2008年10月18日土曜日

うつの詔

現代において、うつ病、といえばいろいろさけることが出来る気がする。

まさに鬱の詔だ。かつては天皇の出していた詔が、医者の手で出されるようになった。

2008年10月14日火曜日

2008年9月7日日曜日

ハルヒ

思わず

ハルヒ

と読んでしまう。

2008年9月4日木曜日

万引き

万引きは立派な…

2008年8月27日水曜日

献血か、占いか

駅前の献血の呼びかけのボードが、血液型占いにみえました。

アルタ…

アルタ前があるなら、その逆もある。

2008年8月10日日曜日

ハイルヒトラー

東戸塚駅のトイレにて。

2008年8月8日金曜日

映画の見方

どうしようもなく眠いときに観て、眠らないですむ映画は本当にいい映画である。

見出し

この見出しはないだろう、と思う。

2008年8月5日火曜日

ギリギリから、20分前へ

いままで「ヤバイかもしれないけど、限りなくギリギリ」の戦いがよい戦い方だと思っていた。

しかし持続可能性とリスクマネジメントの考え方からして、危険であった。実際、私はバイトの遅刻もけっこう、ある。

バイトも学校も仕事も待ち合わせも、ギリギリを排して参りたい。

アエラ

中吊り「アエラ」は日本語語彙力の検定に使えると思う。

2008年8月4日月曜日

月夜と金・土日夜

どうも、週末(金土日)とそれ以外では23時半ごろにでる電車の混み方は全然違う。週末だと乗れない東横線が、月曜のいまは座れているのである。

元カレのはなし

女性が元の彼氏の話をしてきたとき、親密さの度合いでいうとどのレベルであろうか?

有料トイレに100円を払う価値

JR新宿駅の有料トイレ。

入るのに100円かかる。

中、そんなに綺麗なわけではない。なんか拍子抜けである。

残念!

2008年8月3日日曜日

20分前着任

FRTで学んだ20分前着任は、

バイトでも意味を持つ。

2008年8月2日土曜日

よくありそうな間違い

女性専用車両は、美女専用車両ではない。

露天風呂の女湯は、若者専用のの湯ではない。

2008年8月1日金曜日

笑顔

元気だから笑顔になるのでなく、笑顔だから元気になるのだ。

こんな言を聞いた。

同様に、

元気だから部員さんまわりをするのでない。部員さんまわりをするから元気になるのだ。

2008年7月31日木曜日

トイレの話

男子トイレの洋式便所が繋がる場所。片方に腰掛けているとき、後ろのトイレで小をする音が。その瞬間、自分の便座からウォッシュレットが起動する…後ろの音と連動して。

偶然、経験した。

死者

日本では年間100万人以上死者がでる。

2008年7月30日水曜日

記者

『悪い奴ほどよく眠る』。

冒頭は的確に状況をつかんだ記者も、ラストの大きな悪には気付けなかった。

悪はそれほどまでに強いものである。斬れる記者になりたい。

映画と敬語

『悪い奴ほどよく眠る』を観て、電話等での敬語作法が少し身についた。上流とされる身のこなしが、目で見てよくわかる。

映画で敬語も身につくのだ。

2008年7月29日火曜日

携帯の消費

携帯は、ひたすらに個人的なもの。「ドコモ動画」を、家族皆ではおそらく見ない。

かつて家の真ん中に1台あった携帯が、各部屋1台になった。携帯の形で、いまは持ち歩かれるようになった。

消費が個人指向になって来ている証明である。

2008年7月28日月曜日

Mac

Macベーカリーのパン。ホカホカの状態で出てくるのは出来立てだからではない。レンジで温めているのである。7秒くらい。

無手勝流

予備校に行くか、いなか。

現代の無手勝流になるかいなかである。

夕焼け

何があろうと、夕焼けの綺麗さは変わらない。

悪い奴ほどよく眠る

黒澤の『悪い奴ほどよく眠る』。

悪は、徹して斬らなければならないのでないか、と感じる。

この脱力感のあるラスト。この映画は凄い。

睡眠薬を配合するシーン。チャップリンの『殺人狂時代』を思う。まあ、ちょうど似た状況である。

下っ端は消される。簡単に。真の悪は、家族すら欺き、家族すら利用する。そんな岩淵も、ひとつの汚職の相手。官僚機構は崩れない。だからこそ、『悪い奴ほどよく眠る』のである。

ソドムの市

パゾリーニの遺作『ソドムの市』。人間の暴力性の輝く映画。観ていてこれほどの気持ち悪さをあじわえる映画を、他にしらない。吐き気のする映画とは新カテゴリーである。

寄り目の大統領、大司教、最高裁長官、伯爵。権力者4人が、国中から集めた若い男女18名を相手に、狂乱の宴を繰り広げる。

原作はマルキ・ド・サド。『ソドムの120日』。

解説によれば、快楽主義・消費主義に生きる私たちは、4人の権力者にしたがわざるを得ない若者と同じであるらしい。快楽の強制が、『ソドムの市』のテーマだ。それにしても、異常な快楽なのだが。

観ると後悔する映画である。でも観れば世界観が変わる映画である。

いろいろ賛否両論あるようだが、私はいい映画であると思う。

…これを書いているのはカレーの名店・メーヤウ。無性に吐き気がしてくるのである。

教師・島耕作

広兼憲司の漫画『島耕作』シリーズ。広兼氏は「10取材して2書く」方針で連載していると聞く。そして「半分は情報提供」の意味合いがあるらしい。

私も、教育学をやる以上、専門家や教師、子ども、保護者に読まれるものを書きたい。広兼氏の手法で、読んで面白いものを連載したいものだと思う。

子ども時代を失った子どもたち

マリー・ウィン著『子ども時代を失った子どもたち』(サイマル出版会、1984年)

には、高橋勝『文化変容のなかの子ども』同様、「子どもの消滅」とも呼べる現象が載せられている。