2008年1月26日土曜日

マフラー

マフラーほど、個性のないものはない。

どこでも誰でも、みんなバーバリーではないか。

2008年1月25日金曜日

つづき

でも自転車のさっそうとした感覚も、いい。
自転車をやめて、歩く経験を増やした。

見落としていたことが見えて来た。身体感覚の復権、といえるのか。

灰谷健次郎のいうように、足3寸の感覚を忘れてはなるまい。

2008年1月22日火曜日

放浪学習

放浪学習。

モンテーニュは、

本よりも旅行からの学びを主張した。

うろうろし、いろんなものを見聞し、自分の学問を作っていく。

私の学習も、こうありたいものである。


2008年1月18日金曜日

うた

♪スキスキ愛してるどーんなときもー

青井そらがうたうとリアルである。

アンテナ

アンテナショップって、屋さんのことじゃないんだ、と知る。

喫茶店

喫茶店のコーヒー代、悪くいえばショバ代だ。

2008年1月14日月曜日

新宿の成人式

新宿の成人式にいった。コンドームをくばっていた。丁寧に、付け方の説明とコンドームケースも(アルミ製)。

事態の深刻さを知った。

2008年1月9日水曜日

サービス

教師はサービス業か?

2008年1月8日火曜日

クリームコーヒー

なかなか、甘く、うまい。

2007年12月30日日曜日

日本を創った12人後編

過去を乗り越え、日本はいかに進むか。

2007年12月29日土曜日

アマルティア・セン

「貧困の克服」

発展とは人間の様々な自由拡大のプロセスだ。

2007年12月28日金曜日

恋愛の歌

実際に恋愛をしてみないと、恋愛の唄の真意は読み取れない。

体験学習と同じ。

ふと思った。

親の存在

教育において、親の存在は確かに大きいしかし、絶対的ではない。

結局は子ども自身がどのように自己成長したいか、ということだ。

2007年12月27日木曜日

金剛堂

金剛堂ではイヤホンしてると、コーヒーが貰えないことに気付く。

2007年12月26日水曜日

江川紹子

学校を変えよう!

子どもの目線に立つのはいかに難しいか。

アラン

「定義集」

楽観主義の大切さ

2007年12月25日火曜日

コミュニケーションとしての教育

役立つ・役立たないを越え、

コミュニケーションとしての教育

という発想が必要かもしれない。

コミュニケーションは、多湖あきら氏のいう「雑談力」を鍛えることになる。そして文明の発展が低迷化してくるであろう近未来でも、会話は大切である(オートメ化はギリシアの奴隷と貴族のように人々を有閑にする)。

社会で役立つ・役立たないを越えて、コミュニケーションとしての教育・交わりとしての教育

を指向していくべきではないか。

2007年12月24日月曜日

アラン

毎日書く。書きたくなくても書く。

僕がアランから学んだこと。

学校で教えない会話法

学校では、真実の大事さを教える。しかしある程度の嘘が、会話において必要となる。すべて説明すると長いとき、真実をいうと相手がイヤな顔をするときなど。

ほとんどの人は学校外で矯正されるが、私はそうではなく、いまさらながら他の多くの人達が幼少の頃に発見したことを発見している。

人が大人になるには、非常に多くの物事の発見が必要なのだ、と思う。学校がそれを教える場であればいいのであるが。かえって嘘を教えているような気がするのである。

読書

なかなか本が読めないな…っていうときは、軽い感じの本を読むといい。読み終えた達成感が、ペースを取り戻させてくれる。

2007年12月23日日曜日

育成の根本

育成の根本は祈りである。

2007年12月20日木曜日

カラオケ内

愛の形というのは変化しないものなのだろうか?

リアルを手に入れるとは真理の探求か?生きている実感のことか?(リアルフェイスを聞きながら)

2007年12月18日火曜日

コズミックセンターの…

コズミックセンターのプラネタリウムにいった。一般対象には月に3度しか公開がない、いささか閉鎖的なところである。

冬の星座として、オリオン座のはなし。オリオンの後ろにおおいぬとこいぬ座が控え、獲物を狙っている。オリオンの視線には牡牛がいる。オリオンの足元には獲物の兎、さらに下には鳩がいる。

オリオン座しかしらない私だったが、星座のドラマをしる。

今日、星を見上げてみた。オリオンは見えるが、おおいぬはシリウスのみ、子犬もプロキオンだけ。兎と鳩は存在もない。

都会の侘しさ。

読書の姿勢

人と会うように、本を読む。

これが大事なのではないか、とふとおもう。

2007年12月16日日曜日

普遍

「俺は通学生が嫌いだ」ということが、高校時代多かった。しかし、個別の通学生のなかに仲のよい人も多かった。

よく「−−なんて、嫌いだ」と俺はよくいうが、その一言が仲のよい何名かを斬るつもりはさらさらないにも関わらず、切り捨てていることがある。

個別を無視して、普遍のみを見てはならない。

バリアフリー

ワセダではなぜバリアフリーが進んでいないのか?それはスーパーなフリーがあったからだ。

セカイ

自分が動けば動くほど、自分の世界が広がることが分かる。

利害関係外のつながり

自分に直接関係する人よりも、昔の友人など「仲がいいが直接利害関係にない人」のほうが、相談しやすいこともある。多様な関係が必要なわけだ。また近すぎる人は逆に相談しにくいのかも知れない。

他人であるほうが、プラスとなることもあるのだ。

2007年12月11日火曜日

目覚ましでない

目覚まして起きるのではない。「必ず起きてやる」との意地と意思で起きるのだ。