2009年4月30日木曜日
自由が苦手な/悲しい人間
けれど、学校という「装置」はなかなかに優れたものである。まったくやる気のない生徒でも、何かしらかを学ばせ、読み書きやコミュニケーション能力についてを修得できる場所である。また、黙って席に座る能力や、上司の言に従順にしたがう態度を身につけることができる。
イリイチは学校によって「学び」ができなくなるという、「価値の制度化」を主張した。
けれども。私は学校が無くなった社会で、教育クーポンを〈ぽん〉と渡されて「自由に学んでいいよ」といわれたとき、途方に暮れそうな気がしてならない。自由はしんどい。誰かに「何を学ぶのか」決めてもらうほうが簡単だ。イリイチなどの教育学者は「子どもは学びたがっている」という説をよくとるが、私は疑いの目を持っている。強制されない限り、学ぼうとしない子どももいるはずである。
カトリックとプロテスタントの違いを自殺から考えたのがデュルケームであった。カトリックは教会を通じて神とつながるが、プロテスタントは聖書を通じて各個人が直に神とつながる。プロテスタントはどこまでも個人の問題になる分、しんどくなり、自殺するものがカトリックよりも多くなる、と。学びという側面に応用してみよう。学校のある社会がカトリック、ない社会(イリイチのいう脱学校の社会)がプロテスタントだ。自発的に学ぼうとする人間にとってプロテスタントのほうが気楽でいい。けれど自発性の少ない人間(たとえば私など)にとってはカトリックこそ気楽でいい。確かに教えられる内容に不満はあっても、制度に対し不満をぶつけ、愚痴ることができる。プロテスタントではそうはいかない。学ぶ内容全てが自己決定。「自分が悪かった」という後悔をし、自分を責める方向のみに進んでいく。
私は自分で自分のことを決めるのがしんどくて仕方ない。進学するかどうか、就職先をどこにするか…。いずれも、中世のように「始めから決まっている」方が悩まなくていいから楽である。
ラーメンズのネタに「プーチンとマーチン」というものがある。You tubeにもアップされている。これは小林と片桐が腕人形をもって掛け合い漫才や歌を演じるコントである。「♫命令されたい/決められたい/自由が苦手な/切ない人間〜」。軽快に2人が歌う。私はこの歌詞を全面的に肯定する。
文献カード 脱学校論、あるいは学校化社会
●イリイチ『脱学校の社会』所有。
●イリイチ『脱学校化の可能性』
●イリイチ/フレイレ『対話』(野草社、1980)
●イリイチ『シャドウ・ワーク』所有。
●イリイチ『オルターナティヴズ』(新評論、1985)
●ホルト『なんで学校へやるの』(一光社、1984)
●ライマー『学校は死んでいる』
●森重雄「『学校は死んでいる』ライマー」/金子茂ほか編『教育名著の愉しみ』(時事通信社、1991)
●森重雄「近代・人間・教育」/田中智志編『〈教育〉の解読』(世織書房、1999)
●山本哲士『教育の分水嶺』(せんだん社・三交社、1984)
遠藤克弥監修『新教育事典』(勉誠出版、2002)の「学校化する社会」(190頁)より。
●イリイチ『脱学校の社会』
●門眞一郎ほか『不登校を解く』ミネルヴァ書房、1998年
●桜井哲夫『「近代」の意味』日本放送出版協会、1984年
●山本哲士『学校の幻想 教育の幻想』ちくま学芸文庫、ちくま書房、1996年
●刈谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
追記
●私のような一人暮らしの学生にとって、ゴールデンウィークは「時間との闘い」。つまり、いかにして有り余る時間と戦うか、ということである。
上野千鶴子のいわく、「学問は愉しみのための消費材」(『サヨナラ、学校化社会』太郎次郎社、2002年、109頁)である、と。私が教育学、なかんずく脱学校やフリースクールについて研究(ブログを書いたり、本を読んだり)するとき、ものすごく大量の時間を費やすことができる。暇もつぶれるし、知らぬ間に長時間勉強することができる。こんなにいいことはない。
学生の皆さん、暇なときは好きな学問をしましょうよ。
『脱学校の社会』を読む④ 58〜70
〈教育において学校に代わるものを捜すためには、われわれが「学校」という場合、それはどういう意味であるかをわれわれの間で一致させることから始めなければならない〉(58頁)
→「やり方」の提示。
→「公立学校の現象学」によって、論を進めることを示す。
1、年齢
●「学校は人々を年齢に応じて、集団に分類する」(59頁)。その分類の〈前提とは、子供は学校に所属する、子供は学校で学習する、子供は学校でのみ教えられることができるというものである。私は、この未検討の前提をまじめに疑ってみる必要があると思う〉(59頁)
●我々は子どもが、「自分の分を知り、子供らしく行動することを期待する」(60頁)
●けれどそもそもは「子供時代」の概念は近代になってから登場したものであり、普遍性はない(アリエスの著作より)。
●「学校制度は、それがつくり出す子供時代と同じように、近代に出現した現象なのである」(61頁)
●子供時代:「重荷」「やむをえずその時代を通過」「子供の役割を果たすことが全然楽しくない」(62頁)ものである。
2、教師と生徒
●「学校は、学習は教授の結果であるという公理に基づいて設けられた制度である」(64頁)
●「われわれが知っていることの大部分は、われわれが学校の外で学習したものである。生徒は、教師がいなくても、否、しばしば教師がいるときでさえも、大部分の学習を独力で行うのである」(同)
●「誰もが、学校の外で、いかに生きるべきかを学習する。われわれは、教師の介入なしに、話すこと、考えること、愛すること、感じること、遊ぶこと、呪うこと、政治にかかわること、および働くことを学習するのである」(同)
●「大人は、自分が受けた学校教育をロマン化して回想する傾向がある」(66頁)
●「生徒が教師から何を学習しようとも、学校は教師のために仕事をつくり出してくれるのである」(同)
3、フルタイムの通学
●〈学校はまさにその性質から、参加者の時間とエネルギーに対して、全面的な要求をする傾向がある。こうして次に、教師は保護者、道徳家、および治療者となるのである〉(67頁)
「保護者としての教師」:「いくつかの基礎的な日常的仕事の訓練をさせる」(67頁)
「道徳家としての教師」:「学校のなかだけでなく、社会全体の中で、何が正しいか、何が誤っているかについて、生徒を教化する」(同)
「治療者としての教師」:「生徒の個人的な生活にまで立ち入って穿鑿(せんさく)する権威を与えられていると感じるのである」(68頁)
→この「治療者」は原典ではセラピストと書かれている。therapyとは「薬や外科手術を用いない治療」(『ジーニアス英和辞典』)を意味する。「治療者」といっても、医者と言うよりはカウンセラーなどのイメージ。
※穿鑿:ほじくりかえすこと。原典ではdelve(ほりさげること)。
●「三つの権限をあわせもつ教師は、法律よりもはるかによけい子供を自由でなくしてしまうのである」
●「学校の教師と教会の牧師は、逃げ出す心配のない聴衆に説教するだけでなく、彼らに相談をしにきた人々の私事にまで立ち入って穿鑿する資格があると考える唯一の専門職業者なのである」(68頁)
●「子供をフルタイムの生徒と定義することにより、教師は学校以外の社会的に隔離された他の制度の監督者が持っている権力よりもはるかに憲法上および慣例上の制限を受けない権力を、生徒に対して行使することを許される」(69頁)
学校へ行くことは、人権の保護のない空間に入れられることである。
→「フルタイム」がポイントか?
●潜在的カリキュラム:「学校教育の儀礼的または儀礼的なものそれ自体」。差別と偏見をもたらす。
「話せば分かる」のか?
「話せば分かる」とはよくいわれるが、話せば話すほど誤解の深まる時もある。
友人はいう。「本音を言ってくれ」。
けれど本音や本心なんて、本当に人間にはあるものであろうか? 話す時々の「思い」はあっても、本音というものは存在し得ないのではないだろうか。
先ほどまで、拙宅で種々の話を友人2人と行った。「本音を」というから、思ったことや感じてきたことを話した。どうやら、多大な失望を与えてしまったようだ。話さなかったほうが良かった気がする。
ただ、「ここから関係を良くしていく」というM君の最後のセリフは一筋の希望ではある。
ところで。ただでさえ頭の回転の鈍る深夜に深刻な話をしても、「建設的な」話ができるわけない。
追記
●よく文の読み方として「批判的に読む」とある。著者の意見に同調しすぎず、「どこかに批判すべき点があるのではないか」と考えながら読む手法のことだ。クリティカル・リーディングともいう。この方法には欠点があるように思う。批判的に読むとき、主体である「私」が成長/変化することが制限されることがあるという点だ。
批判をするとき、人は批判される対象よりも高い位置にいるという前提がある。対象と同じかそれより低い位置にいる時、批判をすることはできない。その姿勢はものを学ぶ姿勢ではない。授業中、教師の揚げ足をとることに似ている。批判をするときには「学ばせていただこう」という謙虚さがなくなってしまう。その結果、批判者は批判する対象によって変化させられることがなくなる。
本日の友人との諍い。はじめ私は「批判者」として対面していた。けれどそれでは相手の揚げ足を取り続けるだけとなり、何のために友人たちが家にまで話にやってきたのか分からなくなった。相手が「思い」を伝えにやってきたのなら、その思いを批判的に聞くだけでは相手に失礼であるし、自分の成長のチャンスも摘んでしまうこととなる。
学問の世界では「批判的」であることは重要なようだ。けれどこの態度を貫きすぎると、小説や偉大な研究によって「私」が根本的に変化させれた、ということが無くなってしまう。そもそもの研究する意味すら分からなくなる(私は灰谷健次郎がいうように、研究という「仕事」によって〈人間的成長ができればいいな〉と考えているのだ)。
●友は「お前は自己顕示欲が強い」と言っていた。おそらく、そうなのだろう。このブログを書きながら実感している。
●「いま思っていることをいってほしい」といわれたとき、雑念で考えていたことを思わず言ってしまった。相手は不機嫌となった。不注意であった。
2009年4月28日火曜日
森毅『気まぐれのすすめ』ちくま文庫、1993
森は京大教授。けれどイバる感じが全くない。少なくとも文章には現れない。
どうも、教育界で「問題解決」と聞くと、ソッポを向きたくなる習性が、ぼくにはある。人生の問題が解決されるなら、それはけっこうに違いないが、たかが教育ごときで、そんなことのできるわけがない。しかし、なにかしら、そうした幻想を与えようとする癖が、学校にはある。「生きる力」とか「生活のために」などと聞かされるときの、イカガワシサに似ている。(31頁)
「たかが教育ごとき」。いい言葉だ。教育学者はあまり口にしない。
私が森に注目する理由に、脱学校論的発想をよく口に出しているという点が上げられる。次の文は「価値の制度化」を語っているところと読むことができる。
以下は、いろんな抜粋。
一般的にいって、管理主義というもののおそろしいのは、管理者が管理主義的になること以上に、被管理者が管理主義的になるところだ。実際に京都大学でも、さまざまの手続きが管理主義的になるにしたがって、手続きにだけ熱中する学生が増えはじめた。大学でなにかを学ぶことよりも、教室に出席しているという手続きが重視される傾向については、京都大学はまだマシなほうなのだそうだ。もっと「民主主義的」な大学になると、出席やなにかの手続きだけ勤勉にオツトメすると、だれでも「民主主義的」に単位のとれる仕組みになっているらしい。
「みんな平等に抑圧されましょう」「みんな民主的に管理されましょう」というのが、民主管理主義教育のスローガンで、このごろ少し目にあまるものがあるのだが、ぼくはそれほど心配していない。こんなアホラシイ状態が続くはずがないと、人間の英知にいくらか期待しているのだ。(114頁)
本来の自由というものは、だれかれなしにウロチョロするから、当然にイヤな奴ともつきあうことになるものだ。ケージのなかで安心しているのは、自由ではなくて自閉である。(121)
人間が成長するというのは、なにかの殻をまとうことではなくて、裸のありのままの自分であることによって、さまざまの人間と影響しあい、結果的に成長してしまうのだと思う。それを恐れて殻をまとったところで成長なんかするまい。(…)教師のほうが成長することなしに、生徒を成長させようと思うなんて、あつかましい。それも、成長した結果ではなくて、成長する過程を見ることによってだけ、生徒に影響しうるのだ。(139頁)
考えてみれば、教育にとって、塾の歴史は二千年以上あるが、学校の歴史は二百年ほどなのだ。むしろ、学校というものも、塾の一つの形態にすぎない。
そして、こうした塾について、学校との連係が強くないかぎり、年齢的な制限はない。べつに「子ども」でなくても、お茶や生花の稽古に行く。(143頁)
なんでも説明したがり、そして説明さえすれば相手は納得するはず、と思いこみがちなのも教師の悪癖だろう。それでたいてい、ふだんでも教師は説明癖にとらえられている。
本当のところは、納得というものは、自分の心のなかでなにかがなじんでいく過程であって、教師なりなんなりの説明がたすけになることはあるものの、説明されたから納得するというものでもあるまい。(146頁)
→〈学んだことは教えたことの結果ではない〉という脱学校論に近い。
現在の塾は、まだ学校に従属し、学校に寄生している。それが将来に、学校とは別個のカリキュラムで、学校と同じ時間帯に、学校と競合しあうことを期待しているのだ。現在は過渡期であって、無力な学校の強力な支配があるために、学校の成績を上げるための塾や、学校へ進学するための塾が繁昌している。そのうちには、学校の成績など問題にせず、学校へ進学などしなくてもよいという、独自の文化的価値を主張する塾が多くなるのではなかろうか。(151頁)
→フリースクールというものを見越しての発言であるようだ。いまのフリースクールは「独自の文化的価値」を主張するようになっている。
この文には印象に残るパーツが幾つもある。手元の文庫本には「無力な学校の強力な支配」というところに、赤丸が何重にも書かれている。
ちなみに本文章は1984年のもの。奥地圭子が東京シューレを始める前年だ。
人間は異界なしには薄っぺらな存在になってしまうし、まるごと異界に魅せられっぱなしでは仕方ない。(266頁)
人間が人間にものを教えて、教える側がかしこくなれないようなら、教育なんてしんどいことをしなければよいのだ。自分が数学をよくわかるようになるために、数学を教えるのであって、自分がかしこくなれないような教え方は、相手のためにもならない。(242頁)
→森の『ひとりで渡ればあぶなくない』(ちくま文庫)にも遠山啓のことばとして「子どもという、こんなおもしろい動物をタダで貸してくれるんだから、教師というのはいい商売だ、というのが彼の口癖だった」(176頁)とある。
医師とか教師とかを、一種の芸人であるとぼくは考えている。芸の巧拙を問題にしているのではない。その芸にどんなつらいことがあっても、お客の前では笑顔であらねばならぬから、芸人なのだ。芸の苦労は表に出さずに、さりげなく舞う。苦労がにじみでたりするのは、芸人の恥だ。(243頁)
追記
●森の関西弁あふれる文章を読んでいたら、懐かしくなる。京都や大阪の大学に行けばよかったかな? まあそのときは、教育学者を目指さなかったろうけど。
ちなみに2時間後に早稲田大学教育学研究科(つまり教育学の大学院です。わかりにくいですね)の推薦試験面接に行ってきます。森氏のいうように、余裕を示しとかないと、ね。
2009年4月26日日曜日
『学校では絶対教えてくれない「どうして勉強しなくちゃいけないの?』藤田徳人、2004、PHP
男子には「モテるために勉強する」ことを説き、女子には「女性が勉強して、社会に進出することは、男性選びの選択範囲を大きくすることにつながるわけです。これは子孫繁栄という意味において、重要なことです。モテるために勉強をするのではなく、配偶者の選択範囲を広げて、よりよい遺伝子を構成に残すために勉強にはげむという理屈が、現代社会では筋道が通るのです」(205頁)と説く。
個人的に「なるほど」とは思うのだが…。確かに人類が動物である以上、動物の生殖と同様の要素があることは事実だろう。けれどそれが無条件で人間社会に適応されるわけではない。
2009年4月24日金曜日
エヴァレット・ライマー『学校は死んでいる』抜粋①
あらゆる国の、あらゆる種類の、あらゆる水準の学校が、四つの違った機能を同時に果たすという傾向が次第に一般的になってきている。四つの機能とは、保護監督、社会的役割の選択、インドクトリネーション(特定の思想や教義の吹き込み)、そして普通、技能と知識の発達を図ることという風に定義されている。(35頁)社会学者は学校を託児所として認識する。ライマーはこれを発展させ、四つの機能を持たせている。「保護監督」にあたるのが託児所である。学校の選別機能は「社会的役割の選択」、にあたるようである。我々が考える「学校」は「技能と知識の発達を図る」にあたるものだが、それ以外にも学校は機能を持っている。その認識を外さないようにしたい。
2009年4月21日火曜日
東郷雄二『新版 文科系必修研究生活術』(ちくま学芸文庫 2009)
印象的だったのは、研究カードや文献カードを作るという点だ。論文や文献の重要な箇所や要約をカードに書く(PCなら打ち込む)。梅棹忠男以来の方法ながら、これによって論文を書くのが容易になる。この本を読み、「こうすれば論文が書ける」と安心をした。この本を座右に置いて、卒論を書いていきたい。人間、何をどのようにやっていいか分からないと、不安になる。焦ってくる。本書はすっきりと論文執筆に書かれるための「小道具」を教えてくれるのだ。
2009年4月20日月曜日
佐伯『「学ぶ」ということの意味』(1995 岩波書店)
●「人はつねに、他者とともに学ぶ存在である」(44頁)
●66頁からの「学びのドーナッツ論」は未だに理解できていない。再び読む。
2009年4月19日日曜日
映画『レッドクリフpart2』
昨年、チベットの問題などで結構日中関係は冷え込んでいた。その年も、本年も『レッドクリフ』のような中国伝統の物語映画が作られるのは意義深いことである。
前作ラストの鳩のシーンから始まる。実はあの鳩は伝書鳩の働きをしているのだと明かされる。
知略を周瑜や孔明が尽くしていても、多くの兵が空しく死んでいく。曹操軍へ正面突破。雨のような弓に襲われ、倒れゆく兵士たち(空しさレベルでは前作の方が上だけどね)。どんなに優秀な軍の司令官がいたとしても、戦争とはこのように多くの兵がいたずらに死んでいくものなのだとの認識を新たにした。
本作の登場人物は人物が大きい。負けていても堂々としている。敵方・曹操にしても最後まで命乞いをせず、絶体絶命のピンチでも笑う余裕がある(本当のラストはさすがに悲しげ)。最大のピンチで笑える人間こそ、大事を成し遂げられるのではないか、と感じた。
それにしても。ラストシーンは原作同様、曹操にとどめを刺すことはしなかった。直前に曹操は孫権に「お前は青二才だ」と語り、孫権がものの敵ではないことをアピールする。曹操ならば軍師が殺されるのを見ても、平気で敵方のトップへ弓を放っていただろう。
『脱学校の社会』を読む③ 第一章後半(P31~)
●学校教育の基礎にあるもう一つの重要な幻想は、学習のほとんどが教えられたことの結果だとすることである。たしかに、教えること(teaching)はある環境のもとで、ある種類の学習には役立つかもしれない。しかしたいていの人々は、知識の大部分を学校の外で身につけるのである。人々が学校の中で知識を得るというのは、少数の裕福な国々において、人々の一生のうち学校の中に閉じ込められている期間がますます長くなったという限りでそう言えるにすぎない。
ほとんどの学習は偶然に起こるのであり、意図的学習でさえ、その多くは計画的に教授されたことの結果ではない。普通の子供は彼らの国語を偶然に学ぶのである(…)(pp32~33)
●脱学校化された社会(deschooled society)は、偶発的な教育あるいは被形式的な教育への新しいアプローチでもある。(p49)
→子どもたちは偶然によって学ぶ。イリイチはそれを元にした上で脱学校論を述べている。
●学校は現在この種の反復練習による教授方法(drill teaching)をほとんど用いず、また評判の悪いものとしてしまっている。しかし普通の適性と学習意欲をもっている学生なら、もしもこの伝統的な方法で教えられれば、二、三ヶ月で修得できる技能がたくさんあるのである。(pp33~34)
●現在、学校は教育のための資金の大部分を独占している。学校教育よりも費用のかからない反復練習による教授(drill teaching)は、今では裕福なために学校に通わないですませることのできる者や、軍隊や大企業に勤める者で現職教育を受けに出された者たちだけの特権となっている。(p35)
●ほとんどの技能は、反復的練習(drill)によって修得し向上させることができる。なぜならば技能というのは、定義をし、かつ予測することのできる行動を修得することを意味するからである。(p41)
→イリイチは学校の効率性が低いということを、この部分を元に伝える。たしかに分かりやすい説明ではあるが、いささか論が甘いのではないだろうか。
●免許状を持っている人でなければだめだというように免許状の価値が信頼されているために、技能を教える人が不足するのである。(…)工芸や職業科の教師の大部分は、最も優れた職人や熟練工に比べれば彼らほど熟練していないし、彼らほど発明の才もなく、また彼らほど話好きでもない。(p37)
→教師というシステムの効率の悪さ。
●学校は技能を教授すること(skill instruction)において効率が悪いが、その特別な理由は、学校がすべての教科をカリキュラムとして結びつけることにある。ほとんどの学校で、一つの技能を向上させようとする計画は、いつも関連のない他の課業と連鎖的に結びつけられている。たとえば数学をもっと先に進むためには歴史の勉強をしてからとか、校庭を使用する権利は出席の回数によって左右されるとかいうように。
→東京シューレなどのフリースクールが、学校を批判しているポイントである。
→このようなシステムだからこそ、学校ではイリイチが進める「反復練習」が行えないのだ。教育の効率が低下するゆえんだ。
こう「効率」というと、教育関係者が「教育に効率を持ち込むのは間違っている」と批判することがあるだろう。この批判は子どもの成長と学校での学習を混同した意見である。私は人生の生き方/子どもの育ち方を「効率性」で判断することには無論反対である。子ども独自のリズムによって、子どもは「勝手に」育っていくからだ。けれど、勉強や学習に関してはなるべく早く・愉しく・簡単に進められる方がよい。勉強や学習が子どもの人生において本質的な部分ではないので、苦労して学ぶ必要性が存在しないからだ。忍耐力を付けるのは学習の場でなくとも構わない。苦労や忍耐力を学習の中で修得させようとすることは、勉強嫌いな子どもを生み出すことにつながってしまう。
●私は修得した技能の開放的かつ探求的使用を奨励するような環境の整備を「自由教育」(liberal education)と呼ぶことにする。学校はこの自由教育に関してはさらに効率が悪いのである。その主な理由は学校が義務制であり、学校教育のための学校教育となることである。(…)ちょうど技能を教授することがカリキュラムの束縛から解放されなければならないように、自由教育は学校に通う義務から解放されなければならない。
→イリイチは「自由教育」を目指している。
●最も根本的に学校にとって代わるものは、一人一人に、現在自分が関心をもっている事柄について、同じ関心からそれについての学習意欲をもっている他の人々と共同で考えるための機会を、平等に与えるようなサービス網といったものであろう。(p44)
→ブログがイリイチのいう「ラーニングウェッブ」になりうるのかを、前に私はブログに書いた。参照いただきたい。リンクはこちら。
●すべての人に教育を与えるというのは、すべての人による教育をも意味するということである。人々を教育を専門とする制度に強制的に収容することではなく、すべての人を教育的に活動させることのみが国民文化の形成に通じることができる。学習能力だけでなく他人に教える能力をも行使すると言う各人に平等な権利は、現在では免状をもった教師に専有されている。(p49)
→江口達也の処女作『BE FREE!』。ラストに描かれたのは〈教えたい者が教え、学びたい者が学ぶ学校〉である。文化祭とカルチャーセンターが一体化したような学校。この時、卒業という資格に意味は無くなる。
イリイチの文章を読んで、ふと思いだした。
●今日学校の中で消滅させられつつあるのは、教育そのものなのである。(p53)
→私が『教育名言辞典』(東京書籍)を新たに編纂できる立場にあるならば、絶対に入れたい名言である。ちなみに『教育名言辞典』にはイリイチの言葉は2つ収録されている。「学校教育の基礎にあるもう一つの重要な幻想は、学習のほとんどが教えられたことの結果であるとすることである」(p45)と「言語は、そのすべてが教えられたものであるなら、まったく非人間的なものとなるだろう」(p455)。前者は本稿上部に示したものと同じだ。無論、『脱学校の社会』からの引用。後者は『シャドウ・ワーク』からの引用である。
●教育の脱学校化が成功するか否かは、学校の中で育てられた人々がそのためのリーダーシップを発揮するかどうかにかかっている。彼らが学校化されたカリキュラムでの教育を受けてきたということは、その仕事を逃れるための口実とはなりえない。われわれの一人一人は、たとえこの責任を引き受けるのが精一杯で、他人に対しての警告として役立つことしかできないとしても、自分を現在の自分にしたことに対しては依然として責任があるのである。(p53)
→私がフリースクールに関わることを正当化して頂いたようである。
→自身が「学校化された」と自覚している者が脱学校化に関わることが重要なのだ。
コメント
●O先生であればイリイチの本書からの抜粋をパワーポイントで映しつつ、コメントを入れながら授業をされることだろう。このやり方は、学生に『脱学校の社会』のダイジェストと現代的意味を総覧的に説明する際に適している。私も学者になったら、このようなやり方で授業をしていきたい。
内田樹の『街場の現代思想』(文集文庫)抜粋など
電車旅行の醍醐味は車内での読書であろう。バスでは酔い、飛行機では読む間もなく到着してしまう(搭乗も厄介だ)。そんなこんなで内田樹の『街場の現代思想』(文集文庫)を読了できた。
勘違いしている人が多いので、ここできっちり申し上げておきたいが、知性というのは「自分の愚かしさ」に他人に指摘されるより先に気づく能力のことであって、自分の正しさをいついかなる場合でも言い立てる能力のことではない。
学者が学者でいられるのは、自分の理論を否定するデータを他の研究者より早く発見しようと努力する限りにおいてである。(126頁)
内田の文章に多く出てくる種類の言説だ。内田はソクラテスの「無知の知」と同様の理論を現代において展開する。常識から見ると逆に見えることが実は真理だ、という言い回しの仕方だ。ソクラテスは次のように考察する。〈自分は何も知っていないということ、つまり自分が無知であることを知っている。けれどアテネの神託は私こそ最高の智者であるという。ということは、自分が無知であると知っているものは自分が智者であると思っている者よりも智者であるのだろう〉、と。内田は引用内のように「自分の愚かさ」を自分で気づける能力こそ「知性」である、と語るのである。
次に進む。夢や目標を実現するためにはどうすればいいか、という箇所だ。
目的地にたどりつくまでの道順を繰り返し想像し、その道を当たり前のように進んでゆく自分の姿をはっきりと想像できる人間は、かなり高い確率でその目的地にたどりつくことができる。「夢を実現する」というのは、そういうことなのである。(175頁)既視感(要はデジャヴュですね)が感じられるくらいまで、自分が夢を達成した姿を想像し、強く願っていく。これにより、その夢を達成できる可能性が増すのだ、と内田は続ける。
興味深いのはこのくだりは「離婚について」という文章内にあるということだ。熟年離婚が成功しやすいのは、妻が延々と「いきなり離婚を切り出されたら、あのバカ亭主はどんな顔をして仰天するだろう…」(176頁)という妄想をし続ける。「細部に至るまで想像できるような未来は、そうでない未来よりも明らかに実現される可能性が高いのである」(同)がゆえに、熟年離婚は成功しやすい。たとえ否定的な夢であっても、細かく想像していると本当に実現してしまう。
最後の引用。
この箇所も印象的だった。「全員が自分みたいな」社会。これ、結構恐ろしい想像だ。一席のみ車内が空いていて、自分とご老人が同時に座ろうとする。その際に席を譲らなかったとしよう。「全員が自分みたいな」社会では私は老人になっても席を譲ってもらえない。内田がここでいっている倫理意識は適用範囲が広いように思う。
倫理的でない人間というのは、「全員が自分みたいな人間ばかりになった社会」の風景を想像できない人間のことである。
村上龍の自省が彼に拍手する読者の自省よりも深いのは、彼が「社会全体が自分みたいな人間になったら、どうなるだろう?」という問いを自分に向けることを怠っていないからだ。(226頁)
追記
●春休み中、新書にはまりいろんなテーマで読みあさった。〈けっこう物知りになったんではないか〉と思っていたが、授業に出て〈まだまだ自分の知らない考え方/知識があるのだなあ〉と痛感した。授業は何かを教わるだけでなく、〈自分がいかに物を知らないか〉を実感する場所であることに気づいた。
●よく「早稲田はバカだ」と言われる。『マイルストーン』や『早稲田魂』(いずれも早稲田のサークルの出している雑誌です)の底流にも早稲田=バカとのテーゼが流れている(大体は「明治はもっとバカ」と続くのであるが)。この内容も、本稿で引用した内田の一つ目の引用文と照らしてみると、プラスの内容とも取ることができる。自分のことをバカであると認識していること自体が、知性のある証しである、と。
私はいま教育社会学を学びはじめているが、知らないことが多すぎる。〈構造主義を知ってて当然〉スタンスの入門書。あれもこれも、知らない横文字。これらを知ったかぶるのでなく素直に〈知らない〉と認めてしまおう、と思っている。そして他人から「お前は馬鹿だ」と言われるより先に学んでしまう。これこそ、理想の「早稲田=バカ」像と言えるのではないか。つまり、「バカ」を認識するのはあくまで自分。真の早稲田生は他人から「バカ」と言われてはならない。
…けれど、〈知らない〉内容が実は「バカの壁」の向こうの内容だったら悲劇である。「早稲田=バカ」像でいう「バカ」が「バカの壁」の「バカ」でないことを祈るのみだ。
2009年4月18日土曜日
フリースクールの定義②
『教職基本用語辞典』より。
フリースクールとは、従来の学校にあるような管理と強制から開放されて子どもの自由と自治が尊重される中で教育活動が展開される「自由学校」のことを意味する。1960年代後半、ヴェトナム反戦運動と結びついてアメリカで活発化した人種差別撤廃・公民権運動、校内暴力、登校拒否等に対抗する学校改革として広がったオルタナティブ・スクール運動の一つとしてフリー・スク―ルが位置づけられた。その際、モデルとされたのは、1925年にニールが開設したイギリスの「サマーヒル学園」とかフランスのフレネ学校、ドイツのシュタイナー学校などである。つづいて、『教育学用語辞典』から。
わが国では、1985年(昭和60年)に奥地圭子により不登校の生徒を集めて開かれた「東京シューレ」や1992年(平成4年)に和歌山県に堀慎一郎によって設立された「きのくに子どもの村学園」などがある。 (柴田義松ほか編『教職基本用語辞典』2004年、学文社、73頁)
適応指導教室との決定的な違いは、その運営(経営)母体が民間の個人や団体であることにあろう。また、各フリースクールにほぼ共通しているのは、いわゆる「学校」という枠組みにとらわれることなく、民間の特色を生かした自由な生活空間を学齢児に提供することにあろう。フリースクールと一口で言っても、その運営の理念も特徴も形態も規模もスタイルも歴史も立地も活動内容も、ありとあらゆるものがバラバラであり多様化している。そのため、一方では経済的な競争原理によって開設して数年のうちに淘汰されていく活動体も少なくない。現在は、文部科学省も「民間施設」という名称でフリースクールを一般化し、その役割に一定の評価を与えている。(明石要一ほか編『教育学用語辞典 第4版』2006年、学文社、211頁)はじめてフリースクールを研究していた頃は『教育学用語辞典』の「バラバラであり多様」という定義が結構好きだった。まさしく「自由」という思いが感じられるからだ。
けれど、いろいろな文献/フリースクールを見るにつれ、いくらなんでもこの定義は適当すぎると思うようになった。自称「フリースクール」でも中身は普通の塾であるケースや、「丹波ナチュラルスクール」のように全く自由がないケースでも、「バラバラであり多様」だからいいじゃないか、となってしまいそうであるからだ。
前に書いたフリースクールの説明でも書いたが、まだまだ制度が新しいためフリースクールの名称を〈言ったもの勝ち〉という状況になっている。はやく統一的なフリースクールの基準が必要であることを痛感している。もし基準を作る際は東京シューレのいう〈子ども中心主義〉の学びをフリースクールとするとよいであろうと思う(公立校/私立校が〈子ども中心主義〉を打ち出した場合、どうなるかとの疑問はあるが)。
2009年4月17日金曜日
選ぶ人々
決めるのが苦手な私は隣にあった既製の3色ペンを買った。
選ぶ自由も必要なら、選ばない自由も必要だ。
2009年4月16日木曜日
東京シューレ版「フリースクール」の定義
http://nak-koharubi.blogspot.com/2009/04/blog-post_11.htmlの小中さんのブログには、フリースクールについて次の定義を紹介していた。
今回は「フリースクール」について社会学事典をもとに、みていきたいとおもう。さてさて、続いて日本のフリースクールの基本モデルとして東京シューレをみていこう。東京シューレの人たちはどのような定義を使っているのであろうか。「東京シューレ総合ホームページ」から見てみよう。フリースクール(藤田悟)
標 準規格があるわけではないが、ニール(Alexander Sutherland Neil1883~1973)が1920年代に創設した英国のサマーヒル校がフリースクールの代表的存在といえよう。サマヒルの特徴は、授業の出席が生徒 の自由にまかされていること、学校運営が教員と生徒の自治によること、の二点。ニールは学習指導の方法に関しては個々の教員にまかせ、「サマヒルの授業形 態」といったものを開発することに関心を示さなかった。生徒の成長し学習しようとする内発性と、生徒と生徒、生徒と教師の人間関係が優先すると考えたので ある。サマヒルは、米国の進歩主義教育やわが国の大正自由教育と同じく、第一次世界大戦後の自由な気運のなかで、またフロイト心理学の影響を色濃く受けつ つ生まれたものであるが、ニールのSummerhillの出版(1960)が英米を中心に大きな反響を呼び、公民権運動、反戦平和の動き、エコロジー運動 などの流れと結びついて、さまざまなタイプの私立のフリースクールが1960年代末から70年代の初めにかけて何千とつくられた。これらは財政難や内部的 不一致などのため多くは短命に終わったが、一部は現在も存続しており、また、公立の学校のなかにフリースクール的な要素が取り入れられてもいる。わが国で も教育の荒廃が叫ばれるなか、1983年、フリースクール研究会が発足、教育に自由を求めて活動しているが、オープンシステム、シュタイナー学校、フレネ 教育、インディビジュアル・エデュケーション、学習交換、さらにはホームスクーリングまで、幅広い関心がゆるやかにつながるネットワークとして機能してい る。子どもの登校拒否などから親が単独ないしは共同で無認可のフリースクールをつくる例も現れている。そうしたなかから、子どもを大人の思うとおりの鋳型 にはめ込み選別しようとする上からの教育ではなく、大人も子どもとの関係のなかで活性化され豊かになってゆく「共育」こそが求められているのではないかと いう、教育の止揚へと向かう論点も出はじめている。(見田・栗原ほか編『社会学事典』弘文堂、1988年、771頁。)
フリースクールはサマーヒル学園に端を発し、公教育との差別化をはかりながら、社会の変化に応じて増減を繰り返した。その流れの中で現在は、フリースクー ル以外にも教育を多様化する機会や場が少なからずもできてきている。この事実に対して、藤田はこうした多様化による「教育」自体の相対化を達成し、そこか らアウフヘーベンすることの論点を模索する段階に現在は至っていると分析している。
しかし、私は学校化社会という公教育に対する絶対 的な信仰があるかぎり、人びとの教育観に大きな変化は起きないであろうと感じている。なぜなら近代からはじまる学校は、その建築、間取りなどからみるよう に画一的であり、100年以上も大きな変化を遂げなかった。そして、私たちはそのことに疑問をもつこともないのだ。
それほど、私たちの内面は学校化されているのだ。
いかがだっただろうか。東京シューレは「子ども主体・子ども中心の教育を行い、教育内容を自由に創り出す学校」との定義を使っている。逆に言えば、いくら〈自由な学び〉を標榜していたり、〈フリースクール〉という言葉を使っていたとしても、「子ども主体・子ども中心の教育を行い、教育内容を自由に創り出す」要素がなければ〈フリースクール〉ではない、ということだ。丹波ナチュラルスクールの事件がそうであった。なお、その提言のページ(リンクはこちら)から興味深い点を引用する。まあ、さっきの東京シューレのいう定義の文章にも同様のものがありますが。一般に、子ども主体・子ども中心の教育を行い、教育内容を自由に創り出す学校を指して言うことが多いです。政府・行政が設置した学校(レギュラースクー ル)に対して、民間の手でつくった学校を指して言う場合もあります。イギリスのニイルによるサマーヒルスクールが有名ですが、欧米を中心に数多くありま す。フリースクールって何ですか?
日本でも「フリースクール」を掲げるところが多くありますが、「不登校の子どもの行くところ(学校、施設、塾)」というイメージで語られることも多くあり ます。もとは、日本の不登校(登校拒否)の増加を背景に、シューレのように子ども中心に創った居場所を「フリースクール」と呼ぶようになりました(フリー スペースと称しているところもあります)。ここから、「不登校の子どもの行く所=フリースクール」という発想も生まれてきました。「不登校の子どもがいる から」という理由のみで、フリースクールを掲げているところもあります。概念が混乱している状況がみられます。
このため、「不登校の子どもの通う場所」という意味で学校復帰や生活矯正などを目的とする場所を「フリースクール」と呼ばれてしまう傾向もあります。
現在、日本の子ども中心の考え方でやっているフリースクール・フリースペースがつながって「フリースクール全国ネットワーク」を結成しています。また、世 界的にも毎年「世界フリースクール大会(IDEC)」が開催され、東京シューレも参加しています。2000年には、東京シューレが中心となり日本大会を開 きました。
フリースクールとしての東京シューレの活動について、くわしくはフリースクール東京シューレのページ をごらん下さい。
2007年には、フリースクールのやり方を生かして、日本でも公教育の枠組みの中で「東京シューレ葛飾中学校」をスタートしました。
90年代様々な不登校の受け皿が増えるにつれ、不登校の子どもが行くところがフリースクールと呼ばれるようになり概念の混乱が生じています。社会学事典の引用にも、また東京シューレの出した定義にも、単に「不登校の子どもがいくところ」がフリースクール、という定義は書いていなかった。けれど、世間一般では軽々しくフリースクールの語を使っている。まさに概念の混乱が引き起こされている。
東京シューレは学校を否定するのか?
東京シューレのwebはなかなかに面白い。その中に「ドキッ」とした内容があったので引用させていただく。引用元はこちらです。
東京シューレは学校を否定しているのですか?
東京シューレは学校以外の場をつくったからといって、学校を否定しているわけではありません。
学校に行っている子は、学校に行くことによって成長への道を歩んでいます。それと同じように、不登校をしている子、学校に行っていない子にとって、成長の道はどうあったらよいのでしょうか。
私たちは、学校に行かない子、行く気になれない子を無理に学校に行かせることで、その子にとってマイナスの影響の方が大きいことを、多くの経験から学んできました。
そして、学校に行っていない期間に学校以外の場で学び、成長するのも一つのあり方として認めることが、子ども本人にとってプラスになることも多くの子どもたちから学んできました。
実際に、東京シューレで安心してスタッフや同年代の子どもと関わることができるようになって、元の学校に戻ったり、進路として学校を選択する子が数多くいます。
こうした実績を踏まえて、多くの小・中学校で、シューレへ通った日数が出席扱いとして認めらています。さらに文部科学省から専門家会議のヒアリングに招かれる機会もありました。
私たち自身も、フリースクールを公教育に位置付けるべく、2007年に「東京シューレ葛飾中学校」を開校しました。
私たちは、学校に行っている子も、学校へ行っていない子も、学ぶ権利、成長する権利が等しく保障されなければならない、と考えます。
そして、不登校の子どもたちにとって「子どもの成長は、学校だけではない」という理解を広げ、不登校をしている自分はダメだ、と否定的に考える考え方を変えたいと思っています。
この姿勢を見ると、脱学校とフリースクールは別物だ、ということが理解できる。重要なのは子どもが幸福に過ごせる(これは「どちらが子どもの権利を保障できるか」ということである)ことであって、安易に学校を廃止すればいいということではない。大部分の子どもにとって学校が役立つならそれでいい。けれど、その学校があわないなら、子どもの権利が保障されていないんだからフリースクールに来ればいい。そういうゆるやかな態度/開かれた態度を東京シューレはとっているのだ。
追記
●奥地圭子は『不登校という生き方』(NHKブックス、2005)のなかで不登校の子どもを「ポストモダンな子ども」と定義している部分がある。
非常に面白い定義だ。
シューレとは何ぞや?
ところで、東京シューレの「シューレ」とはどういう意味であるのか? 『大辞泉』によると、
- シューレ【(ドイツ)Schule】
1 学校。2 学派。流派。
…と思ったら、違う可能性が見えてきた。東京シューレのwebサイトには次の説明がある(引用元はこちら)。
これを見る限り「シューレ」とは「精神を自由に使う」との意味である。だから《東京シューレ》の名には〈東京にある、精神を自由に使うところ〉との意義が込められていたようだ。確かにフリースクールでは子どもの自由が重視され、「精神を自由に使」っているようだ。うーん、ためになる定義だ。「シューレ」って、どんな意味ですか?
ギリシャ語で「精神を自由に使う」という意味の言葉です。
ドイツ語の「シューレ(学校)」から取った、というわけではありません。(ドイツ語のシューレや英語のスクールの語源になった言葉、といわれています)
…でも、よーく見るとこの解説はトートロジーじゃないか? 「精神を自由に使うところ」とのギリシャ語名が「school」(英)や「shule」(独)の語源になったのなら、「シューレ」を使う限り結局は「学校」を意味するのと代わらなくなるのではないか。
それでは、何故「トートロジーだ」との批判を受けることを重々承知の上で、東京シューレの人たちは「シューレ」の語を使おうと考えたのだろうか? 私なりの結論が次からの文章にまとめてある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先ほどの解説内で「学校」と軽く使っていたが、「学校」とは元々「精神を自由に使うところ」との意味であった。これは、脱学校論を学ぶものとして、放っておくことができない。
何故なら、学校が自由な学びを疎外しているという状況をこそ、イリイチやライマーは批判し続けたからだ。学校では「学ぶ」ということが「学校へ通うこと」の意味にすり替えられている。価値の制度化が起きている。
整理するとこういうことになる。もともと、「学校」は「精神を自由に使う」ところであった。この輝かしい時代は近代学校制度とともに崩れ去り、自由な学 びや自由な発想が疎外される状況に陥った。だからこそ、脱学校化を成し遂げることで本来の「学校」が持っていた「精神を自由に使う」要素の復権を成し遂げるのだ、と。
内田樹(本当に登場回数が多いなあ)の『街場の教育論』にはこうある。
教師が言うべきことは一つだけです。それは、孔子の場合と同じく、遠い目をして、「かつて学校というところが素晴らしく機能していた時代があった」という ことです。教師が深く敬され、子どもたちが目を輝かせて知的な興奮に身を震わせていた時代がかつてはあった、と。それが今は失われた。だから、それを再構築しなければならない。学校という制度が仮に今きちんと機能していなくても、そのことは教師の権威を少しも損なうものではありません。というより、今まさ に機能していないという当の事実が、「かつては学校が学ぶことの喜びに満ちていた『黄金時代』が存在したのだ」という言葉をいっそう切実なものとして響かせるのです。内田は、〈学校がうまく機能していた『黄金時代』が過去に存在した〉と説明することで、人々が〈過去の栄光よ、再び!〉と努力することを目指し、この文を書いた。
はっきり言いますけれど、実は、学校というのはどの時代であれ一度として正しく機能したことなんかないのです。(…)「嘘」とは言わぬまでも、半分がた「誇張」です。そんなわけないじゃありませんか。(…)
必要なのは「あるべき社会」についての「正しい情報」ではありません(あるべき社会についてのほんとうに「正しい情報」というのは、「そんなものはかつて存在してことがないし、これからも存在しない」です)。そうではなくて、「あるべき社会」を構築「する気」に私たちがなるかどうか、です。「正しい情報」を提供することが、人間が世の中を少しでも住みよくする努力に「水を差す」ことになるならば、「正しい情報」なんか豚に食わせろ。少なくとも、私はそう考えます。(pp148~151)
フリースクール関係者も「かつて精神が自由に扱われた学びの場《シューレ》があった。だからそれを再構築しなければならない」との思いから、「シューレ」の名を使っているのじゃないか。これが私の結論である。
…まあ、全て仮説ですよ。本当のところは奥地圭子さん(東京シューレ開設者)に聞くしかないですね。
鳥山敏子『居場所のない子どもたち』抜粋
ドイツの教育思想家(オカルト的なところはあるんだけどね…)シュタイナーの理念と、シュタイナーの精神と比較的似ている宮澤賢治の精神を元にしたフリースクールである。「東京賢治の学校 自由ヴァルドルフシューレ」はその命名からもわかるように、日本の優れた思想家である、宮澤賢治の世界観・精神を拠りどころとして設立されました。
「せかいがぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」
宮沢賢治は、生き物はみな兄弟であり、生き物全ての幸せを求めなければ、個人の本当の幸福はありえないと考え、生き物、鉱石、風、虹、星、といった森羅万象との交感から多くのエネルギーを体得していました。
宮 澤賢治の精神とは、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。」(宮沢賢治 1926年)というものです。これは、宇宙・自然・他者とつながる「共生の精神」ということができます。この精神は、ドイツのルドルフ・シュタイナーが提 唱した精神ともみごとに繋がっています。
「東京賢治の学校 自由ヴァルドルフシューレ」でもこの思想を第一義として、自らの身体と心の内なる声を聞き、人、生き物、地球、宇宙との深いかかわりを意識することに重点をおき、その中で自分らしく生きていくことを学びのなかで実践しています。
前書きが長くなった。ではここの創設者 鳥山敏子さんの本の抜粋を行う。
もともと、学校は子どもたちのことを本気に考えてつくられている期間ではありません。このことは、学校が富国強兵政策の一環としてつくられた歴史をちょっと思いおこしてみてもわかるでしょう。時の政権をもったものは、学校を自分たちの立場を守るための人材を要請する機関として考えます。(6頁)まだまだ読みはじめたばかり。しっかり研鑽しよう。
小中さんのブログより。
小中さんの「小春日ダイアリー」の内容がすばらしかったので、今回はそれを貼らせていただいて、自分の考察を述べようと思う。アドレスはこちら。
ライマーとイリッチの学校の定義
ライマー
「段階づけられたカリキュラムの学習のために、教師が監督する教室に特定の年齢群の者が常時出席することを要求する機関[1]」
イリッチ
「特定の年齢層を対象として、履修を義務づけられたカリキュラムへのフルタイムの出席を要求する、教師に関連のある過程[2]」
二人の学校の定義から共通項を書き出すと以下のようになる。
フルタイムの出席、義務制 特定の年齢群の生徒 教師 カリキュラムの学習
こ の要素からわかることは、子どもは子ども時代を学校にささげなければならず、その多くの時間を同学年の者だけと共有し、国家のような権威のあるシステムが 定めたカリキュラムを教師を仲介し、学習するということだ。そしてその場は「学校」であるということだ。さすがにライマーとイリッチは二人で研究してきた こともあって、このような定義に差異はないだろう。
またこのことからも導き出せるが、彼らの研究の主な対象はこの定義にもとづく「学校」であり、この定義に基づかないものは、議論から外れることになる。
公教育の成立でポイントとなったのは①機会均等②義務制③宗教的中立であったが、脱学校論で彼らが指摘したのは、②義務制であった、というのが上記より見出せる。
ま た、話は変わるが、近代から現代の流れ(第三の波の到来)をみるなかで、その新たな社会の創造がなされるなかで、近代(モダン)の制度象徴としての「学 校」が現代(ポストモダン)では適当な仕組みであるのか。そのことへの疑問から生まれた問題提起から新たな学校に変わる仕組みの提案、つまり、これが脱学 校論なのではないだろうか。
何を話してるのかわからなくなった。眠い。
また編集します。ではまた。。
[1] エヴェレット・ライマー著、松居弘道訳『学校は死んでいる』晶文社、1985年、60頁。
[2] イヴァン・イリッチ著、東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』(現代社会科学叢書)、東京創元社、1977年、59頁。1 コメント:
2009年4月15日水曜日
O先生のおはなし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●下の文献は読んだ方がいい。
『学校をなくせばどうなるか?』:イリッチの『脱学校の社会』に対して出された批判をまとめたもの。私はこの本のイリッチの書いた部分しか読んでいないので、全編を読もうと思う。
『教育と学校を考える』:O先生が編者をつとめて本。「けっこう売れた」とのこと。この中のオルタナティブスクールの箇所を読むことにする。
『アメリカ資本主義と学校教育』:ギンテスとボウルズが書いた本。岩波から翻訳が出ている。『学校をなくせばどうなるか?』の影響を受けている本。
『学校は死んでいる』:ライマーの書いた本。英語名はSchool is dead。イリッチと共同研究をしたことがある人物。けれど小学校の教員をやった経験があるため、理論はイリッチよりも分かりやすくなっている。
●イリッチは脱学校化をいおうとしたが、それは主たる目的ではない。本来は脱制度化と「資本主義と官僚制の批判」を言おうとした。
イリッチは物心崇拝との言葉で現状の社会を批判した。それは全てが金で換算される社会への批判である(内田樹もフェミニズム批判の文脈の中で同様の発現をしている)。「癒し」ブームも、これが金というモノサシで測られた資本主義社会ゆえのブームである。
●大学院では学部以上に、自らのテーマがないと何の意味もなくなる。受け身になると、何も学べないのだ。教えてくれるのを待つ姿勢であってはならない。自分で集中して研究する姿勢が大切だ。
●研究者になるならば、①自分のやりたいテーマを育て、②語学を1つ極めると、幅が広くなる。
→私は①はフリースクール、②は英語をやっていきたい。①は毎日ブログに書く形で研究している。しかし②はどうやって勉強しようか? i podに英語教材を入れてそれを聞くくらいしかできていないのだ。
●中世から続く「青年団」も、ある意味フリースクールであった。寺子屋もそうであった。自発的に人々が学ぶというサークル活動でもあった。こういう団体ならば世界中にある。
このような草の根的フリースクール活動は昔からあるが、学校へのカウンターパートとしてのフリースクールは比較的新しい。
●フリースクールの起こりは東京シューレにしてもどこにしても、「自分の子どもをあんな学校に入れたくない」という思いから始まっている。
●現在、学校への不適応はそのまま「社会への不適応」も意味する。
●「学校でなければならない」という思いから外れる人にあわせて創られたのがフリースクールである。
●学校を絶対視してはならない。日本の学校はせいぜい130年くらい。それよりも圧倒的に長い期間(「青年団」などを入れると、ということである)、フリースクール的な学びがあった。
●商人が自分の職業や礼儀を学ぶために創ったのが実学思考の寺子屋である。これはフリースクールであった(本年1月11日のフリースクール全国ネットワークでの汐見先生の講演も、テーマはここにあった)。
●いま、いろんな形でフリースクールはある。それらは何故作られたのであろうか? その背景には受験戦争などの学校の荒廃がある(アメリカではスプートニクショック後の理数重視の教育への反発や公民権運動などで生まれたマイノリティー救済の発想が背景にある)。
では、何故これらがあったのだろうか? 学校内だけでなく、社会的背景がある。これを踏まえた上でフリースクールを研究するといい。
その中では、イギリスのサマーヒル、フランスのフレネ、ドイツのシュタイナーについてなど、個々の思想家が考えたフリースクールについても視野に入れていく必要がある。
●デモクラシーには2つの側面がある。①草の根のデモクラシーと、②輸入思想としてのデモクラシーである。
①は人々の中でじわじわ育っていった発想である。共同体の中でのルールであるなど、デモクラシーという語が使われないことすらある。②は大正デモクラシー期や戦後民主主義導入期など、外からもたらされた思想である。
よく②のみがデモクラシーと考えられているが、人々の生活の中にも①的なデモクラシーの発現があった。
①と②、両方が必要なのである。
明治の近代化は②のみで達成されたのでなく、①があったからこそ実現できたところがある。
識字率の低いところで学校は作れない。日本は①的な価値を実現する寺子屋などにより、識字率が高かった。また知識のある人もそれなりにいた。そのため、近代学校を始める際も人的インフラは整備されていたのだ。
フリースクールもそうだ。「草の根」的発想も「海外思想」を生かした発想も、両方があいまってフリースクールができている。
●教育は政治そのものである。中教審も政治の問題に基づき、教育の中身を決めている。教育に政治的中立性はない。そして政治は経済(つまり資本主義)につながっている。
●デューイは学校の中だけで教育を考えていた。その点をボウルズやギンテスらが批判している。本来は学校だけでなく、社会全体の変革が必要なのである。
●フリースクールの 歴史についてをまとめた研究はまだない。フリースクールの実践は各自細切れなものしかないからだ。年表をつくるだけでも意味がある。
2009年4月14日火曜日
少年法と、中学時代の私。
少年犯罪の厳罰化も、まさにリアルタイムで経験した。「ひとごと」だと思ってはいたが、それでも気にはなった。
さてさて。もし仮に私が中学時代、新聞に報道されるほどの悪事を働いたとしよう(仮に、ですよ、ほんとに)。周囲の大人たちが「あんな真面目そうな子が…」というコメントがつく(当時は今よりはるかに真面目でした)。家族に多大な迷惑をかけ、家のガラスは投石で割られてしまう。親戚付き合いはなくなる(当然ながらお年玉もない)。
時間が経過する。
どんな重大事件でも、〈ほとぼりが冷める〉時は必ず来る。現にいまの高校生に「サカキバラ事件って、知ってるよね?」と聞いても「どんな事件ですか?」と逆に聞かれる。宮崎勤氏の死刑執行があったニュースを聞いても、今の大学生は「それって、何をやった人ですか?」と聞き返す。
ほとぼりの冷めた後、私は色々あったけれども21歳の誕生日を迎えた。私は「昔は色々あったな…」と遠い目をしてワイングラスを傾ける。回想される記憶。その中にあの少年犯罪が蘇る。けれど私は疑問に思う。「ああ、昔はあんなことがあったな…。ところで、あの事件って、本当に俺がやったのか? 全然覚えていないんだけど」。
そうなのだ。意識して思い返さないと中学時代の記憶は戻ってこない。忘れ去られた記憶はたくさんある。少年非行/少年犯罪をしていたとしても、忘却している可能性はある。親から「あなたの中学時代はこんなことがあったわね」という話を聞くとき、その話はほぼ100%私の知らない物語である(それだけ私は記憶力が悪い)。中学時代の私は今の私と本当に同じ人物なのだろうか?
2003年7月。長崎県で中学一年生の少年(12歳)が4歳の男の子を立体駐車場(7階建て)の屋上から突き落とす、との事件があった。現在、この子は18歳になっているはずだ。さらに2年経ち、20歳になった時、この少年は事件のことを本当に覚えているだろうか? きっと覚えていないんじゃないかな。
私は大学に入って、ようやく人を呼び捨てで呼べるようになった(遅いけど)。それまでずっと〈ためらい〉があったのだ。人との接し方という面で、現在の私と中学時代の私は違っている。身長・体格だけでなく、発想の仕方もまったく違っている。中学時代の私と現在の私に連続性・一体性は本当にあるのだろうか?
内田樹がレヴィナスを引いて語るように、過去の「私」は「他者」である。現在の私にとって、中学時代の私はやはり「他者」である。
少年法が加害者保護の側面が強いのは何故だろう。サカキバラ事件を例にすると、犯行時の14歳の少年Aと現在26歳の少年Aとは全く同じ人物といえるのだろうか、ということである。現在26歳になった少年Aにとって14歳の時の少年Aは「他者」ともいうべき感覚を抱く対象なのではないだろうか。そのため「この犯罪は昔、お前がやったんだ」と言われても、もう一つピンとこない感覚を、加害者が持つことになる。少年期は人の考え方・性格が大きく変わる時期だ。だからこそ少年法は加害者保護の立場が大きいのかもしれない。
追記
●世の「正論」をいう方々は、人間が常に完璧な形で過去の記憶を保っていると確信をしているようである。けれど、事件の被害者も加害者も案外忘れてしまえるところがあると思う(フラッシュバックやPTSD、トラウマとかはもちろんあるが)。少年犯罪ならばなおさらだ。「そんな昔のことは覚えていない」とカサブランカのリックのように答えることはできないのであろうか?
習慣づけ
自分の癖を見て、〈不注意〉を起こさないための習慣づけ(腹が立ったらその場から離れるなど)を身につけることが必要だ。
前にO先生の話として道徳について書いた(http://zaggas379.blogspot.com/2009/04/blog-post_2696.html)。ここにある〈偽物の不幸〉にあわないように自分の癖を見ながら改めていくべきである。
重要なのは「正義」を正すことでなく、また「納得する」ことではない(時と場合によるけどね)。それよりも次の行動にプラスになることが大切であるはずだ。
日本フリースクール協会とフリースクール全国ネットワーク
●両者は何が違うのかを比較してみる。
はじめに日本フリースクール協会(JFSA)。こちらは「日本初のフリースクールのネットワーク団体」と謳っている。自団体についての説明を見る。http://www.t-net.ne.jp/~eisei/jfsa/jigyou/jigyou.htmlより。
続いてフリースクール全国ネットワーク(通称 フリネット)。こちらは私がボランティアをさせていただいている場所だ。http://www.freeschoolnetwork.jp/#%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%89%E3%81%9B
1998年5月に発足したNPO法人日本フリースクール協会は「不登校」・「引きこもり」等に対して、学校教育の枠にとらわれない「学びの場・居場所作り」を目指して活動している教育機関です。活動は年間数回のセミナー・相談会を実施しております。
NPO法人フリースクール全国ネットワークは、日本全国の、子どもの立場に立ち活動するフリースクールをつなぐネットワーク団体として2001年2月3日に誕生しました。各地のフリースクール・居場所、または世界中のフリースクールとの架け橋として活動しています。発足年では日本フリースクール協会の方が3年ほど早い。
●正規団体数はどうか?
日本フリースクール協会は41団体。
フリースクール全国ネットワークは45団体。
若干、フリースクール全国ネットワークの方が多い。
●続いて、役員についてみていく。
日本フリースクール協会の役員。http://www.t-net.ne.jp/~eisei/jfsa/bosyu/itiran.htmlより。
| 理事長 | : | 武藤 [NPO法人 楠木の学園] |
| 副理事長 | : | 中島 [ K&K ] |
| 副理事長 | : | 難波 [カナディアンアカデミー] |
| 理事 | : | 月岡 [相模湖フリースクール] |
| 理事 | : | 荒井 [東京国際学園高等部] |
| 理事 | : | 高橋 [登校拒否文化医学研究所] |
| 理事 | : | 木谷 [日本アウトワードバウンド協会] |
| 理事(事務局長) | : | 田中 [フリースクール ゆうがく] |
| 理事 | : | 須藤 [須藤教育研究所] |
| 理事 | : | 高栁 [茶屋町総合学習センター] |
| 理事 | : | 川合 [フリースクール英明塾] |
| 監事 | : | 雨宮 [フリースクールあおば] |
| 理事 | : | 吉田 [学舎直夢] |
| 理事 | : | 長森 [渋谷高等学院] |
| 理事 | : | 平井 [W・S・Oセンター] |
| 理事 | : | 梅津 [特定非営利活動法人フリースクール ゆうゆう] |
| 理事 | : | 馬場 [フリースクール ぱいでぃあ] |
| 理事 | : | 幸田 [ウォーム・アップ・スクール] |
| 理事 | : | 坂詰 [NPO法人 和泉自由学校] |
| 理事 | : | 後藤 [Xing(クロッシング)] |
| 理事 | : | 丸山 [フリースクール育心塾] |
| 理事 | : | 矢吹 [マインドヘルスパーソナリティセンター付属健康学園] |
| 理事 | : | 山本 [YGS高等部] |
フリースクール全国ネットワークの役員についてはhttp://www.freeschoolnetwork.jp/history/history.htmから引用する。
各地のフリースクールの代表者が理事を務めています。●加盟団体で見ると、日本フリースクール協会にはサポート校などの「学習」寄りの者が多い。「対人関係の回復」など、ある意味の学校復帰色が強い。また「このフリースクールではこういうことが学べます」ということを謳っているフリースクールがおおい(あくまでネットで見た限りです)。 けれど、フリースクール全国ネットワークは「過ごす」ことを重視したフリースクールが多いのだ。子どもが自由に過ごし、学びたいときに学び、遊びたいときに遊び、帰りたいときに帰る。こういう色が強い。
<特定非営利活動法人フリースクール全国ネットワーク役員>
代表理事 奥地圭子(NPO法人東京シューレ理事長)
増田良枝(NPO法人越谷らるご理事長)
理事 江川和弥(NPO法人寺子屋方丈舎常務理事・事務局長)
木村清美(フリースクールヒューマンハーバー主宰)
高橋徹(フリースクール僕んち代表理事)
田辺克之(神戸フリースクール代表)
監事 児玉勇二(弁護士)
●なりますというフリースクールは両団体に加盟。ポケットフリースクールも両団体加盟である。両者の壁は意外に薄いのかもしれない。
追記
●ネットで調べていると、日本オルタナティブスクール協会というものもあった。こちらはサポート校の集まりという色がハッキリ出ている。8「校」が加盟。こっちははっきりと「加盟校」という。学校扱いなのだ。学校色の薄いフリースクールならば「団体」という言い方をよく使う。
下は団体の説明をしているページ。協会のウェブサイトよりもってきた。
これまでの学校教育における、「いじめ」「不登校」「校内暴力」などの様々な歪みや弊害を改革するための教育活動を行い、全国に広がっている通信制サポート校。●「学習」寄りか、「過ごす」寄りか。日本フリースクール協会とフリースクール全国ネットワーク、日本オルタナティブスクール協会の3者を立て分けると次のようになるだろう。
その通信制サポート校が、厳しいガイドラインを設け、自主規制を行いながら、行政や社会に対して認知活動を行うことを目的に、1996年、全国通信制サ ポート校協議会を発足させました。そしてこの協会が、より幅広い活動をするために、またより明確に会のあり方を示すために、2000年3月1日付をもって 名称を変更し「日本オルタナティブスクール協会」とし、現在に至っております。
「学習」寄りの順には、
日本オルタナティブスクール協会・日本フリースクール協会・フリースクール全国ネットワーク、となる。
食事をするように本を読む。
同様に、次に読む1冊の本にはそんなに意味はない。けれど排泄するように読んでは忘れ、読んでは書きを繰り返すうちに、体は育ち・頭も育つ。
本1冊の力は大きいが小さい。次に読む1冊にそんなに期待せず、淡々と本を読み続け、考え続け、忘れ続けることが大事なのだと思う。
教育社会学学習のために。〜読まないで書いた書評つき〜
今月28日は早稲田大学教育学部の教育学研究科面接試験の日。いよいよ研究者に仲間入りするための一つ目のハードルが見えてきた。
益々の勉強が必要なのだが、ここで「この本を絶対に読む!」というものを列挙してみる。
「この本も必要だぜ!」というものがある方は、ぜひコメントでお教えください。お願いします。
『教育の社会学』(有斐閣アルマ):教育社会学の入門として。現在二読目。
『教育社会学』(有斐閣ブックス、竹内洋ほか編):入門の次に読む。未読。
『エスノメソドロジー』(新曜社):私はフリースクールについてをエスノメソドロジーの手法で研究していきたく思っている。けれど「エスノメソドロジーって、何?」という状態だ。何となくは分かる。いや、分かってないのかもしれないが、ともかく一度本腰を入れてこの研究法を学んでいこうと思い、読んでみようと思う。未読。
『キーワード現代の教育学』(東京大学出版会):「メディア」など、現代教育学を考える上で欠かせないキーワードを学ぶため。未読。
『社会学がわかる事典』(日本実業出版社):教職でとった鈴木先生が絶賛していた社会学の入門書。一読。二読目に入りたい。教育社会学は「社会学」でもある。まずは親学問を学ばねば。
『教育学がわかる事典』(日本実業出版社):上の教育版。一読。けれどよんだからといって分かるようにはならない。かえって混乱するだけだ。下手に知識のある分野は学べば学ぶほど自身の無知に気づく。
『フィールドワーク』(新曜社):『エスノメソドロジー』と姉妹本。フリースクール研究のために読む。未読。
『思考のフロンティア 教育』(岩波新書):一年生の頃、わけもわからず一読。教育学の枠組みを学ぶために読む。
『脱学校の社会』を読む②(はじめ〜30頁まで)、あるいは「価値の制度化」論。
閑話休題。
イリイチの『脱学校の社会』を見ていく。なお、議論の定本は東京創元社発行、東洋・小沢周三訳のものである。
1 なぜ学校を廃止しなければならないのか
●「多くの生徒たち、とくに貧困な生徒たちは、学校が彼らに対してどういう働きをするかを直感的に見ぬいている。彼らを学校に入れるのは、彼らに目的を実現する過程と目的とを混同させるためである」(13頁)
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「『学校化』されると、生徒は教授されることと学習することとを混同するようになり、同じように、進級することはそれだけ教育を受けたこと、免状をもらえばそれだけ能力があること、よどみなく話せれば何か新しいことを言う能力があることだと取り違えるようになる。彼の想像力も「学校化」されて、価値の代わりに制度によるサービスを受け入れるようになる」(13頁)
→いわゆる「価値の制度化」の話である。「制度化」について脚注では、「共通の価値観が内面化される一方、価値を実現するための制度づくりがなされ、その制度に対する人々の期待が高められていくことかと思われる」(54頁)とある。
本来目指すべき価値を仮にAとする。本来はAをまっすぐに目指していくべきだが、手短な目標である価値Bを目標とする。このBは「価値A実現のための学校の卒業」とでもしておこうか。学校に通い続け卒業すれば(つまり価値Bを目標としていけば)、自然に価値Aに達することができるというタテマエである。ここにある少年に登場してもらおう。価値A実現のために学校Bに通っているのがこの少年である。通っていればいつか卒業できる時が来る。少年はBを出ることのみが重要だとずっと考えていた。卒業して、「学校を卒業したことを認める(価値Bの実現)」という証書をもらった。少年は「このために勉強してきて良かった!」と大歓喜している。帰り道、少年はふと気づく。「あれ、価値Aを僕は修得できたのだろうか?」と。価値Aを普通自動車運転免許取得、価値Bが自動車教習学校卒業であるとき、少年は不幸である(ときどきいますけどね)。
これが価値の制度化といえるのではないだろうか。本来、学校は教育をすること/子どもが学ぶことが主たる価値である(価値A)。けれど子どもは放っておいて勝手に学ぶかというと、必ずしもそうではない。そして学校というのは価値Aを実現するための装置、つまり制度にすぎない(価値B)。けれど現代は学校という制度に通うことのみが重視されて、そこで教育が行われるということが忘れ去られている。本来なら学校に行くこと(価値B)が重要なのではなく、子どもが学ぶこと(価値A)が重要なのだ。けれど知らぬ間に価値Bの方が重要と考えられ、価値Aがおざなりにされてしまう。〈子どもが学ぶこと〉という価値A実現のためなら、別に学校(価値B)を用いなくとも、たとえば自宅での学習を行うとか、フリースクールにいくとかする選択肢も存在するべきだ。けれど制度/装置にすぎない「学校」へいくことのみが重視されるようになる。この価値の転倒をイリイチは「価値の制度化」と呼んだのであろう。
●「私は以下の拙論において、人々が価値の制度化をおし進めていけば必ず、物質的な環境汚染、社会の分極化、および人々の心理的不能化をもたらすことを示そうと思う。この三つの現象は、地球の破壊と現代的な意味での不幸をもたらす過程の三本柱なのである」(14頁)
→先の話の通り、価値の制度化についての考察である。
→イリッチは価値の制度化について言いたいのであって、学校は一つの例にすぎない。
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価値の制度化は、あらゆる分野に起ころうとしている。
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「必要な研究は、人々の人間的、創造的かつ自律的な相互作用を助ける制度で、かつ価値が生み出されるのに役立ち、しかも肝心なところを専門技術者にコントロールされてしまわないような価値を生じさせる制度を創りあげることに、科学技術を利用するにはどうしたらよいかという研究なのである」(14頁)
↓
「私は、われわれの世界観や言語を特徴づけている人間の本質と近代的制度の本質とを、相互に関連づけてはっきりさせるためにはどうしたらよいかという一般的な課題を提起したい。そのための理論モデル(パラダイム)をつくる素材として私は学校を選んだ」(15頁)
→つまり、イリイチ自身は「価値の制度化」が起きている近代文明への批判を行うために本書を書いたのであって、〈社会の脱学校を断じてなしとげなければならない〉という主張をするために本書を書いたわけではない(あくまで2次的な目標であり、イリッチ自身が「書きやすいじゃん!」と感じた好例だったからだろう)。
→先の比喩を使えば、価値Aが「価値の制度化」論、価値Bが「脱学校論」である。
→例としてイリイチは「家庭生活、政治、国家の安全、信仰およびコミュニケーション」(15頁)も価値の制度化を排することで利益を得られると指摘する。価値の制度化を排す手法は「脱学校か」と同じプロセスなのである。
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「その分析のために、この最初の論文では、学校化されてしまった社会を脱学校化するということはどういうことかを説明しておこう」(15頁)
→ここから、「学校化」された社会の特徴の記述が始まる。
→「学校化」の現代的事例は上野千鶴子の『サヨナラ、学校化社会』に詳しい。最近文庫化して、読みやすくなった(イラストは単行本版のほうが面白かった)。
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「教育ばかりでなく現実の社会全体が学校化されてしまっている」(同)
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「学校と病院のどちらも、自分自身で自分の治療を行うのは無責任なことだとか、独学で学習するのは信用できないことだとみなすのであり、また行政当局から費用の出ていない住民組織は一種の攻撃的ないし破壊的活動にほかならないとみなすのである」(pp15~16)
→岡村先生の言う〈自分たちが賢くなる〉実践が「信用できない」といわれているのが近代社会だ。フリースクールは、いわば〈自分たちが(制度に頼らないで)賢くなる〉実践である。
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「どこでも、教育だけでなく社会全体の「脱学校化」が必要になっている」(16頁)
●価値の制度化の福祉での事例が登場する。
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「自分の家で人生を始め、かつ終るというのは、貧困かあるいは特別な特権かのどちらかのしるしである。臨終と死は、医師と葬儀屋の制度的な管理のもとに置かれるようになった」(同)
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「貧困者はいつの時代にも社会的に無力だったのであるが、制度的な世話に依存する度合いがしだいに高まってくると、彼らの無力さに新しい要素が加わった。それは、心理的な不能とか、独力でなんとかやりぬく能力を欠くといかいうことである」(17頁)
→制度ができるとそれに依存するようになる。そのため、制度に頼らない者はますます強く、制度に頼らざるを得ない者はますます弱くなる。
→オリで飼われたライオンと、サバンナのライオンの違いである。オリの中で毎食上げ膳・据え膳(ライオンに対しこの言葉を使うのは適切かは分からない)されていると、補食能力を失いライオンとしての能力は弱くなる。人間社会でもそれは同じであろう。一人でなんとか食っていかねばならない戦災孤児(これも死後かな?)はちょっとやそっとじゃへこたれない。進駐軍相手の靴磨きから、窃盗・強盗までなんでもやって生き延びる。けれどひ弱な現代っ子(むろん、この定義に私も入っている)は保護されることになれているため、戦災孤児そのままの状況に追い込まれた時(楳図かずおの『漂流教室』の世界や大三次世界大戦が急に起こったときなど)、はたして生きていけるのだろうか。
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種々の制度によって、貧しい者は制度に頼り切り、ますます弱い立場になる
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そのため、次のような逆説がいえてしまう。
「現在、健康、教育、および福祉を取り扱っている制度への財政支出を止めさえすれば、その制度のもつ副作用―人々を無能にする副作用―から生じる一層の貧困化をくいとめることができるのである」(pp18~19)
↓
学校では次のような事例となって問題化する。
「一般的に言って、より貧しい生徒は、進級や学習を学校に頼っている限り、より裕福な生徒よりも遅れてしまう。貧民に必要なのは、彼らの学習を可能にする資金であって、彼らに大いに不足していると称される制度的世話を受けるための証明をしてもらうことではない」(22頁)
→制度に頼っていると、人間が弱くなる。制度自体を自らの資本や能力によって用意できる人間は、ますます強くなる。公費により黒人子弟に早期教育をしたことがあった。ヘッドスタート計画だ。けれど、金持ちは就学前児童を私塾に通わせることができてしまうのだ。
↓
「古典的貧困」のために悩んでいる国はほとんど無くなった。近代の制度(生活保護など)が新たな貧困をもたらす。
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「アメリカにおいても、就学を義務化することによって貧民が平等性を獲得することはない。それどころか、どちらの国においても、学校があるというだけで、貧民は彼ら自身の学習を自らコントロールする勇気をくじかれ、またそれを不能にさせる。というのは、学校は教育を専門に行なう制度と認められているので、学校が教育に失敗すれば、それは、教育が非常に費用のかかるもので、複雑であり、いつでも素人にはわからないもので、しばしば不可能に近い仕事であることの証拠だとたいていの人々に受けとられるのである。
学校は教育に利用できる資金、人および善意を専有するだけでなく、学校以外の他の社会制度に対しては教育の仕事に手を出すことを思いとどまらせてしまう。労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活までもが教育の手段となることをやめ、それらに必要な習慣や知識を教えることを学校にまかせてしまう。そうして学校も学校に依存する他の制度も、ともに非常に費用のかかるものとなるのである」(25頁)
→よく学校には理不尽な要求が突きつけられる。親がやると「モンスターペアレント」だが、地域が「お宅の生徒さんにはどんな教育をしているのか」と学校に苦情の電話を入れることもある。この地域の人は自分で「家の前でうるさくするな」と言わないで、わざわざ学校に電話をしてくるのだ。
内田樹は〈制度が整備されすぎていると、個人の努力や善性がなくても済むようになる〉と主張する。たとえば警察のシステムが究極的に発展すると、目の前で人が暴行されているのを見ても「ああ、警察が完璧に対処してくれるから俺には関係ないや」と軽く見逃してしまう(ここでいう話は「価値の制度化」の話でもある)。
現在の学校は内田のいうような環境に近づきつつあるのではないか。とりあえず、教育のことは学校に任せよう、という思いが学校への理不尽なほど
の要求へとつながる。イリイチのいう通りの社会に日本はなっているのだ。
↓
「学校への支出を増やすことは一つの国においても世界的にみても、学校のもつ破壊性を強化する」(27頁)
「学校の拡充は軍備の拡張と同じく破壊的であるが、軍備のそれほどには目立たないのである」(28頁)
→高校のクラスの友人で東京医科歯科大学にいった者がいた。彼に「学費はいくらぐらい?」と聞くと、「年に63万くらい」と答えがかえってきた。私立大の医学部は1000万を軽く超す。早稲田の教育学部は年93万くらい。国立医学部は圧倒的に安いのだ。
けれど、国立大学の医学部に入るのは長期の受験勉強に耐えられ(医学部は2浪がザラ)、幼少期からのエリート教育が必要であったりする。これを可能にするには自宅に相当な資産がなければならない(昔書いたブログを参照)。
国立大医学部に入るのは、元から金のある人だ。国立大はそういう「元から金のある人」に公費を用いて安く教育する。医者は相当に儲かる。医療の充実という社会への貢献よりも、個人の利益になるところが大きい。「わざわざ公費を払ってまで、個人の利益につながるところ大である医者を育成することにいかほどの意味があるのか」という疑問がくることがある。
医者ほどではないだろうが、教育へ費用を多くまわしすぎると、その費用は生徒/学生個人の利益にしかつながらなくなるのだ。
↓
「教育機会を平等にすることは、たしかに望ましいことでもあり、実現可能な目標でもある。しかしこれを義務教育と同じことだと考えることは、魂の救済と教会とを混同することにも等しいのである」(29頁)
→ここに、フリースクールの出番があるのだ。
→イリッチは革新的なカトリックの司祭である。通常、下のような枠組みになる。
カトリック プロテスタント
価値A 魂の救済 魂の救済
価値B 教会にいく 聖書
カトリックの司祭が「魂の救済が大切なのであって、教会に行くことは2次的な意味しかない」というのは非常にプロテスタント的な発言になってしまう。
→さきの価値の制度化の例では、最終目標の価値Aは「教育機会の平等」、価値Aのための手段である価値Bは「義務教育」にあたる。
↓
「今日われわれは学校による教育の独占を廃止し、またそのことによって偏見と差別を合法的に結びつける制度を廃止しなければならない」(30頁)
「学習も正義も、学校教育によって増進されることはない。なぜならば教育者は、教える内容を一つの証明書の中に詰め込むことを主張するからである。
→学校教育は知のパッケージ化を目指す。
追記
●卒論で「価値の制度化」をテーマにしても面白いかもしれない、と思った。
●私の本稿での比喩は、適切なのかを誰かに教えていただきたいものだ。
●〈学校化と教育化を分離することが大切〉と山本哲士はいう。教育は学校以外でもできる方がいい。2つのありかたがあるだろう。
①塾やフリースクールで学ぶ。②社会の中での教育力を増やす。
②について、イリッチは本書でこう語っている。
「労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活までもが教育の手段となることをやめ、それらに必要な習慣や知識を教えることを学校にまかせてしまう」(25頁)。
本来は学校以外の場所に教育があった。それこそ「労働、余暇活動、政治活動、都市生活、そして家庭生活」の中で教育はあった。その幅広い教育は、学校ができてから忘れ去られていった。特に共同体が消滅しかけている現代ではなおさらである。内田樹が〈完璧な警察があったら、誰も暴力を止めようとしない〉と語っていた、との話を本ブログに書いた。教育もしかりで、「学校があるから、教育は全て学校に任せよう」という思いが人々の中にある。
再び、社会の中に教育力を取り戻していけば、脱学校化を成し遂げても教育が継続して行われるようになるだろう。
それついて親友のOと話す中で、「高校のバイト禁止の意義」について話が及んだ。高校生がバイトをするとき、社会のなかで学ぶことになる。ろくに敬語を使えなかった高校生が、マニュアルがあるとはいえ敬語で話せるようになる。時間を守るというエートスも学ぶことができる。労働をする「喜び」を知れるので、ニート対策にもなるかもしれない。けれど、基本的にはバイトを禁止する高校は数多い。バイトを「社会での学び」とするならば、バイト禁止は「社会での学び」に制限をかけることを意味する。
牧口常三郎という教育学者は半日学校制度を提唱した。学校での学びを効果的に進め、現在の半分の時間(つまり半日で)で学校教育を行い、残りの半日を「社会での学び」に使う、という発想である。単に「社会で学ぼう」「学校外で学ぼう」といっても実現可能性は低い。何故なら時間が考慮されていないからだ。牧口の慧眼は「時間を確保し、自然のうちに社会での学びがもたらされるようにした」という点にある(ちなみに学校のスリム化については上野千鶴子も語っている)。
Oは感銘を受けていたようであった。
まとめ
●イリッチは価値の制度化を批判するために『脱学校の社会』を書いた。脱学校化はあくまで価値の制度化を説明するための題材にすぎない。



おつかれさまです。
「義務制」がポイントだったんですね。
フリースクール(といってもいっぱいあるので、東京シューレ)は、
①来ても来なくてもいいし、いつ帰ってもいい(「フルタイムの出席」は当てはまらない)
②無理していくところでなく「もしあわないならホームエジュケーションなんてのもありますよ」という(「義務制」ではない)
③下は6歳、上は20歳まで異なる年齢層の人たちがいる(「特定の年齢群の生徒」はいない)
④何かを教えようとしない「大人」と過ごす場所である(教員免許を持つ者はいるが、教えようとする「教師」はいない)
⑤学ぶこと、過ごす内容が自由(「カリキュラムの学習」はない)
こうしてみると、フリースクールはライマーやイリッチの言う「学校」定義から全て外れていることが分かる(「サポート校」や塾形式のフリースクールは無論外しますよ)。
いやー、小中さんがまとめてくれたお陰でフリースクールの定義が分かりやすくなりました。ありがとう。