2009年11月30日月曜日

「自分に合った仕事」という幻想

 友人が就職活動を行っている。その際、リクナビやマイナビなどに希望する条件を登録し、そこから送られてくる情報をもとに行動を行っている。

 「自分に合った仕事を探そう」と、最近の就職関連の本には登場する。「自己分析」がやたら騒がれ、「一生の大半は仕事をするのだから、自分に最もあったものを選ばないと不幸になる」とすら語るものもある。

 しかし、本当だろうか? 自分という個が先にあって、その個に合う仕事を探す。このプロセスは真理なのだろうか。

 かつて、仕事は「一人前になる」ために行うものだった。「自分に合った仕事を探す」のではなく、仕事を通じて自分を作り上げる、というプロセスをとっていたのだ。
 
 私の家は、代々職人の家系であったらしい。祖父の代までは建具屋さんをしていた。建具屋とはたんすなどの家具を作る人のことをいう。そのため家の納屋にはカンナや金槌などがたくさん散らばっている。
 木にカンナをかける。なかなかうまく出来ない。力を均等にし、慎重にカンナをかけていく。この作業を繰り返し、きれいにカンナがけができるようになったとき、少し「一人前になる」ことが出来たのであろう。仕事を通しての人間成長があったのだ。
 仕事を通じて、かつては人生における真理を学んでもいた。先のカンナがけ。カンナをかけるだけでなく、「ゆっくりと慎重に行うこと」「練習をすれば必ず技術は習得できるようになるということ」すら学ぶことができていた。表面上は単調にカンナがけをしているようでも、作業を通じて人生の真理を学んでいた。

 いまは個があって、「自分に合った仕事を探す」というプロセスをとっているが、かつてはそうではないのが一般的だった。仕事は何でもいい、けれどその仕事を通じて「自分」を作り上げろ、というメッセージが社会に広まっていた。

 就職活動に行き詰っている友人にこの話をすると、非常に喜ばれたのが印象的だ。いまの就職活動は何か誤っている点があるのではないだろうか。

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