の自立と自存をめざす活動であったが、今日の家事ではそうではなくなった」(50頁)といっている。
つづけて「現代の家事は、生産を支えることに向けられた産業的な商品によって規格化されている」(同)と説明する。
「賃金労働者を再生産し、休養させ、賃労働にかりたてる原動力となる役割に彼女たちを押し込めている」(同)
「シャドウ・ワーク」は「経済学の分析の手からすりぬけていた」(51頁)。そのために、下の2つの活動のうち①のみが重視されるようになる。
賃金が支払われない二種類の活動:
①賃労働を補う〈シャドウ・ワーク〉
②本当の自立・自存の仕事
●「コミュニティが人間生活の自立と自存を志向する生活の仕方を選ぶときには、いまとは正反対の仕事観が広がってくる。その場合には開発を逆転させること、消費材をその人自身の行動におきかえること、産業的な道具を生き生きとした共生の道具に変えることが目標となる。そこでは賃労働と〈シャドウ・ワーク〉はそれこそ影をひそめるだろう」
人間を「成長中毒患者」とみるかどうかは、「非雇用」や失業を「みじめな禍とみるか、あるいは有益な一つの権利とみるかの分かれ目を決めてしまう」(49頁)
商品集中社会:「基本的なニーズは、賃労働の生産物によって満たされる」(49頁)
商品集中社会を動かす労働倫理:「給料や賃金のための仕事を正統化し、それと反対に自律的な活動の価値を引き下げる」(49頁)
(本来、まだ続くのですが、できませんでした)
→「もっとたくさんの学校、もっと近代的な病院、もっと広く長い高速道路、新しい工場、高圧送電システムを設けること」(同)が重視された。
→際限のない拡大・開発を求め続けてきたのが近代である。1章に「発展=開発と平和を一緒のものと見る」ことへの批判があったが、この章でも「発展」観の見直しをイリッチが訴えている。
●その結果、「外部不経済」や「逆生産性」が現れてきた。
例:「学校や病院の税金負担が、どのような経済も支えきれないほど莫大になった」(40)
「制度の顧客である多数の貧しい人々は、たえず欲求不満におちいることになった」(41頁)のだ。
「大多数の人間にとってラッシュアワーにしか使えない交通機関は、自由に選ぶことのできる移動や相互的な接近の機会を減少させて、通勤の乗物に隷属しながら費やす時間を増やすことになる」(42頁)
→つまり、制度の発展によって人間の自由や仕事が奪われるのである。
●「経済成長はすべて不可避的に環境の利用上の大切な価値を衰弱させるのだ」(43頁)
→環境と経済成長の関係。いまよくいわれているようなことである。
→イリッチのこの指摘を解決する方法として、宮台真司は次のように主張する。〈経済発展を皆が目指すのだから、企業のみに「環境に配慮せよ」とはいえない。そうではなく、「環境に配慮した会社が儲かる」ような社会システムを設計することが重要だ〉。その例として炭素税などを宮台は提案する。
●「新たな『満足』を手にすることよりも、開発のもたらす損害から身を守ることのほうが、人々の一番求める特権になった」(43)
例:自宅で子どもを産むこと。かつては「普通」だったが、いまでは「エリート層」の人の特権となった。
新鮮な空気を吸うこと。
「今日の下層階級を構成するものは、逆生産性のお荷物一式を消費しなければならないもの、みずから買って出た奉仕者たちのお情けを何としても消費しなければならないもの、にほかならないのだ。これと逆に、特権階級とは、逆生産的な装置一式と手前勝手な世話やきを自由におことわりできる人々のことである」(43)
→自分の力で何かが出来る人/制度に頼らずに生きていける人が、いまでは特権的なことになった。
「この社会(商品集中社会)では、専門家によって企画・指定され、しかも彼らの管理のもとで生産される商品やサーヴィスの規格化といった観点から、ニーズというものが定義される傾向が強まる」(45頁)
→自分たちが自由にものをつくったり、生活したりしていた中世と違い、近代に入ってから自分の意のままに生活していくことができなくなってしまった。そこでは専門家や企業・政府の意図によって人々のニーズがつくり出されることになる。
●「経済成長」に対立するものとして「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える社会、を置きたい。すなわち、『ホモ・エコノミクス』の観点から組織される社会にたいして、『ホモ・アーティフィクス』、つまり人間生活の自立と自存にかんして伝統的な仮説を回復した社会を対立させるのである」(46頁)
→経済という「制度」に頼る生き方ではなく、「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える」生き方を志向していくべきなのだ。本人の「自立」「自存」に留まらず、「共同の環境の使用」(あんまり意味が分からない…)を目指していくべきなのだ。
●「現代社会の形態は、実際、これらの独立した三つの軸に沿っていまなお行われている選択の結果である」(46頁)
3つの軸とは?
X軸:「ふつう『右』と『左』ということばで表される問題、たとえば、社会の階層性、政治的権威、生産手段の所有、資源の配分をめぐる諸問題を配置したい」(44頁)
Y軸:「『ハード』と『ソフト』とのあいだの技術上の選択がくる」(同)
Z軸:「特権や技術でなく、人間の満足=欲求充足の性質それ自体が問題となる」(45頁)
Z軸の下限:「商品集中社会」。「経済成長につかえる社会」(46頁)
Z軸の上限:「実にさまざまな社会が、扇形に並ぶ。そこでは、生活は自立と自存を志向する活動のまわりに組織され、それぞれのコミュニティは、成長の要求に懐疑的になることで、コミュニティ独自のライフスタイルをいっそう強化する」(pp45~46)。「生活の自立と自存を志向する、共同の環境の使用が生産と消費にとってかわることに高い価値を与える社会」(46頁)
「政治形態への信用の度合いは、三つの選択のそれぞれの組合せに、人々がどの程度参加するかに依存しはじめる」(46頁)
イリッチは「社会のユニークなイメージ、つまり社会の諸部分が明確に分節され、独自に関連づけられているイメージというものは美しい」と語る。
「質素とつつましさという特徴をそなえ、現代的ではあるが手作りであって、小規模に営まれている生活様式というものは、市場化をとおしてのそれ自身の伝播をなかなかゆるさないものである。こういうふうにして、歴史上初めて、貧しい社会と豊かな社会とを掛け値なしに対等の関係に置くことができるようになるだろう」(47頁)
→文化相対主義とも言うべきか。
イリッチは続ける。「このことが本当に実現するためには、開発の視点から国際的な南北関係の問題をみる現在の認識のあり方が、何をおいてもまず破棄されなければならない」(同)。
ここから、『シャドウ・ワーク』というイリッチのことばの解説がはじまる。
「仕事は雇用と同一視され、名誉ある職業は男性に限られていた。就職口と切り離して行われる〈シャドウ・ワーク〉の分析はタブーだった」(47頁)
そして、このシャドウ・ワークは「開発が進めば、そのような労働は消えていくだろう」(48頁)と考えられていた。
※シャドウ・ワークの説明:
『社会学』(長谷川公一ほか、有斐閣)には、「家事労働は資本主義社会を支える相補的労働でありながら、賃労働の影の部分として暗黙に存在するシャドウ・ワークとなり、労働として自覚されなくなっていく。そのように分離された中で、性別役割分業を基軸とする〈近代家族〉は、男性を市場で営まれる有償労働に、女性を家庭で営まれる無償労働に一般に割り当てることになる」(389頁)
→イリッチの本文の記述と近い。イリッチは「家庭内という領域での女の隷属状態は、今日もっとも明らかかなその代表である。家事には給料が支払われない。しかも、昔は女の仕事の大部分は生活の自立と自存をめざす活動であったが、今日の家事ではそうではなくなった」(50頁)といっている。
つづけて「現代の家事は、生産を支えることに向けられた産業的な商品によって規格化されている」(同)と説明する。
「賃金労働者を再生産し、休養させ、賃労働にかりたてる原動力となる役割に彼女たちを押し込めている」(同)
「シャドウ・ワーク」は「経済学の分析の手からすりぬけていた」(51頁)。そのために、下の2つの活動のうち①のみが重視されるようになる。
賃金が支払われない二種類の活動:
①賃労働を補う〈シャドウ・ワーク〉
②本当の自立・自存の仕事
●「コミュニティが人間生活の自立と自存を志向する生活の仕方を選ぶときには、いまとは正反対の仕事観が広がってくる。その場合には開発を逆転させること、消費材をその人自身の行動におきかえること、産業的な道具を生き生きとした共生の道具に変えることが目標となる。そこでは賃労働と〈シャドウ・ワーク〉はそれこそ影をひそめるだろう」
人間を「成長中毒患者」とみるかどうかは、「非雇用」や失業を「みじめな禍とみるか、あるいは有益な一つの権利とみるかの分かれ目を決めてしまう」(49頁)
商品集中社会:「基本的なニーズは、賃労働の生産物によって満たされる」(49頁)
商品集中社会を動かす労働倫理:「給料や賃金のための仕事を正統化し、それと反対に自律的な活動の価値を引き下げる」(49頁)
(本来、まだ続くのですが、できませんでした)
ニール・ポストマン 小柴一訳『子どもはもういない』(1995年改訂1版、新樹社)*原著は1982年
かつてPh・アリエスは『子供の誕生』において、「子ども」が大人社会の中で認識されたのは近代に入ってからであることを提示した。ポストマンの書いた『子どもはもういない』はアリエスのこの主張をさらに発展させたものである。
本書の前半で、ポストマンはアリエスや他の思想家が訴えてきた事柄を用い、「子ども」「子ども期」が近代になって生まれてきたことを提示する。どうして「子ども」概念が出てきたか? ポストマンは活版印刷機の登場を用いて説明する。手書きで文字を読み書きしていた時代において、大部分の大人は識字ができなかった。そのため口頭によるやりとりが行われることになる。その中では「子どもに言うべきでない話題」などの「秘密」を隠すことができなかった。現在では「子ども」といわれるような人間も、その秘密をふつうに見聞きしていた。
活版印刷の発明は、文明のあり方を変えた。人々の仕事において、文字を使用する機会が圧倒的に増えた。役所に提出する文書、契約書などなど、書面で仕事のやり取りをすることも出てきた。活版印刷技術は、人々に読み書きできる能力を必要とする。けれどこの能力の習得には長い時間が要る。まだ文字を習っていない人間を隔離し、「学校」で教えなければ。人々はこう考えるようになり、結果として「子ども」が誕生した。
印刷技術の発明後、子どもは大人になるものとされ、かれらは、読むことを覚え、活字の世界にはいりこむことによって、大人にならなければならなかった。そして、それをなしとげるためには学校教育が必要だった。こうして、ヨーロッパ文明は、(古代以来)学校を再びつくりだした、しかもそうすることによって、子ども期をなくてはならないものにしたのである。(pp59-60)
*( )内は石田。
ポストマンは「子どもの誕生」を活版印刷機が元になったと説明する。時代は進む。活版印刷により誕生した「子ども」が消滅するところまで、時代は進んだのだとポストマンはいう。ではそのきっかけとなったのは何だろう? ポストマンは電気による通信(象徴的な意味ではモールス信号)をあげる。この進化系であるテレビが、「子ども」を消滅させてしまったのだと説明するのだ。
テレビは「子ども」でも理解可能である。識字能力は必要ではない。テレビは「活版印刷」や「活字」が子どもから隠してきた「秘密」を明らかにしてしまう。例えば性、例えば暴力。それにより、もはや「子どもはもういない」といわざるを得なくなってきているのだ。
高橋勝は『文化変容の中の子ども』の中で「子どもの消滅」についてを説明している。それは子どもが「消費者」として大人扱いされるという点からの説明であった。ポストマンは「メディア」の変遷により、子どもが誕生し、消滅しているのだと説明をしているのである。
ここで、私の問題意識を提示しておく。子どもの誕生―消滅を「メディア」の変遷によりポストマンは説明した。いま、メディアの世界の主力はインターネットである。ポストマンはこの状況を見てどう思うであろうか?
当初、インターネットは文字文化の復興をもたらしたように思われた。掲示板の書き込みも、企業のウェブサイトでも、大体は文字情報のみに寄っていた。現在、ニコニコ動画やYou tubeなど、ネット世界は「動画」が重視される時代に入った。インターネットがもたらした効果も、文字中心の時代と動画中心の時代とに分けて、考えることはできないだろうか? また、手軽にインターネットの「メール」ができるようにした「携帯」登場以後について、彼はどういう説明をするだろうか? 気になるところである。
余談だが、ニコニコ動画などには、「本来、文字で示すべきだろう!」と怒りたくなるような「動画」が公開されている。メッセージを音楽にのせて延々と流し続ける動画がそれである。私はそれを見たとき、文字情報のテレビ化という言葉を思いついた。映画のエンドロールに端を発しているんであろうが、読み取り手の意図・読むスピードに関係なく一律で文字を動画に表し続ける態度にイライラを感じてしまう。
以下は、本文からの引用です。
本と学校が子どもをつくりだしたとき、それらは大人についての現代的な概念をもつくりだしたのである。(p79)
早稲田大学で学べること
早稲田大学にいることで学べることはいくつかある。
1、酔っ払いへの対応の仕方・介抱の仕方が無理なく修得できる。
2、受験秀才というのは大した存在ではないということが自覚できる。
3、相手との話のネタに困ったとき、バイトの話か就活の話を振るという「技術」を身につけることができる。
4、図書館に行くと六法全書を手にした人物が必ず座っており、多くの者はそのまま突っ伏している事実を知ることができる。
5、早稲田出身者は必ずと言っていいほど「授業に出なかった」ことを自慢するということを知ることができる。
6、受験の中で第一志望に受かる人間はほとんどいないのだと気づくことができる。
短編小説・夏屋さん
少女が街を歩いていると、一人の中年男性に出会った。寒空の下、その男だけは半袖シャツにサンダル履き。周囲から浮いた姿で屋台をやっている。
「おじさん、何やってるの?」
少女は尋ねた。「おじさん」と呼ばれたその男性は、
「俺かい? この看板見てごらん。『夏屋』をやっているんだ。夏を売って、お客さんに冬を楽しく過ごしてもらうんだよ」
「へー、そんなお仕事があるのね。全然知らなかったわ」
「この仕事、なかなか大変なんだ。お嬢ちゃん、ちょっと夏を買っていかないかい?」
「おいくら?」
「子どもには1分100円で販売してるんだ。どうだい」
「はい、100円」
男は手元のかき氷機を手早く回し始めた。下に氷がたまっていくのを少女は見ていた。すると、ふいに自分が海岸に佇んでいる心持がしてきた。海に反射する太陽がまぶしい。
気づくと、再び男の姿が目の前にあった。
「気に入ったかい、お嬢ちゃん?」
「うん、とても」
「その先に屋台があるだろう? そこには俺の女房が店をやっているんだ。『秋屋』と書いてあるからすぐ見つかるよ。そこから先に行くと俺の親父がやっている『冬屋』がある。ちょっと行ってみな」
少女は男の言う2つの店に寄ってみた。100円を払い、それぞれの季節を楽しんだ。素敵な仕事だと、少女は思うようになった。そして、独り言のようにつぶやいた。
「わたし、大きくなったら絶対『春屋』さんを開くわ。そこでみんなに春を売るのよ」
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