2008年6月6日金曜日

自殺・じさつ・ジサツ 映画『The Bridge』(2005年)より

 郷里・兵庫の八千代町。この隣町に、湖があった。名を翠明湖(すいめいこ)という。陸上部時代、この湖の周辺を走っていた。巨大な橋が、湖を横断している。その上を走るとき、なぜかしら寒気がしていた。立ち止まり、覗き込めば吸い込まれそうになる。この「巨大さ」がもたらす怖さと相まって、この橋からひとが何人も身を投げた、という事実が私に寒気をもたらしたのだろう。小学校時代の先輩も、この橋から飛び降り、命を絶った。どういう事情だったかは未だに知らない。映画『The Bridge』は忘れかけていた、私の中学時代の記憶を呼び戻してくれた。

 アメリカ・カリフォルニア州・サンフランシスコに架かる、ゴールデン・ゲートブリッジ。「太平洋からサンフランシスコ湾に入る通路をなす海峡」(『広辞苑』第5版)、金門海峡の上にある。年間900万人が観光に訪れる。2004年はそのうち、24名が橋から身を投げた。この橋で命を断った人の数は、1250名になる(映画より)。水面まで67メートル。即死。世界最大の自殺の名所、と映画では言っていた(私は東京のJR中央線だと思う)。

 ゴールデン・ゲートブリッジに設置した4台の定点カメラが、橋を写し続けた。映画は、定点カメラ映像と、自殺者に近しい人たちのインタビューから構成されている。映画冒頭、中年男性がいきなり橋の欄干を飛び越え、落ちていく。あまりにショッキングだ。午前4時に映画を観ていると思えぬほど、衝撃を受けた。

 観ていて気づいた点。よく晴れた日に、人びとは自殺している。カリフォルニアに晴れが多いから、当然といえばそうであるが、インパクトがある。自殺はじめじめした、暗い天気の日にやるもの、というイメージが私にあった。まさに飛び込む瞬間を見ていた人のコメントに、‘笑顔で飛び込んでいった’とあったことも印象的であった。 
 気づいた点の2つ目。自殺者に近しい人たちは、自殺前に、何らかの兆候を受け取っているようだった。たとえば‘俺はもうすぐ自殺する。ピストルでは汚れてイヤだ’などの直接的な表現。これが数年前から続いていた。回想し、「もっと愛があれば…」など、近しい人たちが後悔の念を吐露するシーンもあった。

 「本作の目的は自殺問題に答えを出すというより、我々の社会と自殺について問題提起をすることなんだ」とは、DVD収録・監督来日インタビューの言葉である。自殺は身近にある。にもかかわらず、人びとの関心をあまり引かない。日本では交通事故死は年間5000件程度。自殺は3万人。「自殺に悩む人がオープンに話せる環境づくりや彼らをポジティブに支援する方法が必要だ」とも監督はいう。

 カリフォルニアの快晴をバックに、何人も海に飛び込んでいく。しかし、我々は自殺を暗闇で、ひっそりと行われるもの、と考えている。自殺を考える人は、別の世界にいる、というように。無論、人が観ていないところで通常は自殺が起こっている。物置で、自室で、森の中で、自殺はひっそりと行われる。けれど、自殺は陰に隠すべきものではない。交通事故と同じく、あるいはそれ以上にありうべきことである。社会でも対策を採っていくべきだ。「自殺」というテーマを広く社会で議論しあっていくべきだ。カリフォルニアの太陽のように、白日の下に晒すのだ。「現実や真実を見ることを拒否するのは、助けやケアを必要としてる人びとに対しひどい仕打ちをすることになるんだ」(監督インタビューより)。

 ドキュメンタリーの目的は、現実の問題点を多くの人びとに知らしめることにある、と私は考える。編集の仕方によって現実が歪められる可能性はあるものの、ドキュメンタリーでしか伝えられないことがあるはずだ。「知らない」ということは、ある意味で幸せである。「知る」ことには、義務を伴うからだ。知ってしまった以上、何らかのアクションを起こさないことには、被害者に申し訳が立たなくなることがあるのだ。
 
 

2008年4月2日水曜日

ICレコーダーが壊れた。Iポッド的なものがほしい。

2008年3月12日水曜日

芸術

朝の芸術、それが寝癖。

全く予想のつかない芸術だ。

題目

題目をあげると、清々しい。

これは事実である。

BM

生命力MAXだと、BMは会えなくてもたのしい。

こう気付いた。

2008年3月10日月曜日

成功の鍵は鏡を見て、自分に暗示をかけること、といわれるのを聞いた。

ご本尊を自らのこころの鏡としていくことの意義もこれではないか。

2008年3月6日木曜日

うす暗がりでできること

うす暗がりで人を待つときに出来るのは、携帯と煙草くらいである。

宛名

領収書の宛名。

ここで、例えば

「小泉純一郎あてで」

等というと、どんな顔をされるだろうか?

和式トイレ

私の場合、眠いときは和式トイレに入らなければならない。

何故か?

それは洋式だと座ったまま、寝てしまうことがあるからだ。昨日もそれで、話し合いに1時間、遅刻した。

思い

同じ行動でもどんな思いでするかによって、全く違うものになるはずだ。

アコムのティッシュ。

アコムで借りると首が飛ぶ。それを暗示しているかのようだ。

2008年3月5日水曜日

なぜサラ金業者はティッシュ配りをするのか?

理由がよくわからない。

2008年2月24日日曜日

カレー

カレー屋は黄色い店が多い。イメージか?

2008年2月13日水曜日

叱る

人を叱ったほうがいいのは、どういう時か?

しかるべき時に。

2008年2月9日土曜日

宮崎駿

宮崎駿のことば

子ども達には
となりのトトロ
を見るよりも、
外で遊んでほしい。

その思いがジブリ美術館に結実している。

2008年2月8日金曜日

どんな広告・看板・標語よりも、交差点に置かれた菊の花のほうが、雄弁である。事故も減る。

2008年1月26日土曜日

マフラー

マフラーほど、個性のないものはない。

どこでも誰でも、みんなバーバリーではないか。

2008年1月25日金曜日

つづき

でも自転車のさっそうとした感覚も、いい。
自転車をやめて、歩く経験を増やした。

見落としていたことが見えて来た。身体感覚の復権、といえるのか。

灰谷健次郎のいうように、足3寸の感覚を忘れてはなるまい。

2008年1月22日火曜日

放浪学習

放浪学習。

モンテーニュは、

本よりも旅行からの学びを主張した。

うろうろし、いろんなものを見聞し、自分の学問を作っていく。

私の学習も、こうありたいものである。


2008年1月18日金曜日

うた

♪スキスキ愛してるどーんなときもー

青井そらがうたうとリアルである。

アンテナ

アンテナショップって、屋さんのことじゃないんだ、と知る。

喫茶店

喫茶店のコーヒー代、悪くいえばショバ代だ。

2008年1月14日月曜日

新宿の成人式

新宿の成人式にいった。コンドームをくばっていた。丁寧に、付け方の説明とコンドームケースも(アルミ製)。

事態の深刻さを知った。

2008年1月9日水曜日

サービス

教師はサービス業か?

2008年1月8日火曜日

クリームコーヒー

なかなか、甘く、うまい。

2007年12月30日日曜日

日本を創った12人後編

過去を乗り越え、日本はいかに進むか。

2007年12月29日土曜日

アマルティア・セン

「貧困の克服」

発展とは人間の様々な自由拡大のプロセスだ。

2007年12月28日金曜日

恋愛の歌

実際に恋愛をしてみないと、恋愛の唄の真意は読み取れない。

体験学習と同じ。

ふと思った。

親の存在

教育において、親の存在は確かに大きいしかし、絶対的ではない。

結局は子ども自身がどのように自己成長したいか、ということだ。