2007年8月5日日曜日
2007年8月4日土曜日
プロクルステスの寝台
ギリシャ神話の盗賊プロクルステス。彼は客にベッドを薦める。客の足がベッドより出ればその分を切り、客の背がベッドより小さければ客の体をひっぱってのばす。ここからきた言葉である。
現代、プロクルステスの寝台的状況が多い気がする。
教育は、本当に子どものための制度になっているか。
ある思想家の言葉
教員には、そのための献身的責任感が必要であります。
学生を利用したり、学生を手段のように思ったりしては決してならない。
学生は「教えられる立場」であり、教員は「教える立場」であります。
それを本末転倒して、学生の向上を願わず、見下すのは、絶対に邪道であります。
ニーチェの言葉
君の教育者は、君の解放者以外のものではありえない。
いつまでもただ弟子にとどまっているのでは、師の恩に報いることにならない。
2007年8月3日金曜日
教育者の誇り・喜び
理想の図書館作りと子供の教育に思いをよせ、道半ばで倒れたある司書の偲ぶ会=茨城・八千代http://news.livedoor.com/article/detail/3255779/
教育者にとっての幸福は、「自分が、他者の何らかの役に立った」との実感であろう。その思いを、私は下に記した無名の一司書から知ることができる。また、いろんな学校の創設者の思いや教師の喜びも、そこにあるのであろう。
教育は、もっとも人から感謝されやすい仕事であるかもしれない。
【PJ 2007年08月03日】- 7月29日、茨城県八千代町の図書館で『山中治雄を偲ぶ会』が開催された。・・・といっても、誰もが「山中治雄さんって?」と思うだろう。そう、昨年の7 月14日、48歳で癌のために帰らぬ人となった無名の一司書である。だが、山中さんの友人、知人は勿論、八千代町の図書館を利用してきた人、本の好きな人 の殆ど、町の子供の多くが、今も彼の志半ばの死を心から惜しんでいる。
八千代町の図書館がオープンしたのは1999年7月であったが、決して順風満帆に立ち上がったわけではなかった。一部の町の実力者や町民の反対もあったし、政治的な思惑の渦に立ち往生しかけたこともあった。
そういう中、町の公民館の図書室に勤務していた何人かの、本をこよなく愛する若者がどんな壁にも屈することなく、図書館設立に邁進していったのである。
その中心となった若者の一人が、山中治雄さんであった。山中さんの盟友であり、ともに図書館設立に力を尽くした中村宏さんに偲ぶ会当日、山中さんのことについて伺った。
「とにかく本と子供が好きな人でしたね。本というものが、子供の成長にかけがえのないものになることをよくわかっていて、だから、町に図書館を作ることへ の情熱は素晴らしいものがありました。90年代を代表する福岡の苅田図書館、近くには水海道図書館などを理想として、よく勉強していました」
「ある時、『司書の仕事をしなかったら何になる?』と訊いたら、『教育研究所を立ち上げたい』と言ってました。町の子供たちの未来を案じていて、そこに自分も本気で関わっていきたかったんですね」
「二年半前の12月28日、その年の仕事納めの日でした。気分が悪くなり救急車で病院へ・・・。この日から大腸がんとの闘いがはじまり、昨年の7月14 日、とうとう。彼は最後の最後まで諦めなかったと思いますよ。ずうっと明るかった。図書館と子供の教育の夢を語っていた」【了】
励まし
自分が悩んでいるときの他者への激励は、そのまま自己に対しての激励ともなる。自己に対し、語っている気がする。他者と同苦することで「辛いが自分もともに戦おう」と思える。
他者への励まし、それは自己への励ましでもあると知った。
同時に。教育こそ、最大の励ましではないか。子どもの可能性を信じ、それを引き出させる。そこには教師としての励ましが必要なはずだ。
デザイン
ある団体にしろ個人にしろ、そこの外発的アピールがデザインの悪い方法なら、誤解が生じてしまう。
だからデザインは考えないといけない。答案用紙もホームページも、デザインが悪いと読まれないのだ、いくらいいことを書いていても。
2007年8月2日木曜日
2007年8月1日水曜日
バイト
中高生の教師観がくっきりと現れ、怖くなった。普通に「あいつウザイ」「担当替わってくれ」と書かれている。
しかし、反面プラスのアンケートもある。「~~先生のお陰で地理が好きになりました」など。
また、折衷の形でこんなものもある。ある教師には「話がつまらん」「無駄」と書いているアンケートに「~~先生の授業は聞いてためになる」とあった。教師というだけで、生徒が反発するのでない。ちゃんとその教師個々人で判断しているのである。
延々と続く打ち込みをしつつ、思索は深まる。3点、思いついた。1点目。ある教科の好き嫌いは、たいていは教師の教え方にあるのではないか、ということ。
2点目。いまの子どもは授業を聞かないというけれど、面白い授業・ためになる授業はきちんと聞いているという事実を、受け止めるべきだということ。
3点目。教え方の工夫・教師の自己研鑽しだいで正当に評価を受ける教師という職業像をしったこと。教師という仕事が、自分の転職かもしれないと、まじめに考えたこと。
バイトで金をもらいながら、教育に対する思索や、「生徒から見た、あるべき教師像」を探る訓練をさせてもらえる。いいバイトを見つけたと、つくづく思った。
とはいえ、アンケートは「かける限りかいてください」といって渡される。一生懸命書く。しかし、それを打ち込む側からすれば「げ、こんなに書かなくてもいいのに」といやになる。アンケートの持つ「データ管理のため、打ち込まないといけない」特徴は、多大なマイナス要素かもれないと感じた。
2007年7月31日火曜日
学問という暇つぶし
否定的意味合いが大きいが、逆にプラスの面もある。
古代ギリシャでは「暇=学問」であった。学問の原語のスコレがもともと暇を意味したのだ。
この有り余るヒマを、じょうずに使いたい。学問をするに限る。これは「サヨナラ、学校化社会」で上野千鶴子氏が語ったことでもある。学問は効率のよい暇潰しだ、と。やってもやってもおわりがないからだ。
2007年7月30日月曜日
ヤンキー、やはり議員になる
吉報に一転「ほっと」 当選のヤンキー先生
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007072901000896.html
予想通り、義家先生が当選した。うーん、今週の義家のラジオ、聞かないとな。
「ヤンキー先生」で知られ、安倍首相が唱える「教育再生」の看板役を務めた自民党比例代表の新人義家弘介氏(36)は、黒いスーツ姿で東京都千代田区の選挙事務所に姿を見せた。「当確」が一向に出ずに重い雰囲気が一時漂ったが、待ちに待った吉報にほっとした雰囲気に。
その間、義家氏は複数のテレビ局のインタビューに応じ、選挙戦を振り返って「失業問題、年金問題という雲に、教育問題が隠されてしまった」と答えていた。
(共同)
海外に行こうと思えど
私のいる早大では、みな当たり前のように出ていっている。しかし全国的にはいったことのない人も多いはずだが…
ちなみに、私はパスポートを持ってはいない。
本読むバカが私は好きよ
との名キャッチ。糸井氏が考案したものだ。
本を読むのって、現代という時代から見れば馬鹿な行為かもしれない。他に楽しいものが沢山あるから。勉強もしかりである。
それでも、あえて本を読み、勉強をする。この「あえて」という部分が、自己形成の上で重要なのであろう。何故なら勉強・読書で困難に耐える力を身につけ、強い自分になれるから。世の動きを半ば超越した形で、大きなスケールでものを見れるようになるから。
フランスの「行動する文化人」アンドレ・マルロー。彼は第二次対戦下、いつ空襲が来るかわからない夜道で、壮大な文化論を語った。文化は地中海からヨーロッパ大陸に広まった。次はここから太平洋に文化の中心は移るであろう、と。日常の事柄をはるかに越えた地点からものを見る。そこに読書や勉強の重要性がある。
地下鉄銀座線のフシギ
何故?
それは東京の山の手と下町で高さが違うから。渋谷はかつての谷にある。だから渋谷と谷の字がつくんだ。そして台地の地下を通る。そのとき当然、渋谷という谷底より上を通るんだ。
だから地上3階に地下鉄の駅がある。間違いない。
選挙
しかし与党圧倒的不利の状況を現出し、演出したのも新聞メインのマスコミであった。
NIEの実践が叫ばれているが、そのもとにするマスコミが一斉に偏った視点を与えるとき、対処しようがないのではないか。
2007年7月29日日曜日
クリップボード
携帯簡単、シンプル、使いやすい、用途が多いといいとこずくめである。
メリット1 メモしやすい
メリット2 膝の上に置けば机がわりになり、本読み・書き物が電車内でもしやすい
メリット3 うちわになる
メリット4 お知らせしたい紙を飛ばないように押さえられる。
その他、多くの使い道が見つかる。だから常に鞄にいれ、使える機会がいつか考察中である。
それにしても、シンプルなものほど使い勝手や用途がいいのは何故だろう。クリップボードは下敷きにクリップが付いただけなのに。
ちなみに、100均でなく、文具店できちんとしたのを買った方が使いやすい。ほとんどの文具にあてはまることなれども。
2007年7月28日土曜日
飲酒と小学生
http://www.jc-press.com/kaigai/200707/072601.htm
海外は、飲酒に対して甘い。下を読むと、「こいつはひどい」と思われるだろう。
しかし、ビールは酒ではない、という国もある。軽いアルコールはほぼ黙認されているところもあるのだ。
下の状況、ひょっとすると日本的感覚で「飲酒」にあたる行為が含まれていないのかもしれない。
英国メンタルヘルス財団は23日、小学生の10人に1人が定期的にお酒を飲んでいるというShools Health Education Unit(SHEU)の調査結果を明らかにした。
調査は10~15歳までの生徒6万8千人を対象に実施。10~11歳では10%、12~13歳では19%が少なくとも1週間に1回は飲酒をしていた。 14~15歳の10人中4人が1週間続けて飲酒をしていた。お酒の購入先はスーパーや酒屋。調査マネジャーのデビッド・レジス博士は、「このようなこと (未成年に酒を売ること)は違法」と指摘するが、未成年へのお酒の販売は続いているようだ。
(2007年7月26日発信)
銭湯の持つ公共性
【コラム・断 講談師・神田茜】銭湯は教育の場http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070727/wdi070727001.htm
銭湯のよさを、ここまで語る。でも、下の引用文でいっているのは、「銭湯で公共性を学べる」ことのみであって、「銭湯でないと学べない」と書いていない。たしかに、教育のためには多くの事物が必要だ。「教育のための社会」にとってなおさらである。が、あくまでこの事物は絶対性を持つわけではない。
感覚で教育を語っているような気がして、しかたない。重要なことではあるのだが。
銭湯が減っている。ここ数年で近所の銭湯が2軒なくなり、大変なショックをうけた。わが家ではたまに行く銭湯が、子どもたちの社会勉強の場所でもあったからだ。
そこで他人とのかかわり方を知ることができた。体を洗ってから湯船につかる。立ったままお湯を掛けない。走らない。騒がない。体を仮拭きしてから上がる。それらの公共性を自然に身につけられ、自分の行動で迷惑をかけるひとがいるということを、実体験で学ぶことができた。
勝手に水を入れて湯をぬるくすれば、怒鳴りつけるお年よりもいる。よく顔を会わせる大人たちとは叱ったり叱られたりが許される信頼関係ができる。電車の中 でいきなり知らないひとに怒られるのと、顔見知りに叱られるのとでは大きな違いだろう。地域の子供とかかわりたいのに機会がないという大人だって結構いる ものだ。
子供にとっても、よその大人とふれあうことができる格好の場所ではないだろうか。男の子で あれば、大人の男をそこで学び、女の子もしかり。親としては生活をさらけ出すようなうっとうしさも感じるのだが、家庭内の親子だけの空間で道徳心や公共性 を教えることがどんなに難しいかも、身をもって感じている。しつけがなっていないことを親はせめられてばかりだが、親たちも公共性を学ぶ機会がなかった世 代なのだ。
最近子供たちへの道徳教育の必要性が叫ばれているが、銭湯こそ子供にとって必要な場所ではないかと思う。流行(はや)りのスパや健康ランドのように、何も地下深くから温泉を汲(く)み上げなくても、近所で気軽に行ける銭湯がまた復活してほしい。(講談師・神田茜)
(2007/07/27 07:43)
ある思想家の言
しかしあまりにも、しばしば、目的であるはずの人間が手段と成り果てているのが現実であります。その転倒を、本来の「人間中心」の理想に戻し、新たなる社会の建設をしていかねばならない。
2007年7月27日金曜日
民主くん
ぱっと見たとき、私はセンスの悪さに驚いたのを覚えている。聞けば鈴木貫という議員が中心に考えたそう。
どうせ作るなら、デザイナーに頼んでもっとクオリティをあげろよ! 突っ込みたくて仕方がない。
これでよいのだろうか…
その中で、いつも「自分はこれでいいのだろうか」と考えてしまう。
自分の行動は、本当に意味を持つのか。人の役に立っているのか。邪魔になっていないか。他にもっとすべきこと・自分に相応しいものがあるのじゃないか。
その度、次のことを思い出す。「目の前の課題から逃げるな」「何もしないより、何かをしたほうがいい」「行動の中で少しずつ直していけばいい」
上記のように、バカボンのパパ的思考法も必要だ。これでいいのだ。なにもしないより、やったほうがいい。失敗は後の成功に繋がる。
とにかく前向きに。とにかく何でもいいから、やっていくべきなのだ。
ガマの油売りとテレビ
大道芸・ガマの油売りをしていた。
道行く人を止め、刀パフォーマンスと話術でみせる技である。
喋り方に特徴があった。テレビのCM前同様、何分かおきに前にいったことをのべ、途中から来た人にもわかりやすくしている。
またテレビ的要素は他にもある。この芸のヤマは自らの腕を切る(ようにみせる)ところにあるが、最後の最後まで引っ張り、客を待たせる。
テレビと大道芸、意外に似ているところがある。テレビで大道芸特集をしても同じような構成になるであろう。
筆記用具による、学習の効率化
この傾向、中学飛び越え高校、大学、一般企業でも残る。使い勝手で文房具を選ばない。
文房具は、いわば仕事道具、戦争で言うなら武器である。手入れや選択を誤ること、これイコール死を意味する。時間を殺すことになっているのだ。
だから、勉強しよう、学ぼう、もっと仕事しようというなら、まず文房具を変えるべきである。
自分は、昔から文房具フェチであった。今でも、フラッと文具店に行ってしまう。そして何かしらいい文房具がないか探している。
自分のいま使っている「武器」は、
①ゼブラ「クリップ・オン・マルチ」
②三菱鉛筆「ジェットストリーム」
である。
①ゼブラ「クリップ・オン・マルチ」
→3年前から使用。あらゆる4色ペンのなかで、(まだラミー2000を買える境涯でないので、いまのところ)NO.1の完成度であると考える。4色ペンは、齋藤孝教授の『3色ボールペンで読む日本語』以来、使うようになった。4色色分けできると、もう筆箱は不要になる。
このクリップ・オンには、シャープペンもついている。あらゆるシーンで活用できる。ポケットに1本、これがあるだけで、いつでも学べる。これは大きい。筆箱から色ペンを探す時間も節約できる。
おまけに、このペンはクリップもこだわっている。金属性クリップだから、どこにも挟め、おまけに強い!
一度使ってみて欲しい。もう、他のペンを持つ必要がなくなる。
詳細は↓
クリップオンマルチ
http://www.zebra.co.jp/pro/clipon_multi/index.html
②三菱鉛筆「ジェットストリーム」
→書き味が、超滑らか。一度使うと、病み付きになる。①とどう併用するか、考察中である。
ちなみに、字の太さ1ミリタイプがお勧め。太いと引っ掛かりがほとんどなく、ジェットストリームらしさが存分に出ている。
詳細は↓
ジェットストリーム
http://www.mpuni.co.jp/product/category/ball_pen/jetstream/index.html
長くなってしまった。要は自分にあった文房具を探し出し、使ってみよということだ。
文房具はいつも使うものだ。自分に合うものを使うほうが、ストレスなく使える。
