2010年3月10日水曜日

親の視線

 友人のNと話す。テーマは「なぜ現在の子ども社会には〈空気を読む〉ことが重視されるのか」。

 思想家モンテーニュ。16世紀に生きた彼は、自分に子どもが何人いるか、分からなかったという(アリエス『〈教育〉の誕生』)。その時代、親にとって子どもは「勝手に生まれ、勝手に育ち、勝手にいなくなるもの」であった。
 その後、「教育」が必要とされるにつれ、子どもへの親の視線は強まった。子どもの人数も減り、ついには一人っ子が珍しくなくなった。するとどうなるか? 昔は親の視線は複数の子どもに分散されていた(あるいは親の視線がほとんどなかった)。それが数人、あるいは一人の子どもに集中する。子どもにとって、それは息の詰まる状態。学校でも家でも塾でも、常に親の視線を感じることになる。フーコーも言っているように、「見る―見られる」という関係は権力なのである(生−権力)。
 親の視線を感じる子どもは、つねに「いい子」でいようとする。親に認めてもらうために。この姿勢は、学校でも塾でも子ども社会の中でも内面化される。その内面化された姿の現れが、「空気を読む」という事になったのではないか。

 現在の子どもの生きづらさは、子どもへの親の視線の強化が原因の一つであるように思われる。

2010年3月8日月曜日

駅で騒ぐ老人

 西武線・東村山駅で騒ぐ老人男性を見た。なぜあれほど、電車の来るのが遅れただけで騒ぐのであろうか。 我々は「叫ぶ」という現象を目にし、「あの老人はバカだ、頭がおかしい」と無意識で排除する(向かいのホームで、女子高校生の集団が老人をチラ見し、笑い合っていた)。
 しかし、あの老人がたとえば部落出身で、いままで数限りなく苦悩させられ、その最後の表出(きっかけは電車の遅れだ)が先ほどの「叫び」であったとすれば、どうだろうか? あの老人が在日の人で、やはり差別され続けたゆえの表出が「叫び」であるならばどうか? 
 構造的に、あの老人が騒がねばならないような社会に、日本がなってしまっているのではないか。駅で騒ぐという形での表出しか出来ないほど、構造的に差別されているとすればどうか? その老人のことをヒソヒソ話をして笑い合う社会性が、さらに差別を強化しているのではないか?
 さいきん、言い争いをする老人をよく見かける。暇だから言い争うのかもしれないが、彼らなりの表出(によるカタストラフ)の仕方なのだろうか。彼らを「異質な他者」として許容できる自分になりたい。

アニメの「金持ち」キャラクターと、彼らの学校の関係

 富裕層や指導層の話を書いていると、思い出すのはアニメの「金持ち」キャラクターである。『ちびまる子ちゃん』の「花輪くん」、『ドラえもん』の「スネ夫」等など。何故彼らが公立学校に行っているのか、という点が不思議だ。近くに国立小学校や私立小があれば親は行かせているのではないか。あるいは昭和の匂いのするアニメだから、公立小学校に通っているのではないか。
 『花より男子』の世界はお金持ちばかりの学校。幼稚園から大学までの一貫教育が行われている。ここが舞台になるということは、平成に入ってから連載された漫画であったためだろうか。
 昭和期の漫画では公立での富裕層の「共存」が描かれ、平成期では私立・公立に分かれての物語となるのであろうか。

『君たちはどう生きるか』に描かれたハヴィトゥスの研究

 吉野源三郎が描いた『君たちはどう生きるか』(岩波文庫、1982)。解説の丸山真男は「まさにその題名が直接示すように、第一義的に人間の生き方を問うた、つまり人生読本です」(310頁)と述べる。舞台としては旧制中学で過ごすコペル君とその「おじさん」(「おじさん」と言っても、帝大の法学部出の、20代の若者)のやり取りを描いた小説だ。
 小説自体、非常に面白い。コペル君が友人を助けたり、友人を裏切ったりと多様な経験をして少しずつ成長する様子が読者に伝わってくるからだ。

 面白さの半面、コペル君の過ごす世界のハヴィトゥス(心の習慣。その人が無意識に行う思考形態)や文化水準の高さが気になった。戦前の旧制中学に通うのは、せいぜい13%。費用も高く、高所得者しか通うことができなかった(野口英世などを除いて)。後述する「貧しき友」である浦川君でさえ、油揚げばかりの弁当を食べてはいても、実家は一応家業があり、従業員も雇っている。
 そのため、生徒たち(コペル君とその友人たち)の認識も相当に文化水準の高いものであった。


同級の生徒は、たいてい、有名な実業家や役人や、大学教授、医者、弁護士などの子供たちでした。その中にまじると、浦川君の育ちは、どうしても争えませんでした。浦川君のように、洗濯屋に出さずにうちで選択したカラーをしていたり、古手拭を半分に切ってハンケチにしている者は、ほかには一人もありませんでした。
 神宮球場の話が出ても、浦川君の知っているのは外野席ばかりで、内野席のことは話が出来ません。活動写真(注 映画のこと)だって、浦川君は場末の活動写真館しか知りませんが、同級のみんながゆくところは、市内で一流の映画館ばかりです。銀座などへは、浦川君は二年に一遍もゆくか、ゆかないか、ほとんど何も知っていませんし、まして、避暑地やスキー場や温泉場の話となると、浦川君は、てんで一言だって口をきくことが出来ません。さびしく仲間はずれになっているより仕方がありませんでした。(37~38頁)


水谷君の部屋は、新館と呼ばれている、別棟の中にありました。それは、水谷君のお父さんが、水谷君兄弟のために、新たに建増した、明るい鉄筋コンクリートの建物で、ガラス張りの部屋にでもいるように、どの部屋にも十分に日光がはいるように出来ています。そして、どの部屋からも、眼の下に、ひろびろと品川湾が見おろせるのです。―水谷君のお父さんというのは、実業界で一方の勢力を代表するほどの人でした。方々の大会社や銀行の取締役とか、監査役とか、頭取とか、主な肩書を数えるだけでも、十本の指では足りません。お父さんは、その財力で、水谷君兄弟を、出来るだけ幸福にしてやりたいと考えていました。(146頁)



北見君のうちでは、お父さんが怒ってしまいました。北見君のお父さんは、予備の陸軍大佐でしたが、話を聞くと、北見君を学校からさげてしまうと言い出しました。(…)もし学校がこのまま上級生をほっておくのなら、息子を学校に預けておくわけにはいかないから、さげてしまう。北見君のお父さんは、そういって、学校にどなりこみました。(264頁)

 こういう話を読むと、気持ちが悪くなってくる。うちはどうしようもない下流階級なのだなあ…、という気がしてくるからだ。
 さて、 『君たちはどう生きるか』の世界は、中学に行くのが一握りのエリート、という舞台である。戦後は「大衆教育社会」となる。大学全入時代に入り、「希望すれば大学に行ける」世界が広がった。
 一握りが大学などの高等教育に行く時代、高等教育を受ける側にはある種の責任感があったのではないか。ノーブリスオブリージ的な。皆が大学に行く時代になっても、社会の指導層のエリートはまぎれもなく存在している。先の引用のように、「有名な実業家や役人や、大学教授、医者、弁護士などの子供」は必ずいる。彼らは大衆教育社会になるほうが気楽である。外から見て、自分の出自がばれないようになってきたのだから(昔は旧制中学の制服はエリートの証であった)。大衆教育社会は、戦前の旧制中学に通えるような階層の人間にとっても気楽な社会なのである。

 
 

尾崎豊にいまさらハマる。

 脱学校論(非学校論)が私の専門。卒論はイリイチの『脱学校の社会』で書いた。最近は脱学校論の理論を音楽の面で表現しているものはないか、と探している。論文やエッセイでは読むのに時間がかかる。けれど音楽ならばすぐに理解が出来る(しかも情動的に)。脱学校的考え方を人々の間に流布させる方法として、現存する音楽を活用する形が最も適しているのではないか。
 そんな考えのもと、脱学校論的発想を表現している音楽として「たま」の曲に出会った。彼らの音楽については今までもこのブログで書いてきた。次は誰の曲にしようか。
 カラオケで先輩が「15の夜」を歌うのを聞いたのが、私と尾崎豊との出会いである。聞いたとき、「ああ、ここまで学校への嫌悪感を表した曲があるのか」と感銘を受けた。その記憶を思い出し、尾崎豊の曲をもとに考えていく事にした。
 尾崎は「たま」以上に多くの人々に聞かれてきた。それはよくいわれるように「青春の叫び」を表現した音楽だったから、という理由だけではないように思える。むしろ「学校的なるもの」への人々の不満を、尾崎が代弁したからと言えるのではないだろうか。

 今日読んだ橋本努『自由に生きるとはどういうことか』(ちくま新書、2007)には、「1970−80年代の自由論」の象徴として、尾崎豊の一連の作品が紹介されている。

尾崎豊が一五歳になった一九八〇年といえば、先に触れたように、中学校では校内暴力が急増し、翌年にはそのピークを迎えていた。前年の七九年には、「偏差値教育」の象徴である「共通一次試験」が導入され、中学生の生活は、極度に縛りつけられていた。中学生の「生徒手帳」には、髪型や服装、あるいは先生や他の生徒に対する態度まで、事細かな規律が記されていた。(138〜139頁)
 実際、この時代は校内暴力を押さえるための管理教育が多くなった時である。教育学の世界では、80年代が校内暴力→管理教育、90年代がいじめ・学級崩壊が騒がれる時代であったとよく説明されている。つまり、尾崎は学校が最も生徒に対し権力を持った時代(管理教育の時代)に生きていたからこそ、はっきりと「学校的なるもの」への気持ち悪さ/嫌悪感を表現できたのではないだろうか。

 今後、しばらく尾崎の歌を脱学校論的に考察していく。
 





追記
●『自由に生きるとはどういうことか』には、次のような気の利いた話が書かれていた。

(石田注 「15の夜」について)この一五歳の少年は、バイクを盗んで走り出すことで、自由になったのではなく、「自由になれた気がした」という自覚をもっている。そこには依然として、逃れられない〈学校的なるもの〉(=管理教育)の存在が横たわっている。(138頁)
 橋本は「〈学校的なるもの〉(=管理教育)」と書いているが、私は〈学校的なるもの〉を「管理教育」ではなく、「学校化」されたものであると認識したい。

教育における「悪」(ワル)の重要性

 『キーワード現代の教育学』(東京大学出版会、2009)という本を読んでいる。そこに「悪―悪の体験と自己変容」という章がある。ここでいう悪とは〈通常、悪が論じられているように「善」や「正義」の概念の反対の意味ではなく、理性による計算を破壊することそれ自体が目的であるような思考の体験を指す〉(164頁)。筆者の矢野智司は「悪」を「冒険」や「死」・「性愛」・「快楽」などとして認識している。これらは子どもが親に隠れて触れるものであり、予め教育プログラムに規定できないものだ。偶然性というものがつきまとう。

 前にわたしは「教育のための社会」とは?という文章を書いた。そこの結論を、次のように私はまとめた。
「教育のための社会」を、「教育的でないもの、反・教育的なものを排除した社会」という認識の仕方は誤りである。「異質・異様な他者」を排斥することにつながるからだ。
 ということは、「教育のための社会」とは逆説的ながら、反・教育的なものを包摂した社会ということができる。教育のための社会とは、「いい教育のために~~しなければならない」という言葉が存在しない社会、つまり「異質・異様な他者」や反・教育的なものすら受け入れる社会であるといえるかもしれない。
 ここに書いた「反・教育的なもの」とはまさに「悪」のことだろう。「悪」が「悪」である由縁は教育プログラムに設定できないところにある。子どもの冒険は、子どもが勝手におこなうから冒険なのであり、親が「冒険してきなさい」といって行わせることができないものなのだ。
 教育における「悪」の存在の重要性とは、教育者が被教育者(=子ども)の全てを担うことができない認識をするということと同義である。いくら親といえども、子どものすべてを知ることは出来ない。他人なのだから。まして教員が子どもの全てを認識することはさらに不可能だ。であるならば、教育者は被教育者の全てを見ることを諦める必要がある。「悪」の存在の重要性は、教育者がある種の「全てを知ることへの〈あきらめ〉」を知らしめてくれるところにあるのではないか。

「途上国に学校を作る」ことは本当に善なのか?

 よく「途上国に学校を作ろう」というプロジェクトを耳にする。テレビでも、芸能人が学校作りに携わることがある(島田紳助など)。不思議なのは、どの時も「学校を作るのは善だ」という認識に皆がとらわれていることである。
 皆さんの学校経験を振り返ってほしい。学校は本当に素晴らしい所であったか? 私にとってはそうではなかった。自分で出来る内容を、「授業を聴かないで学んでは駄目だ」という無言の圧力ある場所。無理やり、クラスメイトと仲のよいフリをしないといけない場所。途上国に学校を作るとき、子どもの中に今までなかった「学校の持つ気持ち悪さ/苦痛」を与えてしまう可能性も考慮する必要がある。
 個人の内面だけでなく、文化自体も「学校」により消滅していく。例えばアイヌの文化。文字を持たない彼らの文化は、それ故に独自の輝きがあった。文字を学習する場所(つまり、学校)を無文字文化圏に作るとき、文化それ自体の特殊性も消え失せてしまうのではないか。
 フレイレは「学校」によって何年もかけて文字を習得させることを批判した。そんな非効率的なことをしなくても、必要ならば6週間程度の研修だけで識字教育は充分可能である。ゆえに子どもの時に無理して学校で教育を行わなくてもよいのではないか? これがフレイレの問題意識であった。
 したがって途上国支援の文脈で「学校を作ろう」という発想を、私は胡散臭く感じてしまう。日本ユネスコ協会の世界寺子屋運動も、ボランティアレベルでの学校建設運動も、「学校を作ることは善だ」との発想から抜け出ていない。「学校を作ること」の弊害も議論した上で発想しなければ、途上国の自由な子どもを「学校化」させるだけに終ってしまう。

2010年3月6日土曜日

大学と楽しさ

大学と楽しさを並記させる感性。

大学は「楽しさ」を求めて入るところではないと思う。
結果的に「学ぶ楽しさ」に気付くことがあってもいいが、それを大学のカリキュラム的に設定すべきではない。

「楽しさ」なんていう内面的価値を大学の売りにするのは一種の洗脳だ。
大学で個人の見出だす価値は多様でいい。学ばない自由/退学する自由も含めて大学なのだ。

昨日からの卓球の愛ちゃんの中退を巡る騒動を見ていてもそう思う。

I・イリイチ著、渡辺京二訳『コンヴィヴィアリティのための道具』日本エディタースクール出版部、1989


すぐれて現代的でしかも産業に支配されていない未来社会についての理論を定式化するには、自然な規模と限界を認識することが必要だ。この限界内でのみ機械は奴隷の代わりをすることができるのだし、この限界をこえれば機械は新たな種類の奴隷制をもたらすということを、私たちは結局は認めなければならない。教育が人々を人工的環境に適応させることができるのは、この限界内だけのことにすぎない。この限界をこえれば、社会の全般的な校舎化・病棟化・獄舎化が現れる。政治が、エネルギーや情報の社会への平等な投入に関わるというよりむしろ、最大限の産業産出物の分配に関わるのが当然とされるのも、この限界内のことにすぎない。いったんこういう限界が認識されると、人々と道具と新しい共同性との間の三者関係をはっきりさせることが可能になる。現代の科学技術が管理する人々にではなく、政治的に相互に結びついた個人に仕えるような社会、それを私は‘自立共生的’と呼びたい。(ⅹⅴ)



2010年3月5日金曜日

私は、いったい何をしているのだろう?

 私は、いったい何をしているのだろう?

僕は草の茂みで
教科書を探してる
教科書が見つからない
学校にまにあわない
ノートもどっかいっちゃった
先生に怒られる…(たま『学校にまにあわない』)
 私は草の茂みで何かを探しているけれど、見つからない。それは たまの『さよなら人類』の「こわれた磁石を砂浜で ひろっているだけさ」という歌詞と同様、もはや見つかりもしないものを必死に探す姿と言えないか? 磁石で砂鉄は見つかるが、その逆はない。
 
 すぐれたメンバーばかりの集団にいる時、私はひどく疎外感と自己無能感を覚える。そんなとき、私は思う、「いったい何をしているのだろう?」と。見つかりもしないものを探しているようだ。
 これを克服するためには、結局なにかの道を貫くしかないのではあるが、これでいいのかはよく分かりはしない。
 けっこう映画も本も読んできたのに、人と話が合わない。会話が成立しない。そんな「もどかしさ」を感じ続けている(だから夏目漱石『行人』の長野一郎はテレパシーの研究をしていたのか)。全然、客観的には不幸ではない。けれど何故か「もどかしさ」と「俺、だめなんじゃないか」感がつきまとっている。
 前に(昨年9月)そうとう落ち込んだときに『誰かへの手紙』を書いた。あれは、「いま」の自分への「手紙」でもあったのかもしれない。
 「人は分かってくれない」と言うのはカンタンだ。でも、そう思うことは他人を軽視することだ。大事なのは自分の考えや思い・「もどかしさ」を誰かに伝えることだろう。「君」に手紙を送ることだ必要なのだ、という内容の小説。
 こう落ち込んでいる「いま」の私を、何とか乗り越えたいと思う。もう一度、『誰かへの手紙』でも読もうか。

『そんなぼくがすき』考。

(この文章は、タイの卒業旅行中に書いた)

 暑いと、まったくやる気がしない。タオ島の自然は「のんびりやれよ」と言ってくれているようだ。
 何故か昨日から「たま」のいろんな曲が頭の中で再生される。「どうせ歌っても判らないだろう」とタイ人や欧米人の前を通るとき声に出して歌ってもいた。

かなしい夜がすきだから
かなしい朝はきらい
たのしい朝もきらい
そんなぼくがすき

かなしい夜には 腕時計ふたつ買って
右手と左手で 待ちあわせてあそぶ
ネクタイの生えた花壇の前のベンチで待ってるのに
のろまなぼくの左手はひとりお部屋であわててる

 この歌、私の心理描写である。ダメダメな自分。でも「そんなぼくがすき」と自分で言い切る。私もこうして駄文を書き連ねているが、それも「人とぶつかれない」・「深く関われない」という自分だからこそ、書けるものもあるのだと考えている(半分事実で、半分願望)。
 しかし、どこに行っても(タイに行っても)、何をしても、つきまとうのは「私」という自我の問題なのだなあ…。まだ自分と向き合えるだけ、幸せなのかもしれない。


(昨日、私が親と喧嘩したことがないことに気づき、愕然とした。「どうせ、いま怒られてもすぐに東京に戻るし」という親との人間関係の〈あきらめ〉があるようだ)

中学校 公民科教科書に感じる違和感。

 中学生のとき、公民の教科書に違和感を持っていた。現代の日本や世界の諸問題がたくさん羅列された内容。「未来は君たちにかかっている」というようなメッセージが伝わってくる。これに辟易していた。だって、環境破壊も南北問題も僕が何かしたから起きたんじゃないんだもん。先行世代の責任ではないか、と。
 さすがに今ではこのような幼稚な発想はしないようになっている(はずだ)。けれど、教科書の記述に未だに違和感がある。特に感じるのは、少子高齢化がテーマになっている箇所だ。

日本では現在、出生率の低下と平均寿命ののびによって、少子高齢社会に突入しています。(…)少子高齢化は、社会保障のあり方にも影響をおよぼしています。少子高齢化が進むと、社会保険の給付額は増大するのに、働き手が減るので収入の総額はむしろ減ってしまうでしょう。とりわけ深刻なのが公的年金です。(…)給付を現役世代の支払った保険料でまかなう方式では、現役世代に重い負担がかかります。(平成18年発行『新編新しい社会 公民』東京書籍、129頁)

 日本がお年寄りばかりになっている、との話の後に続く年金制度の説明。これを教育の場で扱う時、「自分たち大人のために、社会制度を守ってほしい」という身勝手な欲望を子どもに伝えることにはならないだろうか。別に現代の制度(特に年金制度)はベストなものでない。ひょっとすると最悪の制度かもしれない。「そもそも、この制度は必要なのか」を議論する必要すらあるかもしれない。けれどこのような話し合いもなしに、「みんなはこの制度を支えていくんだよ」と語りかけるのが教科書(または教師)だ。なんだか詐欺のような話である。
 
 前に読んだ吉本隆明と山本哲士の対談を思い出す。

ぼくはたいへん感動して(注 山本の本を)読んだんですが、明日の社会のため、国家のために子どもをどうするのかとか、どうしたら子どもはよくなるのかといったことを主張する教師、教育者などはいなくなったほうがいいんだ。そういう連中がなくなることがきわめて重要なんだといわれていますね。(『教育 学校 思想』76頁 吉本の発言)
 私も、「そういう連中がなくなることがきわめて重要なんだ」と思うのである。

追記
●ちなみに、教育社会学において教育の意味合いは非常に単純明快。「選別」と「社会化」である。本文で、「年金制度を君たちが支えていくんだよ」とのメッセージが教科書に込められていることを述べた。当人に気づかれないよう、巧妙に「社会化」を行えるよう、公教育では教育プログラムが組まれている。自分が、さも自由意志に基づいて判断を行ったように錯覚させることができれば、「社会化」プログラムは大成功なのだ。年金制度について誰も疑問を持たないまま授業を終らせることができたら、「社会化」完了なのである。
 

なぜ私は受け身なのか?

 どうも私は「固い話」が好きで、それ以外になるとすべてに受け身(聞き手)になる。会話だけでなく、行動もそうだ。例えば何人かで海にいく時。「自由にしていい」ゆえに何をしていいかわからなくなる。友人とプールに行った時、適切に振る舞えないのが私なのだ(自分が本当にしたいことは、勝手に行えるんだけどね)。何か指示されて初めて動ける。
 なぜ私は受け身なのだろう? それは「一人」になる良さを知ったことによる。一人の良さは、「何もしない」ことを受け入れてくれるところにある。何かを集団でやるのは私の性にあわない。一人で何かをするのが好きだ。

 「たま」の歌『そんなぼくがすき』。これは一人で何かを行い、「かなしい夜」を楽しめる男の明るい歌である。

かなしい夜には 留守番電話を買って
かなしいおもいでを 留守番電話にはなす(…)
かなしい夜がすきだから
かなしい朝はきらい
たのしい朝もきらい
そんなぼくがすき
 固い話は一人で進められる。しかし、集団での「遊び」は何をしていいのか非常に困る。

2010年2月23日火曜日

N先生の思い出。

 高校時代。高三の後半はずっと受験対策に明け暮れていた。数学の時間に日本史をやり、地学の時間に日本史をやり、漢文の時間に日本史をやっていた。私が高校の授業の中で学んだことは、「授業だけ聞いていても、受験には受からない。もし自分の夢があるなら、他者に依存するのでなく、自分から進んで学んでいくことが必要だ」というテーゼである。要は〈内職なくして、主体的な学びなし〉というスローガンを内面化したのが高三の受験生時代だったのだ。

 さて、こんな私ではあるが高校の先生方には色々とお世話になった。それは内職をさせていただいたということだけではなく、個人的に会った際に多くのことを教わったということだ。教室での授業では私はほとんど学んでいなかった。
 特に現代文のN先生の話は非常に興味深かった。寡黙で規律正しいN先生のもとに、私は慶応大学法学部の小論文を解く度に添削してもらいに行っていた。デジタル/アナログの二項対立から小論を書いた際、一読して「面白い。」と言ってくださったことが、ものすごく私の支えになった。ブログで雑文を書きなぐるようになったのも、もとを辿るとN先生に褒めていただいたことが一つのきっかけかもしれない。

 N先生が小論文にコメントを下さる際、次の話をされたことを最近思い返している。実はこの指摘、非常に深い意味があったのではないかと考察しているのだ。忘れないために、ここに記すことにする。

「常に人類の社会は〈少数者による多数支配〉の図式で続いてきた。ギリシャの市民政治も多くの奴隷を支配していたし、ローマ帝国も中国の各王朝も日本の大和朝廷・天皇制も常に〈少数による多数支配〉であった。現代の日本においてもそれは続いている」

 高校時代、N先生からお話をうかがえただけでも意味があったように思える。

時代劇にまつわる考察。

 「あばあちゃんは、必殺仕事人が好きなんや」
 故郷・兵庫にいる母方の祖母が私に語ったことがある言葉だ。

 私の祖母のように、「時代劇をよく観る」という老人は数多くいることだろう。けれど、「時代劇をよく観る」からといって、「お婆ちゃんの誕生日のお祝いに、ずっと時代劇の映る衛星放送を契約したよ」とすることは、必ずしも喜ばれることではない。
 通常、祖母は選択可能なチャンネルの中で、相対的に個人的趣味にあう番組を選んで視聴している。通常のテレビにおける選択行動と、「これ!」と決めたお気に入りばかりをずっと視聴するという衛星放送的選択行動とでは、天と地ほどの差があるのだ。
 だから、「時代劇好きな祖母が喜ぶ」と思ってスカパーなどの衛星放送を導入することは、双方不幸になることがある。祖母は別に時代劇ばかりを観たいわけではないのに、子ども(孫)に遠慮してそれを視聴しないといけなくなるからだ。
 だから、テレビの宣伝でも気をつけないといけない。「スカパーではお好きな番組をいくつも契約できます。ご老人が喜ぶ時代劇専門チャンネルを契約されますと、親孝行ですよー」。こんな殺し文句に負けてはいけないのだ。

シュタイナー教育について学ぶ。

最近、子安美知子『シュタイナー教育を考える』を読んでいる。シュタイナー教育の概要が詳しくわかってくる本だ。

外から教えるのでなく、子どもの内側から発露してくるものを大事にする授業。それを実現するために、オイリュトミーやフォルメンを行う。子どもの内なるリズム・発育時間を大切にし、それに沿って少しずつ授業のやり方を変えていく。

ホリスティック教育といわれるものの中でも、一番ホリスティックな教育がシュタイナー教育であるようだ。

 ただ、1点、読み進める中で疑問を感じた。子どもの自然な発育を待ち、それに合わせて授業を行うというシュタイナー教育。これ、ものすごく周到な洗脳教育プログラムでもあるのではないか。
 むろん、シュタイナー教育のプログラムが邪悪な意図を持って作られたものでないことは確かだ。けれど、善なる意思を持って「その子のために」教育プログラムをつくることが構わないとするなら、公教育プログラムに対してもそう言えてしまう。
 シュタイナー教育やフレネ教育、モンテッソーリ教育など、「~~教育法」というものを色々私は学んできた。公教育よりよっぽどましな教育であることは確信している。けれど、これらの「~~教育法」は、子どもに対する押しつけ・洗脳・強制であるように感じられるようになってきた。よい教育プログラムを用意することは、そのプログラムに適応するようにしか、子どもは育つことができないことも意味する。あらゆる「~~教育法」というと呼ばれる存在に、私は「気持ちの悪さ」を感じてしまうのだ。本来、子どもという存在はそれ自体において価値がある存在であると考える。その存在に対し、他者が「よい教育をしよう」と言って何らかの教育プログラムを強制することは権力的作用ではないか。
 『フリースクールとはなにか』という本の中でも、次のようにある。


伝統的な学校教育ではなく別のものを求める、というとき、シュタイナー、モンテッソーリ、フレネその他、はっきりした教育思潮と方法論をもって世界的に広がっている教育もある。それらは、オルタナティブ教育と呼ばれても、フリースクールとは呼ばれない。フリースクールは、オルタナティブスクールのなかの一つであって、学校教育以外であればフリースクールというわけでもない。
 フリースクールが、他のオルタナティブ教育ともっとも違う点は、子どもを主体とすることであり、教育内容を自由につくりだす、ということであろう。○○を○○のために教える、活動させる、というのではなく、子どもの興味、関心、意欲に依拠して作っていくことになる。それは、子ども中心であるがゆえに、教師と生徒の関係を含め、あらゆる側面が変わることになる。(NPO法人東京シューレ編『フリースクールとはなにか』教育資料出版会、2000年、17頁)


 教育プログラムが優れたものであるほど、そのプログラムに子どもを(無理矢理でも)合わせようとする。イリイチの言葉を借りるなら、「制度化」である。「子どもが成長すること」という本来的な目標を忘れ、教育プログラムの遂行のみを目的と取り違えてしまうようになる。フリースクール以外のオルタナティブスクールでは、ともすればそういった価値の転倒(=価値の制度化)が起きてしまう可能性があるのだ。子どもを主体とする教育。それ以外のものに、私は「違和感」「気持ち悪さ」を感じてしまうようだ。

 そういえば宮台真司の『14歳からの社会学』にあったことを思い出す。世界が精密にプログラムされている現状。それに気付いた時、人は離脱しようとするのだ、と映画『マトリックス』などを基に説明をしている。教育に対してもそれは言える。教育プログラムが精密であればあるほど、「俺って、いなくてもいいのかもな。どうせ、誰に対してもこんな教育をするんだろうし」と「自己疎外」が発生する。学校教育における落ちこぼれや不良とされる人々は、「自己疎外」ゆえに教育プログラムを離脱しようとするのだろう。

追記
●ちなみに、70年代西ドイツで起こった「反教育学」という流れは、フリースクール的な教育機関と親和性があるようです。

2010年2月21日日曜日

レストランの比喩。

 何を食べるかを決めるのはレストランの側が「食べてもらいたい」人だろうか。そうではない。何を食べるべきか決めるのは、あくまで客である。
 同様に、「学ぶ」内容を決めるのは学ぶ人である。学校に行っている/いないに関わらず、あくまで「学びたい」ことを学ぶべきだ。

 その昔、フリースクール関係者が『脱学校の社会』を読み合った時代があった(80年代ごろ)。その際「学び(教育)の主体は誰か?」という読み方をしていたそうだ。「学ぶ」内容を決めるのは国家ではなく、学びたい人ではないか、という読み方である。
 国家は教育主体ではない。主体性を持つべきはあくまで「知りたい人」「学びたい人」である。
 
 …こんな話をシューレ大学の朝倉さんに伺った。

ボウルズ/ギンタス著『アメリカ資本主義と学校教育2』(岩波現代選書、1987)

 上・下2巻に渡るこの本で、著者は何を明らかにしたかったのか。


経済の変革と教育の変革とが対応した過程を通じて起こるという、この歴史的な解釈にもとづくとき、教育制度とイデオロギーの主要な転換は必ず、生産構造、労働力の階級的構成、抑圧されている集団の性格の変移によって惹き起こされてきた。(182頁)



 教育社会学において、〈教育〉の使命は単純明快。「選別」と「社会化」である。社会が要請する人材を選び出し(「選別」)、とりあえず社会の構成員になってくれるよう育成する(「社会化」)のが〈教育〉なのだ。ここでいう社会の要請とは、要は経済界の意向なのである。この主張はボウルズとギンタスがネオ・マルキストであるために起こっているのだろう。マルクスは経済の規模やシステムの変化が、社会構造の変化を招いたと説明する。経済が政治体制・社会構造を決めるのであって、その逆でない。ゆえに〈教育〉も経済の構造から抜け出すことはできないのだ。
 教育を語るなら、経済を知らなければならない。


何故、わが国の青少年に対して権威主義的な学校という重荷を負わせようとするのであろうか。何故、若い人々が、その日々の大部分を無力感、人間の尊厳を犯すような独裁的な規律、絶えざる退屈感、行動の矯正という雰囲気のなかですごさなければならないのであろうか。何故、民主主義的な社会で、各人が最初に公的な機関と接触するのがこのような徹底的に反民主主義的なものにならざるを得ないのであろうか。
 最近多くの人々がこのような疑問を投げかけてきた。ここからフリースクールという新しい運動が起きてきたのである。(177~178頁)

 この部分の後、しばらくフリースクールの話が続く。近代教育批判者の一団として、「ジョージ・デニスン、ジェームズ・ハーンドン、ハーバート・コール、ジョナサン・コゾールの私的日記から、ジョン・ホールトのプラグマティックな主張、チャールズ・シルバーマンの本格的な社会的分析」(178頁)と名前を挙げている。非学校論者として、私もこれらの人々の本を学んでいくこととしよう。
 ボウルズとギンテスはフリースクール運動に必要なこととして、≪運動のなかに、学校が社会から独立したものであるという考えをはっきり否定し、学校をその社会的、経済的な文脈の中で具体的に位置づける分析的立場の展開がなされなければならない≫(179頁)。これは、本書において経済が教育を大きく変化させてきたことを述べていることと関係が深い。つまり、「よい教育をしよう」としても学校だけで教育を成り立たせることの不可能性を知らなければならない、ということである。『日本を滅ぼす教育論義』において著者が主張したのも、教育と経済との密着不可分性を認識することの重要性であった。


 この本は、結論的に社会主義革命によってしか社会変革を根本的に行えないことを主張する本である。ネオ・マルキストの本であることを認識しておかないと、誤読をしてしまう。

 気になる部分を抜き書きして、本稿を終えよう。

教育制度は人々を教育して、経済生活で地位を得て仕事をすることができるようにするわけであるが、教育制度自体の社会的関係は、事務所や工場の社会的関係に合うようにつくられている。したがって、学校教育の抑圧的な側面は決して非合理的ないしは邪道なものではなく、むしろ、経済的現実を、体系的、普遍的に反映したものとなっている。解放された教育ということだけでは職業的なミスフィットと職場ノイローゼの蔓延をもたらすことになる。それだけでは、教育の自由化には役立たない。抑圧の原因が学校制度の外部に存在しているからである。かりに、学校がより人間的な形態をとるべきであるとするならば、職場もまたより人間的なものでなければならない。(179~180頁)


基本的には、教育制度は、経済の分野から起こってくる不平等や抑圧の度合いをつよめたり、弱めたりすることはない、むしろ、教育制度は労働力の教育と階層化の過程においてすでに存在しているパターンを再生産し、正当化する。このことはどのようにして起こるのであろうか。このプロセスの核心は、教育的な体験の内容あるいは情報伝達の過程にあるのではなく、その形態、教育的体験の社会的関係にある。これは、経済の分野における支配、従属、動機づけの社会的関係に密接に対応している。各個人は教育的体験を通じて、成人して労働者となったときに直面する、無力感の度合いを受け入れるよう誘導される。(205~206頁)


追記
●本書はフリースクール運動の欠点の指摘(180頁など)をしている。またイリイチの『脱学校の社会』に対するコメントも本書には掲載されているので、修士論文を書く際には読み返すこととしよう。

ボウルズ/ギンタス著『アメリカ資本主義と学校教育1』(岩波現代選書、1986)

 教育制度を変革することを意図するならば、経済制度も考慮しなければならない。この本はこのことを主張する。アメリカで学校教育が成立した歴史を振り返り、常に経済的影響を教育が受けてきたことを説明するのだ。


要するに、われわれがここで展開するアメリカの教育制度にかんする分析は、教育改革の運動が挫折したのは、経済分野における所有と権力の基本的な構造を問題とすることを拒否したからであるということを示唆している。(…)教育制度が平等主義的、かつ人間解放的となるのは、社会生活のなかでの全面的な民主的参加を可能にし、経済的成果の平等な配分を受けることができるように若い人々を教育することができるときだけである。(…)このように考えれば、教育改革の戦略は、経済制度の革命的変革の一部をなしていることになる。(23〜24頁)

 以下、気になる点の抜き書き。

教育と資本主義経済との間に存在する決定的な関係を、どのようにすればもっともよく理解できるであろうか。まず始めに、学校が労働者をつくりだすという事実から出発しなければ、十分な説明にはならないであろう。(16頁)

経済制度の構造に対して疑問をもたないかぎり、現行の学校教育制度はきわめて合理的なものであると言えよう。したがって、制度改革は、一般の人々に対して論理的または道義的な論点を訴えるだけでは不十分である―オープン・クラスルームを首唱する人々の大半より一般の人々の方が、社会の現実をよく理解していると言ってよいであろう。(15頁)
 フリースクールに関する考察も多い本である。


頑張らなくても、認めてね。

 24時間テレビ、私は大嫌いだ。
 一番イヤなのは、「障害を持っているけれどそれに負けずに頑張っている子」のドラマである。それをみて、「ああ、私も頑張らないとな!」と思ってもらえるよう、お涙ちょうだい型ドラマになっている。
 あまりにもこういうドラマを見ると、「障害者って、頑張っているんだ」という認識になる。現実にいる障害者を目にしたとき、その人が「頑張っていない」なら「なんだよ、コイツ」と思ってしまう。
 障害者は頑張らないと認められないようである。そういうウラの意図が「障害を持っているけれどそれに負けずに頑張る」という認識に込められているのだ。
 個人は個人であるだけで、その存在を認められるべきである。頑張っていようが、頑張っていなかろうが、自分を受け止めてくれる居場所が必要だ。
 要は「頑張らなくても認められる空間」が必要なのである。アーレントの言う公共性の議論ともつながりが深い。
 フリースクールを「居場所」ということがあるが、それもある意味では「頑張らなくても認められる空間」ということなのである。

〈世界〉とは何か。

 その人にとって見える世界しか、〈世界〉ではない。進学校に通った人間の〈世界〉では、大学に行かない人はアブノーマルなのだ。けれど、中堅高校に通った人の〈世界〉において、大学は「半分くらいの人が行く所」という認識になる。

 私(=進学校に行った人)は勝手に、「いま大卒でも仕事が無くなってきており、大学院に行くことが要請されている」と軽々しく言ってしまう(大大学 傾向と対策)。しかしそれはあくまで「私」の見た〈世界〉であり、日本全体を見た話・地球全体を見た話ではない。
 知識人やマスメディアの人間は「大卒」ばかり。自然と大卒人間の見た〈世界〉観を維持する報道を行う。けれど〈世界〉はもっと本来豊かなものなのだ。アーレントの他者概念の中にも、そのようなものがあった。
 自分の見ている〈世界〉だけが世界ではない。そう考えていくと、異なる他者への理解がおよぶはずだ。自分の〈世界〉がいかに狭いかを知ることが必要だ。それ故にこそ、若者は旅に出るのだろう。自分の知らない〈世界〉と他者を通じて触れ合うことができるからだ。フリースクールに通う子どもたちも、不登校時代に海外放浪旅行や「四国のお遍路」を踏んだ経験を持っている人がしばしばいる(『ボクらの居場所はここにある!』)。それにより、不登校や学校を相対的に見れるようになる。「あ、なんだ不登校でも生きていけるんだ」と気づくのである。
 

2010年2月19日金曜日

佐藤公治『認知心理学からみた読みの世界』(北大路書房、1999)

 学びとは、個人的な営みなのだろうか? 私は最近、それを考えている。結論的には「個人的な営みだ」と考える。しかし、本書では「集団の営みだ」と主張されている。

 あとがきから見てみよう。 

本書では、学習者の主体的な理解活動や知識構成の過程に焦点をあてながら、同時に学習はまさに社会的な過程であるという社会的構成主義の立場から、個々人の理解や知識が、いかに対話と社会的相互作用のなかでその影響を受けながら形成されるかを明らかにしていくことがめざされた。いまなぜ、対話や協同的な学びなのかということは、本書のなかで述べたことなので繰り返さないが、学校教育のなかで学びがともすると個人の自立を強調して、自分の力だけで学びを完遂していくこと、そのための能力の育成といったことに目標がおかれがちであることに対して、学びというものは本来、個人の閉じた系ではなく、もっと他者との相互交流、相互の支え合いのなかで行われる開かれた系としてとらえ直していくことが必要なのである。(240頁)

 このことが、「本書で私が読者の皆さんに伝えたいメッセージであ」ると述べられている。

 確かに学びは集団の営みである点であることは否めない。しかし、近代社会において個人が所属する集団は年々変化する。ずっと同じ学校の同じメンバーで学びを進めるわけでないのだ。集団による学びは基本的には一期一会。教室の中でずっと続くようでも、数年したら全く違うメンツと関わるようになる。会社内でも部署移動はしょっちゅうだ。そのように、集団による学びは構成メンバーが常に変化する。
 とすれば、重要なのは「一人で学べる」力ではないか。特定の人がいるから学ぶ、というのでは常に学び続けることは出来ない。現代の社会においては、いつリストラされるか、いつ別の業種を行うことになるか、だれも予想できない。そんな時代では、必要な時に必要な能力を身につける/学ぶ力が必要不可欠だ。「一人で学べる」力がないと生活できなくなることもあるのだ。
 おまけに、「みなで学ぼう」とすると、無責任になってしまう。
  
 そのため、集団的学びの重要性は非常に良く分かるが、結局「一人で学べる」力を身につけないと後々困ることになるのは事実だろう。「一人で学べる」力がないと、イリイチのいう「制度」に依存した人間になってしまう。いまも、ユーキャンなどの通信教育が流行ってますよね? 本当はそんなサービスに頼らなくても、自分で学べるのが本当の人間のはずである。
 
 「一人で学べる」(「一人立つ」とも言えるか?)人びとが集まったとき、集団的学びがさらに発展するであろう。


2010年2月18日木曜日

学参の研究〜コンヴィヴィアリティのための道具を目指して〜

 脱学校論を、私はずっと研究してきたが、これはイリイチの「イイタイコト」ではなかった。あくまで、産業社会の「制度化」(価値の制度化)を批判するためのものであった。

 これでずっと研究するのもいいが、いささか飽きてきた。

 次のテーマとして、自主的・自律的学習を可能にするもの、要は「コンヴィヴィアリティのための道具」を研究していきたい。その例として、学習参考書をとりあげてみてはどうだろうか。

 研究初めとして、手元にある『現代 教育学事典』(労働旬報社、1988)を見てみよう。

参考書
予習・復習をふくめて学習を自主的に深めていくために副次的に用いられる、教科書以外の図書の総称。したがって、参考書は、本来、子どもの学習が主体的に行なわれるさいの手引書という性格をもつ。すでにこのような性格のものは、大正期の自由教育の展開のなかで用いられていた。しかし、参考書の利用が直ちに自主的な学習を意味するとはかぎらない場合もある。明治後期には上級学校進学のための参考書がすでに使われており、それ以降も国定教科書を学習するための安易な解説書が利用されていたのはその好例である。今日における受験参考書の氾濫も同様である。このような参考書とその利用は、暗記主義・教科書中心主義の傾向を招きやすい。むしろ、その弊を克服し自主的な学習を促す参考書とその利用が望まれる。同時に、学習における問題意識の喚起、学習のもつ面白さの体験の指導などを先行させたい。(久田敏彦)


2010年2月17日水曜日

シューレ大学学生ゼミでの、卒論発表会。

 本日19時から21時まで、若松河田のシューレ大学で「学生ゼミ」が行われた。今回、有り難くも私が卒論を発表させていただいた。テーマはイリイチの『脱学校の社会』。周りはフリースクール関係者がほとんど。相手がすでによく知りすぎていることを、話してしまわないか、という不安が襲った。けれど、何とか形になってよかったと、と思う。

 卒論の第三部の内容をもとに話をした。そこの中に「教育とは待つこと」という概念を軽々しく書いていたが、もっと考察したうえで書くべきだったと気づかされた。
「待つのが大切とはいうけれど、〈待たれるプレッシャー〉がある。不登校になったわが子にいつ親が〈いつまで待てばいいんだ!〉と言い出すか分からない。それに、シューレでは〈待つ〉態度が貫かれているというが、それは本当だろうか。むしろ、〈待つ〉というよりも子どもをそのままの姿で認めるという態度が重要なのではないか」。
 Sさんの発言(趣旨)だが、非常にためになった。

 もう一点、非常に勉強になった所がある。それはフリースクール的学びを行う際の課題とも言うべきものだ。フリースクールにいて、文字を書けないまま18歳になり、免許をとろうとしても字が書けないから取れない、という方がいる。その人が小さいときに、「文字を書く練習しようよ」と多少強引でも語るべきだったのかどうか、ということがテーマだった。
 朝倉さんは「海外のフリースクールだと、そのことはあまり問題にならない。それは日本の場合、フリースクールに来るのは不登校経験のある子が多いことが一つの要因だ。学校で傷つき、学ぶことを〈辛いこと〉〈苦しいこと〉と経験している子にとって、学ぶモチベーションになれないことが多い。学ぶことを楽しみであるとは捉えられず、比較されるもの・自分のバカさ加減を知られるものだと認識していることがある」。
 この話も興味深い。「学びに傷ついている」ということは、非常に恐ろしいことである。
 さて、このテーマにあった「文字が書けないまま大きくなる」ことについてだが、フレイレの言葉を思い出す。フレイレは脱学校論者の一員であるが、〈成人への識字教育は6週間ほどで行える。それなのに、何で何年も学校に通わないと行けないのか〉という理由からであった。フレイレは実践の中で識字を即習できるプログラムを開発したのだ。さきの18歳の方の件も、「必要ならば数週間で即習出来る」学習プログラムを用意していると、「渇きによる学び」が起きた際容易に学ぶことができる。そういえば、前に『こんばんわ』という夜間中学校を描いたドキュメンタリー映画を見た。そこでは生活に必要な漢字を250程度に選別し、それらを生活文脈の中で学習できる教材が用意されていた。せっかく教育心理学が発達し、脳の研究も進んだのだから、「簡単に日本語の読み書きができる」プログラムを開発すべきであろう、と感じた。
 

昼宴会

やる気のない日常の光景。高田馬場にて。

2010年2月15日月曜日

池谷壽夫(いけがや・ひさお)『〈教育〉からの離脱』青木書店、2000

 この本を、私は大学の図書館で借りた。久々に、「購入したい!」と思う本と図書館で対面することができた。
 例によって、アンソロジー的に紹介したい。
 なお、池谷のいう〈教育〉とは、≪近現代に特有な教育のあり方を、それ以前のいわば共同体に埋め込まれて営まれていた教育と区別する意味で、〈教育〉という言葉で表現≫(9頁)するために、岩崎弘昭の『講座学校1 学校とは何か』(柏書房、1995)にならって持ってきた概念である。それにより、「人間が生きていくうえで不可欠な活動様式のひとつである教育一般」(同)と「近代に特有な教育のあり方」(同)とを区別できる。その上、≪〈教育〉を否定しそのオールタナティブを求めたとしても、それは教育一般を否定することにはならない≫(同)という良さがある。そこに続く≪近代的な〈教育〉は、人類が生き延びていく上で、資本主義的生産様式のもとで作り上げてきた活動様式とシステムのひとつの選択であり、そのあり方こそが今問われているのである≫(同)という指摘も興味深いものだ。
近代日本においては、公教育の成立と同時に、まずは家庭とそこでの教育が学校教育を補完・強化するものとして位置づけられる。次いで、家庭は国家社会の基礎をなすものとして積極的に位置づけられる。ここでは、家庭の親のいっさいの行動と文化が「卑猥か清浄か」という〈教育〉的規範に基づいて点検され、〈教育〉的なもの(「健全な」「清浄な」もの)となるように促されるばかりでなく、性別役割分業にもとづいた「スウィートホーム」の中で、積極的に子どもに「服従」「愛情」「責任」「公徳」などの徳を涵養することによって、家庭は「小国民」を教育する場とならなければならない、とされるのである。まさに近代社会にあっては、家族とそこでの教育は国家の戦略のうちに組み込まれているのである。(33頁)


「愛情」の名のもとで生徒を保護し指導しようとする〈教育〉のあり方を、「〈教育〉的パターナリズム」と呼ぶことにしよう。このパターナリズムのもとでは、教師は生徒のことを思って一生懸命努力し生徒を一定の方向に導こうとするが、その〈教育〉的な世話に対して、生徒は反逆することもできない。教師のこうした世話を受ける代わりに、「受身の黙認」(R.セネット『権威への反逆』)を余儀なくされるからである。「先生が一生懸命僕のことを思ってやってくれるのだから、その期待に応えなくては」というふうに考えてしまうのである。(49頁)

近代社会は、タテ・ヨコ・ナナメといった多様な人間関係を破壊し、人間関係を「親―子」関係と「教師―生徒」関係というきわめて単純な人間関係、しかもタテの垂直的な関係に還元してきた。しかもそこでは、他者に依存せず「自立」することが目標とされている。(…)つまり、子どもは教師の言うとおりに行動するように強制されながら、たえず「自立」的であることが自分のライフスタイルや自己価値を規定するものとしえ求められる、という矛盾した生を生きることに案る。文部省の言う「自ら主体的に判断し行動するために必要な資質や能力の育成を重視する教育」、すなわち「新しい学力観」は、まさにこうした矛盾した心性を生徒に引き起こすことになる。(57~58頁)


(石田注 母親と娘の会話を池谷は紹介する。娘の「汚い」言葉を母親が「そんな言葉はいい子は言わないわよ」と言って注意する。それにより、娘の「いい子」の部分は≪今後はうそをつかないで母親を裏切らないようにしようとする。しかし、もうひとりの自分はこう考える。「お母さんがわたしが悪いと言うのはあたっている。お母さんが好意的に考えてくれても、わたしは悪いことをしちゃうし、お母さんがだまそうとさえしちゃう。わたしはそんなにいい子じゃないもの」と。こうして、この子はしだいに「悪い子」を実現してしまう≫(70頁)に続けての引用。
〈教育〉的関係のもとでは、親や教師が今ある子どもを価値評価したり断定したりして、ある特定の「よりよい」方向へと変えようと望めば望むほど、子どもは逆にその価値評価や断定を実現しようとしてしまう。結局のところ、〈教育〉はその当初の目的さえも遂げることができない。(70頁)


世俗での子どもの「成功」を求めれば求めるほど、大人たち自身と現実世界が汚れていく。だからかえって逆に、世俗にまみれない純粋さや「無垢さ」が、汚れた自己を清めてくれるものとして、あるいはそうした自己から解放させてくれるものとして、大人の側から子どもに求められもすることになる。
 このように見てくると、「無垢なる」子ども像は、大人の〈教育〉的願望とその目標であると同時に、大人の側の強制的な〈教育〉行為をいわば「免罪」し浄化してもくれる、そうしたものとして要請され求められた、と言うことができよう。(95頁)

→灰谷健次郎的「子ども尊重」思想には、この池谷の指摘が当たっているような気がしてならない。

親の愛情は〈教育〉目的達成の手段であり、子どもは〈教育〉操作のたんなる客体であり、大人も〈教育〉のためにすべてを犠牲にしなければならないという点では、〈教育〉の奴隷にほかならない。しかもこの中で子どもは、親に呪縛され、そこから逃れることもできなくなる。(123頁)

80年代にかつてない高度情報・消費社会が到来し、子どもの世界を襲ったことである。今や子どもたちは、一方では、資本(大人たち自身)によって仕掛けられたこのサブカルチャーの世界に入り込むことによって、大人世代から自らを隔離しつつ(隠れつつ)、消費・情報を通じて同世代としての自己確認をしている。しかし同時に他方では、学校や社会では市民的権利への通路は保障されていないとしても、いわば「消費・情報的な市民」としては、大人との境界を越えて大人世界へと参入してもいる。(181頁)

→ポストマンは「子どもはもういない」を書き、「子ども期の消滅」の理由をテレビの普及に求めた。池谷は「消費・情報的な市民」という概念で「子ども期の消滅」を描いているようである。

子どもが大人と共同する場所があれば、意図的な〈教育〉がなくても、何らかの学習がそこでは行われるということである。すなわち、意図的な〈教育〉がなくても学習は存在するし、学習は〈教育〉から相対的に自律したものとしてある、ということである。たとえば、ヘアー・インディアンの社会のように、子どもの自発的な学習があっても、大人の側に〈教育〉的な営みがない社会もある。ここでは子どもたちは大人がしているのを見よう見真似で学んでいるのである。(195頁)

 この本の後半部は「性教育」を人々がどのようにとらえてきたかの時代史が語られる。
 昨年の8月にフリースクール全国ネットワーク主催の「子ども交流合宿 ぱおぱお」が早稲田大学早稲田キャンパスを舞台に行われた。オープニングのセレモニーの際、あるフリースクールの代表として壇上であいさつした子のセリフが印象的だった。
 「ここでは、普通に下ネタが話せるから、いい」
 学校において、下ネタはタブーである。それが自然に・普通に話せる環境であるということは、池谷が終章でも書いているように、フリースクールが子どもにとっての「居場所」であるからだろう。

アーレントの他者概念。

 読書会で使用するため、岩波書店の志向のフロンティアシリーズの『公共性』を読了した。アーレントをもとに公共性を説く。若干、理解に及ばないところもあったが、だいたいにおいて興味深い内容であった。

 悩みや葛藤・「ためらい」がある状態こそ人間の本源的状態である、と内田樹は言う。アーレントもその認識に基づいている(あ、時期的に見ても真逆か)。自己の中にひとつのイデオロギーが確固として存在している状態を、危険な状態だと彼女は指摘する。個人の中に多くの他者の声が響き、その中で悩み、考えることに人間の崇高さを説く。
 アーレントにとって、「他者」とはコミュニケーション可能な存在のみをさすのではない。重度の障害者や赤ん坊すらも「他者」と認識する。

 世界は他者の数の分だけ豊かになり、誰か一人が世界から退場することはそれだけ世界が貧しくなる、とアーレントは説明する。ここでいう世界とは人間世界だけでなく、「わたし」の内面世界のことでもある。
 異質な他者を尊重するのは、その分だけ自分の内面世界が豊かになるからである。異質な他者を排斥することは自分の内面世界をそれだけ貧しくすることにつながる。
 
 ひとりの他者をどこまでも尊重する(平易に言うと、「一人を大切にする」ということ)という行動は、自己の生命(=内面世界)を豊かにするための戦いであるともいえる。他者の他者性を尊重した分、自分の内面世界に「他者」が増え、より豊かに生きれるようになる。はずである。

「教育のための社会」とは?

 「教育のための社会」(ロバート・サーマン)という概念が、いまひとつ分からない。
 大学2年生のころの認識では、「教育的でないものを排除した社会」と考えていたが、どうもそれとは違うようだ。
 大学二年の時の認識を検討しよう。「教育的でないもの」とは、たとえば反道徳的・退廃的・反社会的な存在のことを意味する。それらを排斥するとは、簡単に言うと「異質・異様な他者」を排斥するである。ホームレスの人、在日の人、風俗産業従事者、外国人労働者、犯罪経験者を子どものそばから追いやることである。「異質・異様な他者」のいない社会は確かに安全で、暮らしやすく、平和な生活が待っていることだろう。
 いい環境を求めて、都心から郊外に引っ越すのが高所得者の常であるが、郊外には「異質・異様な他者」はいなくなる。親たちはこのことを「教育的にいい環境である」と認識する。安全・快適・平穏・静寂な生活が繰り広げられるからだ。さらに高所得者はゲーテッドコミュニティー(要塞都市)に住む。けれど、このことは子どもにとって本当に喜ばしいことなのか?

 良い社会とは正統的教育コース(高校普通科→大学→大企業or公務員)以外の教育コースの存在を許容した社会である。反・正統的教育コース(高校中退、ニート、中卒就労、高卒就労など)を歩んだ人間は、正統的教育コースに生きる人間にとって、非常に異質な存在として認識される。時には「ああならないようにしよう」という反面教師として、時には「気楽に過ごせていいよな」という呪詛の対象として。
 「異質・異様な他者」を排斥する環境で育つとき、子どもは大人社会の排斥の風潮を内面化する。それが表層に表れ始めた時、大人以上に「異質・異様な他者」を排斥するようになる。昔からホームレスへの暴行事件やチマチョゴリを切り裂く事件が起きていたが、それらは子どもの「異質・異様な他者」排斥が行動として表れた事例である。
 
 結論として言おう。「教育のための社会」を、「教育的でないもの、反・教育的なものを排除した社会」という認識の仕方は誤りである。「異質・異様な他者」を排斥することにつながるからだ。
 ということは、「教育のための社会」とは逆説的ながら、反・教育的なものを包摂した社会ということができる。教育のための社会とは、「いい教育のために~~しなければならない」という言葉が存在しない社会、つまり「異質・異様な他者」や反・教育的なものすら受け入れる社会であるといえるかもしれない。

追記
●「異質・異様な他者」に非寛容な社会は、内部に住む人間にも非寛容である。絶えず同調性を強いるためである。内藤朝雄は「中間集団全体主義」という概念を提唱しているが、まさにそういった一種の全体主義が広まる。そうなったとき、集団内部での排斥者は「中間集団全体主義」を内面化しているため外に出ることを「してはいけないことだ」と認識する。結果、とことんまで追い詰められ精神を病むか自殺をしてしまう(ひどい時は殺傷事件を起こす)。
● 岩崎弘昭の概念を使うなら、「教育のための社会」とは〈教育〉を排斥し、中世以来の「共同体の中に埋め込まれた学び」を復権させる行為であるといえるであろう。

2010年2月14日日曜日

イリイチ『生きる思想』「レイ・リテラシー」の章より、脱学校(非学校)について。

 『生きる思想』の「レイ・リテラシー」の部分で、イリイチは《自分自身が『脱学校の社会』のなかでとっていた素朴な見解を批判しようと思います》(116頁)と述べている。

原稿は九ヶ月も出版社のところにありましたが、その間わたしはますますその内容に不満をもつようになりました。ところで、ついでながら言うと、その本は、学校の廃止を論じたものでありません。この誤解は、ハーパー出版社の社長、キャス・キャンフィールドのせいです。かれはわたしの乳飲み子の名付け親になったのですが、そうすることで、わたしの考えに誤った表現を与えてしまったのです。この本は、学校の廃止ではなくて、学校の非公立化を主張したものでした。ちょうど教会が、合衆国では非国教化されているようにです。(116〜117頁)
 イリイチは『脱学校の社会』では費用がかかりすぎるという点からも「非学校化」を提唱したのであった。


 このあと、イリイチは「学校の典礼論」についてを説明していく。「典礼」とはYahoo!百科事典(データ元:『日本大百科事典』(小学館))では次のように説明されていた。要は、礼拝の際の儀式のことをいう。
キリスト教の教会で司祭によって公に行われる礼拝の儀式のことである。語源はラテン語のリトゥルギアliturgia。典礼は神を崇(あが)め、人々のために神の祝福と恵みを求めるために行われるが、典礼にあずかる信者が同一の信仰を確認しあい、連帯心を強める効果をももっている。典礼は、カトリック教会、東方正教会、ルター派、改革派教会などによって、それぞれ公認された典礼書の指針にのっとって行われ、典礼書には祈り、賛美歌、聖書朗読の箇所などが記され、司式者と奉仕者のなすべきことが定められている。(…)[ 執筆者:安齋 伸 ]

 《教会学の中でも典礼論は、いつもわたしが好んでいるテーマです》(118頁)と、神学というイリイチの出自に基づいて論を進める。典礼論は《「教会」という現象を作り上げるうえでの礼拝の役割を扱ってい》(同)る。典礼論の研究テーマは《おごそかな身ぶりや聖歌、位階制度や儀式の諸道具が、どのようにして、信仰ばかりでなく、信仰の対象である教会共同体という現実を作り出すのかということ》(同)である。
 《比較典礼論を研究することによって、神話を作り出すのに本質的な儀式と、そうでない非本質的な様式とを区別する目が鋭くなります》(118〜119頁)とイリイチは続ける。このような典礼論研究をもとにして、《学校で行われていることがらを典礼の一部として見る》(119頁)姿勢をイリイチは身につけた。

そうやって、わたしは、学校schoolingという典礼が、近代の事物が社会的に構築されていくうえでどんな役割をはたしているのか、そして、そうした典礼がどの程度、「教育への[依存]欲求」というものを作りだしてきたのか、という点を研究するようになりました。また、学校[という典礼]に参加する人びとの精神のありかたのうえに、学校がどんな痕跡を残すかということにも気づくようになりました。わたしは、学習の理論や学習目標がどれだけ達成されたかといった研究についてはカッコに入れ[判断を控え]、学校における典礼の形態に注意を集中しました。『脱学校の社会』として出版した諸論文のなかで、わたしは、学校の現象学を論じました。

 その「学校における典礼の形態」の例として、次のものをあげる。

《「教師と呼ばれる人間のまわりで、年に二百日、日に三時間から六時間勉強する年齢別に構成された集団》(119頁)
《落第したり、低いランクのコースへ追いやられた者たちが排除されることを年ごとに祝う進級[という儀式]》(同)
《これまでのどんな僧院の典礼にもないほど細分化され入念に選択された学習項目》(119〜120頁)
 
生徒の数は一般に十二人から四十八人、教師は、数年間は、生徒以上にこうした儀式に骨の髄までひたった者でなければなりません。生徒は、一般になんらかの「教育」を受けたとみなされ、また学校だけが、独占的にそうした「教育」を授けることができるとみなされています。(120頁)
そういうことから、わたしは、教育を、必要な財と考えるような社会的現実を、学校という典礼が、どのようにして作り出してきたのかを知ることになりました。二十世紀の最後の二十年のあいだに、このような[教育の必要という]神話を作り出す働きをするものとして、包括的な生涯教育が、学校にとって代わるだろうということについては、当時でも気がついていました。(120頁)

 けれど、イリイチはこう語る。《『脱学校の社会』を書いたとき、わたしの関心の核にあったのは、依然として、教育の社会的影響であり、教育がそもそも歴史のなかでどのようなものとして形成されてきたかということではありませんでした》(121頁)と。このようにイリイチは自己批判をする。
 この文章の後、イリイチは人間を「ホモ・エージュカンドゥス」(教育を要するヒト)の「種に属している」とみる自身の仮説を疑い始める。「稀少性」というキーワードから文明を読み解くイリイチの姿勢が《実は、歴史的につくられたものだということに、カール・ポランニーの本によって気づかされ》(122頁)る。

こうして、「教育」とはなんであるかということを私は理解するようになりました。つまり、「教育」とは、学習を生産する手段が稀少であるという仮定のもとでとり行われる学習のことなのです。この点から考えると、「教育」への[依存]欲求とは、いわゆる「社会化」のための手段は稀少である[かぎられている]、とする社会的な信念や合意から生まれる結果であるように思われます。そして、同じ点から考えて気づきはじめたのは、教育という儀式が反映し、強化し、現実に作り出してもいるのは、稀少性という条件のもとで追求される学習への価値への信仰だということです。(122頁)


※なお、カール・ポランニーについてYahoo!百科事典で調べた結果も引用しておく。

ポランニー Karl Polanyi

(1886―1964)

ハンガリー生まれの経済学者。主としてアメリカで活躍。ブダペスト大学その他で哲学と法学を学び、第一次世界大戦後ウィーンで雑誌の編集に従事。ナチスに追われてイギリスに移り、オックスフォード大学の課外活動常任委員会の講師その他を経てコロンビア大学客員教授となり、経済史を講義。物資の交換形態として、互酬性、再分配、(市場)交換の3様式を摘出し、交換形態の分析により、近代の市場経済社会と、その他の非市場社会とを同時に扱うのを可能にした。近代西欧の市場経済が人類史上、特殊であることを示し、経済人類学の発展に多大の貢献をした。主著として『大転換』(1944)、『ダホメと奴隷貿易』(1966/邦訳名『経済と文明』)などがある。なお、物理化学者、社会科学者のミヒャエル・ポランニーは弟、化学者のジョン・ポランニー(1986年ノーベル化学賞受賞)は甥(おい)である。

[ 執筆者:豊田由貴夫 ]


2010年2月13日土曜日

イリイチVSフレイレ『対話 教育を超えて』からのアフォリズム その3

イリイチVSフレイレ『対話 教育を超えて』のアフォリズム・シリーズも堂々の完結編。

ラストはウィリアム・B・ケネディーが語った「教育の巡礼者 フレイレとイリイチ」より。

イリイチは、抑圧された人間を消費者とみなしている。消費者は、自分から行動したり生きていこうとはせずに、受動的にやりとりするばかりで、地球の資源を使いつくしてしまうように仕込まれているのである。資本主義諸国も社会主義諸国も、そういったことを人類の目標として永続化させるという点で変わりがないため、かれは双方を批判する。絶えざる成長をその目的とする限り、「発展」はつねに害をもたらすのである。(128頁)

 イリイチは「サービス」というところで権力論を構築する。それがフーコーとの違いのようだ。
 「消費者」は、企業や国家の「サービス」をただ受け止めるだけ。「遊びに行きたいな」「はい、ぜひディズニーランドへお越し下さい」。自分から「何をして遊ぶか」を主体的に選択するのではなく、企業や国家の示す選択肢から選ぶにすぎない存在となってしまう。

 最後に、両者についての説明を引用する。

フレイレがその国情に通じているラテン・アメリカ諸国では、教育にたずさわる人間は、自分たちが行動できる「自由な場」を問題にしている。自由を制限する巨大な力に対抗する上での助けとなる、民衆の生活に根ざした戦略を追求するという点で、フレイレの活動はイリイチと結びつく。その線にそって、かれは、慎重に行動し反省していくことを勧め、現実の中で、ペシミズムや冷笑的な態度におちいったり、オプティミズムや単純な行動主義におちいったりしないようにと忠告している。(140頁)