2009年3月7日土曜日
製本代の高さと処女作発行
著作集を今日まとめた。
タイトルは『著作集・高校生と語るポストモダン』だ。今までの大学3年間の集大成として作る。合計文字数5万字。市販の新書はもっと文字数が多いことを考えると、「意外に3年間、物を書かなかったのだろうか」と思ってきた。
作り方。印刷、製本、出来上がり。簡単である。けれど早稲田大学22号館の印刷機をしばらく占拠する形になり、申し訳なかった。
製本をするのに「くるみ印刷」という物をもちいた。印刷した原稿を厚紙で覆った上で印刷する。それで750円かかる。くるんでもらう紙に印刷をたのむと追加料金が1000円かかる。高い。
青木雄二が好きでよく彼の本を読む。彼ならばこの状況を見て「資本主義は設備や資本を持っているものが暴利をむさぼる社会だ」と語るであろう。持たない物は力がない。製本を依頼しないことには、目的を達成できない分、持たざる物は弱い立場にいる。
よく小さな団体の刊行物が、原稿を厚紙でくるんだだけの「くるみ印刷」であることがある。1000円を超えることもざらであり、「こんな安そうな本を売るなんて。ぼったくってるな〜」といつも感じていた。これはその団体の問題ではなく、製本所の問題であったのだ。
ともあれ、私の処女作がまもなく完成する。
出版社から出すのでも、自費出版でもない〈自分で印刷して、製本してもらう〉式の出版である。こんなやり方でも本は出せる。うれしいことである。
といっても、できあがるのはたった4部ではあるのだが。それでも紙代合わせて3500円はかかっている。
タイトルは『著作集・高校生と語るポストモダン』だ。今までの大学3年間の集大成として作る。合計文字数5万字。市販の新書はもっと文字数が多いことを考えると、「意外に3年間、物を書かなかったのだろうか」と思ってきた。
作り方。印刷、製本、出来上がり。簡単である。けれど早稲田大学22号館の印刷機をしばらく占拠する形になり、申し訳なかった。
製本をするのに「くるみ印刷」という物をもちいた。印刷した原稿を厚紙で覆った上で印刷する。それで750円かかる。くるんでもらう紙に印刷をたのむと追加料金が1000円かかる。高い。
青木雄二が好きでよく彼の本を読む。彼ならばこの状況を見て「資本主義は設備や資本を持っているものが暴利をむさぼる社会だ」と語るであろう。持たない物は力がない。製本を依頼しないことには、目的を達成できない分、持たざる物は弱い立場にいる。
よく小さな団体の刊行物が、原稿を厚紙でくるんだだけの「くるみ印刷」であることがある。1000円を超えることもざらであり、「こんな安そうな本を売るなんて。ぼったくってるな〜」といつも感じていた。これはその団体の問題ではなく、製本所の問題であったのだ。
ともあれ、私の処女作がまもなく完成する。
出版社から出すのでも、自費出版でもない〈自分で印刷して、製本してもらう〉式の出版である。こんなやり方でも本は出せる。うれしいことである。
といっても、できあがるのはたった4部ではあるのだが。それでも紙代合わせて3500円はかかっている。
2009年3月5日木曜日
英語版wikipedia
英語版wikipediaは色々と面白い。「Japan」で調べると非常に興味深い。
http://en.wikipedia.org/wiki/Japan
「Education and health」の欄では、次のことを言っている。
The two top-ranking universities in Japan are the University of Tokyo and Keio University.
この並びなら「東京大学と京都大学」や「早稲田大学と慶応大学」が適切なはずだが…。早稲田生として納得がいかないのである。
http://en.wikipedia.org/wiki/Japan
「Education and health」の欄では、次のことを言っている。
The two top-ranking universities in Japan are the University of Tokyo and Keio University.
この並びなら「東京大学と京都大学」や「早稲田大学と慶応大学」が適切なはずだが…。早稲田生として納得がいかないのである。
free skool
英語版のwikipediaでfree schoolを引いてみた。
A free school, sometimes intentionally spelled free skool, is a decentralized network in which skills, information, and knowledge are shared without hierarchy or the institutional environment of formal schooling. The open structure of a free school is intended to encourage self-reliance, critical consciousness, and personal development.
何やら、free skoolという言い方もあるようだ。
英語で教育学をやると、日本語では見えない点が見えてくるはずだ。
言語はメディアである。言語は自らの心情を単に示したものではない。言語を使うことで見えてくるものもある。
日本語という言語に限定せずに使っていく必要があるようだ。
A free school, sometimes intentionally spelled free skool, is a decentralized network in which skills, information, and knowledge are shared without hierarchy or the institutional environment of formal schooling. The open structure of a free school is intended to encourage self-reliance, critical consciousness, and personal development.
何やら、free skoolという言い方もあるようだ。
英語で教育学をやると、日本語では見えない点が見えてくるはずだ。
言語はメディアである。言語は自らの心情を単に示したものではない。言語を使うことで見えてくるものもある。
日本語という言語に限定せずに使っていく必要があるようだ。
2009年3月4日水曜日
脱学校と脱フリースクール
脱学校会議室(http://groups.yahoo.co.jp/group/deschooling-oriented/messages/1?expand=1)
このサイトは面白い。
脱学校の急先鋒が、フリースクールであり、オルタナティブスクール実現の最善の方法だと思っていた。
しかし、人間は多様である。フリースクールの運営者も善人ばかりでない。
フリースクールゆえに人生をめちゃめちゃにされた人もいるのだと、このサイト(厳密にはメーリングリスト)は教えてくれた。
このサイトは面白い。
脱学校の急先鋒が、フリースクールであり、オルタナティブスクール実現の最善の方法だと思っていた。
しかし、人間は多様である。フリースクールの運営者も善人ばかりでない。
フリースクールゆえに人生をめちゃめちゃにされた人もいるのだと、このサイト(厳密にはメーリングリスト)は教えてくれた。
拝啓 寺山修司様
拝啓 寺山修司様
「言葉の魔術師」たるあなたは生前、非常に多くの作品を遺されましたね。私は映画監督としてのあなたの姿しか、目にしてはおりません。『書を捨てよ町へ出よう』も『田園に死す』も、遺作『さらば箱船』も面白く見させていただきました。個人的な話ですが『町へ出よう』は『街』とされた方が雰囲気が出る気がします。『箱船』、今では祖父役が与えられる山崎努の若かりし頃の迫力にシビれあがりました。
「見世物の復権」を訴えられたあなたの演劇は、厳密には再度お目にはかかれません。あなたが演出する演劇は、もはやこの世に存在しないからです。演劇を録画しても、演劇の数%のみを今に伝えるのみでしょう。なんといっても、見る場所によって見え方の違う演劇をあなたが作ろうとしたのですから。
私はあなたに憧れます。何の衒いもなく「アジテーター」であることを誇れるのですから。
私は脱学校論を専門にしていきたいと考える一教育学徒です。仮に事実として現存の学校の醜さ・非人間性を訴えることをしたとしましょう。教育学者であればそれで済みます。ですが、私の文章を読んだ中高生が「学校は欺瞞の固まりだ」と考え、学校をボイコットする。その結果、この中高生が将来的に「反抗少年」としてレッテルが貼られ、人生を棒に振ってしまった場合、私の文章作成行為は正しいと言えるのでしょうか。あなたは「正しい」と言うかもしれません。ですが、私はこの中高生の将来受けるであろうデメリットを考えると、「何も書かない方がいいのではないか」と思ってしまうのです。教育学者ではあっても、真理より子どもへの影響を考えてしまうのです。
あなたは映画のなかで何度も母を「殺」してきました。捨ててきました。けれど生涯母からは逃れることが出来ませんでした。あなたはハッキリとご自分の矛盾に気づいておられました。それゆえに私たちに「寺山の言うことを100%は信じないほうがいい」と無言のうちに語っておられたのでした。ですが世の中はそんな人ばかりではありません。あなたの言を真に受け、行動してしまった若者がいるのです。少なくとも、私の回りには1人はいました。あなたを乗り越えるべき父親像とするのであれば何の問題もありません。「昔はこんなことがあった」と流してしまえるからです。問題なのは、皆が乗り越えられる訳ではないということです。あなたを信用した結果、あなたを乗り越えること(精神的意味での「父親殺し」)が出来なかった者はあなたに人生を狂わされたと言わざるを得ないのではないのでしょうか。
あなたは食うために文章を書いた人間ではありません。では何のために文章を書いてこられたのですか。人を不幸にする可能性も考慮して、文字を原稿用紙に書き付けられたのですか。
永六輔の『芸人』にはある役者の言葉が出てきます。'江戸時代の役者の演技を見て、世をはかなんで自殺した若い娘がいた。私も、一人くらいはそうやって殺してみたい’と。あなたの創作行為はこのような物なのではないかと推察するのです。
「死ぬのはいつも他人ばかり」。
あなたはよく口にされました。現に亡くなってみて、いかがですか。あなたは舞台の役者に話させました。「自分の死を量ってくれるのは、いつだって他人ですよ。それどころか、自分の死を知覚するのだって他人なんです」(『地獄編』)と。
死は他人の認識のなかにのみ発生します。「死」を認識する自己は存在しないからです。限りなく死に近い状況でのみ「ああ、もうすぐ死ぬんだ」と思うことはあっても、本当に心肺停止をする際には私の認識は無くなっているからです。
ということは、このことは生命の不死を説明することになるのではないでしょうか。私が「死ぬ」瞬間、別の場所に私の生命が連続して続いていく。あなたの言を聞き、そう思うのです。
いつの頃からか、本を読んでいて「私はこの著者であった時があるのじゃないだろうか」と、ふと考えるようになりました。説明が不足してすみません。自分の前世やその前に書いた本を、自分自身が再び読んでいることがある気がするのです。私の妄想が実際におこっていたとすればさぞ愉快ですね。前世の自分の思索を今世の私が再び引き継ぐことになるのですから。前世に書いた本を私が「この著者の言うことは間違いだ」と指摘するとき、さらに面白くなります。いったい、私という生命は何なんだ、と思うからです。
あなたは一体、誰として(あるいは何として)いま今世におられるのですか? それとも生命は一期限りのものなのですか? 教えてください、「言葉の魔術師」様。
*『地獄編』からの引用はhttp://homepage2.nifty.com/highmoon/kanrinin/meigen/ijin2.htm#maより。
「言葉の魔術師」たるあなたは生前、非常に多くの作品を遺されましたね。私は映画監督としてのあなたの姿しか、目にしてはおりません。『書を捨てよ町へ出よう』も『田園に死す』も、遺作『さらば箱船』も面白く見させていただきました。個人的な話ですが『町へ出よう』は『街』とされた方が雰囲気が出る気がします。『箱船』、今では祖父役が与えられる山崎努の若かりし頃の迫力にシビれあがりました。
「見世物の復権」を訴えられたあなたの演劇は、厳密には再度お目にはかかれません。あなたが演出する演劇は、もはやこの世に存在しないからです。演劇を録画しても、演劇の数%のみを今に伝えるのみでしょう。なんといっても、見る場所によって見え方の違う演劇をあなたが作ろうとしたのですから。
私はあなたに憧れます。何の衒いもなく「アジテーター」であることを誇れるのですから。
私は脱学校論を専門にしていきたいと考える一教育学徒です。仮に事実として現存の学校の醜さ・非人間性を訴えることをしたとしましょう。教育学者であればそれで済みます。ですが、私の文章を読んだ中高生が「学校は欺瞞の固まりだ」と考え、学校をボイコットする。その結果、この中高生が将来的に「反抗少年」としてレッテルが貼られ、人生を棒に振ってしまった場合、私の文章作成行為は正しいと言えるのでしょうか。あなたは「正しい」と言うかもしれません。ですが、私はこの中高生の将来受けるであろうデメリットを考えると、「何も書かない方がいいのではないか」と思ってしまうのです。教育学者ではあっても、真理より子どもへの影響を考えてしまうのです。
あなたは映画のなかで何度も母を「殺」してきました。捨ててきました。けれど生涯母からは逃れることが出来ませんでした。あなたはハッキリとご自分の矛盾に気づいておられました。それゆえに私たちに「寺山の言うことを100%は信じないほうがいい」と無言のうちに語っておられたのでした。ですが世の中はそんな人ばかりではありません。あなたの言を真に受け、行動してしまった若者がいるのです。少なくとも、私の回りには1人はいました。あなたを乗り越えるべき父親像とするのであれば何の問題もありません。「昔はこんなことがあった」と流してしまえるからです。問題なのは、皆が乗り越えられる訳ではないということです。あなたを信用した結果、あなたを乗り越えること(精神的意味での「父親殺し」)が出来なかった者はあなたに人生を狂わされたと言わざるを得ないのではないのでしょうか。
あなたは食うために文章を書いた人間ではありません。では何のために文章を書いてこられたのですか。人を不幸にする可能性も考慮して、文字を原稿用紙に書き付けられたのですか。
永六輔の『芸人』にはある役者の言葉が出てきます。'江戸時代の役者の演技を見て、世をはかなんで自殺した若い娘がいた。私も、一人くらいはそうやって殺してみたい’と。あなたの創作行為はこのような物なのではないかと推察するのです。
「死ぬのはいつも他人ばかり」。
あなたはよく口にされました。現に亡くなってみて、いかがですか。あなたは舞台の役者に話させました。「自分の死を量ってくれるのは、いつだって他人ですよ。それどころか、自分の死を知覚するのだって他人なんです」(『地獄編』)と。
死は他人の認識のなかにのみ発生します。「死」を認識する自己は存在しないからです。限りなく死に近い状況でのみ「ああ、もうすぐ死ぬんだ」と思うことはあっても、本当に心肺停止をする際には私の認識は無くなっているからです。
ということは、このことは生命の不死を説明することになるのではないでしょうか。私が「死ぬ」瞬間、別の場所に私の生命が連続して続いていく。あなたの言を聞き、そう思うのです。
いつの頃からか、本を読んでいて「私はこの著者であった時があるのじゃないだろうか」と、ふと考えるようになりました。説明が不足してすみません。自分の前世やその前に書いた本を、自分自身が再び読んでいることがある気がするのです。私の妄想が実際におこっていたとすればさぞ愉快ですね。前世の自分の思索を今世の私が再び引き継ぐことになるのですから。前世に書いた本を私が「この著者の言うことは間違いだ」と指摘するとき、さらに面白くなります。いったい、私という生命は何なんだ、と思うからです。
あなたは一体、誰として(あるいは何として)いま今世におられるのですか? それとも生命は一期限りのものなのですか? 教えてください、「言葉の魔術師」様。
*『地獄編』からの引用はhttp://homepage2.nifty.com/highmoon/kanrinin/meigen/ijin2.htm#maより。
2009年3月2日月曜日
大学訪問記①玉川大学
早稲田大学はもともとの早稲田村にできた大学だから早稲田大学という。地名→学校名だ。玉川大学はその反対。学校名→地名である。学校が出来てから、その名称が地名となった。だから学校の敷地でなくても、「玉川学園」が地名として使われる。
大学名以外にも逆のところがある。例えばキャンパスの広さ。散歩できるほどの広い空間であり、自然が多い。あとは付属の小中高が同じ場所にある点だ。早稲田——特に早稲田キャンパスは——狭く、自然と言えば街路樹くらいで、付属・系列校は大学外に存在する。また両校とも教育学部をもっているが、玉川は教員育成の名門、早稲田は【教育学の研究場所】としての学部である。
本日3月2日、私は小田急線を使った関係上「フラッと」玉川学園前駅に降り立った。そしてこの真逆である大学に足を踏み入れることになった。守衛さんは小学生に挨拶をするほどフレンドリー。その姿に感心し、コソッと大学に入るのでなしに許可を得て入ることにしたのである。
玉川大学とはそもそもどんな大学であろうか? 玉川学園のWEBには次のように書かれている。
玉川学園は、1929年(昭和4年)に創立者小原國芳により「全人教育」を第一の教育信条に掲げて開校されました。生徒数全111名、教職員18名によってスタートした学校は、現在K-12(Kindergarten to 12th) 、大学(文学部・農学部・工学部・経営学部・教育学部・芸術学部・リベラルアーツ学部)・大学院まで約1万人が約59万m2の広大なキャンパスに集う総合学園に発展し、幅広い教育活動を展開しています。
創立以来「全人教育」を教育理念の中心として、人間形成には真・善・美・聖・健・富の6つの価値を調和的に創造することを教育の理想としています。その理想を実現するため12の教育信条 ―全人教育、個性尊重、自学自律、能率高き教育、学的根拠に立てる教育、自然の尊重、師弟間の温情、労作教育、反対の合一、第二里行者と人生の開拓者、24時間の教育、国際教育を掲げた教育活動を行っています。
(http://www.tamagawa.jp/introduction/history/index.html?link_id=his2)
足を踏み入れてみて、ここに書かれている内容に、よくも悪くも嘘はないように感じた。創立者たる小原國芳はクリスチャン。小原の著書のエッセンスをおさめた『贈る言葉』(注 海援隊にあらず!)という本にも信仰を根底においたがゆえの言葉が書かれている。わざわざ人間形成の中身に「聖」をおくのは信仰故のものであろう。
今ではほとんど聞かなくなった「熱い」言葉を伝えているのが玉川大学の教育学部であるようだ。「いい」教員になり、子どもに夢を与えよう、子どもによい教育を与えよう。古き良き教員像を見る思いがする。そのために「理想」の教育たる松下村塾や咸宜園(かんぎえん)を学校内に再現してしまっている。本当に教育に「熱い」学校である。
玉川大学の本屋。「教育学」コーナーには教員養成や授業運営の仕方をキーワードとする本が多い。早稲田は文字通りの「教育学」に関する本しかない。ただ、水谷修の本は早稲田にも玉川にもあった。
教育への「熱い」言葉の広まっている玉川大学。早稲田大学の教育学部は教員育成を主目的としない分、「いい教員になろう」「いい教育をしよう」ということをあまり伝えてこなかった。「熱い」ものに惹かれる傾向も私にはあり、「この大学で学んでみたい」という思いを久々にもったのである。
現在は善の言葉がニヒリスティックに見られる時代となった。「正義」や「善人」という言葉や「人のために」という言葉を真正直に口に出すと恥ずかしさを感じる時代だ。教育学の世界でも、この傾向はあったように思う。教育に関しての「熱い」言葉が語られず、いたずらに脱学校論や近代教育批判が展開される。これ自体には何の問題もないが、あまりにも現代の教育批判に汲々としていると教育が本来もっていた「熱い」側面が軽視されてしまう。教育に無限の可能性や輝きがあったのは「今は昔」のことなのか? 本当にこの状態でいいのか?
ニーチェは「神は死んだ」と言った。そして「神は死んだままだ」と続けた。誰の本だったか忘れたが、ニーチェのこの一連の言葉から、'神は確かに死んだ。まだ死んだままだ。けれど、この状態はいつまでも続いていいわけでない’という解釈をしているものがあった。教育学にも言える。教育における「熱い」言葉は確かに軽視されるようになった(死んだ)。けれど、この状態はいつまでも続いていいのだろうか? そうではないだろう、と。教育学が近代教育批判を躍起になってやりすぎたため、教育が本来もっていた希望や輝きが見えづらくなってしまったのかもしれない。
玉川大学の竹薮に風が通る。3月2日の風は冷たいながらも心地いい。風に揺れた竹が夕陽に輝く。この光景を見ていると、教育への希望があふれてくるように思うのだ。
大学名以外にも逆のところがある。例えばキャンパスの広さ。散歩できるほどの広い空間であり、自然が多い。あとは付属の小中高が同じ場所にある点だ。早稲田——特に早稲田キャンパスは——狭く、自然と言えば街路樹くらいで、付属・系列校は大学外に存在する。また両校とも教育学部をもっているが、玉川は教員育成の名門、早稲田は【教育学の研究場所】としての学部である。
本日3月2日、私は小田急線を使った関係上「フラッと」玉川学園前駅に降り立った。そしてこの真逆である大学に足を踏み入れることになった。守衛さんは小学生に挨拶をするほどフレンドリー。その姿に感心し、コソッと大学に入るのでなしに許可を得て入ることにしたのである。
玉川大学とはそもそもどんな大学であろうか? 玉川学園のWEBには次のように書かれている。
玉川学園は、1929年(昭和4年)に創立者小原國芳により「全人教育」を第一の教育信条に掲げて開校されました。生徒数全111名、教職員18名によってスタートした学校は、現在K-12(Kindergarten to 12th) 、大学(文学部・農学部・工学部・経営学部・教育学部・芸術学部・リベラルアーツ学部)・大学院まで約1万人が約59万m2の広大なキャンパスに集う総合学園に発展し、幅広い教育活動を展開しています。
創立以来「全人教育」を教育理念の中心として、人間形成には真・善・美・聖・健・富の6つの価値を調和的に創造することを教育の理想としています。その理想を実現するため12の教育信条 ―全人教育、個性尊重、自学自律、能率高き教育、学的根拠に立てる教育、自然の尊重、師弟間の温情、労作教育、反対の合一、第二里行者と人生の開拓者、24時間の教育、国際教育を掲げた教育活動を行っています。
(http://www.tamagawa.jp/introduction/history/index.html?link_id=his2)
足を踏み入れてみて、ここに書かれている内容に、よくも悪くも嘘はないように感じた。創立者たる小原國芳はクリスチャン。小原の著書のエッセンスをおさめた『贈る言葉』(注 海援隊にあらず!)という本にも信仰を根底においたがゆえの言葉が書かれている。わざわざ人間形成の中身に「聖」をおくのは信仰故のものであろう。
今ではほとんど聞かなくなった「熱い」言葉を伝えているのが玉川大学の教育学部であるようだ。「いい」教員になり、子どもに夢を与えよう、子どもによい教育を与えよう。古き良き教員像を見る思いがする。そのために「理想」の教育たる松下村塾や咸宜園(かんぎえん)を学校内に再現してしまっている。本当に教育に「熱い」学校である。
玉川大学の本屋。「教育学」コーナーには教員養成や授業運営の仕方をキーワードとする本が多い。早稲田は文字通りの「教育学」に関する本しかない。ただ、水谷修の本は早稲田にも玉川にもあった。
教育への「熱い」言葉の広まっている玉川大学。早稲田大学の教育学部は教員育成を主目的としない分、「いい教員になろう」「いい教育をしよう」ということをあまり伝えてこなかった。「熱い」ものに惹かれる傾向も私にはあり、「この大学で学んでみたい」という思いを久々にもったのである。
現在は善の言葉がニヒリスティックに見られる時代となった。「正義」や「善人」という言葉や「人のために」という言葉を真正直に口に出すと恥ずかしさを感じる時代だ。教育学の世界でも、この傾向はあったように思う。教育に関しての「熱い」言葉が語られず、いたずらに脱学校論や近代教育批判が展開される。これ自体には何の問題もないが、あまりにも現代の教育批判に汲々としていると教育が本来もっていた「熱い」側面が軽視されてしまう。教育に無限の可能性や輝きがあったのは「今は昔」のことなのか? 本当にこの状態でいいのか?
ニーチェは「神は死んだ」と言った。そして「神は死んだままだ」と続けた。誰の本だったか忘れたが、ニーチェのこの一連の言葉から、'神は確かに死んだ。まだ死んだままだ。けれど、この状態はいつまでも続いていいわけでない’という解釈をしているものがあった。教育学にも言える。教育における「熱い」言葉は確かに軽視されるようになった(死んだ)。けれど、この状態はいつまでも続いていいのだろうか? そうではないだろう、と。教育学が近代教育批判を躍起になってやりすぎたため、教育が本来もっていた希望や輝きが見えづらくなってしまったのかもしれない。
玉川大学の竹薮に風が通る。3月2日の風は冷たいながらも心地いい。風に揺れた竹が夕陽に輝く。この光景を見ていると、教育への希望があふれてくるように思うのだ。
不審者
この看板、一見正しい看板にみえる。しかし本当は恐ろしい看板だ。
この高級住宅に相応しくない人物−−例えば私のような−−を締め出す発想だ。
「怪しそうだから通報する」はアメリカのイラク攻撃と同じである。「民主主義の敵に見えるから先に攻撃して倒してしまえ」と。
2009年3月1日日曜日
2009年2月27日金曜日
近代
書評・山本政男『ヨーロッパ「近代」の終焉』(講談社現代新書、1992年)
本橋哲也『ポストコロニアリズム』(岩波新書、2005年)
文字の洪水の中から「近代」や「ポストモダン」という単語が目に飛び込んでくるようになった。公教育という「近代」の営みについて研究している者として、ある意味あるべき姿なのかもしれない。
ヨーロッパの「近代」は、人類の歴史のなかでかつて見なかったような激動の時期であったが、それだけに、光と蔭の対照も明確であった。その「近代」の光と蔭は、これまで述べてきたように、あるていど時間的な順序をもっていたことがわかる。すなわち、十六・十七・十八世紀を「近代」の光の部分だとすれば、蔭の部分は、まさに十九世紀ということになろう。もちろん、これもヨーロッパの中で多少のずれがあることは言うまでもない。だが、このずれも十九世紀の中期ごろにはほぼ足並みが揃ってくる。そして、ちょうどこの時期に、日本は西洋世界に向けて門戸を開くのである。
ということは、当初の日本が理念とした近代ヨーロッパとは、じつは蔭の部分のそれではなかったのかという想いが湧いてくる。(山本1992)
1992年に山本が書いている点がすごい。
本橋哲也『ポストコロニアリズム』(岩波新書、2005年)
文字の洪水の中から「近代」や「ポストモダン」という単語が目に飛び込んでくるようになった。公教育という「近代」の営みについて研究している者として、ある意味あるべき姿なのかもしれない。
ヨーロッパの「近代」は、人類の歴史のなかでかつて見なかったような激動の時期であったが、それだけに、光と蔭の対照も明確であった。その「近代」の光と蔭は、これまで述べてきたように、あるていど時間的な順序をもっていたことがわかる。すなわち、十六・十七・十八世紀を「近代」の光の部分だとすれば、蔭の部分は、まさに十九世紀ということになろう。もちろん、これもヨーロッパの中で多少のずれがあることは言うまでもない。だが、このずれも十九世紀の中期ごろにはほぼ足並みが揃ってくる。そして、ちょうどこの時期に、日本は西洋世界に向けて門戸を開くのである。
ということは、当初の日本が理念とした近代ヨーロッパとは、じつは蔭の部分のそれではなかったのかという想いが湧いてくる。(山本1992)
1992年に山本が書いている点がすごい。
増田れい子『看護 ベッドサイドの光景』(岩波新書、1996年)
増田れい子『看護 ベッドサイドの光景』(岩波新書、1996年)
60頁
日本人というのは、マイナスのものをマイナスのままで引き受けちゃう。マイナスを、プラスに変える方法はいくらでもあるんだけど…。
84頁
同じ課題に立ち向かう仲間がいるということが、厚い壁を超えるときの不可欠の要件だと言う。
125頁
「看護っていうのは、患者さんとかかわるなかで患者さんに教わりながら育つ技術だと私は思います。おかげさまで、看護婦をさせてもらっております、これが、ほんとうの気持ちですね。ですから患者さんありがとう、家族の方いろいろ教えていただいてありがとうございます……と、ひとへの感謝につながっていきます。看護っていう仕事は、感謝の仕事だと思っております」
→教育学にもつながる考え方である。
156頁
忍耐する強い母より自然体でいこう、痛いときは痛い、つらいときはつらい、と。だから産んだあと、ああビール飲みたいの気分でした。
178頁
(子どもの親について)こどものイヤがることは、必要なことでもしない。
入院したこどものことでお母さん方がいちばん神経質になる点は、病気をなおすことよりも、勉強のおくれです。そっちの心配でイライラなさる。病気なっても病気でいられないのが、いまのこどもたちなのかもしれません」
236頁
看護とは、人間を人間らしくいかし、また人間らしい死を可能とする人間の仕事である。
60頁
日本人というのは、マイナスのものをマイナスのままで引き受けちゃう。マイナスを、プラスに変える方法はいくらでもあるんだけど…。
84頁
同じ課題に立ち向かう仲間がいるということが、厚い壁を超えるときの不可欠の要件だと言う。
125頁
「看護っていうのは、患者さんとかかわるなかで患者さんに教わりながら育つ技術だと私は思います。おかげさまで、看護婦をさせてもらっております、これが、ほんとうの気持ちですね。ですから患者さんありがとう、家族の方いろいろ教えていただいてありがとうございます……と、ひとへの感謝につながっていきます。看護っていう仕事は、感謝の仕事だと思っております」
→教育学にもつながる考え方である。
156頁
忍耐する強い母より自然体でいこう、痛いときは痛い、つらいときはつらい、と。だから産んだあと、ああビール飲みたいの気分でした。
178頁
(子どもの親について)こどものイヤがることは、必要なことでもしない。
入院したこどものことでお母さん方がいちばん神経質になる点は、病気をなおすことよりも、勉強のおくれです。そっちの心配でイライラなさる。病気なっても病気でいられないのが、いまのこどもたちなのかもしれません」
236頁
看護とは、人間を人間らしくいかし、また人間らしい死を可能とする人間の仕事である。
中根千枝『タテ社会の人間関係』講談社現代新書、1967年
中根千枝『タテ社会の人間関係』講談社現代新書、1967年
47頁
実際、日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人びとに対して実に冷たい態度をとる。
78頁
学歴で一律に個人の能力を判定するということは能力主義というよりも反対に能力平等主義である。なぜならば、学歴で能力が違うということは、誰でも在学した一定年数分だけ能力をもつということになるから、個人の能力差を無視した考えである。
104頁
どんな社会でも、すべての人が上に行くということは不可能だ。そして社会には、大学を出た人が必要であると同様に、中学校卒の人も必要なのだ。しかし、日本の「タテ」の上向きの運動の激しい社会では、「下積み」という言葉に含まれているように、下層にとどまるということは、非常に心理的な負担となる。なぜならば、上へのルートがあればあるだけに、下にいるということは、競争に負けた者、あるいは没落者であるという含みが入ってくるからである。
181頁
日本人は、論理よりも感情を楽しみ、論理よりも感情をことのほか愛するのである。
47頁
実際、日本人は仲間といっしょにグループでいるとき、他の人びとに対して実に冷たい態度をとる。
78頁
学歴で一律に個人の能力を判定するということは能力主義というよりも反対に能力平等主義である。なぜならば、学歴で能力が違うということは、誰でも在学した一定年数分だけ能力をもつということになるから、個人の能力差を無視した考えである。
104頁
どんな社会でも、すべての人が上に行くということは不可能だ。そして社会には、大学を出た人が必要であると同様に、中学校卒の人も必要なのだ。しかし、日本の「タテ」の上向きの運動の激しい社会では、「下積み」という言葉に含まれているように、下層にとどまるということは、非常に心理的な負担となる。なぜならば、上へのルートがあればあるだけに、下にいるということは、競争に負けた者、あるいは没落者であるという含みが入ってくるからである。
181頁
日本人は、論理よりも感情を楽しみ、論理よりも感情をことのほか愛するのである。
2009年2月25日水曜日
佐々木健一『美学への招待』(中公新書、2004年)
佐々木健一『美学への招待』(中公新書、2004年)
あるアーティストがこれはアートだと言えば、それがいかに異様な、これまで藝術やアートとされてきたものとは一致しないものであっても、それをアートではないとする根拠はない、ということになります。(68頁)
われわれの経験のなかで、何らかの意味で直接体験と呼びうるものが最初にくるケースはほとんどない、と言えるでしょう。われわれを取り囲んでいる文化環境のなかでは、複製の存在が圧倒的なヴォリュームをもっています。それはわれわれの文化環境が、テクノロジーによって形成され、そのテクノロジーが複製を増殖させているからです。世界については、99%の情報はテレビや新聞からやってきます。藝術については、まず画集を開いて名画を知り、ラジオやCDで音楽を聴きます。複製を否定することは、文化に触れることを拒絶するに等しいでしょう。(81頁)
→たしかに、わたしたちは読む前から『坊っちゃん』のストーリーを知っている。場合によってはシャーロック=ホームズの犯人やトリックすら知っている。
自由であるとき、われわれは怠惰になりがちです。(90頁)
163頁「藝術史を識らなければ、藝術は分からない」
新作しか上演されなかったギリシャ演劇。
「人間を超える」ということは、人間中心主義(藤本注 近代の考え方のこと)を清算し、虚心に宇宙のなかでの人間の位置を問い直すことにほかなりません。さしあたりは、われわれ人間が自然の一部でもあることを認識することであり、ひいては、人間以上に偉大なものが存在することをわきまえることです。それが美学と結びつくのは、美がそのようなものだからです。(中略)いま、「人間を超える」美学としてわたくしが考えているのは、藝術美よりも自然の美です。藝術美でさえも、それは計画して得られるものではなく、卓抜な仕事への報奨として与えられる恵みでした。人間の力は美に届かないのです。大自然の美に触れるとき、われわれは自らの矮小さを認め、それに愉悦を覚えます。無限に広がる大洋に向かい合い、高山の威容に触れるとき、誰でもそのことを体験します。美学は美のこの性格と、その体験における効果を語らなかればなりません。(222〜223頁)
あるアーティストがこれはアートだと言えば、それがいかに異様な、これまで藝術やアートとされてきたものとは一致しないものであっても、それをアートではないとする根拠はない、ということになります。(68頁)
われわれの経験のなかで、何らかの意味で直接体験と呼びうるものが最初にくるケースはほとんどない、と言えるでしょう。われわれを取り囲んでいる文化環境のなかでは、複製の存在が圧倒的なヴォリュームをもっています。それはわれわれの文化環境が、テクノロジーによって形成され、そのテクノロジーが複製を増殖させているからです。世界については、99%の情報はテレビや新聞からやってきます。藝術については、まず画集を開いて名画を知り、ラジオやCDで音楽を聴きます。複製を否定することは、文化に触れることを拒絶するに等しいでしょう。(81頁)
→たしかに、わたしたちは読む前から『坊っちゃん』のストーリーを知っている。場合によってはシャーロック=ホームズの犯人やトリックすら知っている。
自由であるとき、われわれは怠惰になりがちです。(90頁)
163頁「藝術史を識らなければ、藝術は分からない」
新作しか上演されなかったギリシャ演劇。
「人間を超える」ということは、人間中心主義(藤本注 近代の考え方のこと)を清算し、虚心に宇宙のなかでの人間の位置を問い直すことにほかなりません。さしあたりは、われわれ人間が自然の一部でもあることを認識することであり、ひいては、人間以上に偉大なものが存在することをわきまえることです。それが美学と結びつくのは、美がそのようなものだからです。(中略)いま、「人間を超える」美学としてわたくしが考えているのは、藝術美よりも自然の美です。藝術美でさえも、それは計画して得られるものではなく、卓抜な仕事への報奨として与えられる恵みでした。人間の力は美に届かないのです。大自然の美に触れるとき、われわれは自らの矮小さを認め、それに愉悦を覚えます。無限に広がる大洋に向かい合い、高山の威容に触れるとき、誰でもそのことを体験します。美学は美のこの性格と、その体験における効果を語らなかればなりません。(222〜223頁)
ポスト週刊誌の時代
現在、週刊誌低迷の時代を迎えている。週刊新潮のノリは無料の2ちゃんねるに取って代わられたようだ。
ポスト週刊新潮やポスト週刊ポスト時代を考えていく必要がある。
「ポスト週刊ポスト」といいたいだけではないか、との指摘はしないでいただきたい。
2009年2月23日月曜日
吉永良正『「複雑系」とは何か』
吉永良正『「複雑系」とは何か』(講談社現代新書、1996)
38頁
(複雑系は)「全体は部分の総和以上である」という性質をもつがゆえに、これまでの科学の方法では攻略できないというわけだ。
244頁
複雑系が真に問うているのは、「世界を見ることを学び直すこと」なのである。
38頁
(複雑系は)「全体は部分の総和以上である」という性質をもつがゆえに、これまでの科学の方法では攻略できないというわけだ。
244頁
複雑系が真に問うているのは、「世界を見ることを学び直すこと」なのである。
橋爪大三郎『政治の教室』
橋爪大三郎『政治の教室』(PHP新書、2001)
25頁
物事を決めるという行為には、「現実をつくり出す」というはたらきがある。決断しなければ、現実は生まれない。
27頁
政治とは、「ある範囲の人びと全員を拘束してしまうようなことがらを決めること」である。
84頁
すべての法は国民にとって恩恵であるはずなのです。
90頁
私が民主主義を支持するのは、それがもっとも強力な正当性を持つシステムだからです。すべての人びとが、「この決定は自分たちの決定である」と革新できるメカニズムになっている。自分の決めたことに文句を言う人はいないでしょう。だから正当性はゆるがない。
戦前の天皇大権から→アメリカ大権に戦後、代わった。
133頁
「日米安保条約は、日本にとって、憲法にも匹敵する位置を占めているといっていい。この条約がなければ、’アメリカ大権→憲法→人民’という図式は成り立たない。その図式が成り立たなければ日本国憲法は成り立たず、日本という国家も成り立たない。それが敗戦の意味であり、戦後日本の現実です。」
144頁
「思いやり予算」とは、日本が「わが国を防衛するためにいてください」ということで米軍を雇い、傭兵化するための予算だと言ってもいい。
154頁
民主主義の意思決定は、多数派が少数派を押し切るものだから、必ず自分の意見を拒絶される人が出てきます。それが正しい決め方である。けれども、日本の会議は、出席者の意思を踏みにじることを罪悪だと考えて、それを最小限にしようとする。出席者の意思をなるべく尊重しようとすればするほど、出席していない人びとの存在はますます無視され、忘れられていく。そうして、決定からリアリズムが欠けていくわけですが、なにしろ「大きな内側」が世界のすべてなので、そういう想像力は働かない。
173頁
「政治にはお金がかかる」という当たり前の前提を認めないことによって、日本の政治は非現実的なものになった。
197頁
まじめに努力しているのに結果が出ないなら、本気を出していない人物よりも輪をかけて無能だ、ということになる。日本人には冷酷に思えるかもしれませんが、それが近代の原則であり、あるべき政治の姿であり、民主主義のリアリズムなのです。
228頁
いちばん肝心なことは、自分がなぜこの候補を支持するのか、この候補のどの政策がいいと思っているのか、はっきり説明できること。これが説明できなければ、選挙運動に参加する意味がない。誰かに言われてとか、党員なので義務感からとかいう選挙運動なら、やらないほうがいい。ボランティアで選挙に関わる場合には、候補者が支持すべき人物であると、ちゃんと確信していなければならない。政党のボランティアは、ただ投票するだけの有権者よりも、高い政治的な見識と責任感が求められる。
25頁
物事を決めるという行為には、「現実をつくり出す」というはたらきがある。決断しなければ、現実は生まれない。
27頁
政治とは、「ある範囲の人びと全員を拘束してしまうようなことがらを決めること」である。
84頁
すべての法は国民にとって恩恵であるはずなのです。
90頁
私が民主主義を支持するのは、それがもっとも強力な正当性を持つシステムだからです。すべての人びとが、「この決定は自分たちの決定である」と革新できるメカニズムになっている。自分の決めたことに文句を言う人はいないでしょう。だから正当性はゆるがない。
戦前の天皇大権から→アメリカ大権に戦後、代わった。
133頁
「日米安保条約は、日本にとって、憲法にも匹敵する位置を占めているといっていい。この条約がなければ、’アメリカ大権→憲法→人民’という図式は成り立たない。その図式が成り立たなければ日本国憲法は成り立たず、日本という国家も成り立たない。それが敗戦の意味であり、戦後日本の現実です。」
144頁
「思いやり予算」とは、日本が「わが国を防衛するためにいてください」ということで米軍を雇い、傭兵化するための予算だと言ってもいい。
154頁
民主主義の意思決定は、多数派が少数派を押し切るものだから、必ず自分の意見を拒絶される人が出てきます。それが正しい決め方である。けれども、日本の会議は、出席者の意思を踏みにじることを罪悪だと考えて、それを最小限にしようとする。出席者の意思をなるべく尊重しようとすればするほど、出席していない人びとの存在はますます無視され、忘れられていく。そうして、決定からリアリズムが欠けていくわけですが、なにしろ「大きな内側」が世界のすべてなので、そういう想像力は働かない。
173頁
「政治にはお金がかかる」という当たり前の前提を認めないことによって、日本の政治は非現実的なものになった。
197頁
まじめに努力しているのに結果が出ないなら、本気を出していない人物よりも輪をかけて無能だ、ということになる。日本人には冷酷に思えるかもしれませんが、それが近代の原則であり、あるべき政治の姿であり、民主主義のリアリズムなのです。
228頁
いちばん肝心なことは、自分がなぜこの候補を支持するのか、この候補のどの政策がいいと思っているのか、はっきり説明できること。これが説明できなければ、選挙運動に参加する意味がない。誰かに言われてとか、党員なので義務感からとかいう選挙運動なら、やらないほうがいい。ボランティアで選挙に関わる場合には、候補者が支持すべき人物であると、ちゃんと確信していなければならない。政党のボランティアは、ただ投票するだけの有権者よりも、高い政治的な見識と責任感が求められる。
2009年2月22日日曜日
2009年2月20日金曜日
ダイアローグの思想
マイケル・ホルクウィスト『ダイアローグの思想 ミハイル・バフチンの可能性』(法政大学出版会、1990年)
われわれは自分自身を見るためには、他者の視線を自分のものにしなくてはならない。きわめて大雑把にいえば、主観性をめぐるバフチン流「本当のような作り話」は、私がどのようにして他者から私の自己を手に入れるかをめぐる話である。私を、私自身が知覚できる客体に変えてくれるのは他者の範疇だけなのである。私は私の自己を、他者はこう見るかもしれないと思い描きながら見る。自己を作り出すには外部からそうしなくてはならない。換言すれば、私は私自身の作者となる。42頁
われわれ皆が自分自身のテクスト、人生と呼ばれるテクストを書いているのである。
45頁
「私」の始まりと終わりを全体的生として構想する可能性は、他者の時間/空間において実現される。「私」の死は他者にとってのみおこるからである。320頁
→猛烈に印象に残った言葉である。「私の死は他者にとってのみおこる」。
言表はつねに、それに先行する別の言表に対する応答であり、それゆえ、程度の差こそあれ、先行する言表はつねに条件づけられ、次には逆にそれを限定する。バフチンにおいては「言説は状況を反映するのではなく、それが状況なのである」と著者はいう。322頁
われわれは自分自身を見るためには、他者の視線を自分のものにしなくてはならない。きわめて大雑把にいえば、主観性をめぐるバフチン流「本当のような作り話」は、私がどのようにして他者から私の自己を手に入れるかをめぐる話である。私を、私自身が知覚できる客体に変えてくれるのは他者の範疇だけなのである。私は私の自己を、他者はこう見るかもしれないと思い描きながら見る。自己を作り出すには外部からそうしなくてはならない。換言すれば、私は私自身の作者となる。42頁
われわれ皆が自分自身のテクスト、人生と呼ばれるテクストを書いているのである。
45頁
「私」の始まりと終わりを全体的生として構想する可能性は、他者の時間/空間において実現される。「私」の死は他者にとってのみおこるからである。320頁
→猛烈に印象に残った言葉である。「私の死は他者にとってのみおこる」。
言表はつねに、それに先行する別の言表に対する応答であり、それゆえ、程度の差こそあれ、先行する言表はつねに条件づけられ、次には逆にそれを限定する。バフチンにおいては「言説は状況を反映するのではなく、それが状況なのである」と著者はいう。322頁
2009年2月19日木曜日
ネット知
ネットですぐに調べた知識よりも、自分の手足で調べた知識のほうが価値が高い。
『低度情報化社会』にあるとおり、ネットの知識を重視し過ぎてはならない。所詮、借り物の知識と考えておくべきであろう。
…どうもこのblogは警句集になるきらいがある。でも、まあ、いいか。寺山修司の本領はアフォリズムによってこそ現れているわけだし。
駅に行くと思うこと
駅に行くと思うこと。
沢山の人がそれぞれの行く先を持っていて、それぞれの場所にいく。それぞれの人がそれぞれの生活・人生をもっている。皆が家族を持っている。帰る家を持っている。
それを考えると、壮大な気分になるのだ。
それぞれがそれぞれの人生を歩んでいる。それを思うと、一人に会い、話し、共に過ごす中で多くの発見があるのだと思う。
沢山の人に会うことと同様に、一人を深く知ることが重要である。人間、そんなすぐにわかりあえず、理解することは出来ない。だからこそ人と会うことは面白いのだ。その人という、世界にひとつしかない実存と触れ合うことになるからだ。
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