2008年12月28日日曜日

タバコ

タバコの煙りMAXの環境から抜け出て、落ち着くためにはコーヒーの香が必要だ。リセッターとして珈琲が機能している、とでもいえようか。

2008年冬の帰省は新幹線自由席の喫煙シート。喫煙所で3時間座り続けることがいかに過酷かよく分かった。頭の働きがかなり悪くなっている実感がある。

もう2度と喫煙シートには座らぬ誓いを立てた。

2008年12月25日木曜日

お昼の争い

スタジオALTAの上に みのもんたの看板がある。お昼の争いはここでも行われているのだ。

2008年12月23日火曜日

2008年12月18日木曜日

フィンランドとコーヒーと学力

世界でもっともコーヒーを飲むのはどこの国の人であろうか?

正解はフィンランド(一人当たり)。一日に5杯以上飲む人もザラだ(『フィンランド 豊かさのメソッド』)。

ピサ調査世界一の学力の秘密もコーヒーの大量摂取にあるのかも知れない。

神秘主義

私は神秘主義が嫌いだ。

ときどき教育学の中に「宇宙との一体感を感じる」などと書くものが存在する。シュタイナー教育だけでなく、わりあい´ヒューマン`な教育学理論にも見受けられる。「宇宙との一体感」以外にも「人類みな兄弟」という形で現れることもある。

他人の信仰や主義に対し意見をいう気はさらさらない。意見を言いたくなるのは「さも当然」とばかり神秘主義的価値観を《押し付けて》くるときだ。

「たしかにおっしゃるとおり、そういう考え方もありますなあ。でも私はそうは思いませんよ」


このように言いたくなるのだ。

書評:ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

書評:ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』*
 読まないで本書の書評を書いてみようと思ったが、それはやめることにした。
 この本はいわゆるハウツー本でも、トンデモ本でもない。れっきとした文学の本である。そもそも、『読んでいない』といっていながら、《読んだが忘れてしまった本》として著者自身の本を挙げている。
 読んでいない本についてコメントしなければならないことは、意外にある。バイヤールはこの行為を否定的に見るのでなく、逆にポジティブに見ていくことを提唱しているのだ。

読んでいない本についての言説は、自伝に似て、自己弁護を目的とする個人的発言の域を超えて、このチャンスを活かすすべを心得ている者には、自己発見のための特権的空間を提供する。(中略)読んでいない本についての言及は、この自己発見の可能性をも超えて、われわれを創造的プロセスのただなかに置く。われわれをこのプロセスの本源に立ち返らせるのである。(213頁)

 読書とは、もっと能動的であるべきだ。本を通じ、「みずから創作者になること」(217頁)をしてもいいのではないか。『読んでいない本について堂々と語る』時、頭の中で創作作用が始まる。「読んでいない本について語ることはまぎれもない創造の活動なのである。目立たないかもしれないが、社会的にこれより認知された活動と同じくらい立派な活動なのだ」(217頁)。それはまぎれもなく自分の思考であり、自分自身について語ることになるのだ。

 本を読むという行為のために、逆に自分の考えがなくなってしまうことがある。読むことによって、本質が見えなくなることがあるのだ。書評を書くのも然りである。あまりにも読みすぎた本については、何も言えない。著者が何を意図しているか、考えすぎるとかえって何もかけなくなる。学問も同じである。一年生の頃、「教育学って、要はこんなものだ」と恐れ多くも言えていた。しかし、今は「教育学って、結局何なんだろう」と却って分からなくなっている。レポートを書くときにも感じる。あまりにも多くを調査すると、「先攻研究に書かれていないだろうか」と思い、なかなか書けなくなる。思えば不思議なことである。

2008年12月16日火曜日

シェーン、三十郎、Come back !

~ヒットした映画に潜む、型あるいは図式についての一考察~

 黒澤映画『用心棒』(1961)と『椿三十郎』[1](1962)はリンクしている。もともと『椿三十郎』は「『用心棒』の続編を撮れ」との東宝の依頼で作ったため、当然といえば当然である。黒澤は続編にはせず、別の映画として撮った。しかし、主人公のキャラクターや設定は同一なのだ。[2]三船敏郎(三船美佳の父である)演じる桑畑三十郎(『用心棒』)と椿三十郎(『椿三十朗』)はどちらも≪フラッと来て、問題解決をし、フラッと去っていく≫点でつながりがある[3]。
 アメリカ映画『シェーン』(1953)も、『用心棒』・『椿三十郎』と同じく≪フラッとやってきて、問題解決をし、フラッと去っていく≫図式の映画である。今回は、ここで示した3作品の共通点・相違点を見て行きたい。

 どの作品も、≪フラッと来て≫、〈正義〉[4]の人にお世話になり、〈悪者〉一族を倒し、〈悪者〉の中で特に腕が立つもの―いわばライバル―を1対1で倒し、そしてフラッと去っていく点で共通である[5]。
 共通するそもそもの疑問として、なぜ主人公が旅をしているのか、という点が浮かぶ。主人公は腕の立つガンマンや侍であるのだが、どうして一匹狼・風来人になる必要があったのか。映画では全く描かれない。しかも利益を目的としているのでなく、任侠心からボランティアで、命の危険を冒して〈正義〉を助ける。現代風にあらわすなら、《大企業の妨害行為により、倒産寸前となった零細企業を、フラッとやってきた主人公が建て直しを図る》[6]とでも示せるであろうか。利益のためでなく、《自分の力を社会に役立てたい》との思いから行動しているといえるのであろうか。

 下に、三作品の比較対照表を作ってみた。参照していただきたい。比較してみると、時代設定や場所こそ違えど、共通する要素の多いことがお分かりになるであろう。

 この≪フラッと来て、問題解決をし、フラッと去っていく≫図式のように、ヒットする映画にはある程度の型や図式があるように考える。これから、そういった図式を見つけていきたいと思う。



[1] なお、『椿三十郎』は角川がリメイク版を2007年に出している。
[2] ほかに、『用心棒』・『椿三十郎』はBGMが同じであるという共通点がある。
[3] 『用心棒』は桑畑三十郎が農道を歩くシーンから始まる。その際、三十郎の背中が写るところから始まる。『シェーン』とも共通しているシーンだ。『シェーン』では馬上のシェーンを背中越しにアップするところから始まる。対して、『椿三十郎』では神社の境内で話し合っている武士集団の話を、三十朗が隣の部屋で盗み聞く場面から始まる。『椿三十郎』は≪フラッと来て≫とは言いがたいが、偶然いざこざ(これは主人公が世話になる〈正義〉の集団あるいは個人と、〈悪者〉間のいざこざである。各映画との対応は表を参照のこと)に巻き込まれる。
[4] あくまで、主人公や映画鑑賞者からみて〈正義〉である、との意味で〈 〉を付けている。〈悪者〉も同じである。〈悪者〉から見れば、シェーンや三十郎は《突然やってきて、敵方に味方する、よく分からない変な奴》にしか見えていないのだ。
[5] ほぼ無傷で去る『用心棒』や『椿三十郎』と違い(どちらも「あばよ」と告げて去っていく。背中のアップと共に終わる)、『シェーン』は傷だらけで去っていく(例の「シェーン、カム・バック!」との男の子の声と共に、ふら付きながら馬で去る。死を暗示しているとの見方もある)。
[6] この設定は伊丹十三の『スーパーの女』(1996)に共通している。食品スーパー「安売り大魔王」に押される、「正直屋」の社長・小林五郎のもとに、幼馴染の井上花子がフラッとやってくる。そして彼女の主導の元に「正直屋」を建て直し、「安売り大魔王」に打ち勝つ。最後は彼女と「正直屋」社長との結婚が暗示されるところで終わる。主人公が〈正義〉と一緒になる(ここでは結婚するということ。風来人が〈正義〉と一体化する、ということを意味する)点はシェーンや三十郎と違うが、≪フラッと来る≫点と《別に頼まれてもいないのに、〈正義〉に協力することになる》点は共通している。

無茶をいうな

看板にもいろいろある。なんでも書きゃいいというわけではないのだ。

2008年12月13日土曜日

映画『椿三十郎』

見た。

最近、黒沢映画が面白くてたまらない。

見ないで死ぬのは勿体ない。

いきなりの緊迫シーン。

懐手で歩く時肩を揺らす。このスタイルの格好よさ。
常に落ち着く・堂々とすることの大事さを知る。

椿三十郎の台詞は全てをメモしたくなる。

「岡目八目ずばりだ。見てみな」
「十人だ! てめえらのやることは危なくて見てられねえや」
「間抜けな味方の刀が敵の刀より危ない」
「俺だ、開けろ」

緊迫した合間に、ユーモラスなシーン。

せっかく散々助けてやっているのに、味方が三十郎をうたぐる発言。人間の忘恩を思う。

2008年12月10日水曜日

イルミネーション

今年の冬も、イルミネーションの季節だ。

この省エネブームの世の中で、イルミネーションだけが例外なのは興味深い。

友人との話で気付いた点だ。

2008年12月9日火曜日

映画評論 黒澤明『蜘蛛乃巣城』(1957年)

文豪・シェークスピアの描く悲劇は、現代にも影響を与えている。イギリスには、シェークスピア作品中の言葉だけで、一日の会話を成立させることのできる人もいるという。日本では、少なくとも黒澤明の映画に影響を与えている。この『蜘蛛乃巣城』はシェークスピアの『マクベス』を基にした作品だからだ。鑑賞後、『マクベス』のあらすじを読んでみたが、「そのままじゃないか!」との思いを強くした。ヨーロッパの話を、戦国時代の日本で成立させてしまう、黒澤の力の底知れなさを思う[1]。

 鷲津武時(わしづ・たけとき)という武士が、討伐からの帰路、森の中で「物の怪」(もののけ)に会う。老婆の姿で、物の怪は≪あなたは北の舘の主となり、蜘蛛乃巣城のお城主様になる≫と鷲津に語る。同行していた親友の三木義明に対しても、物の怪は≪あなたは一の砦の対象となり、息子が蜘蛛乃巣城のお城主様になる≫と語った。城主のもとに帰った際、二人は予言の通りの役職に新たに任命される。大して予言を信じていなかった二人の顔が、はっきりと変わる。
 鷲津自体は「北の舘の主で十分。城主を狙うなんてとんでもない」というが、妻の浅茅(あさじ)にそそのかされ、城主を討ってしまう。三木の息子を次の城主にしようとするが、またしても浅茅の説得に負け、三木とその息子を殺そうとする。三木本人は亡くなるが、息子は逃走した。
 城主と親友を殺してしまった鷲津。予言どおり、蜘蛛乃巣城の城主となるが、精神的に不安定になってしまう。部下たちをスパイと疑い、何人も斬ってしまった。
 最終的に、蜘蛛乃巣城を前城主の息子・国丸と、三木の息子・義照の軍勢に囲まれた中、鷲津は家臣たちに雨のように矢を放たれ、殺されてしまう。

 この物語では、鷲津の妻・浅茅がキーパーソンである。はじめ、鷲津は自分の名誉欲を「主君への忠誠心」で抑えようとした。しかし浅茅によってそそのかされ、主君に槍を刺してしまう。主君のみでなく、自らの出世の妨げになると考え、親友の三木すらも斬ってしまう。人間は周囲に翻弄されてしまうものであるのだ。
 確固たる意志がなければ、人間は不幸になるのかもしれない。鷲津は城主になるという、当初思っても見なかった願望をかなえることができたが、親友を殺し、家臣に信頼をおくこともできなくなってしまった。結局は家臣の手によって放たれた弓に刺されなくなってしまう。これは悲劇である。
 自分は何のために生きるのか。自分なりに考え、答えを求めようとすることだ。鷲津は意志の固い男であるが、浅茅にそそのかされると良く考えもせずに動いてしまった。短絡的行動は、時として自らの破滅を招く。常に自分をメタ認知し、可能な限り考える姿勢を保っていくべきであろう。
[1] シェークスピアの生没年は1564~1616年なので、年代的には日本の戦国時代にあたる。そのため、シェークスピアの物語とこの『蜘蛛乃巣城』は同時代性を持っている。

就活できる幸せ

私の同期の人間は、「就職活動が大変だ」というが、仕事を選べるという事はそれだけで「幸せ」なことではないか。

私の中学の友人は、高卒あるいは高校中退で、結構働いている(世間的にはフリーターな友人もいるが)。
いくら不況でも、仕事はある。そうでなければ求人雑誌は廃刊してしまう。

仕事はあるのだ。「選んでいる」からみな苦労して就活をしている。それで鬱になっている。

むしろ、「仕事を選べる」幸福を考えるべきではないだろうか。

プラス思考の有無で、人生は大きく変わるという。ならば、就活もそうである。俺は大学院の準備をしているが、プラス思考と「選択できる贅沢な悩みを持つ幸せ」を噛み締めていくべきだと自分自身に思う。

社会貢献の道を考えていくべきだ。浜口直太の本に(『勉強のルール』)「世のため・人のための思いで学べ! その人が一流になる」とある。よく自己啓発本には「自己実現こそが人生の目的」とあるが、それはおかしい。人生の目的は、どれだけ他人のために尽くせたか、他人のために行動できたかではかられるべきだ。
私も、浜口と同じ決意で、人々のために役に立つ教育学者になる。そして私の師匠にお応えをするのだ。断じて、戦いきるのだ!

教育にゴールはあるのか

教育を考える者は、「教育された姿」をイメージするが、教育にゴールはない。

学校教育で完璧を目指す事はできず、個人が「他人のために行動しよう」という意識を持ち、「そのために、学ぼう」としていけるかが大切だ。

皆、ベルトコンベアー式に、「こんな子どもに作り上げたい」と考えるが、それは無理な話であるのだ。

2008年12月4日木曜日

自己の弱い命と向かい合え!

がうじやう(強盛)にはがみ(切歯)をしてたゆむ心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うちふるまい・いいしがごとく・すこしも・をづる心なかれ(『兄弟抄』)

日蓮の権力との戦いは、それはそれは熾烈であった。

日蓮の文章を学ぶにつれ、自己の弱い命と向かいあう必要性を感じてくる。

もっと、強くなる!

2008年12月3日水曜日

冬の朝

冬のは世界が青い。

西武新宿線各停

6時前の西武新宿線(小川から乗る)に乗った。席はすでに半分くらい埋まってる。余裕で座れるが、俺よりはやく生活が始まる人の多さに改めて気付いた。

速読と熟読

『1分間勉強法』という本に影響を受けた。

1冊を1分で読む方法だ。

ざっと読むにはいい。しかし「血肉にする」読書には使えない。くだらない新書には使えても(『A型自分のトリセツ』など)、自らの人生や考え方を変える可能性のある本には使えない。

佐藤優は正しいわけだ。

2008年12月2日火曜日

コンビニの差別化

コンビニが2店舗あるとき、意思決定の決め手になるのは店の綺麗さである。そうにちがいない。

いやでもコンビニは綺麗にしないといけないのだ。

2008年11月26日水曜日

書評『超「超」整理法』(野口悠紀雄)

 中公新書の名作に『「超」整理法』がある。「押し出し式ファイリング」という整理法を世に提唱した本である。梅棹忠夫の『知的生産の技術』の次くらいに読んだ本だ。当時私は、中学生であった。「超」整理法とは、《紙媒体の情報は、大きな封筒にいれ、本棚の端から順に入れていく。使用するたびに、使った資料を再び端に入れる》という整理法である。項目ごとに袋を作る事をしない。一見、整理しているように見えない。けれど、使ってみれば利便性がよくわかる。
 野口は『「超」整理法』以外にも、多くの著書を持つ。そのなかでは常に、《無意味な事はしない。誤解を起こさない》という原則に従った理論を立ててきたようにみえる。『「超」整理法』では無駄な整理を批判し、『「超」発想法』ではKJ法のような機械的発想法の限界を指摘し、『「超」勉強法』では伝統的学習法を批評した。そしてそれぞれについて、新たな方法論を示した。
 『超「超」整理法』は、情報社会の現代に合う形で、野口が『「超」整理法』を書き直した本である。『「超」整理法』は今から15年前の発行。開いてみると「FAXの活用法」やウインドウズ以前のパソコンを用いた文書作成法について言及されている。
 『超「超」整理法』は、これから研究者を目指す人や知的生産を行っていきたい人にとって、福音の書となる。それは今までの「論文の書き方」や「研究の仕方」といった書籍に書かれていない技法が大量に書かれているからだ。《Gメールを使用し、データをメールするようにすれば、デジタル・オフィスは知らぬ間に完成する》、《「検索力」の重要性》、《これから必要とされるのは、問題設定・仮説構築力・モデルでものを考える力である》などなど。
 個人的に興味深かったのは、次の部分である。

問題を捉え、仮説を立てるには、「考え抜く」しかない。では、考え抜く能力を高める事は可能だろうか? 私は可能だと思う。
 確実に言えるのは、「知識が増えれば、この能力が高まる」ということだ。社会科学、人文科学の分野では、明らかにそうである。ビジネスにおいても、そうだろう。広く、日常的なことについてもそうである。
 検索で得られる個々の「情報」が断片的なフローであるとすると、それらが集積したストックが「知識」だ。その体系は「理論」と言ってもよい。たとえば、経済問題であれば、経済学の知識がこれに該当する。(pp244〜245)

 いくら「検索能力で差がつく」という時代になっても、基本的にはきちっと体系だった学問をしていく必要がある、というのだ。気軽にググれば「情報」は簡単に手に入る。しかし、それらの情報をどのように活用できるかは、体系だった知識があるかどうかによって変わってくる。
 真に「考える」ためには、体系だった勉学が必要なのだと気づいたのであった。
/野口悠紀雄『超「超」整理法』(2008年、講談社)

紅白

今年の紅白は、民放関係のアーティストが多く出る。

ポニョ、羞恥心、相棒・・・

ニュースでは「大連立紅白」としていた。

視聴者が楽しめるなら、自社ブランドにこだわる事なく、各社で協力していく。この発想が、これから重要になるだろう。

そうでないと、テレビ離れはますます進むこととなる。

2008年11月18日火曜日

人間原点に回帰せよ!

書評 神野直彦『人間回復の経済学』(2002年、岩波新書)

 大学に3年間もいれば、いろいろなウワサを耳にする。楽勝授業、「ためになる」授業のほか、アルバイト情報もかなり集まってくる。嘘か本当かは分からないが、「山崎パン」バイトの話として、次の内容を聞いたことがある。《ベルトコンベアの上を流れてくる菓子パンの上に、ひたすらゴマを振っていくだけ》。きいた瞬間、チャップリンの映画『モダンタイムス』を思い起こした。「発狂して人間ではなくなるまで、機械の指示にしたがわざるをえな」(『人間回復の経済学』75項)い仕事、とてもじゃないがやっていられない。しかし、現代の労働実体を調べていくうち、その「やっていられない」仕事をしている人々が実際に存在していることを知った。本書『人間回復の経済学』にも、言及されている。苦痛を感じるほどに非人間的な仕事を要求する、現代の企業。考えるにつれ、「就職したくないな」との思いが強くなる。
 リストラやフリーターの存在無しに、現在の経済を語ることはできない。先日もTVをマレーシア料理店で観ていると「シティ・グループが5万人のリストラ」と報道していた。《現在というきびしい時代においては、「経済」的に見てそれは仕方のないことだ》。私たちは無意識にこう考えているのではないか。著者の神野は「否!」と叫ぶ。

人間が利己心にもとづく経済人だという主流派経済学の仮説は、人間のある側面を純化した理論的仮説にすぎない。人間が経済人として生きなければならないという行動規範ではない。人間は悲しみや苦しみを分かちあい、やさしさや愛情を与えあって生きている。ところが、いつのまにやら、その理論的前提が、人間は経済人として生きなければならないという行動の規範に仕立てあげられている。(ⅱ項)

 この指摘は非常に興味深い。村上ファンド事件の際、村上氏が「金儲けしちゃダメなんですか?」という発言をしていたのは記憶に新しい。村上氏の言葉には《「経済人」であるのが正しいことだ》、との思いが込められている。村上氏のみならず、現代の資本主義や市場システムを見ていると、社会を動かすのは「儲けたい」という人間の利己心であるかのように感じる。けれど、実際のところ、それは「人間のある側面を純化した理論的仮説にすぎない」のだ。
人間原点という言葉。私の好きな言葉の一つである(余談だが、海外翻訳を読むと「最も~なもののひとつ」という言葉が多用されている。個人的には断言を逃げているようで嫌なのであるが、これも否定的意味での「大人」ワザのひとつであろう。つい使ってしまう)。神野は端的に言えば《経済システムを、もっと人間的なものとすべきだ》と主張する。
 この「人間的」という言葉は、非常に定義しづらい言葉なのである。暉峻淑子[1](てるおか・いつこ)のいう、生活面の「豊かさ」を実現すること、とでも言おうか。
人間が人間らしく生きられる社会の建設を、経済を用いて行う。これが神野のテーマである。そのために「産業社会」を超えた「知識社会」建設を行っているスウェーデンに、日本の未来の方向性を見ている。
 もともと経済という言葉は、「経世済民の術[2]」を縮めて用いられるようになった言葉である。「世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと」が元の意味である。人々を不幸から救うため、との意味があったのだ。現状の《リストラや搾取労働の正当化のための経済学》とは真逆である。本来は人間のため(端的には「苦しんでいる庶民のため」)に経済学があるべきであるのだ。
 経済という言葉が、人間のために作られたのであるならば、今の経済も原点に帰る必要がある。より人間的な経済システム構築を図っていくべきだといえよう。
 次に示す神野の言葉は、人間原点の経済構築を図る上で思想的支えとなるものである。

経済システムの創造主は、人間である。人間は経済システムを、人間の幸福に役立つ方向にデザインすることも、逆に人間を不幸へと導いてしまうこともできる。(185項)

人間は経済人ではない。人間は知恵のある人であることを忘れてはならない。人間の未来を神の見えざる手にゆだねるのではなく、知恵のある人としての人間が、人間のめざす未来を創造しなければならない。(187項)

 神野の姿は、私に《現状の問題を見て、「これは学問的に見て、仕方のないことだ」と思ってはならないこと》を教えてくれた。また《学問は、究極的には人間のため(人間中心主義とは違う!)であること》も伝えてくれた。教育の現状の悲惨さに対し、「仕方がないことだ」と思ってはならない。どうすればより「人間のため」の教育にしていけるのか。このテーマは私のこれから先の問題意識としていこう。(了)

・・・・・・・・・・・・・・・・・
神野直彦『人間回復の経済学』(2002年、岩波新書)
[1] 岩波新書『豊かさとは何か』の著者。バブル期の日本と西ドイツとを比較し、《日本は物質的には豊かかもしれないが、生活の質の面では豊かであるといえるのか》と問題提起をした。
[2] 『新明解四字熟語辞典』では、次のように説明されている。〔世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと。また、そうした政治をいう。▽「経」は治める、統治する。「済民」は人民の難儀を救済すること。「済」は救う、援助する意。「経世済民」を略して「経済」という語となった〕。

じっくり学ぶ、ということ

私は、じっくりと学んでいきたい。熟読すべき本、初めて読む分野の本は、意味を理解しようと読む。インターネットを辞書とする。そして血肉にするため、打っていく。ブログや書評にしていく。そうして、教育学の本質を捉え、自ら学校を作り、教育実践を本格的にしていきたい。

本屋に並ぶ「勉強法」の本は、こういった「ゆっくりとした学び」は意図していないようだ。「すぐに結果が出る」勉強、「試験に受かる」勉強本が流行する。『収入10倍アップの勉強法』なる本があるが、高度経済成長の時代でもないのに、あたかも「学べば収入が上がる」という風に思えてしまう。思うに、学んだ結果というものはそんなすぐに出るものではない。個人的思いだが、カネのためには勉強したくはない、と思うのである。学ぶのは自分のためである。その「自分のため」とは、純粋に貨幣のための学びではない。

社会的アンバランス。

あの右翼新聞たる産経に、ほのぼの漫画『ひなちゃんの日常』が載り、主義主張の不明瞭な「中間」を自称する毎日に、風刺が強めの『アサッテ君』が載っている。同様の傾向は続き、左翼の強い朝日には『ののちゃん』という関西弁のキツい「日常」系の漫画が連載されている。読売はいわずと知れた『コボちゃん』。これは『ののちゃん』的要素と『アサッテ君』的要素が混在している。
 漫画と新聞は、必ずしも連動していない。いわば「社の良心」であるか、「無法地帯」かのどちらかである。

2008年11月17日月曜日

子どもであることの損さ

「子どもである」というだけで人間はだいぶ不利益を被っている。しなくてもいい苦労をすることになる。
例えば夜の外出。子どもを「保護しよう」としすぎると、子どもの自由は吹き飛んでしまう。中高生の不満の大部分は、電車や映画館では「大人」扱いされるにもかかわらず、社会において、また家庭においては相変わらず「子ども」と扱われるために発生する。これはどうしようもない事なのだろうか? 「大金を子どもが持つな」というのもそうである。大人は、普通に会社でジュースを飲むけれど、子どもは授業中に飲んではいけないというものそうである。
子どもであることへの不満が、非行や反社会的行動として現れる。子どもの非行は、大人を目指すだけの事なのではないか。酒・タバコは大人もする。犯罪は普通の大人が行う。万引き主婦すらいる中で、なぜ子どもだけは必要以上に処罰されるのだろうか? 大人が同様の事をしても、「この人の行く末が心配だ」とはならない。その分、社会的信用はなくなる。子どもは社会的信用のみならず、「この子の将来が心配だ」と時にはその子どもよりも道徳性の低いように見える教員によって罰される。
どうも子どもが子どもである事が難しい時代のようだ。俺はどちらかと言えば戦後までの「子どもを放っておいてくれる時代」の方が気楽であった気がする。中世的な「小さな大人」である方が楽そうである。
こういうことを西武バスの中で思った。子どもが優先席に座っており、「なんでそこに座っているのだ」との大人の視線が感じられた瞬間の着想である。

2008年11月15日土曜日

駅と交番の関係

駅のそばに必ず交番があるのは何故であろうか?

ウェブ時代のメモ術

ウェブ時代、こまごました報告メモは主語をはっきりさせてGメールに携帯から送る。

検索ワードをかければ必要な情報がすぐにでる。この日、どこにいったか、誰とあい何を話しか。

仕事の終わる度にメールすれば、PDCAサイクルもまわり始める。書く段階で思い出すからだ。

往々にして、せっかくの報告書は活用されずに死蔵される。

しかし検索できるGメールなら全ての情報が検索とともに蘇るのである。

切る喜び

この言葉には言外に「着物の着付けをマスターできないような人は『切る』という喜び」がある。

なかなかの名前

「だまれこの青二才め!」
三国志の頻出フレーズ。

カリスマ定員のいない店

中村橋にて。

2008年11月12日水曜日

高校生と語るポストモダン 〜近代と教育と構造主義を語る〜

高校生と語るポストモダン
〜近代と教育と構造主義を語る〜


扉の言葉

 学んだことの証しは、ただ一つで、何かが変わることである。
(林竹二『学ぶということ』)

序

  私は早稲田大学教育学部の学生である。本業としての教育学の研鑽とともに、ボランティアとして母校の高校によく行く。大体、週1回は。高校生の悩みを聞い たり、勉強を教えたりするためである。ふざけ話に花が咲くこともあれば、1対1の真剣な対話になることもある。高校生と話す方が、早稲田生と話すよりため になる。そんな時もある。
 あるとき、自分が書籍や友人との会話・授業などで学んできたポストモダン思想を、高校1年生のH君に語った。彼は私の話を熱心に聞いてくれ、「へー、こんな考え方があるんですか!」と驚嘆していた。この本はこの際の対話を文章化し、再構成したものである。

  よく考えれば、大学受験の「国語」ではフーコーやデリダなどの思想家がざらに登場する。けれど高校の授業ではポストモダン思想について何の説明もなかっ た。かくいう私も受験生の頃は訳も分からず問題を解いていた気がする。ポストモダン思想を高校時代に学んでいたら、受験「現代文」ももっと解けていたこと だろう。この本の執筆動機のひとつには高校生に分かりやすくポストモダン思想を伝えたい、ということがある。

 高校の授業は20世紀以前の科学観を学ぶところだ。少なくとも、一昔前の科学が教科書に載っている。現代文も然りである。
  私の大学での専門はオルタナティブスクールの研究だ。オルタナティブスクールとは、近代公教育制度のアンチテーゼの発想である。近代の持つ問題点を乗り越 えようと闘い続けている教育となっている。これを学ぶにつれて、「高校時代に知っていればよかったのにな」と思うようになった。近代教育には「国民育成」 の発想がつきまとう。無理矢理に子どもに「日本人」意識を芽生えさせる教育。それゆえ子どもの意思は問題にされない。私は高校までの学校での学習のなかで 常に気持ち悪さを感じてきた。ハッキリ自覚するようになるのは中学からだ。ニュースや読書によって知っていた情報を、授業の中ではさも知らないかのように 振る舞わなければならない。特に高校からだが、教員の話と私のすでに知っていた知識とが食い違い、「どっちが正しいんだろうか」と迷うようになってきた。 〈子どもは何も知らない白紙のような存在だ。だからこそ全てを教えなければならない〉というテーゼが存在しているかのようだ。子どもに無理矢理に多くを教 え込む教育を、パウロ=フレイレは「銀行型教育」と批判する。預金者たる教員が銀行である生徒に、知識という貨幣を預金していく。銀行はそのお金を活用で きないまま歳を取っていく(本当の銀行ならば預金を貸し出し利益を得るのだけれど、「銀行型教育」の銀行はただ蓄えることしか出来ない)。だんだんと「ど うせ教えてもらえるのなら、予習しなくてもいいや」と思うようになってくる。教えてもらうのを待つようになってくる。こうして近代教育は受け身の人間を作 り出すのに成功したのだ。私はこの〈教えてもらうのを待つ〉姿勢を崩すのに、大学1年目の大半を使ってしまった。
 この本を書くことで、私は私の 大学までの学校生活の'清算’をしたいと思っている。学校生活のなかで感じた学校文化の気持ち悪さ・居心地の悪さを再確認したいのだ。本文にもあるが、学 校制度は人類史から見ればほんの最近にできた代物である。まだまだ試行錯誤段階である。教育学者を目指すものとして、まだ学校生活を終えて早い間に、自分 が感じた「学校の気持ち悪さ」を書き残しておきたい。

 この本を読まれる高校生の方。もしあなたが今通っている学校に居心地の悪さを感じ ていたとしても、それはある意味当然のことなのです。「学校なんて、そんなものだ」と諦めておくのがよいかと存じます。学校は完全ではないのです。もし気 持ちの悪さを抱いているのでしたら、それはあなたに問題があるのではなく、学校とそれを支えている近代思想に問題があるのです。居心地が悪かったとしても 決して中退することなく、しなやかに・したたかに学校生活を終えていただくことを念願しております。


目次
●序

●近代学校はいつできたのか?
●近代において、土地所有制度は、いかに変わったか。
●近代教育観の見直し。
●フリースクールとは?
●偏差値文化の日本。
●環境問題の、本当の解決法とは?
●対話の不可思議さ。
●一流に触れよ!
●参考文献

●あとがき




近代学校はいつできたのか?

 A君は早稲田大学 教育学部の3年生。著者である私の分身である。一見博識なようだが、たまに繰り出すギャグの寒さは有名である。対するB君は「序」のH君の分身でもある。高校1年生だ。A君がB君の元にやってくるところから物語は始まる。

A:ちは、B君。元気?
B:あ、先輩。はい、元気ですよ。
A:お、勉強中か。どう? 進んでる?
B:うーん、まずまずですね。受験があるから仕方なくやっているんですけど。
A:勉強は大変だよね。「強いて勉める」って書くくらいだからね。無理にさせる、っていう通り、楽しそうな響きのない言葉だからね。
B:マイナスばっかりの言葉ですね。
A:だから勉強が楽しいはずはないんだよ。だって無理矢理にやっているんだもの。だから僕は意識的に「学び」という言葉を使ってるよ。
 「さあ勉強しよう」ではなく、「さあ学ぼう」の方が軽い感じがしないかな?
B:確かにそんな気がします。Aさんの「学び」って具体的にはどんな意味なんですか。
A:「学び」というのは意識的に自分から知っていくことだね。
 辞書には「(1)まなぶこと。学問。(2)まね。まねごと」と書いてあるよ(『大辞林』)。回りや本を見て、それを真似ていく。その姿から出た言葉だね。
B:「強いて勉める」勉強と違って、「学び」は自分から真似るところから始まるんですね。
 学校では「勉強しよう」とは言っても、「学びをしよう」とは言いませんね。
A:「学び」自体は、きっと人類が始まったころからあっただろうね。赤ちゃんって、まわりの大人の話を聞くなかで、「ダーダ」とか言ってまねしていくよね。そして段々ちゃんとした言葉がはなせるようになってくる。少しずつ、ゆっくりと修得していくイメージだね。
 「学び」と違って「勉強」は集中的に学習するというイメージになるね。学校や塾では「真似をしていこう」とは言わないしね。だいたい、赤ちゃんに「勉強しよう」とは言わないね。
B:そういえばそうですね。「一生懸命、勉強しよう」などと僕もよくいいます。
A:ところで学校って存在は、昔はなかったんだ。だからB君がこうやって学んでいるのは人類史のほんのひとときにすぎないんだよ。
B:え、本当ですか? いったいいつ、学校ができたんですか?
A:日本においては明治の近代化の途中だ。日本史で明治維新ってやったでしょ? 
B:日本史選択でないので、やってないです。
A: じゃ、中学の記憶を思い出して。明治維新の途中の1872年(明治5年)の《学制》っていう法律により、日本では学校を作ろうとしたんだ。きちんと今みた いに義務教育制度が確立したのは1900年の《小学校令》という法律が出たときである、と言われているけどね(安彦ほか2004)。
B:Aさん、すごいですね。よくそんなこと知ってますね。
A:まあ、教育学専修だからね(意気高々)。
 ともあれ、《小学校令》によって義務教育制度はひとまず成立する。
B:中学校は?
A:当時は小学校のみが義務教育の対象だったんだわ。そしてしばらくは4年間だけが義務教育だった。1907年に6年間になるんだけどね。
 こうして、近代を支える義務教育制度が成立する。
B:義務教育って、単に学校へ皆が行くだけじゃないんですか? 「近代を支える」って大げさじゃないですか。
A:それがちょっと違うんだ。近代において教育というものは、国家の権力の現れなんだよ。明治政府は近代学校を通じて「日本人」を作り出そうとしたんだ。
B:えっ、じゃ明治時代までは「日本人」って概念がなかったの?
A:そうなんだよ。さっき「概念」っていっていたけど、まさにそのとおり。「日本人」という抽象的な存在は近代になってできたんだ。江戸時代には「日本人」はいなかった。強いて言うなら坂本龍馬や勝海舟くらいかな。
 日本史の教科書だと、確信犯的にはじめから「日本」や「日本人」という概念が存在していたように書いている。でも本当は違うんだ。
 ところでB君、出身はどこだっけ?
B:神奈川です。
A:昔は神奈川でなく、相模の国とよんでいた。
B:レストランにもそんな名前のがありますね。
A:うん、そうだね。
 相模の国。これはつまり「国」なんだよ。明治時代までは、全国的な国家というものはなかったんだ。あるのはそれぞれに王様がいるいくつもの「国」だけ。藩じゃないよ。
B:でも江戸時代には幕府の将軍がいましたよ。
A:当時は王様である大名の上に、さらに権力者がいたという感じなんだ。日本だとあとは天皇もいるし。
 こんな感じに、中世はバラバラな時代だったんだ。
 あ、中世って知ってる?
B:実はあんまり・・・(笑)。
A:高校じゃ、しっかり中世とかの区分を教えないから、歴史がわからないんだよね。中世っていうのは、日本だと鎌倉時代から江戸時代まで。鎌倉から室町までを中世とし、安土桃山時代から江戸時代を近世ということもあるよ。
  中世は封建制の時代なんだ。中学校の歴史で鎌倉幕府の「御恩と奉公」って習ったじゃない。これは次のようなシステムなんだ。まず各地の実力者である武士 が、鎌倉幕府に忠誠を誓う。何かあったときや幕府に呼ばれたとき、すぐに参上する。「いざ鎌倉」ってやつだね。こうやって幕府に忠誠を示すんだ。「奉公」 という。
 「奉公」する代わりに、幕府から自分の支配している土地の支配権を認めてもらう。また、功績があれば幕府からご褒美として新たに別の土 地の支配権を受け取る。これが「御恩」。言ってしまえば、幕府が一応日本全体を支配しているけれど、実際のところ支配者である武士が各地にたくさん存在し ているんだ。  
 日本全体がバラバラな時代。それが中世なんだよ(安藤1994)。
B:うーん、難しいけど何となくわかります。
A:何の話だっけ? そう公教育の話だ。明治以前は相模の国とかがあって、日本列島はバラバラだったんだ。そこでは方言が普通にしゃべられていた。いまよりもずっとキツい方言がね。いまは標準語というものがあるけど、明治時代まで統一的な日本語はなかったんだ。
B:へー。じゃ、いつ日本語ができたんです?
A:これも近代に入ってからだ。ここでは近代の開始を明治維新ということにしておくよ。
  皆が方言をしゃべると、日本国民としての統一感がなくなる。同じ「日本人」なのに言ってることが理解できなかったら困るからね。だから日本の標準語を作っ た。東京の山の手あたりではなされていた方言を元にしてね。面白いことに、標準語は東京から遠く離れた山口弁の影響も受けているんだ。当時は長州藩出身の 政治家・役人が明治政府の要職を占めていた。伊藤博文とか長州、つまり今の山口出身だね。そのために山口弁の影響を多く受けたらしい。
 で、新しく作った標準語をどうやって徹底させるか? それを行ったのが公教育なんだ。公教育の中には「国語」や「歴史」の時間が設けられた。それにより日本語をしゃべり、日本の歴史を学び、「日本人」という意識を持った「日本国民」が形成されていくわけだ。
 この標準語政策が特に厳しく行われたのが、B君が修学旅行に行く沖縄だ。
B:僕らの代から、東北になるらしいですよ。
A:えっ、マジで? それは寂しいな。何で変えちゃうんだろう?
 ・・・まっ、とにかく沖縄では学校で方言をしゃべると、「方言札」というのを首からかけさせられ、厳しい罰をうけたらしい。まだ子どもなのに、ね。
B:ひどいことをするもんですね。
A:近代の負の側面の一つだろうね。ともあれ近代は統一を重視する。江戸時代までみたいにバラバラなのを嫌うんだ。

近代において、土地所有制度は、いかに変わったか。

A:近代では土地所有制度も変わった。土地は、地主だけの物となったんだ。これ、当たり前じゃないんだよ。
 中世までは〈誰でも利用してOK〉の、農村の入会地(いりあいち)という土地があった。いわば共有地だね。この入会地も、「誰それさんの土地」や「国有地」などに変わった。
 中学校で地租改正ってやったでしょ? 地券(ちけん)というものを発行し、その地券をもっている人が土地所有者として、年に土地の値段の2.5%を政府に納税するっていう制度。この地租改正により、日本のあらゆる土地の持ち主が明確になった。
  近代までは、土地をもっていても他人に奪われる可能性があった。だから貴族・皇族・寺社・武士など有力者に「この土地の支配権をあげます」と土地を寄進し た。有力者の方は「ありがとう。収入の一部をいただく代わりに、あなたにその土地を管理してもらいましょう」といって、保護をするんだ。ややこしいのは、 この次。寄進をしてもらった有力者といえども、絶対的な力を持っている訳でない。だからその有力者は自分よりエラい有力者に、さらに土地を寄進する。する と、どうなるか?
 表面的には土地のすぐそばに住む武士が、土地を支配しているように見える。でも実際の持ち主はその武士が土地を寄進した有力者 や、その有力者がさらに寄進した相手である。あー、ややこしい。近代に入って、このごちゃごちゃした土地制度を解消するために、「この地券をもっている人 が本当の支配者よ」ということにしたんだ(安藤1994)。
 ・・・「チケン」か。危ないバイトみたいだ。
B:何の話ですか?
A:いやいや、こっちの話。大学に入ればきっとわかるよ。
 さて。「日本」とか「日本人」とかは抽象的な物だ、ということは話したね。そしてこの「日本」「日本人」っていう概念は近代において出来上がった、と。これ以外にも、近代ではいろいろなものが新たに成立した。その一つが「国家」であり、公教育なんだよ。
B:そうなんですか。勉強になります。
A: だから近代において成立した物は、絶対的な存在ではないんだ。僕らは「もともとあったんだ」と思ってるけどね。フーコーも言ったけど、人間は自分の見てい る物は「もともとあったもの」であり、自分が住んでいる社会は、昔からずっと「いまみたい」だったのだろうと勝手に思い込んでいるだけなんだよ(内田 2002)。

近代教育観の見直し。

A:今の世の中を見ると、学校制度って言うものが、さも〈昔からあった〉ように思える。けれど、学校制度は近代までは存在していなかったんだ。
B:寺子屋は?
A: あれは余裕のある人だけがいったんだ。多くの子どもたちが寺子屋に行った地域で8割、ほとんど行っていないところでは2割も通っていないんだ。《皆が学校 に行く》という制度は近代になってからできたんだ。だいたいね、寺子屋は民間経営なんだ。幕府が意図して設立した訳ではないんだよ(安彦ほか2004)。
 寺子屋の数がすごいんだわ。江戸時代、総人口は四千万人に満たなかったのに全国には一万六千の寺子屋があったんだ(谷沢1995)。いま日本には小学校が約二万二千校あることを考えても、驚異的な数だね。
B:子ども全員が言った訳じゃないのに、本当にたくさんあるんですね。
A:学校はよく見てみると、非常に近代的な物なんだ。否定的な意味でね。フーコーっていう学者がいるんだけど、知ってる?
B:はい、《フーコーの振り子》ですね。
A:そのフーコーは科学者のレオン=フーコー。ここではミシェル=フーコーを指すよ。フーコーはフランスの哲学者。代表作に『狂気の歴史』がある。
 フーコーは、‘学校はあるものをモデルにして作られた’といっているんだけど、そのモデルって何だと思う?
B:うーん、寺子屋とか?
A:答えは監獄。
B:え、牢屋ですか?
A:そう、そうなんだよ。監獄では看守が受刑者を見張るシステムができている。
 学校には怪談話があるでしょ? トイレの花子さんとか。
B:小学校にありました。音楽室のベートーヴェン像が笑うとかでしたっけ。
A: 学校という、子どもが生活する場所において怪談が語られること自体、学校が過ごしやすい場所でない象徴なんじゃないかな? 学校が非人間的な物である証拠 かもしれない。だいたい、学校制度は完成された制度じゃなく、多くの不備を抱えているからこそ常に何らかの教育問題が騒がれているんだよ(田中 2003)。
 ある人がこんなことを言っていた。「教育こそ問題なのだ。教育の問題ではないのだ」(林1989)と。これを学校って言い換えると、実に的確な指摘になる。
 B君は学校を休むと「悪いことをしたな」と思うでしょ?
B:はい、思いますね。
A:それも近代特有な物かもね。この弊害は結構大きい。
  不登校の子っているよね。不登校の子は、結構苦しい思いをしている。それはその子自身が「学校には何があっても行かなければならない」と思っているからな んだ。いま学校に通っている人たちの中にも、同じ思いの人がいるんじゃないかな。「学校は何があっても行くべきだ、たとえいじめがあったとしても」と。
 この近代特有の思い込みのせいで、つらい思いをしている人がいる。本当は教育が子どもの幸福のためにならなければいけないはずなのに、残念なんだわ。

フリースクールとは?

A:B君はフリースクールって知ってる?
B:たしか不登校の子たちが通う学校では?
A:そうそう。
  僕の尊敬する人に奥地圭子っていう人がいるんだ。この人は22年間、小学校の教員だった。あるとき、奥地さんの息子さんが学校に行けなくなる。《どうした らいいんだろう》と途方に暮れたんだけど、それがきっかけで不登校の子どものための学び場を作ろうと考えられたんだ。海外にあったフリースクールを元に 〈東京シューレ〉っていうフリースクールを作ったんだ(奥地2005)。
 近代公教育制度は、たしかに日本の近代化に役立った。近代公教育が多くの子どもたちに有効であったからこそ、今日の日本の繁栄があるんだろうとは思う。けれど制度を作るとそこから外れる人が必ず出てくる。不登校の子どもは絶対存在するんだ。
 子どもの個性は一人ひとり違う。同じ場所に行っても、楽しいと思うかそうでないかは人によって違う。ディズニーランドも「嫌いだ」って言う人、いるでしょ?
B:そんな人、みたことないよ。
A:おかしいな…。俺の友人が変なのか?
  …えっと、子どもの個性は一人ひとり異なる。学校があわない、っていう子は必ずいるんだ。でもそういう子たちを無理に学校に行かせようとしてきたのが今日 の教育制度だ。本当はそういう子たちが行きやすい学校や教育機関を作っていくべきじゃないの? 靴のサイズが合わないとき、足を小さくしようとしないよ ね、靴を選び直すよね?
B:そうですね。
A:奥地圭子さんは不登校の子のための学校を作った。そこがすごいね。
B:フリースクールだとどういう授業を行っているんです?
A: 厳密にいえば、フリースクールによって違う、としかいえないかな。〈東京シューレ〉のケースで話すよ。東京シューレでは、子どもたちは来たいときにきて、 好きなときに帰ることができる。そして、子どもたちは思い思いに時間を過ごす。勉強したければスタッフに教わる事もできるし、自分だけで学ぶ事もできる。 勉強したくなければ、遊んでいても、何をしていてもいい。そんな所だった。
 僕が見学に行ったときは、問題集をやっている子の横で漫画を読んでる子がいた。キッチンではスタッフとともにクッキーを焼いている子もいたし、4人くらいでボンバーマン(テレビゲーム)をやっていたわ。外でバドミントンをしている子もいたしね。
 皆、不登校だったとは思えないくらい生き生きとしている。もし東京シューレがなければ、ずっと暗い思いにうち沈んでいたのかもしれない。
B:フリースクールって、重要な意味を持ってるんですね。
 でもフリースクールって民間が運営してるんでしょ? 月謝とか、かかるんじゃないんですか。
A: うん、金銭の問題はどうしようもない。実際、東京シューレでは4万円くらいかかるみたい。だからフリースクールに金銭的理由で通えない子どもはいるだろう ね。ある程度、親に年収がないと結構きつい。矛盾しているようだけど、フリースクールに行けるのはある程度のエリート層であるといえるかもしれない。
 ただ、いま日本には奨学金制度があるね。フリースクールに通っている子にも支給されるようになったらもっと通いやすくなるだろうね。
B:もっと活動に支援が与えられるといいですね。
A:フリースクールの運営にはお金がかかるんだ。場所代・設備費・光熱費とかだね。ここは必ず必要な費用だから、自然とスタッフの給料が減らされることになる。まあ、ボランティアの人にはあんまり関係がないけど。
 フリースクールのスタッフの雇用条件は結構悪いところがあるよ。最低賃金を割ってしまっているところもざらにある。フリースクールをやる人って、「子どものために何かしたい」という人がけっこういるみたいで、賃金がほとんどなくても善意で行っている。
 「NPO30歳限界説」というものもあるね。
B:何ですか? それは。
A:ボランティアみたいな活動ができる限界は30歳、っていう説。
 NPOの運営には当然お金が必要だね。建物を借りたり、道具を買ったりする。大きな組織では会議の運営や報告書作成のためにスタッフを雇ってこなければならない。でも元々こういう組織は儲からない。人びとの「なんとかしたい」という思いによって行っているから。
  若いうちは給料が少ない、あるいはゼロでもアルバイトなどして生きていくことができる。でも結婚を考えたり、「アルバイトでなく、もっと安定のある仕事に 就きたい」と思ってくる時がある。それが30歳前後。そのためにNPO30歳限界説がある。NPOだけでは食っていけなくなるんだ。

偏差値文化の日本。

A:ところで、B君はどこの大学目指してるの?
B:一橋です。
A:あ、俺の落ちたところだ(笑)。がんばってね。
 日本だとよく、偏差値の話が出るね。「オレ、偏差値低くて」とかよく聞くでしょ? 日本人はこれを一生背負っていくみたいだよ。別に学歴社会は日本だけじゃなく、アメリカとかのほうがひどいけどね。
  日本だと、学校ごとに序列があるじゃん。この学歴とか偏差値で人が分断されるのも近代特有だね。たとえば、中学の友人に「俺、早稲田行ってるんだ」という とき、僕自身優越感を感じてしまう。これ、本当は捨て去らなければならない感覚なんだけどね。僕も近代に毒されているわ(上野2002)。
 この近代の限界が、いまいろんなところに現れている。学級崩壊とかそうだね。30年ほど前はこんなことはなかった。学校で学ぶのが当たり前だと思われていたからね。でもいまはこの〈当たり前〉っていう感覚が崩れかけているんだ。近代公教育制度の限界を感じるわ。

近代の発想の限界。

A:近代の限界は、環境問題がその最たる物なんだわ。で、近代的発想っていうのは、フランスの哲学者デカルトからきている。デカルトのいった有名な言葉があったね。
B:「我思う、ゆえに我あり」ですか。
A:そう、それ。コギト・エルゴ・スム。
 「世の中の物は、本当に存在するのか? ひょっとすると、俺の妄想にすぎないのではないか?」。デカルトはこの疑問を長い間持ち続けた。そしてあちこち旅をする。あるとき、突然浮かんだのがさっきの言葉だ。
 「すべては疑わしい。実際には存在しないのかもしれぬ。でも俺という存在、つまり〈考えている〉実態がある。これだけは確かだ」と気づくわけだね。一切の存在を疑うという行為をしている、自分自身の理性の存在に気づいたんだ(青木1997)。
B:一つのドラマですね。
A:このデカルトの発見は、科学文明に絶大な影響を与えた。「我思う、ゆえに我あり」というとき、自分という存在は観察する物から離れた存在となる。よく客観的、とかいうでしょ? この客観的っていう言葉は、デカルトの発見を元に成立している。
  観察する自分がいる。そして観察される物がある。(鉛筆を持つ)ここに鉛筆があるね。客観的に見るとは、この鉛筆を自らの思いを一切入れず、そのまま見つ めることになる。いったい、この鉛筆は何からできているのか。なぜこのような形状なのか。こんな感じでひたすら観察する。
 このとき、「これを使うと勉強がはかどりそうだ」とか考えてはいけない。自分の思いを押し殺して、「客観的」に冷静に見つめるんだ。自分の解釈は入ってはならない。
 …とまあ、デカルト以来、人類はこんな観察態度をすべてのものに対して、向けるようになったんだ。
B:へー、「客観的」ってよく言ってますけど、そんな意味合いがあったんですか。
A:この観察の仕方により、人類の科学は飛躍的に進む。それまで中世の神話や迷信によって遮られていた世界の解釈が、可能になったんだ。
 デカルト的に物をみることにより、水という物質の性質が観察され、蒸気機関が発明される。産業革命だ。蒸気機関に必要なのは水もそうだけど、水を沸騰させる燃料。当時は石炭を使った。
B:ああ、中学で学びました。スチーブンソンとかですね。
A:電気という目に見えない物すら、人間は観察できるようになった。
 このデカルト的な見方が、今の社会をもたらした。デカルト的な見方は、自分と対象をたて分ける。そして相手を徹底的に観察する。この考え方が、自然と人間という二項対立を成立させた。ここに、キリスト教の一説が反映される。
 こんな一節だ。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ。地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。(中略)あなたたちは産めよ、増えよ。地に群がり、地に増えよ」
(『旧約聖書』創世記 第9章)
 ここを解釈し、「神は地上の物は人間のために活用していいといっているんだ」と考えた。そのために人間とは無関係である「自然」の破壊が進んでいった。だって、人間は何をやってもいい、人間こそがすべてだ、といっているんだからね。
B:聖書の一節とデカルトの発想が結びついたんですか。この2つにより自然破壊が進んでいくんですね。
 でも、不思議ですね。世界中に近代が広がっているのに、キリスト教の影響をうけて近代が成立しているなんて。
A: それは簡単だよ。近代はヨーロッパで生まれた発想なんだから。そしてヨーロッパは、近代の初期において世界をリードした。産業革命、植民地の建設などはす べてヨーロッパ発なんだ。で、ヨーロッパはキリスト教の影響が強い。だから近代は非常にキリスト教の影響を受けた時代であると言えるんだ(山本 1992)。
 さて、無反応な自然に対し、人間は徹底的に手を加え、活用していく。結果として地球上では砂漠化、温暖化、資源の欠乏などの深刻な被害が出始めている。
B:最近、ほんとうによく騒がれてますね。

環境問題の、本当の解決法とは?

A:環境問題の難しいところは、近代的発想法をしている限り、絶対に解決できないからなんだ。だって、近代は自然と人間をたて分けたデカルトの発想に縛られた時代でしょ? この考え方を人間中心主義という。
  環境問題の解決のため、「資源を大事にしよう」とか「ありがたさを感じよう」とかよく言われているよね。「倹約しよう」という考え方だ。でも、これじゃ問 題は解決しないんだ。「資源を大事に」と言っている人は、仮にみんなが倹約して経済の発展が落ち込んで生活が不便になっても、不満を言わないんだろうか。
B:言ってしまいそうですね。
A:倹約思想は、結局人間中心の発想だ。いままで人間がやりたい放題にやってきたから、それを反省しようというレベルの考え。でも事はそんなに簡単じゃない。
 デカルト的な考えと、キリスト教の考えが融合して環境破壊が起きた。この環境破壊が「近代」っていう発想によって生じた物であるのだから、近代を乗り越える発想がなければ、根本的な解決はできない。人間中心主義を乗り越える新たな思想が必要だ(長尾2001)。
B:そんな思想、あるんでしょうか。
A:ポストモダンっていうやつさ。 
B:何ですか、それ。
A:ポストっていっても、街角にある赤い物じゃない。
B:いや、さすがにわかりますよ。
A:失礼、ギャグのつもりだったんだけど。…寒いね、しかし。
 「ポスト」とは「それ以後」とか「その次」とか言う意味。つまりポストモダンとは「近代を超えたもの」という意味だ。このポストモダンって言葉やポストモダンの考え方は、現代文の入試評論に頻出ワードだから知っていると得するよ。
B:わー、じゃ集中して聞こっと。
A:環境問題を解決するには、一人ひとりが近代の人間中心主義を乗り越え、ポストモダンの発想を持たなければならないんじゃないか、と僕は考えているんだ。
B:それはどんな内容なんですか?
A:近代は、人間のエゴが無秩序にあらわれた時代だ。自然を意のままに操ろうとした。この状態の解決のためには、自己の事だけでなく、共同体意識を持つ必要がある。そして共同体のために自らの欲望を制御する必要があるんだ。
 最近、「持続可能な発展」っていうことばがよく語られるようになってきた。聞いた事ある?
B:はい、現社でやりました。
A:いまあちこちで語られているからね。
 さっき、《倹約しよう、という人は経済が落ち込んだとき不満を言うだろう》という話をしたね。これを乗り越えるのが「持続可能な発展」だ。ESDともいう。
 経済成長と地球環境の保全を両立させる道を探そう、という概念だ。地球環境を安定した状態に保ちつつ、開発を進めていく道を探っていくわけだね。そのためにいまの僕たちの産業構造や意識の構造を見直していかないといけない。そこが難しい。
 開発しなければ、経済成長は見込めない。でも開発すれば地球規模での破壊がおこり、人類は遅かれ早かれ破滅してしまう。このジレンマを抱えているの「持続可能な開発」なんだ。
B:「持続可能な開発」をすれば、環境破壊の問題を解決できるんですね。
A:そうはいうけど、難しいよ。
 個人の自由を保障しながら、未来の子孫を含む人類全体の安定を図っていく。これが難しい。自分の欲望をどこかで抑えないといけない。それも、意識的に、継続して。
 「持続可能な開発」のためには、人間の発想の根本的な変革がいるんだ(長尾2001)。
B:本当に大変なんですね。
A:端的に言うと、次のような発想をすることが、「持続可能な開発」を行う事じゃないかな。
 《可能な選択肢はたくさんある。けれど、世界のため、未来の子孫のために、あえて自分に不利益をもたらす選択をするのを辞さない》。こんな行動をする人が増えないといけない。
B:どうやって増やすんです?
A:うーん、対話をしていくことだろうね。それしか人間の意識レベルからの変革は図れないからね。
 近代を乗り越えるためには、究極的には人間の生命次元からの、根源的な変革が必要だろう。対話の実践によって、ね。これがなければ世界が終わってしまうことになるんだ。
 ここの部分は非常に難しいから、もっと勉強していくつもりだけどね。

対話の不可思議さ。

A: さっきからこうやって対話してるけど、対話っていうものも不思議なものなんだよ。対話をしてるとき、よく自分の中にあるメッセージがそのまま口に出てくる と思うじゃない? でも本当は違う。構造主義っていう考え方があってね、それによれば人間の話す内容はその人が作り出すのでなく、いままでその人が会った 人、読んだ本などの無数の影響を受けているんだ。また日本語を話す限り、日本語に基づく内容でしか話すことができない(内田2002)。
B:当たり前じゃないですか。
A:そうとも言い切れないんだね。B君が僕に話すとき、はじめにB君の言いたいことがあって、それが言葉の形で表現されている、って思うでしょ?
B:はい、そう思います。
A:20世紀に入って、その考え方は否定されるんだ。僕らは日本語っていう言語で話すね。この言語というものを離れては、人間の意識や意思は存在することができないんだ。人間の意識はつねに言語的なものとして言語に規定されている。
 ためしに、言語を使わずに考えてごらんよ。できる?
B:(しばらく沈黙)…できないです。
A:ね。つまり僕たちは言語を離れて物事を考えることはできない。自由に物を考えているつもりでも、「言語」の制約がかかるんだ。
  また、対話をするとき、相手の発言によって「自分の心の中にある思い」が引き出されて口からでてくる、と普通は思う。でもこれも違う。「自分の心の中にあ る思い」は、言葉によって「表現される」と同時に生じるんだ。心の中で考えるときも、日本語の語彙を使って、日本語の文法規則に従って、日本語で使われる 言語音だけを用いて作文をしているだけなんだ(内田2002)。
 自分が言葉を語っているとき、言葉を語っているのは自分そのものではない。自分 が習得した言語規則、自分の学んだ語彙、自分が聞き慣れた言い回しや他人から聞いたり読んだりしたことが、自分の「思い」・「考え」になるんだ。よく「僕 の持論は…」とかいうね。この持論にいちばんたくさん入っているのは実は「他人の持論」なんだ。
 また、対話だったら直前に聞いた相手の発言をうけて、いままで思ってもいなかったことが「自分の思い」として出てくることがある。つまり、純粋な自分の思いは、存在しないんだ。
B:へー、恐ろしい!
A: こんな感じで、対話をしているとき「これは自分の考えだ」と思っても、それは自分の住んでいるところの文化・規則(先の話で言う日本語の規則のこと)や直 前の対話、いままで読んだり聞いたりしたことの結果として表現されるにすぎない。このような考え方を構造主義という。

一流に触れよ!

A:さっきフーコーの話を出したけど、フーコーは構造主義の代表人物だね。構造主義とは人間の意識や考えは、言語や文化などの「構造」の影響を受ける、ということをいっているんだ
B:構造主義ですか。さっきの説明を聞くと、よくわかります。
A:人間は、自分が見聞きしたものの影響を受ける。また自分が見聞きしたものにより、自分の考えが作り出されていくんだわ。
  だからこそ、一流のものや人に意識して触れていかないといけない。二流・三流の雑誌やつまらないゴシップ記事ばかり読んでいては、自分の考えもそれらに毒 されてしまう。しかし、一流の本や一流の人物に触れていれば、自然に自分の考えも一流のものとなっていくはずなんだわ。
 骨董品のお店に弟子入り すると、まずしばらくは一流品、つまりホンモノのみを見るように命じられるそうだよ。そうするうちに、自分の精神も一流となり、偽物・まがい物をみても直 感で「これは偽物だな」と気づくようになるそうだ。両替商で偽金を判断するための訓練としても、似たようなことを実践していたらしい。
 だから、読んでも無駄な本・雑誌は極力読まない方がいいよ。知らない間に自分にマイナスの影響を与えるからね。読むなら一流の名著を。一人、気に入った作者が見つかったら、その人の言葉を自らのものにする、との決意で徹底的に読む。
 いまのは読書論だったけど、対人間に対しても同じことが言える。「この人は、すごい人だ!」と思える人を探し求めていくことだね。もし自分がとてつもなく尊敬する人物、つまり師匠と言える人間に出会ったときは、その師匠からどん欲に学んでいくといい。
B:はー、なるほど。これからもっと本を読んでいきます。師匠も探したいです。
A:だいぶ話し込んじゃったね。
 では、勉強がんばって! 邪魔したね。
B:いえいえ、学校では教えてくれないことを教えてくださり、ありがとうございました。
A:…取りようによっては、まるで僕がアブないことを教えたみたいだね。

 Aは左手首に目をやった。彼の腕時計は、話し始めからきっかり2時間経過したことを示していた。夕焼け空が、校舎の窓に広がる。(了)


参考文献

 本書執筆の際、参考にした書籍を挙げさせていただく。本文に挙げた問題をさらに考察する場合に、これらの本を開いてみると参考になるはずである。
 なお、本の並び方は著者名の五十音順である。

青木裕司『青木世界史B講義の実況中継 文化史編』(1997年、語学春秋社)
安彦忠彦・石堂常世編『現代教育の原理と方法』(2004年、勁草書房)
安藤達朗『日本史講義 時代の特徴と展開』(1994年、駿台文庫)
イヴァン=イリッチ著 東洋・小澤周三訳『脱学校の社会』(1977年、東京創元社)
内田樹『先生はえらい』(2005年、ちくまプリマー新書)
内田樹『寝ながら学べる構造主義』(2002年、文春新書)
上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』(2002年、太郎次郎社)
奥地圭子『不登校という生き方』(2005年、NHKブックス)
田中智志『教育学がわかる事典』(2003年、日本実業出版社)
田中智志・今井康雄編『キーワード 現代の教育学』(2009年、東京大学出版会)
谷沢永一『人間通』(1995年、新潮選書)
長尾達也『小論文を学ぶ』(2001年、山川出版社)
パウロ=フレイレ著・小沢有作ほか訳『被抑圧 者の教育学』(1979年、亜紀書房)
林隆造『教育なんていらない』(1989年、大宮書房)
本橋哲也『ポストコロニアリズム』(2005年、岩波新書)
山本雅男『ヨーロッパ「近代」の終焉』(1992年、講談社現代新書)


あとがき

 もともとこの本はH君との対話がなければ生まれなかった。彼に最大限の感謝をしたい。誰かとの対話が、行動を生むことがある。それを今私は実感している。

  この本の中で、どうしても気に入らない点がある。それは啓蒙的な「大人」(A)と啓蒙される「子ども」(B)との対比だ。「A→B」の一方向性のみが描か れている。本当の意味での「対話」が成立していない。なお教育学における対話とは「教員→生徒」の図式を崩し、「教員⇄生徒」の関係性に持ち込むことをい う。ブラジルの民衆教育者・パウロ=フレイレはこう語った。
対 話をとおして、生徒の教師、教師の生徒といった関係は存在しなくなり、新しい言葉、すなわち、生徒であると同時に教師であるような生徒と、教師であると同 時に生徒であるような教師が登場してくる。教師はもはやたんなる教える者ではなく、生徒と対話を交わしあうなかで教えられる者にもなる。生徒もまた、教え られると同時に教えるのである。かれらは、すべてが成長する過程にたいして共同で責任を負うようになる。
(パウロ=フレイレ著、小沢有作ほか訳『被抑圧 者の教育学』亜紀書房、1979年、81頁)
 パウロ=フレイレのこの言葉を自覚していきたい。
  ポストモダン思想を語っている割に、非常に近代啓蒙主義的な構図を持つ作品となってしまった。もっと対等な関係性の対話劇・対話型専門書にしたいのである が…。いささか難しい。なんとかして、AとBとの関係を「⇄」の関係にしたい。これは次回以降の『高校生と語るポストモダン』の続編以降の課題としたい。

 つまらない本になってしまいましたが、この本を私の師匠に捧げたく存じます。

平成21年3月16日 早稲田駅前のカフェ・シャノアールにて。